1992年は、ボブ・ディランにとってデヴュー30周年を記念する節目の年です。とはいえ、前半は引き続き「Never Ending Tour」で今までと同じようにステージに立つことを続けていました。ニュー・アルバムの動きを見せたのは6月初めのことで、ギタリストのデーヴィッド・ブロンバーグをプロデューサーに招き、彼のバンドとシカゴでレコーディング・セッションが行われました。
セッションでは、トラディショナル、ブルース、カントリーなどのカバー曲ばかり12曲が収録されたらしい。らしい、というのは、実はこの時の録音はディランが納得のいくものにならず、すべてボツになっているのです。後に「the Bootleg Series Vol.8 Tell Tale Signs」に、このセッションから2曲だけが公開されていますが、後は海賊盤でも出回っていません。
結局、7月になって、マリブの自宅スタジオであらためてレコーディングが行われました。このセッションでの共演は・・・何と、いません。ディラン独りだけによる弾き語りというから驚きます。アルバムのアクセントとして、バンド演奏の合間に弾き語り曲が登場したことはありますが、アルバム全編を通してディラン一人での演奏というのはフォーク期の最初の4枚のアルバム以来です。
しかもここでは全曲がトラディショナルかカバー曲であり、自作曲はありません。デヴュー・アルバムがほとんどカバー曲でしたが、それでも自作曲が2曲入っていました。このことをして、ディランの原点回帰と評する場合が多く見うけられます。しかし、そんな簡単な話ではないと思います。
やはり80年代なかばからの「燃え尽き症候群」からのスランプは完全な回復には至っていないというのが大きい。ライブで歌うことの自信を取り戻し、「Traveling Wilburys」で音楽の楽しさを思い出し、「Oh Mercy」で一定の成果を出したとは言え、それらを安定的に持続させるのにはまだ時間が足りないようです。
作詞・作曲して自分で歌うというのは、おそらくアイデア、インスピレーションが泉のように湧いてくる必要があり、そのすべてが曲として完成できるわけではない。この時期、ディランに必要だったのは、自分に無いものを見つけ吸収し、新しい自分の曲に生かしていくヒントを探すことだったのではないでしょうか。それが自作曲以外に興味が向かった大きな理由のように思えます。
そして、「Never Ending Tour」のステージでも、ディラン単独のアコースティック・コーナーは大変評判が良く、本人も自信を持てるパートだったのではないかと思います。結果として、バンドを加えたセッションに納得できず、一人だけで曲に向き合うという選択になったと考えると理解しやすい。
11月にアルバムがリリースされると、飾りのない歌い手として表現力や、今まで忘れ去られていたギター演奏技術の高さが評判になり、批評家などからは好意的な意見が多く聞かれました。一方で、ディランの新曲に期待していたファンは、失望した部分があることも否定できません。
Frankie & Albert
Jim Jones
Blackjack Davey
Canadee-i-o
Sittin' on Top of the World
Little Maggie
Hard Times
Step It Up and Go
Tomorrow Night
Arthur McBride
You're Gonna Quit Me
Diamond Joe
Froggie Went a Courtin'
July ~ August, 1992, Malibu
☆☆☆☆☆☆☆・・・
