2026年8月30日日曜日

Love & Theft (2001)


ボブ・ディランの「Never Ending Tour」は、もちろん別々のツアーの積み重ねですが、一つが終わっても次がもう決まっていて、大きな区切りというものがありません。歌手として歌い続けるのは当たり前ですが、昨日のセットリストと今日の物が違っていたり、今日の演奏と明日では同じ曲名でもテンポやアレンジが変更されたりするというのが特徴的です。つまりライブ演奏は、過去の再現ではなく、その瞬間の即興・創作であるという考え方が基本にあります。

1996年に80公演、1997年は入院しているにも関わらず93公演、1998年に110公演、そして1999年はおそらく最多の119公演をこなしています。2019年までは平均100公演程度、コロナ禍はさすがに激減ですが、2022年以後も現在まで毎年80公演程度を続けています。

1999年は特別なステージが2つありました。まず記憶に残るのは、6月から9月にポール・サイモンがジョイントしたツアーです。両者が別々にステージに立ったのですが、ディランのセットにサイモンが加わり数曲を一緒に演奏しています。特に名曲「Sound of Silence」のデュエットには驚きます。さすがにディランは、自分をおさえてサイモンに寄せているのが微笑ましいのですが、ハーモニカのソロは好きにやっている感じです。

そしてもう一つは、6月30日にニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで行われたエリック・クラプトンが主宰した「E.Clapton & Friends in Concert: A Benefit for the Crossroads Centre at Antigua」への出演です。クラプトンが薬物依存克服のために創設したCrossroads Centreへの支援イベントですが、数年ごとに継続的に開催される第1回目の特別ゲストがディランでした。

自分の曲はともかくも、何とディランが歌う「Crossroads」はここでしか聞けません。また、ディランもクラプトンもギターはストラトキャスターを使っているので聞き分けにくいのですが、ディランが控えめなギター・ソロをとるというのも、たぶんなかなか聞くことはありません。

2000年には映画「ワンダーボーイズ」の主題歌として、新曲「Things Have Changed」をツアー・メンバーと録音しています。アカデミー賞歌曲賞やゴールデングローブ賞主題歌賞を受賞し、後にライブの定番曲になりますが、映画のサウンドトラック以外ではディラン自身のベスト盤でしか聴くことができません。

気がつくと21世紀、ディランも2001年に還暦を迎えました。ライブ演奏は盛んな一方で、1997年の「Time out of Mind」以後は、ベスト盤が数種類リリースされただけで、再び新作からは遠ざかっていました。

これまでのアルバム制作では、基本的にツアー・バンドのメンバーはほとんど参加していませんでした。しかし、ディランは自分の気まぐれに完璧に即応できるメンバーの実力を高く買っており、そのままステージの即興性をスタジオに持ち込むというアイデアが生まれてきました。前作ではディランは、共同プロデューサーとしてJack Frostという偽名を使っていたのですが、今回はFrost名義で単独のセルフ・プロデュースすることにしました。

タイトルの「愛と盗用」は、エリック・ロットの本から引用されていて、タイトルが示す通り古いブルース、ジャズ、カントリー、トラディショナルだけでなく文学などからも言葉やフレーズを愛情をもって取り込んで再構築した楽曲が並んでいます。

「Tweedle Dee & Tweedle Dum」はルイス・キャロルの「鏡の国のアリス」に登場する双子ですが、不条理な世界をダークに歌います。再起を歌う「Mississippi」は前作で試された曲をアレンジを変えて再録音したもの。若者たちが跳ねるように踊った50年代のロカビリー調の「Summer Days」、戦前のスイング・ジャズのような「Bye and Bye」、シカゴ・ブルースの荒々しいスタイルの「Lonesome Day Blues」、やはり戦前のパリあたりのカフェで流れていそうな「Floater」と続きます。

チャーリー・パットンに捧げられた「High Water」は、カントリー調のバンジョーが効果的です。「Moonlight」は古いジャズ・スタンダードのような甘い雰囲気を持ち、スライドギターが全体を引っ張るブルース・ロックの「Honest with Me」、「Po' Boy」も戦前のジャズ・クラブの雰囲気です。「Cry a While」は泥臭いブルースで、「Sugar Baby」で静かにフィナーレを迎えます。

5月の2週間弱の間に1日1曲ペースで録音されていったもので、これだけバラエティに富んだ構成ながら、トータルには納得してしまう出来となっているのはJack Frost恐るべしというところ。即興性を重視しながら、ツアー・バンドのメンバーの実力も確かなものであることの証明にもなりました。

9月に発売されると、音楽各誌で高い評価を受け、第44回グラミー賞で最優秀コンテンポラリー・フォーク・アルバム賞を受賞しています。前作に続いて、まだまだディランは「生きた音楽」を作り出す「現代に生きるミュージシャン」であることがはっきりしました。


Tweedle Dee & Tweedle Dum
Mississippi
Summer Days
Bye and Bye
Lonesome Day Blues
Floater (Too Much to Ask)
High Water (For Charley Patton)
Moonlight
Honest with Me
Po' Boy
Cry a While
Sugar Baby

Bob Dylan (vo, g, pf)
Larry Campbell (g, banjo, mandolin, violin), Charlie Sexton (g)
Augie Meyers (accordion, org), Tony Garnier (b)
David Kemper (ds), Clay Meyers (perc)

May 8 ~ 21, 2001, New York City

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