ピアノを弾く人にとっては、バッハの平均律とベートーヴェンのソナタは制覇すべき巨大な山のようなものだそうです。同じような、一度はチャレンジせずにはいられない大きな目標はヴァイオリンにもあります。
それがパガニーニの作曲した24の奇想曲(24 caprices)とバッハの6つのパーティータとソナタではないでしょうか。いずれも無伴奏であることが、いっそう演奏者の気持ちをかき立てることは間違いありません。
無伴奏のヴァイオリン曲はテレマンやイザイの物も有名ですが、発売されている録音の数は比べものになりません。無伴奏は、まさに奏者の孤高の世界で、自分の感じるがままに好きなように演奏ができます。しかし、そこが逆に大きな落とし穴にもなっているところが怖い。
クラシックの世界は、楽譜に忠実に演奏することを良しとする人と、可能な限り独自の解釈を楽しむ人に分かれるように思います。無伴奏曲では、もしもすべての演奏者がまったく同じに演奏するようなら面白くはありません。やはり、奏者の個性をできるだけ感じてみたいものです。
ニコロ・パガニーニ(1782-1840)は超絶テクニックの持ち主で、悪魔の申し子のように思っていた聴衆も少なくなかったと言われています。24の奇想曲はパガニーニの代表作で、ヴァイオリン弾きに取っては、超絶技巧を要求される最高難易度の曲であることは今更言うにおよびません。
当然、歴代の名だたるヴァイオリニストで録音を残していない人はまずいないと言うほどのものですが、ピアノ中心に収集している自分の場合は、実はアッカルドの物くらいしかもっていないのです。
最近はピアノ収集も多少行き詰まっているので、室内楽にもてを出すようになりました。そこで、今のところ最も新しく発売されたユリア・フィッシャー盤を購入してみました。フッシャーは21世紀になって活躍し始めたヴァイオリニストの中では、最も躍進のめざましい一人でしょう。
現役女流の中ではムターが女王であれることは誰も異論を挟まないと思いますが、ではその後を追いかけているのは誰かというといろいろな意見がでてきそうです。順番ならヒラリー・ハーン。古楽系ならムローバかポッジャー。そしてその次の世代を担うのが、フッシャーとヤンセンという感じでしょうか。
ヴァイオリンを聴き込んでいない自分にはよくわからないところもあるのですが、フィッシャーのパガニーニはおそらく比較的こじんまりとそつなくまとめた感があり、悪くはないのですが何か物足りない感じがしました。
もう少し攻めるところを攻めて、泣かせるところは泣かしてもらいたかったような気がするのです。でも、ちょっと前に出たシューベルトのソナタは面白かった。協奏曲ばかりでなく室内楽を積極的にやるようになると、もっと面白い音が出るようになるのではないでしょうか。