21世紀の関節リウマチの治療戦略を大きく変えたのは、2003年のレミケード(インフリキシマブ)の登場です。生物学的製剤と呼ばれたこの薬によって、それまで「少しでも悪くしない」目標で満足していたものが、「治ったのと同じになる」ことがゴールと考えられるようになりました。
生物学的製剤の第2弾として発売されたのが、エンブレル(エタネルセプト)ですが、それが2005年の春のことで、エンブレルも発売10周年を迎えたわけです。
レミケードが点滴で投与するタイプであったのに比べて、エンブレルは皮下注射という簡便な方法で、患者さんが自ら注射をするという使用方法でした。これは、患者さんにも医療機関にも受け入れやすいもので、その後に登場してくる生物学的製剤の形式に大きく影響したといえます。
ただし、点滴で血管内に大量の薬が入るほうが、圧倒的に速効性であることは間違いありません。また、どうしても自己注射には抵抗がある方もわずかにいますので、患者さんの状況などによって選択されることが望ましい。
またレミケードは抗体製剤、エンブレルは受容体製剤と呼ばれ、リウマチを引き起こす免疫細胞に対する作用は異なります。期待される効果や、危惧される副作用はほぼ一緒なのですが、薬理作用が異なる事は、効果が無かったときにスイッチしてみる価値があることを意味します。
レミケードに遅れて発売されたエンブレルが10周年を迎えたということで、日本の生物学的製剤によるリウマチ治療は、名実ともに第一段階が終了したのかもしれません。
つまり、新しい治療が登場して、最初はその効果が注目されます。効果には主作用と副作用がありますから、最も安全に最大の主作用を発揮させる使用方法が検討され確立することになります。
次の段階で、この薬の問題点から、何を改良できるかが研究されていくわけで、その結果が後続の製剤に反映されてきます。製剤の構造を変えてきたり、ターゲットを変える事で、実際により広く使えるようになってきています。
さらに、この薬を止めれるのかということが議論の焦点になりました。なにしろ、大変高額な薬ですから、いくら大きな効果があるとはいえ、患者さんの経済的負担は無視できません。これらの薬を使うという話をすると、患者さんは「これで治るんですか」、「いつまで続けるんですか」というような質問を必ずしてきます。
そこで、治癒と寛解(治癒に近いが再発する危険を伴う)の違いをはっきりさせるようになり、実際に治療を中断した場合のデータが集積しました。内服薬だけの治療に比べて、寛解に至るケースは圧倒的に多いものの、残念ながら完全に治療を中止できたものは多くはありません。
やはり、根本的な原因を除去しているわけではないということです。これは、遺伝子レベルの病因の特定と、遺伝子操作技術の確立という、さらなる次のステップでの大きな課題といえますが、おそらく実現するには、まだ10年以上はかかるのかもしれません。
とは言っても、最初登場した、レミケードとエンブレルの2種類の生物学的製剤が果たした役割は大きく、医学の歴史の中でも記憶にとどめるべき重要な事項の一つだと思います。
レミケードは昨年バイオシミラーが登場し、エンブレルもおそらく来年あたりには発売になると思います。バイオシミラーは、いわゆる「ジェネリック」製剤のことで、確立した治療方法をより経済的に患者さんに提供することができるようになります。
しかし、オリジナルの薬が持っている膨大な短期~中期的なデータは、バイオシミラーには真似のできないもので、今後は長期的データの蓄積に向かって、大きな意味が出てくるはずです。考え方によっては、まだたったの10年ですから、生物学的製剤が患者さんの一生にどれだけの影響を及ぼすのかはわかっていません。
リウマチ診療が、次の10年、20年・・・どこに向かっていくのか、まだまだ研究されるべきテーマはたくさんあります。臨床家としては、たくさんのアンテナを張り巡らして、遅れをとらないように勉強を続けるしかありません。