2019年9月29日日曜日

Claudio Abbado LFO / Mahler Symphony #2 (2003)

目下のところマイブームはグスタフ・マーラー。本当にクラシック好きからすれば、何を今更という話。

繰り返しですけど、そもそも小学生の時に最初に演奏者と曲が一致して認識したのは、カール・ベームのベートーヴェン第九、そしてレナード・バーンスタインのラプソディ・イン・ブルーだと思います。

当時は、オーケストラと言えば帝王カラヤンのベルリンフィルという時代ですが、ベーム、バーンスタインと比べて仰々しいまさに王様然としたカラヤンは好きになれなかった。

よくカラヤンにはクラシック音楽界にとって功罪があると言われますが、自分には罪の方が大きく作用したようで、それからしばらくクラシックから遠ざかる要因の一つになっていたように思います。

カラヤンが亡くなって、ベルリンはアバドが率いることになった頃は研修医で音楽どころではありません。でも、カラヤンに比べて若くてイケメンで、颯爽とした印象のアバドは当時から嫌いではなかったように思います。

ただし、マーラーは誰しも最初に感じるところだと思いますが、長い、重い、何だかよくわからない。モーツァルトの予想通りに進行するハッピー感あふれる、悪く言えば単純な音楽とはかなりかけ離れています。

今のマーラーの人気に一番貢献したのは、たぶんバーンスタインです。実は、マーラーの難解なイメージは、過去に挑んだバーンスタインのマーラー全集によって見事に撃沈したせい。

そして、バーンスタインに並ぶくらいに繰り返しマーラーに挑んでいたのがアバド。サイモン・ラトルのベルリンフィル退任で、ラトルを改めて評価していたら、その前任のアバドについてもちゃんと聴きたくなってきた。

個人の見解として、いろいろな評価は当然ありますが、ルツェルン音楽祭の映像のシリーズを選んで自分にとっては大正解でした。

まず音だけと違い、映像があることは音楽への集中力をより高めることができる。そして、それぞれの楽器がどういう働きをしているかがわかりやすい。

何よりも、指揮をするアバドが本当に楽しそう。オケのメンバーも、心からアバドにリスペクトして演奏していることが素直に伝わってくる。こういう雰囲気はなかなかあるもんじゃありません。

これは、病気によりベルリンを辞したアバドが、療養復活後に心からやりたかった「気心の知れた仲間とやりたい音楽を好きなだけ取り組む」という、夢のようなプロジェクトがルツェルン祝祭管弦楽団(LFO)に結実したからということ。

アバドは1986年にグスタフ・マーラー・ユーゲント管弦楽団(GMJO)を組織しました。ここで、26歳までの若者たちを選出して育成していました。さらに1997年に、ユーゲントのOBらとマーラー室内楽管弦楽団(MCO)を結成しました。

マーラー室内楽管弦楽団のメンバーを中心に、世界中からアバドのもとで演奏したいとい希望するそうそうたる面々が集まって再編成されたのがアバドのルツェルン祝祭管弦楽団でした。

2003年にデヴューしたアバドのルツェルン祝祭管弦楽団の最初のレパートリーが、マーラーの交響曲第2番「復活」でした。これはCDでも発売され、世評も高い。ベルリンフィルによるマーラー全集の唯一の穴を埋めることになりました。

アバドの指揮は、オケを自由にさせすぎるということがよく言われますが、ここではメンバーが本当にアバドの指揮棒を注視して、絶えず凄まじい緊張感と集中力を持ってアバドのマーラーを奏でている。

他の指揮者のマーラーを知らないので、比較しての話はできませんが、過度にめりはりをつけるようなことはなく、それでいて音楽の深さみたいな物は明確に浮き彫りになってくるような演奏だと感じました。2回目の視聴で曲の流れがわかって来て、3回目で楽しむ余裕が出てきました。

マーラーとしても、「復活」は、多くの作曲家に長く続いたベートーヴェンの第九の呪縛に挑んだ作品であり、そして乗り越えたと自負できる曲。すべてが大河ドラマのようなマーラーの作品群の中でも、とりわけ喜怒哀楽が浮き彫りになった難曲といわれています。

アバド自身にとっても、そしてルツェルン祝祭管弦楽団にとっても、高らかに復活の狼煙を上げた名演なんだろうと思います。しかし、アバドに残されている時間はあと10年でした。