2026年9月9日水曜日

ノーベル文学賞


ボブ・ディラン、70歳代後半に差し掛かっても、新しいオリジナル曲は登場しませんが、カバー曲集を作り続け、そして何よりも1988年以来の「Never Ending Tour」が継続しています。まさに「終わることの無い旅路」に相応しい。

公演回数は2013年85回、以後92回、87回、75回、84回、84回そして2019年には77回です。この間に、2014年と2016年には日本公演も行われています。2020年も4月から日本でのステージが予定されていましたが、そこに降ってわいたのが世界中を混乱に陥れたコロナ禍です。

これまで一つのまとまったツアーとツアーの間に、アルバム制作、休養などで1~2か月間ステージから離れることはありましたが、2020年は来日公演は当然中止になり、年間のライブ活動は0回になってしまいます。

しかし、この間にディラン人生において最大(かもしれない)の出来事がありました。

2016年10月13日、スウェーデン・アカデミーからノーベル文学賞が発表され、「偉大なアメリカの楽曲伝統の中に、新たな詩的表現を創造した」としてディランが受賞したのです。ノーベル賞は世界最高の権威とされていますが、ポピュラー音楽のミュージシャンが受賞するのは、1901年の第1回以来史上初のことです。

この発表には世界中が驚き、「文学としての歌詞の価値」について大論争が巻き起こります。発表後、ディランは沈黙を続けたため、ディランは受賞を拒否するのかメディアは固唾をのんで見守りました。自らの意思で受賞拒否したのは1964年のサルトルだけです。ディランなら拒否するんじゃないかと考える人も多かったのですが、10月末になってディラン自身の口から受け入れが表明されました。

ただし、12月10日にストックホルムで行われる授与式は、「はずせない先約」のため欠席。少なくとも当日のライブの予定はなく、その日にディランが何をしていたかはいまだに不明です。代役として式に出席したパティ・スミスは、「A Hard Rain's A-Gonna Fall」を歌いましたが、緊張のあまり歌詞が出なくなりやり直すと言うハプニングがありました。

その後、本人は2017年4月のストックホルム公演の際にメダルを受け取り、6月に「受賞記念講演」とする26分間のスピーチを公開しました。

このスピーチの中で、ディランは自らの音楽のルーツについて語っています。こどもの頃からカントリー・ウェスタン、ロックンロールとリズム&ブルースに慣れ親しみ、間近でバディ・ホリーの演奏を聴いたことが音楽家を目指す大きな動機になったこと、そして曲を作る上で大きな影響を受けた文学作品として「白鯨(メルヴィル)」、「西部戦線異状なし(ルマルク)」、「オデュッセイア(ホメロス)」の3つをあげました。

その上で、「歌と文学は違う。歌は歌われるものであって読むべきものではない。どんな形でもいいから音楽として聴いてほしい」とし、ホメロスの「詩神よ、私の中で歌い、私を通して物語を伝えてくれ」という言葉で結んでいます。

文字が広まっていない古代では、物語は口から口へと伝わる口承文学だったわけで、音楽はそれを伝えやすくするために発展したという側面があります。また物語を恒久的に伝える手段として舞台があり、そのための台本としての戯曲を文学として完成させたのがシェイクスピアです。アカデミーは、ディランを口承文学の現代の継承者として評価したのでした。

ちなみに、ディランがいつでもウェリントン型のサングラスをかけているのは、バディ・ホリーの影響であると考えると、合点がいきました。