2015年2月27日金曜日

転勤

自営業であるクリニックの院長には、転勤はありません。それに比べると、サラリーマンは大変。

大きな会社ほど、日本中、場合によっては世界に支店があって、社員はそれぞれの場所に転勤をすることがしばしば。それも、急に転勤の話が出てきて、来週とか再来週という事も珍しくないようです。

たまたま、横浜から青森に転勤という方の話を立て続けに耳にしました。一人は患者さんなんですが、転勤の上、扱う商品も変ってくるそうで、かなりストレスが高い転勤のようです。

こういう場合は、会社からの遠回しの肩叩きというようなケースもあるかもしれません。でも、普通は有用な人物に対して、会社の幹部教育の一環ととらえられます。

会社全体を知る事を目的として、より多くを経験させるために、あえて厳しい転勤の指令を下しているわけで、多少古めかしい表現ですが出世街道として避けては通れない。

医者でも、大学勤務のときは、関連病院への出向というのがありました。小泉改革以後、大学の医局制度というのが批判にさらされ、ずいぶんと変化があるようですが、自分の頃は教授の思惑一つ。

一応、事前に医局長から多少のアンケートはありましたが、必ず希望通りとは限りません。年明けに発表、4月から移動という、準備期間はそれなりにはありましたけど。

病院によっては給与に相当の開きがあり、また公立病院だとアルバイトもできないので、不公平がでないように考慮はしていたようです。

自分の場合は、最初が静岡県。公立でバイト無しでしたが、比較的給料はよかった。ただし、遠いの出引越しをしないといけないし、毎週のように週末は大学に戻って実験などをするので、けっこう大変でした。

翌年は、箱根の山の中。またもや公立。ここは、バイト無しで給料は最低レベル。通勤は、毎日車で片道35キロ。

そのあと大学勤務に戻りましたが、この頃に大学近くから今の横浜市青葉区に自宅を引越し。と、思った途端に、平塚の一般病院へ出向。バイト可能で、給与は普通。通勤は車で片道40キロ。

女子医科大学では、転勤はなく落ち着いて仕事・勉強ができたのはありがたい。そのかわり、給料は最低ランク。なにしろ、同じ年齢の都庁職員の給与の方が高いのには 驚いた。

まぁ、何にしても、転勤というのは、ある意味リフレッシュととらえて、大変だとは思いますが、それぞれの地で頑張ってもらいたいものです。

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