2019年9月10日火曜日

Ronald Brautigam / Beethoven Complete Sonatas

最近はオーケストラを集中的に聴いていましたが、その反動か、久しぶりにベートーヴェンのピアノソナタも聴きたくなりました。

そもそもベートーヴェンの時代には、今のようなスタインウェイのようなモダンピアノは存在していなかったのは当たり前の話。いわゆるフォルテピアノの時代であり、その進化の過程で鍵盤の数がどんどん増えていった。

ベートーヴェンも、登場てくる新しい楽器に合わせて、32曲あるソナタはどんどん複雑に進化させていきました。

それらをすべてカバーできるモダンピアノの演奏は、現代の私たちの耳には馴染みやすく、実際の演奏としても多くの名盤を残してきました。一方で、本来のベートーヴェンが前提としていたフォルテピアノによるソナタの全曲録音は意外と少ない。

一枚のアルバム単位では、いくつか出てきますが、全集規模では草分けのバドゥラ=スコダかロナルド・ブラウティハムくらいしかありません。しかも、ブラウティハムは、ソナタ以外の独奏曲をほぼすべて網羅し、協奏曲も古楽界のパロットと全集を完成しています。

しかも数種類のフォルテピアノを用いて、作曲された時代に合わせて弾き分けるという念のいりようで、緻密な研究をふまえた記録としての価値も高めています。

だからと言って、すべてを網羅するだけが目的で「事典」を作ることが目的というような批評を受けるような演奏ではありません。ハイドン、モーツァルトのソナタ全集をすでに作ってきたブラウティハムですから、18世紀半ばから19世紀初頭にかけて成熟していく音楽をしっかりとしたテクニックのもとで弾きこんできました。

モダンピアノと比べて、フォルテピアノでは音の残響が少なく、一つ一つの打鍵による音のかぶりは少なくなります。この点が、フォルテピアノで曲を聴く時の大きな違いになってくるわけで、おそらくそのことをモダンピアノで実現しようとしたのがグレン・グールトかもしれません。

聴く人によっては、ブラウティハムの演奏は非常に淡白で、音圧が低いダイナミックさが感じられないと思うかもしれません。そのあたりは好みの問題ですから、現代で聴く音楽としてはどちらか正解というものではありません。

ただ、そういう風に感じる方にブラウティハムの言葉を贈りたい。それは「モダン・ピアノで全てを演奏する人は、1本のクラブでゴルフをするようなものです」というもの。当然局面によっていろいろなクラブを使い分けるわけですから、まさに目から鱗が落ちるような説明だと思います。