ドイツを中心に見ると、全方位的に戦線を拡大していたので、アメリカとの戦いはそのごく一部にすぎません。特に、東部戦線と呼ばれた対ソビエト連邦との戦いは、開戦当初こそポーランドの分割で合意しお互い不可侵で落ち着いていたものの、1941年6月の突然のドイツのソビエト侵攻(バルバロッサ作戦)により敵対関係が明白となり、最も熾烈を極めた戦闘が繰り返されたと言えます。
西部・南部への侵攻はある意味単純に領土拡大、北部は資源確保がその目的にあったと思いますが、東部、つまりソビエトに対してはイデオロギーの違いによる「ゲルマン民族の生存のための戦い」と位置づけていたようです。結局、ヒットラー率いるナチスは、ユダヤ人と同じようにソビエトに対しても人種的優越感を持っていたことがありました。
北から南までほぼ全域にわたって拡大した戦線は、1941年末までにドイツが優勢にソビエトを押し込みますが、12月に首都モスクワ攻略に失敗し、翌1942年6月からの南側のスターリングラート攻略(ブラウ作戦)も冬の到来により頓挫しました。これらの結果、ソビエトには勇気を与え、モスクワの南約400kmのクルクスにソビエトの支配地域が西に突出した形で残されます。
兵員・兵器をかなり消耗したドイツは、1943年5月に北アフリカ戦線でも苦戦を強いられ、チュニジアで敗北を喫します。3月から始まったクルスク突出部への進撃は、戦闘力の回復が間に合わず緩慢な攻撃になり、その間にソビエトに体制を立て直す余裕を与えてしまいました。
この戦いが本格化するのは7月になってからで、地上戦においては戦車を中心にした戦法が採用され、大戦史上、最大規模の戦車戦が繰り広げられたことで知られます。両軍合わせて動員された戦車は8000台にも及び、その半分が戦闘で破壊されました。
しかし、7月10日に連合軍がイタリア半島のつま先、シチリア島に上陸し7月末までにイタリア軍をが敗北し独裁者ムッソリーニはいったん権力の座を失い軟禁されます。この知らせを受けてヒットラーはクルスクからの撤退を決めています。ここにドイツは東部戦線の優位性を失い、じりじりとソビエト軍の前進を許すことになりました。
この年の末までに、ソビエト軍はウクライナの要所ハリコフからドイツ軍を追い出し、ドニエプル川(現ロシアからベラルーシ、ウクライナに通じる大河)を超えることに成功しキエフを奪還しました。
イタリアも連合軍本土上陸直前の9月に降伏しています。ドイツ軍はローマから以北を占拠し抗戦し、少しずつ北に撤退するものの、連合軍がローマを手中にするのは翌1944年6月4日、ノルマンディ上陸のわずか2日前でした。
さて、「ヨーロッパの解放」という映画は、旧ソビエト連邦が制作した、クルスクの戦いに始まるソビエトの反抗の開始、そしてナチスの懐に攻め込み最終的にベルリンが陥落するまでを描く全5部からなる8時間近い超大作です。
60年代末に3年間かけて、ソビエトの威信にかけて軍が全面的に協力し、本物の戦車が大挙して登場する大迫力の映画なんですが、ただし注意をしなければならないのは、まさにソビエトが正義一辺倒の国策映画であるという点です。とはいえ、連合国軍として形の上では味方だったイギリス、アメリカのことは悪者にはしていません。
ほぼ史実に忠実に話が進行しますが、ソビエトにとって都合の悪いことはすべて省略。自分たちの同胞がいかに勇猛果敢に祖国を守り、悪のナチスを倒したかを延々と見せられるわけですが、そこを理解した上で見るなら、1943~1945年の東部戦線の動きが理解できます。
当時の本当の映像も混ぜて、記録映画のような作りで、映画としての展開の面白さはあまり無いといえます。ただ、自分のところのスターリン、敵のヒットラー、ムッソリーニ、味方のチャーチルなどは、そっくりさん俳優が登場し、なかなか興味深い。すでにスターリン批判が行われていた時代なので、スターリンは冷酷な人間としてあまり持ち上げていません。
戦場のシーンはカラーですが、ソビエト以外の人物の描写の部分は白黒。それぞれの国の言葉でしゃべっていますが、これにロシア語の同時通訳のようなナレーションがかぶさってくる、いわゆるボイス・オーバーという方法はソビエト映画の得意なところなんですが、正直言って聞き苦しい。
第1部はクルスクの戦いまでで、本物のソビエトの戦車がこれでもかというくらい大量に平原を突っ走るのは壮観です。ドイツの戦車は、ソビエトのものを改造しているらしいのですが、これも本物そっくりと評判です。後にも先にも、これだけ実写で戦争を再現する映画はおそらくこれだけと言えそうです。
第2部はドニエプル川を渡河してキエフを奪還するまで。ダム湖になって川幅が長大な渡河作戦は激烈を極め、ここでも当時の実録かと思わせるほど大規模な戦闘シーンが続きます。幽閉されたムッソリーニをヒットラーの特命によってドイツが救出したり(1943年9月12日)、テヘランでのスターリン、ローズベルト、チャーチルのテヘラン会談(1943年11月末)といったイベントも盛り込まれ、1944年の新年が明けるところで終わります。
ところどころにフィクションと思われる、ドラマ的な兵士たちの様々な葛藤が描かれるシーンが出てくるのですが、それが膨らんでいく感じはなく散文的なもの。展開も唐突な場面転換が多いので、(ソビエトに都合が良い)歴史的な時間推移を知る以外はなかなか難しい映画かもしれません。