2026年9月10日木曜日

Rough and Rowdy Ways (2020)


ボブ・ディランは2012年の「Tempest」リリース後、アルバムではアメリカの古い曲を再発見・再構築することに注力し、新しい自作曲はまったく登場していませんでした。しかし、2013年にはフランス政府から最高権威の勲章であるレジオン・ドヌール勲章(シュヴァリエ)を授与されたり、2015年にはグラミー賞関連団体からの「ミュージケアーズ・パーソン・オブ・ザ・イヤー」を受賞。そして、大きな話題となった2016年のノーベル文学賞受賞という具合に、長年に渡る音楽芸術の発展に寄与した功績が評価されています。

70代でいよいよ「過去の人」になったかのような印象を持ちますが、実は「Never Ending Tour」はほとんど同じようなペースで続いていて、それだけでも驚異的な事です。演奏スタイルは、立ってギターから坐ってピアノを弾くスタイルが増えたのですが、それくらいの変化に対して文句を言う者など一人もいません。

また、過去の未発表音源を集大成する「The Bootleg Series」が、続々と登場していて、その度ごとに埋もれていた名曲・名演に誰もが驚き、ディランの新たな評価につながりました。また、2019年に伝説的な1975年の「Rolling Thunder Revue」ツアーを題材にしたマーティン・スコセッシ監督によるNetflix映画が公開され、さらに注目を集めることになりました。

年老いてもこのペースで活躍し続けると思われた2020年、年明けから世界中を大混乱に陥れた新型コロナウイルスによるパンデミックが発生しました。4月からは日本ツアーが組まれていましたが中止となり、ディランに限らずほとんどの音楽家はステイ・ホームを余儀なくされ、活動を休止せざるを得ない状況になりました。

ところが、そんな中でディランがディランたる動きを見せます。3月下旬に、突然オフィシャル・サイトで「Murder Most Foul」を公開したのです。ケネディ大統領暗殺から始まり60年近いアメリカの文化史の移り変わりを描き出した17分近い新曲で、事前の予告などがまったく無かったことから業界やファンは騒然となりました。

さらに6月に全曲自作曲のニュー・アルバム「Rough and Rowdy Ways」がリリースされ、世界中で大ヒットしました。タイトルは直訳すると「荒々しく騒がしい道」ですが、まさにディランの生き様を象徴するような「波乱万丈」という意味がしっくりきます。

2019年12月初旬にツアーが一段落したところから、曲作りやリハーサルが始まっていたようです。このツアーのバンドはこの数年で自他ともに最も素晴らしいと評価されていたことが、創作意欲をかきたてたのかもしれません。

主なレコーディングはハリウッドで1月から2月に行われ、パンデミックによるアメリカ国内のロックダウンは各地で3月中旬から始まったので、もう少し遅かったら完成できなかったかもしれないギリギリのタイミングです。演奏にはツアー・バンドを中心として、フィオナ・アップル(p)、ベンモント・テンチ(key)、ブレイク・ミルズ(g)らのゲストが加わりました。

録音はディランのスタイルである、細かい打ち合わせはほとんどしないで、ほぼライブ感覚の一発録りで行われ、その場のミュージシャンは高度な緊張を強いられたようです。スタンダード集を経て、ディランのボーカルは渋味が増し、洗練されたさらなる進化が伺えることも含めて、アルバムは各方面で絶賛されました。

CDは2枚組で、1枚目には9曲、2枚目には「Murder Most Foul」の1曲だけという構成で、全部で70分。つまり、一枚のCDに収めることも可能だったにもかかわらず、「Murder Most Foul」だけを独立させたのには、この曲への強い思いが感じ取れます。

全体的には21世紀になってからのサウンド、つまりフォーク、カントリー、ブルース、ロックンロールなどの要素を取り込んだ、少し懐かしさを感じるようなムードの中にモダンな要素が取り入れられた音楽・・・という表現が順当なのか、正解がよくわからないところはあります。ただ、これが「ディラン」という種類のある種の音楽のジャンルみたいなものと考えれば、ディランは絶好調で我が道を進んでいるというところでしょう。


I Contain Multitudes
False Prophet
My Own Version of You
I've Made Up My Mind to Give Myself to You
Black Rider
Goodbye Jimmy Reed
Mother of Muses
Crossing the Rubicon
Key West (Philosopher Pirate)
Murder Most Foul

Bob Dylan (vo, g, harmonica)
Charlie Sexton (g), Bob Britt (g), Tony Garnier (b)
Donnie Herron (steel guitar, vn, accordion, mandolin)
Matt Chamberlain (ds)
Blake Mills (g, harmonium), Benmont Tench (org), Alan Pasqua (pf)
Fiona Apple (pf), Tommy Rhodes (b)

January ~ March, 2020, Los Angeles

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