夏季臨時休診

夏季臨時休診のお知らせ 8月14日(金)~8月19日(水)臨時休診します。

2014年2月14日金曜日

魚上氷

二十四節気で立春となり、春を迎えてから、実際の気候は寒さが爆発。首都圏でも、けっこう寒くて、特に朝はつらいものがあります。

今日は2月14日で、当然バレンタインデーとして定着した記念日ですが、七十二候では今日から魚上氷、うおこおりをのぼる。

川の氷が解けて、魚が顔を出す・・・って言われても、想像できない感じですが、いずれにしても暖かくなってきたよ~、という感じは出ています。

今日も天気予報は雪。真冬真っ只中です。冬来たりなば春遠からじ。

2014年2月13日木曜日

Daishin Kashimoto / Beethoven Complete Violin Sonatas

基本的に西欧で発展したクラシック音楽は、日本人のような異教徒にとっては、どうしても他人の家にあがる感覚というものがある。まして、演奏家が認められるということは、そうとうな天才と努力の両方が必要なのかもしれません。

クラシック音楽界に身を投じた日本人はたくさんいますが、世界から認められる存在は数えられるほどしかいません。作曲家では武満徹くらいしか思いつきませんし、指揮者なら小澤征爾、ピアノは内田光子、小川典子、バイオリンで五嶋みどりくらいでしょうか。

1999年に20歳でデヴューした樫本大進は、この数年最もめざましい活躍をしている日本人バイオリニスト。もっとも日本にいた時間はほとんど無いんじゃないかと思うくらい、海外での生活が中心。

最初に日本で名前が知られたのは、NHK大河ドラマ「利根とまつ」(2002)の音楽でしょうか。自分が注目したのはフランスのピアニスト、ル・サージュのシューマン・プロジェクト(2010)への参加でした。

シューマンの室内楽での、研ぎ澄まされたバイオリンに魅了された人は世界中にたくさんいたのではないでしょうか。ソロ、室内楽で着実に実力を磨いてきた樫本が、世界中、そして日本でも大喝采で知られることになったのがベルリンフィルへの参加でした。

それもベルリンフィルの第一コンサートマスターへ2010年12月に就任したわけで、これはもう日本のクラシック音楽界としては快挙としかいいようがありません。コンサートマスターということは、歴史のあるベルリンフィルのバイオリンのトップ、首席奏者ということです。

その樫本が、コンサートマスター就任後に始めた最初の大きな仕事が、ベートーヴェンのバイオリンソナタの全集録音でした。ベートーヴェンでは、ピアノは伴奏という枠には収まらず、対等なせめぎあいが魅力。コンスタンチン・リフシッツがその相棒として参加。

自分は知っている中で最もお気に入りで、スタンダードの位置にあるのがクレメールとアルゲリッチの演奏です。ムターはバイオリンが目立ちすぎ、 デュメイはおとなしい。イブラギノヴァは若さの勢いで大注目というところ。

さて、10曲あるソナタの中で、必ず最初に聴いてみるのが第9番です。通称「クロイツェル」で親しまれるこの曲は、まさにバイオリンとピアノの絡み合いがすさまじく、演奏者は高度の技術と感性を要求される永遠の名曲です。

まず最初の印象は、遅い。その分、バイオリンの音色をしっかりとコントロールしていこうという姿勢が見えてきました。全体的には悪くはないのですが、丁寧すぎる感は否めない。

コンサートマスターの立場から離れての個人の録音ではありますが、立場上あまり遊べないのかもしれません。もう少し冒険する部分があってもいいかもしれない、というところでしょうか。

後世に残る名盤とは言えませんが、バイオリン奏者にはベートーヴェンのバイオリンを攻略するお手本としては推薦しやすい。聴くだけの人にも、最初にお勧めするにはいいかもしれません。樫本はまだまだ30歳代なかば、これから更なる活躍が期待される逸材であることは間違いありません。

2014年2月12日水曜日

ソチ五輪 ~ 10代の夢

ソチ五輪は始まってまだ数日ですが、日本の選手はがんばっているものの、まだメダルに届かない・・・

と、思っていたら、なんと15歳の平野がスノーボード・ハーフパイプで銀メダルを獲得。王者ホワイトがミスをして4位でしたが、かりにホワイトがメダルに入っても、確実に平野は3位以内に入ったわけです。18歳平岡も銅メダルで、凄かった。

一方、期待の女子ジャンプ、17歳高梨は・・・残念、4位でメダルならず。周囲からの期待が大きすぎたのかもしれませんが、ワールドカップの時と違って、本人の好むと好まざるとに関わらず国を背負わされるのは大変です。

10代の選手は、今回の成績に関わらず、まだまだ4年後、8年後にもチャンスがあるわけで楽しみです。ただ、夏のオリンピックだけでなく、冬のスポーツに対しても国をあげての積極的な援助が必要かもしれません。

2014年2月11日火曜日

除雪作業

やっと中央道が開通しました。そこで、行ってみた。

もちろん、それなりの理由があってのことですけどね。
まだまだ除雪作業中でした。大部分は問題なく走れます。

なにしろ、8日の大雪で夜間に通行止め。9日は高井戸から諏訪まで、まったく通れない。10日になって、やっと一部区間が通れ。11日早朝に、チェーン規制は残るものの、なんとか全線が通行可能になりました。

路肩側に固められた雪が大量に残っていましたが、一部は車線を一つ潰して雪置き場になっています。

夜通し作業に追われたNexcoの方々は、ご苦労さまです。

2014年2月10日月曜日

ソチ五輪 ~ 残念!! 上村愛子

女子モーグルの上村愛子のオリンピックが終わりました。長野以来、ソルトレイク、トリノ、バンクーバー、そして今回が5度目の出場はすごいことです。

白馬出身で、小さい頃からスキーに親しんでいたとはいえ、4年に一度のオリンピックに5大会連続出場は、それだけで誇れる記録でしょう。

ただ、惜しい事に、メダルがなかった。7,6,5,4と来て、前回のバンクーバーで涙で「なんで一つづつなんだろう」という言葉が印象的でした。

そうならば今回はいよいよ3位以上のメダルが期待されましたが、残念ながら今回も4位。本人的にも、だいぶ素晴らしい滑りができたのだろうと思いますが、最後に抜かれてメダルを逃してしまいました。

レスリングの吉田沙保里が、オリンピック、世界選手権を連覇し続けているのも、凄い事ですが、金色をずっと取り続けいると勝って当たり前。もちろん、応援はするんですが、どうせ勝つだろうと思っているわけです。

上村は、なかなかメダルまで届かないところが、日本人の心をよりくすぐる。同じ「がんばれ」でも、本当にメダルを取らせてあげたいという気持ちがこもっているわけです。

さすがに、年齢的なことも考えると今回のオリンピックが最後でしょうから、ついに無冠の女王という感じになってしまいましたが、それでも試合後の「やりきった感」のある笑顔に救われました。

でも、本当は悔しいんだろうな・・・ご苦労様でした。

2014年2月9日日曜日

黄鴬見睨

暦の上では春が来た!! ・・・はずなのに、昨日は平成になって一番の雪でした。未明には雪は止んだものの、自宅のあたりでは40cmくらいの積雪となり、もう大変な状況。

スタッドレスタイヤの車でも、積雪が多すぎてまともに走れない。あまりの豪雪で、雪かきもまったく追いつかないという状況。

それでも、暦は今日から春の第2弾。七十二候では、黄鴬見睨、「うぐいすなく」なのであります。

ウグイスは、たまに鳴き声を聴くことがある。どこにいるのかはわかりませんが、比較的身近な鳥のような気がします。

ホー、ホキェキョ!!

2014年2月8日土曜日

吹雪

おやおや、まぁまぁ、こりゃまた・・・とほほほ。

今日の天気予報は、未明から雪。都心でも20cmの積雪が予想されている・・・ということは、うちのあたりだと、その倍は積もるのかも。

でも、最近はやたらと雪が降る降ると気象庁が言うので、たかをくくっていたら、どうも今回は本当のようです。朝起きた時点で、もう5cmくらい積もり始めていました。

いやぁ、まいるなぁ。9時過ぎからは、クリニックのあたりはほぼ吹雪状態です。ピーターパンならいざしらず、普通の大人になってしまった自分としては、ただただ困惑するだけです。

2014年2月7日金曜日

ソチ冬季オリンピック開始

昨夜から、いよいよ始まりました、冬季オリンピック。今回は、ロシアのソチという場所で行われ、オリンピックがなければ、あまり聞いた事がない場所。

そもそも、会場の工事が間に合うのかとか、テロに狙われていて危険度が高いとか、いろいろと本質と関係ないところが注目されていましたが、始まってしまえば競技の話題に集中したいところ。

すでにスノーボード、モーグル、フィギア団体などが開会式前に始まり、日本人選手が始動しています。ただ残念なのは、時差の関係で競技が行われるのが日本だと夜間が多い事。

さすがにおじさんは早寝早起きなので、この時間に合わせるのはかなりしんどいものがある。まぁ、なんとか、いけるところまで着いていきたいとは思います。

冬にもオリンピックがあると知ったのは、1972年の札幌から。特に印象に残っているのは、日本が活躍したスキージャンプと可愛いフィギアのジャネット・リン。

1998年の長野も、当然記憶に残る。スキージャンプ、モーグル、スピードスケートなど、日本人の活躍もずいぶんと増えました。

このあとくらいからでしょうか、フィギアスケートが注目されるようになったのは。一方、ジャンプは低迷気味。今回は、フィギアは男女ともに世界が注目し、女子ジャンプに期待の高梨がいます。カーリングやスノーボードなども気になるところ。

さぁ、がんばれ日本。

2014年2月6日木曜日

傑作の裏

広島出身の被爆2世の作曲家で、両耳の聞こえないことから「現代のベートーベン」とも呼ばれて話題を集めた佐村河内(さむらごうち)守さん(50)が、「交響曲第1番〈HIROSHIMA〉」などの楽曲を、実際には別の作曲家に制作を依頼していたと、佐村河内さんの代理人である弁護士が5日未明、明らかにした。音楽界などに困惑が広がっている。 ~讀賣新聞(2/5)

クラシック音楽が好き、というか音楽全般を好む人にとって驚愕のニュース。アイドル・タレントの本ならいざしらず、まさかクラシックの範疇でこういうことが起こるというのは想像もできませんでした。

去年、話題になった「交響曲第1番 HIROSHIMA」については、このブログでも取り上げたのですが、音楽としては正直つまらなかった。音の洪水という評価で、これを傑作と称して持ち上げる気にはならないのは今でも同じ。

音楽の好みは、聴く人それぞれの感性の問題ですから、その音楽がいいと思うならそれはそれでいいわけで、作曲者が誰であっても関係は無い話・・・ではありますが、なかなかそう簡単には割り切れないところ。

古くはモーツァルトの贋作とされている作品は数え切れないくらいあったりするわけですが、そうだとしてもその中には音楽として素晴らしいと思えるものもけっこうあったりします。

特に、この人の場合メディアが積極的に取り上げた事が大きい。何故取り上げたかというと、当然「聴覚障害者」だからであり、それが話題になりやすいということ。

最近の日本テレビのドラマの問題にも通じることかもしれませんが、話題作りのために障害者を利用するメディアの「常識」という図式が存在している。それは、視聴者側にも問題があって、潜在的にもそういうものを求めているということでしょうか。

テレビのドキュメントを見た後に、楽曲を聴いた人々の多くは、「聴覚障害者」が作ったと言う前提があって、それが個人の評価を「傑作」へ持ち上げる事になった部分は否定できません。

もちろん佐村河内氏の場合は、ゴーストライターの存在はもっと昔、世間に知られるようになった最初からのようですから(ほぼ全キャリア?)、本人が障害を利用して有名になろうとしたわけではないのでしょう。

メディアが取り上げて、いっきに有名になり、クラシックとしては異例のCDの売り上げを記録。当然、次回作が期待されると、本当の作曲者への要求が過大になる。佐村河内氏と真の作曲者との格差も急速に広がった事が、関係の破綻につながったのでしょうか。

なんにしても、社会に対しての「裏切り」であることは間違いなく、佐村河内氏と真の作曲者の両者に本当に才能があったとしても、二度と表舞台で取り上げられる事はなく、少なくとも一つの才能は終わりを迎えたのかもしれません。

2014年2月5日水曜日

雪は降る

昨日は「春」になったとたんに雪が降り、まだまだ冬まっさかり。どうも、最近の天気予報は、悪そうなときはやたらと悪く言うことが多い。

予報より荒れた天気だと「当たらない」と批判されますが、予報より良ければ誰も文句は言わないだろうということでしょうか。

ところが、天気が悪いとなると、とたんに患者さんが減ってしまい、クリニックは閑。本当に悪天候ならしょうがないのですが、それほどでないときは肩透かしを食った感じ。

そこで、雪にちなんだ唄とかを思い出したり。アダモの・・・って、アダモというと、今時はアダモちゃんを思い浮かべる人のほうが多いかも。

昭和の人間は、アダモといえば外人の歌手で、日本語で歌う事で記憶に残ります。今でも活動されていて、熱心なファンもいるんだそうです。

♪ 雪は降る 患者さん来ない
  雪は降る そうじはかどる

もうすぐソチ五輪です。

2014年2月4日火曜日

東風解凍

昨日は節分。節分は季節の分かれ目で、当然この時期ですから、冬から春になるわけです。暦は、ここですべてリセットされるわけで、ある意味本当の意味での1年の始まり。

二十四節気だと、大寒から立春に移る。一番寒そうな大寒の後ですから、いきなりポカポカというわけにはいきませんが、春が立つと思うと、気持ちも晴れやかになってくる。

そして七十二候では、東風解凍(はるかぜこおりをとく)となり、まさに東から吹いてくる暖かい風に喜びを感じるわけです。とは言っても、そう感じるのは人だけ。

実は、馬はそうは思わないらしい。 耳をなでる暖かい風が吹いても、馬はなんとも思わない・・・と、誰が調べたものか。そこで、人の言うことを聞かずに我が道を行くことを「馬耳東風」と言ったりするわけです。

そういえば、70年代に渡辺貞夫、日野晧正ら日本のジャズが元気だったときに、かれらを束ねたEastWindというジャズ・レーベルが立ち上がりました。ここから発信された音楽は、ジャズのフォーマットを持ちながらも独特の雰囲気があり、若さの熱気が感じられるもの。

EastWindはまさに東の風ですし、そしてレーベルを象徴する日野晧正と菊池雅章の双頭ユニットがKOCHIでした。ここでは、アメリカ発祥のジャズで日本人にしかできない音楽を聴くことができます。

今日は旧暦の元旦、一年の始まり、一年の計は元旦に有りです。今年の目標を立てそこなった方は、もう一度リトライするチャンスです。

2014年2月3日月曜日

チャップリン「黄金狂時代」 (1925)

1914年2月に銀幕デウューしたチャップリンは、瞬く間に人気者になり、出演する映画は次から次へと製作されます。最初の年には36本に出演し、特に4月以降は自ら監督もこなし、20本が監督・脚本も兼ねています。

当然サイレント映画ですから、セリフは関係なくチャップリンのドタバタの滑稽な仕草が受けたわけでしょう。ほとんどは20分以下の短編で、他愛の無い内容のものがほとんど。まだ、後年のメッセージ性はほとんどありません。

1915年には会社を移籍して13本、1916年は9本、1917年は4本という具合に本数は減っていくのですが、内容的にはしだいに濃くなってくるのが、順番に見るとよくわかります。

そして、人気を不動のものにして経済的にも余裕ができたのか、ついに自分のスタジオをハリウッドに持つことができて、映画会社も興したのが1918年。

ここからは、有名な短編がぞくぞくと生まれ、1918年には「犬の生活」と「担え銃」、1919年には「サニーサイド」と「一日の行楽」、1921年には「キッド」と「のらくら」、1922年は「給料日」、1923年に「偽牧師」が製作されました。

そして仲間とユナイテッド・アーティスツを作って、ついに1923年に長編「パリの女性」が作られます。ただし、これはコメディではなく、チャップリンは登場しない。その後は、数年ごとにどれもが傑作といえるようなチャップリンの長編映画が続くことになります。

これらの作品では、確かにチャップリンの超人的な動きによる笑いが映画の重要な要素としてあるわけですが、笑いの後ろには人間のドラマがしっかりと描かれている。特に哀愁(ペーソス)を隠すための笑いであり、また人間の幸福とは何かということを絶えず訴えてくるものなのです。

そんな中で、淀川長冶さんが、最も大好きだったのが「黄金狂時代」ですが、現在一般的に見ることができるのは、1942年にチャップリン自ら、音楽とナレーションをつけたサウンド版と呼ばれているもの。

字幕ででた分を、言葉として説明したり、一部はセリフのようにアフレコした感じに仕上がっています。画面が字幕で分断されることがないので、見ていて話の連続性が感じられ、現代の目からすると出来栄えは素晴らしい。

サイレント映画とは思えないくらいに、音楽もうまくかみ合い、一部の効果音を取り入れて、映画としての完成度がより高まっています。ちょっと前に完全トーキーの「独裁者」を作ってみて、チャップリン自身がサイレントの限界みたいなものを感じたのかもしれません。

でも、他の作品をサウンド版にしていないのは、もともとサイレントで撮ったものはそのままがいいと思うところもあったのかもしれませんね。実際、「キッド」や「街の灯」のこどもや女性の声をチャップリンがアフレコするのは雰囲気を壊すかもしれません。

サウンド版のエンディングは恋しい女性と再会して、新聞記者が「ハッピーエンドですね」と言って終わります。一方、オリジナルでは、そのあとに二人が見詰め合って記念撮影をするところでキスをして終わるんです。

個人的にはオリジナルのほうが、幸せそうなチャップリンの笑顔が印象的で好きです。たぶんもサウンド版は言葉で説明したので、内容がだぶる映像をカットしたのかもしれません。 もしかしたら、戦時下という時節柄キスシーンは遠慮したのもしれませんね。

2014年2月2日日曜日

チャップリン「独裁者」 (1940)

映画についても、ずいぶんと書いていますが、好きな映画人は決まっていて、アルフレッド・ヒッチコック、ルキノ・ヴィスコンティ、黒澤明、そしてクリント・イーストウッド。

つまり、この4人は全作品を制覇したい対象ということで、だいたいこの4人で映画に関する楽しみは事足りてしまうということなんですが、実は大事な人を一人忘れていました。

それが、チャールズ(チャーリー)・チャップリン(1889-1977)です。日本で言えば昭和の前半が主として活躍した時代ですから、自分が興味を持ったときにはすでに引退していました。

最初に、チャップリンという名前を頭の中に刻んだのは、実はコント55号の萩本欽一さんがらみ。こどもの時に、テレビ番組で当時人気絶大だった欽ちゃんが、引退してスイスにいたチャップリンに会いに行くというのがあった。

欽ちゃんが、それほど会いたいというのなら、相当すごい人なんだろうと思うわけです。しかも、実際行ってみると、まったく会ってくれない。欽ちゃんほどの人気者(・・・日本だけのことですが)を、門前払いするなんて、どれほど偉いんだろうと。

今はウィキペディアで、簡単に当時の話が確認できます。1971年のことだったんですね。少なくとも、何となくチャップリンのあのいでたちは知っていましたが、当時は実際の映画を見ることはできなかったので、こういう話で伝説のスター的な記憶が残ったわけです。

そして、もう一人、映画の話となるとなくてはならないのが淀川長冶さん。テレビ朝日の日曜洋画劇場は、かなりの頻度で見ることがあって、そこで前後に出てくる淀川さんのチャーミングな解説と、「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」は昭和のお茶の間の定番でした。

その淀川さんが大好きで大好きで、事あるたびに話にだしていたのがチャップリンでした。映画会社に入社した関係で、チャップリンに会ったことがある数少ない日本人の一人となりました。

80年代にNHKがずいぶんと集中的にチャップリンの映画を放送したことがあり、ちょうどビデオデッキがあったためしっかりと録画して、短編も含めて初めてしっかりとみることができました。ただビデオがβだったので、せっかく録画したものの繰り返し見ることはできませんでした。

今はDVDやBlurayの時代で、もちろんチャップリンの作品は繰り返し発売されているわけですが、最近やっとまとめて手に入れることができました。そこで、初めて気がついたのですが、チャップリンの初めての映画作品は1914年。つまり、今年はチャップリンが映画に登場してから記念すべき100周年なんです。

初期のサイレント作品は、10分~20分程度のものが中心で、さすがにいくらリマスターされても、画質的にはかなり苦しいところがあります。チャップリンの芸術的変遷を研究していくには重要な作品が目白押しではありますが、やはり映画史上忘れられないのは長編作品でしょう。

その中で、自分の場合一番に位置づけたいのが「独裁者」です。これは、チャップリンにとって最初の完全トーキーであり、今の映画感覚での鑑賞が可能なんです。つまり、サイレント作品の歴史的な位置づけとは別に、最近の映画と同列に評価できるわけです。

この作品については、もういくらでも評論はあって、いまさら自分ごときがどうのこうの言う必要もないくらいの名作とされています。一言で言えば、ヒットラー率いるナチス・ドイツを笑いの中で痛烈に批判した映画。

今でこそ、独裁者としてのヒットラーやナチスが行った残虐行為に対する批判はいくらでもあるわけですが、この作品を見る上で最も重要なことは、この作品が作られた1940年の世界の情勢です。そこを抜きにすれば、単なるブラック・コメディとなってしまうかもしれません。

第一次世界大戦ご政界に進出したヒットラーは、1929年の世界恐慌により国民の政府への不満に乗じて一気にその存在が知られるようになりました。1932年に首相、1934年には大統領も兼任し独裁体制が確立しました。1938年に、ついに隣国オーストリアを武力で併合したのです。

アメリカ国内では、この時点ではヒットラー手腕を評価する声も出ていたらしく、必ずしもヒットラーの独裁がすべて批判されていたわけではないようです。しかしユダヤ人に対する迫害はすでに始まっていて、それらを危惧する文化人も現れ始めていたのです。

チャップリンは、予定していた次回作を見送って、急遽ヒットラー批判の映画を作ることを決断したのですが、真っ向から他国の現役の指導者を揶揄することは、相当な勇気がいることだったのではないでしょうか。今だったら、大きな外交問題になることは必至です。

最大の見せ場は、もちろん最後の演説シーンです。約6分間、途中で一瞬失意の恋人のカットが入りますが、ほぼワンカットで独裁者に対する批判を展開します。もちろんチャップリン自ら監督・脚本をしているわけで、これが心からの悲痛といもいえるチャップリンの叫びなのです。


映画史上、最高の名場面にあげられることが少なくない、現代社会にも大きな意味を持つ演説であり、チャップリンが単なるコメディアンという枠ではおさまらず、映画という道具を用いて世界に向けてメッセージを発信する偉大な文化人たる所以でしょう。

興味深いのは、チャップリンはホロコーストの存在は当時知らなかったと述べていることで、もしも知っていたらこの映画は作れなかったとも言っています。つまり、最も深刻な悲劇においては、もう笑いが入れる余地が無くなるということです。ですから、ナチスの残虐性がほぼ明らかになった今では、このような映画が登場することはおそらくないでしょう。

2014年2月1日土曜日

S - 最後の警官

あっという間に1月が駆け抜け、今年もあと11ヶ月です・・・速いなぁ。

それはともかく、今期のテレビドラマなんですが、あまり面白そうなものがない。1年の始まりとしては、ややパワー不足・・・と自分勝手に思っているところ。

医療系ドラマは、嘘っぽさばかりが目立ってみる気がしないのはいつものこと。ちなみに昨年視聴率をとった某番組ですら、なんで人気なのかまったく理解できないわけです。

何年か前まで、トレンディの代表だった月9ドラマ。今回は嵐の松潤と石原さとみの組み合わせ。1回目だけ見ましたが、 松潤の夢想ばかりで話の展開がわからない。石原さとみの役どころが、あまりにバカっぽくて、とてもついていけません。

何かと話題が多いのが「明日ママがいない」で、制作サイドはまじめな意図で作っていることを協調していますが、そもそもタイトルからして「芦田愛菜がいない」をもじったギャグだろうことは明らか。

少なくとも、昼の愛憎ドロドロドラマのようなやりすぎの展開を、こどもたちが演じているのがあまり楽しくない感じでした。社会問題を提起するというのであれば、やり方は他にいくらでもあるはず。

いろいろな批判によってドラマが中止されるというのは別の問題で、もちろん基本的にテレビにはスイッチがあって見るか見ないかの選択は視聴者にある。嫌なら見なければいいだけですが、本質はそういうドラマを歓迎する人がたくさんいるということかもしれません。

相変わらず警察物は花盛りで、今期もたくさん放送されています。そんな中で「S-最後の警官」は、たまたま一回目を見てもまあまあ楽しめた。テレビとしては比較的派手なドンパチがあるのですが、基本的コンセプトが「誰も死なせない。犯人も殺さない」というところがいい。

原作はマンガだそうで、アクションだけでなく、何故誰も死なせないのかということを二人の違う立場の警官の異なる経験を対比していく展開はいいと思います。

犯人が死んだら、被害者側の残されたものは、どうしてこの悲劇が起こったか納得できる説明がなく、その怒りの矛先を失う。だから、犯人を絶対に生かして捕まえたいという主人公の意思は納得できる。

一方、犯罪者は絶対に許されず、殺してもかまわないと考えている警官がいる。ただ、それは司法権限を手に入れているかのような錯覚であり、ある意味合法的な私刑になるわけで、そこをうまく説明していけるかが大事になってくるかもしれません。