2021年4月26日月曜日

ヨーロッパの解放 III (1971)

国策映画、あるいはプロパガンダ映画と呼ばれる類の政治宣伝が主目的の映画があり、一般の娯楽映画とは区別されます。特に戦時中においては、国民の意識を高揚させ団結を強固にする目的で各国で国策映画は盛んに制作されました。

アメリカもその例にもれず、ハリウッド作品の中にも見られます。名作とされる「カサブランカ(1942)」も、娯楽性を入れながら国策映画としての一面が含まれています。ヒッチコックも積極的な国策映画を作っていますが、一般向けのものとしても「逃走迷路(1942)」のような境界が曖昧な作品もある。

ロシア、旧ソビエト連邦は戦前から戦中、そして戦後にかけて国策映画の宝庫と言えます。共産主義国家として、映画産業すらも国営であったのですから当然と言えば当然のこと。

その大半は「モスフィルム」という国営スタジオで制作され、黒澤明監督の「デルス・ウザーラ(1975)」もここで作られています。「ヨーロッパの解放」も、当然モスフィルムの制作で、一大国家事業として完成した作品。

全5部からなるこの作品の中で、一番長いのが第3部で「大包囲撃滅作戦」という邦題がついていて2時間を超えるもの。

1943年11月に行われたテヘラン首脳会議において、ソビエトからの強い要望に応え、イギリス・アメリカを中心とした連合国軍は、半年後にフランス北部に第二戦線を構築することを決定します(オーバーロード作戦)。第3部はこの場面からスタート。この議事録はスパイの手によってナチスにもたらされますが、猜疑心の塊のヒットラーは偽情報として取り合いません。例によって、スターリン以下、そっくりさん俳優が登場し、スターリン以外の外国語台詞はボイス・オーバーがかぶさります。

ドイツ対ソビエトの東部戦線は、ソビエトが1943年夏にクルスクの戦いを制し、その勢いでドニエブル川を渡河し、1944年初頭にはウクライナに進軍していました。ソビエトは夏の攻勢について、フィンランドを叩く北部、ベルリンへの最短距離にある白ロシア(現ベラルーシ)に進軍する中央、そしてルーマニア、ブルガリア、ハンガリーなどのバルカン諸国を制圧する南部に分けて、一気に広域で決起することにし、ナポレオンのロシア遠征で功をなしたバグラチオン将軍の名を冠した作戦を立てました。

連合国軍のオーバーロード作戦の開始、ノルマンディ上陸、そして西部第2戦線が開始されたことに呼応して、あらかじめ白ロシア内のドイツの主要補給路である鉄道を破壊し、6月23日にバグラチオン作戦が始動しました。ウクライナ方面を主戦場に見せかけ、白ロシアの沼地・湿地帯を戦車が突破していく、ドイツ軍の想定外の突撃によりソビエトは深くドイツ占領地域に深く切り込み、ついにポーランドの土を踏むことに成功します。

一方、ドイツ国内では、東西からの攻勢により、危機感をつのらせた上級士官らがヒットラー暗殺および連合国軍との講和を画策しクーデターを起こします(7月20日事件)が失敗し、国内の混乱を露呈しました。イギリス首相チャーチルは、ヒットラー暗殺失敗よりも、ソビエトにポーランドを取られたことを悔しがるのでした。

今回も、ソビエト将兵と従軍看護師ゾーラとの恋愛模様が少しだけ盛り込まれていますし、たぶんこのシリーズで最大のセクシーな見せ場としてゾーラの川での沐浴なんてものもあります。もっとも、素肌が見えるのは足だけですが・・・単なる記録映画にしない努力なんでしょうけど、ほぼ意味が無く浮いているのはご愛敬。

相変わらず、空撮による平原での戦車部隊の戦闘は迫力があります。ただし、8月のワルシャワ蜂起についてはまったく触れずに1944年が終わってしまいます。カティンの森事件の根本と同じで、ソビエトとしては終戦後民主化運動の旗頭になりうるレジスタンスがドイツ軍に一掃されることを期待して、一時進軍を停止し見殺しにしたという見方はあながち間違いではないように思います。

この映画のDVDは以前発売された(2003年)ものは、まるで8mmで撮影したものかというくらいひどい画質でした。音声も画面とずれているようなかんじもあったりと、正直見るに堪えない感じ。ところが2012~13年に日本のテレビ・アニメとして「ガールズ&パンツァー」という萌え萌え系が放送され、その余波でなんとこの映画がリマスターされるという不思議な展開になりました。

2014年に発売されたリマスター版は、十分に鑑賞に堪える画質となり、音声もステレオ化して映画ファンも納得。DVDケースは、アニメのイラストのタイプと、通常のタイプが用意されています。