年末年始診療 12月29日~1月5日は休診します

年内は12月28日(土)まで、年始は1月6日(月)から通常診療を行います

2018年12月26日水曜日

是枝裕和 #3 DISTANCE (2001)

3作目の是枝裕和監督の映画は、本人自ら認めているように、まさにどこまで映画として成立できるかの実験です。前作「ワンダフルライフ」のリメイク権をハリウッドが買ってくれたことでできた予算の余裕がなければ、商業映画としては絶対に作れなかったもの。

新進気鋭の映像作家の若さがなせる作品という言い方も、あながち無理がありません。つまり、一般に受け入れられるかどうかで成功か失敗かの二者択一ならは、どちらかというと失敗作。ただし、確実に伝わる現実味のあるメッセージを感じることができます。

ドキュメンタリー作家が、フィクションをどれだけノン・フィクションとして見せられるかということで、一番の特徴は台本にセリフがほとんどなかったということ。俳優には、キャラクターの説明と、最低限の行って欲しい言葉が書かれた紙だけが渡され、相手がどう出るかは知らされていませんでした。

つまり、ほとんどは俳優がその人物になり切って、初めて聞く相手の言うことに反応して、自然と口から出るだろうことを話すというのは、ほぼドキュメンタリーです。
音楽は一切無し。カメラは手持ちの一台で長回し。感度の高いフィルムを使用しているのか、ノイズが多めの画面がリアルさを増幅させます。

ドキュメンタリー作家としても、是枝が注目してきた「オウム真理教事件」をモチーフにしています。あるカルト教団が、大量殺人を実行してから3年目。教祖は自殺し、教団により暗殺された実行犯の遺族4人が、慰霊のため実行犯が潜伏していた山奥の湖に集まるところから話が始まります。

花屋で働く敦(ARATA)の姉の夕子(りょう)は、何かの歴史の終わりと始まりに立ち会うために教団に入っていきました。水泳コーチをしている勝(伊勢谷友介)の兄は、医学を志す半ばですが、医学では肉体しかなおせないことに不満を持ち出家します。

普通のサラリーマンの実(寺島進)の妻は、忙しくてしっかりと自分に向き合ってくれない夫を避けていくうちに教団に感化されていきました。そして、高校教師のきよか(夏川結衣)は大学での同級生の夫(遠藤憲一)とこどもと暮らしていましたが、夫は真理を探究するために家族を捨てて入信します。

4人は帰りに乗って来た車が盗まれて途方に暮れていましたが、元信者の坂田(浅野忠信)の案内で、かつてのアジトにしていた近くのロッジで一夜を過ごすことになります。坂田は次第に教団に対して疑問を持ち、事件が起こる直前に脱走していました。そこで、5人はいくつかの会話の中から、それぞれの家族が壊れていく様子を回想したり、語ったりするのでした。

翌朝、何とか通りがかりの車に拾われ駅に戻った4人は、それぞれの現在の家族に無事を連絡し、電車に乗り込みます。皆が寝込んだ時、坂田は寝てい無かった敦に声を掛けます。「夕子さんからは弟は数年前に自殺したと聞いています。ところで、あなたは一体誰なんですか?」

ある日の事、あの湖にやってきた敦は、桟橋から山百合を投げ入れると「とうさん・・・」とつぶやき、火をつけて炎をあげる桟橋を背にして去っていきました。

通常、何かの事件があると、メディアが取り上げるのは悪の加害者、悲惨な被害者、そして悲しみの被害者家族の三者のどれかの立場からの視点。ところが、ここでは加害者側の家族と言う、まったく新しい立ち位置から話が進みます。

最っも重大な加害者というと自殺した教祖であることは明らかで、その家族が登場するということはストーリーの枠をかなり大きく拡大するはずです。実は映画の冒頭で、敦が周囲からは父親と思われている入院している老人に対して、家族とは思えない会話をしていたことが最後に氷解した気がします。

いずれにしても、ほぼ全編にわたって俳優たちの芝居じみていない自然発生的な会話が、ある種のリアリティにつながり、予定調和を崩しているにも拘らず一本の映画として成立できていることはこの監督の一つの到達点であることは間違いありません。