是枝裕和の監督作品、第4弾は、明らかなそれまでの4作品とは異なります。確実に、新しいステップに入ったことを感じることができる作品です。
人の生活の営みの中で、「あるある」をうまく表現する是枝の特徴が、作り込まれたストリーの中にはっきりと見えました。そして、時代劇であることから、ドキュメンタリー作品出身の是枝のこれまでの最大の武器の多くを封印したように思います。
さらに、前作で余裕ができたのか、多くの有名俳優を揃えたことも、ある意味「映画的」ですし、彼らをとらえる主観的な映像も多く、初めて意識的なカット割りを行う事で、場面転換にスピード感があります。
監督自ら語っているように、この映画のテーマは「仇討ち」ですが、仇討ちよりも大事な何かを見つけた喧嘩に自信が無い侍の話。赤穂浪士の武勇伝の陰には、数百人の主君の仇討ちから逃げた者がいるという、誰もが注目しなかったところから思いついたという。
そして、もう一つは黒澤明監督に対する挑戦。白黒映画である「どん底」や「隠し砦の三悪人」をあげて、汚れ具合のリアルさをカラーで表現してみたかったというのが面白い。
自分としては、最初の印象は「どですかでん」を思い出しました。一本の芯となるストーリーと、長屋に住む人々のちょっとした脇道の話がたくさん絡んでくるところが、黒澤へのオマージュでないはずがありません。
時は元禄、戦の無くなった文化が爛熟する時代。信州から父親の仇討ちのため江戸に出て来た宗左衛門(岡田准一)だったが、剣の腕はからっきしだめ。
同じ長屋に住んでいるのは、夫に先立たれたらしいシングル・マザーのおさえ(宮沢りえ)、仕官の夢を捨てきれない落ちぶれた侍(香川照之)、仇討ちのため隠れ住んでいる医者の十内(原田芳雄)、何かの過去をひきずるクールな遊び人(加瀬亮)などなど。
他にも、代書屋(中村嘉葎雄)、大家(國村隼)、その後妻(夏川結衣)、お調子者たち(平泉成、田畑智子、古田新太、上島竜兵、木村祐一、千原靖史などなど)などが、いろいろ騒ぎ立てます。
宗左衛門の伯父(石橋蓮司)、弟(勝地涼)も話に割って入ってきます。宗左衛門の仇の十兵衛(浅野忠信)、十内のもとに集まる赤穂浪士(遠藤憲一、寺島進、田中哲司)などは、是枝作品ではお馴染みになってきた面々が固めています。
いわゆる「グランド・ホテル」形式なんですが、その割には初めて有名どころの俳優を大勢扱う是枝にしては、うまくまとめあげたと言えます。サイド・ストーリーだけで、数本の映画ができるくらいのアイデアですが、メインの「仇討ちをしない」ことを盛り立てる方向性がぶれていない。
落語の「花見の仇討ち」をうまり利用したりするあたりは、是枝の発想の柔軟性を感じます。そもそも、元々のモチーフである仇討ちから逃げた赤穂浪士をメインにしなかったことで、見ている側がいろいろと想像する余地を残してくれているようです。
是枝作品としては、比較的地味な扱いをされている本作ですが、後年の「海街ダイアリー」などにも通じる、是枝作品のリアルな人間観察を積み重ねをきわめて「映画的」に作り上げた最初の作品だろうと思います。