2019年1月4日金曜日

是枝裕和 #7 空気人形 (2009)


前作が、言ってみれば「ホーム・ドラマ」というジャンルで、是枝監督の代表的な作風を作り出したのですが、一転して今回の作品は、かなりソフトな衣装をまとった硬派な作品です。

ソフトというのは、いわゆる「ダッチワイフ」と呼ばれることがあるねビニール製の空気を入れて使う性的玩具が主人公であるということ。ハードなところは、「人間とは」とか、「幸福とは」とかというようなかなり根源的な命題を提示しているところ。

エロっぽいシーンもあるので、是枝作品のほのぼの感を期待していると、ひどいしっぺ返しをくらいます。正直、見終わった後に、それなりの疲労感を感じる映画でした。

中年にさしかかって、若い上司に怒られながらファミレスの店員を続ける秀雄(板尾創路)は、家に帰ると空気人形の「のぞみ」(ペ・ドゥナ)を恋人のようにして生活していました。最初の登場シーンでは、いかにものビニール製の人形ですが、ある朝、秀雄が出かけた後に少し動き出していくシーンは、本当の人の動きのように見えます。

心を持つことになったのぞみは、窓を開け外の世界に興味を持ち、メイド服の姿で外出します。そしてレンタル・ビデオ店の店員の純一(ARATA)と仲良くなり、そのまま店でバイトを始めます。ある日、釘で腕が裂けてしまい空気が抜けてしまいますが、純一がおへそのところにある空気の栓から息を吹き込んで事なきを得ました。

それまで、ただ知らないことだらけで、いろいろな知識を吸収して成長していたのぞみは、好きな人の息で満たされたことで、「老いること」あるいは「死ぬかもしれないこと」を受け入れることができるようになります。

のぞみは自分を作った工房にでかけていき、人形師(オダギリジョー)と再会します。人形師は何で心を持ったかはわからない、でもどのように扱われてきたかで同じ顔に作った人形でも、それぞれ個性を持つようになると話します。

秀雄はいくらでも代わりがいる店員ですし、純一も自分の生き方に疑問を持ち続けてきた様子です。他にも、登場するのは何か事件が起こると「私が犯人です」と交番で話し出す老婆(富司純子)、その話を聞いてなだめる警官(寺島進)も警察官としてのストレスを溜めているらしい。

若い娘ばかり人気があって不満だらけの中年受付嬢(余貴美子)、都会の生活に心をすり切らして過食症になっている娘(星野真里)、酸素無しでは生きていけないのにタバコが好きな元教師だった老人(高橋昌也)などなど・・・・

のぞみは自分の事を繰り返し「私は空気人形。性欲処理の代用品」と言いますが、人間も代わりがきく存在で、ある意味「人形」みたいなもの。一つ一つの出来事を新鮮な思いで経験していくのぞみの方がはるかに「人間的」ということ。

唯一無二の存在である人なんて、何十億の人間の中でごく一握りです。自分を含めて、大多数の人は代替のきく存在ですが、それぞれの生活は千差万別。そこに、何かしらの生きていく意味があるんだろうということなんでしょうかね。