夏季臨時休診

夏季臨時休診のお知らせ 8月14日(金)~8月19日(水)臨時休診します。

2007年10月10日水曜日

The Enforced Health Part3

※ 先に The Controled Health Part1 Part2 Part3 および The Enforced Health Part1 Part2 をお読みください

厚生労働省の会議室では、いつものように委員会が開かれていた。
司会を務める若い次官が話し始めた。
「皆さん、本日は今朝の新聞に載った重大な記事についてのご意見をいただきたいと思います」
「それなら、わて見たで。これがほんまの事やったら、ぎょうさんまずかろう」
「そやそや。国が健康データを書き換えて、国民をリストラしとるなんちゅうことがほんまのことやったら、医療に対する信用が台無しや」
「そもそも健康管理ICカードの発案者で、実際に運営しているのはあんさんやろ。どういうことか、ちゃんと説明しなはれ」
そう言われて、委員会の全員の視点の先には、比較的委員としては若い男がいた。
「皆さん。ご心配をおかけして申し訳ありません。今回の報道は事実ではありませんが、いろいろ誤解を招くような部分があったことは否定できません。この点については、積極的に事態を改善いたします所存でございますので、ご安心ください」
「そないなこというたかて、実際にカードのデータが悪い方に書き換えられている証拠も出ているやないか」
「健康管理の実態を知らぬものが、勝手に持ち出したことです。何年か前の状況を思い出してください。救急のたらいまわし。診療報酬の下方改定でやる気をなくした医者。在宅を押し付けられ疲弊した開業医。産科・小児科医不足。さらに、ジェネリック薬品の普及で新薬を作る意欲を失った製薬会社。この厚生労働省も認可した薬の副作用をおそれて責任をなんとか転嫁することばかりを考えていましたね。そして、ますます増え続ける高齢者に対応できなくなった社会保険制度」
「何が言いたいんや」
「つまり、今の現状はそのすべてが解決しているとは思いませんか。近隣諸国を植民地化するような、過去の過ちは二度と繰り返すことはできません。私たちは知らなくてもいい事、知らない方がいい事があるのです」
誰もそれ以上の意見を述べるものはいない。ただただ互いに顔を見合わせるだけであった。

S社の担当者と新聞記者は、再びカフェでコーヒーをすすっていた。
ICカード読み取り装置は、あれからすぐに使用できなくなった。健康管理データのフォーマットが変更され暗号化されたため、まったく対応できなくなったのである。そこらにある普通のカードなら携帯電話でも読み取れる。商品としての価値は無い。
新聞記事を書いて見たものの、あまりの反響のなさに記者は驚いた。一度手に入れた安全な生活の基盤は、簡単には崩したくないのは誰も同じ。


「旨い物を食べると、不味い物は食べれなくなる」
「そうだね。僕もこの首筋に埋め込んであるICカードがあるから、安心して生活していることに気がついたよ。人間はもともと50年程度の寿命の生物だから、そこから先はおまけみたいなものなのかな。80才になったら、君はどうしているかね」
「生きているさ、あいかわらず。その時にできることを精一杯やっているよ」
「・・・長生きは罪なのかな」
「そんなわけないさ。長生きは人としての正当な権利だ。自分自身を信じることができないことが罪なんだよ」

いつものスーパーで、いつもの主婦の会話。
「A社の会長さん亡くなったそうよ」
「大きな会社ですものね。充実した人生だったのでしょうね」
「最近は病気の予防が大切なのはわかるけど、結局病気にならないようにするために使っているお金ってバカにならないわね」
「そうなのよ。うちの子供たちでさえ、毎月健康審査うけているのよ。そのたびにこれ飲め、これ食べろといわれるでしょう。病気になってから治療を受けるほうが保険も使えて安上がりだわ」
「12階のタナカさんのおじいちゃんは、俺は病気にならないって言って、全然健康診断とか受けないんですって」
「そういえば、あのおじいちゃんはもうじき90才くらいよね」
「もっと自分の体力に自信を持ってもいいんじゃないかしら」
「うちのダンナも、同じようなことを言っていたわ」
「結局、バランスよね」
「そうよね」

(おわり)

この話はフィクションです

2007年10月9日火曜日

The Enforced Health Part2

※ 先に The Controled Health Part1 Part2 Part3 および The Enforced Health Part1 をお読みください

データをじっと見ていた担当者が、怪訝な顔をした。
「あれ、どうして・・・最近のデータが頻繁に書き換えられています。何か覚えはありますか」
「どういうことかね」
「すみません。ちょっと説明はできないので、後日あらためてうかがってよろしいでしょうか」
「うむ。それでは連絡をお待ちしている」

秘書がお茶を出して退室すると、会長が切り出した。
「ようこそ。わざわざもう一度きてもらってご足労でした」
「いえ、とんでもありません。実は、大変なことがわかりました。ただ、それを申し上げていいのか・・・」
会長室には、会長とS社の担当者しかいない。
「かまいませんよ。いまさら病気がどうのこうの言われても、気にする年じゃない」
「いえ、そうではなくて、会長のデータが書き換えられているということなんです。つまり、病院で検査をする、データがカードに書き込まれる。すると直後に、別のネットワークがハッキングして読み出し、さらに別のデータで上書きをしているようなんです。データの中身は書き込まれるときに、それ以前のデータスペースが完全に消えるわけではなく、読み取りのための目次項目が追記されていきます。通常は目次項目のみを読み出してデータとして表示しますので、そのような上書きがあってもわかりませんが、私どもの新製品は、データスペースを直接読み出すのですべてのログとともに、時系列でデータの変化がわかります。」
「難しいことは私にはわからんので、結局どういうことか手短に説明していただきたい」
「つまり、どこかで何者かが健康管理データを操作しているということです」
「そんなことはありえんだろ」
「事実です。会長のデータは去年までの分は、何も問題はありません。今年になってから、少しずつデータが改竄されており、特にこの3ヶ月はすべてが書き直されて、どんどん健康状態を悪く見せています」
「確かに、自覚症状もないのにどんどん病気が増えている。毎日飲む薬の量がどんどん増えて、むしろそっちの方で体がすぐれない気分だ」
「この数年、病死者の大多数が80歳くらいということはご存知でしょうか。80歳以上の人口は激減しています。80歳以上の人口が減ったおかげで、何年も前に予想された社会の高齢化率がにぶり介護保険財源が余剰となっています。」
「つまり・・・」
「つまり、何者かの操作によってある一定の年齢で、病気をでっち上げることで、誤った医療を行わせる。消極的な人口の間引をおこなっているのではないでしょうか。若者の健康管理データはまったくいじられた形跡はありません。知り合いの80歳前の方のデータを10人程度調べさせてもらったところ、すべての方が同じような結果でした」
「救急保険がはじまり、ICカードの埋込みが義務化された裏には公安の強い要請があったという噂を聞いたことがある」
「そうですね。一個人がどうにかできる話ではありません。国家単位での統制された意思が働いていると考えないとつじつまがあいません」
「これは、犯罪なんだろうか」
「増え過ぎた人口、増大する高齢化社会、社会保障費の増加。何年か前までいわれた、いろいろな問題がだんだん議論する必要がなくなってきていることはまちがいありません。超高齢者が激減していますから」
「国家を安定させるためか。では、長生きは罪なのだろうか」

S社の担当者は、友人の新聞記者と待ち合わせをしていた。街のカフェに座って見ていると、前を行き来する人々は健康には何の不安も無いように見える。経済も安定し、生活にゆとりが生まれてきている。
「待ったかい」
急に声をかけられ、振り向くと新聞記者が立っていた。
「それほどでも」
「何だい。急な用時っていうのは」
S社の担当者は、注文のコーヒーが運ばれてくるのを待って、これまでの経緯を説明した。新聞記者は、うなずきながら身じろぎもせずに聞き入っていた。
「・・・長生きは罪なんだろうか」
話し終えると、新聞記者の反応を探るように見つめた。
「それが事実としたら、国家を構成する国民のリストラだな。強制的定年退職。リストラされた側はいろいろな不満を持つが、それによって企業は生き残っていく。企業努力としては当たり前のことで、批判されるものではない」
「でもリストラされた人は本人の努力によっては第2の人生があるけど、国民のリストラは次は無いんだぞ」
「そうだ。そこは営利目的の企業とはちがうところだ。リストラ以外で企業の生き残り策といえば、次は買収あるいは合併だ」
「それは・・・戦争ということ・・・」
「それは極端すぎる話だよ。とにかく命の大きさは無限大であるという基本的な認識を無くすことはできない。君はその会長さんに頼んでその新製品を何とか普及してもらうといい。俺は少しずつ外堀から埋めてみるよ」

(つづく)

この話はフィクションです

マルタイ+長浜屋=強力タッグ?


こんなカップ麺を見つけてしまいました。マルタイはインスタントの棒ラーメンで有名で、昔から自分はファンなのです。世の中にはコアなファンが多く、必死に買い求める人も珍しくはありません。長浜屋といえば、博多ラーメンの有名店。
この二つが合体すれば、どれだけうまいのだろうか、とファンとしては否が応にも期待が高まります。普通なら3分間のところが90秒というのも、博多とんこつの細めんゆえに、いいぞいいぞ。封を開けると、麺は確かに細めん。でも、なんか普通っぽいなぁ。あまりストレートではない感じ。
お湯を入れて90秒後。スープを入れます。うーん、なんか普通な匂いだなぁ。

食べてみます。やっぱり普通だなぁ。味も普通だなぁ。どこにマルタイ君いるの? インスタントに作る技術だけの提供かい?
というわけで、博多の風は吹いてこず、しょせんその他のカップ麺ということか。残念。

2007年10月8日月曜日

The Enforced Health Part1

※ 先に The Controled Health Part1 Part2 Part3 をお読みください

いつもの夕暮れ時、買い物客で賑わうスーパーでは、近所の主婦の四方山話に花が咲く。
「5丁目のスズキさんのところのおじいさん亡くなったそうよ」
「まあ、けっこうな年じゃなかったかしら」
「そう。80才」
「あら。80才」
「ひところは寿命がどんどん伸びて、90才、100才は珍しくなかったのに、最近は少ないわよね」
「そうそう、角のサイクル・ショップのご主人も、この前80才で亡くなったよ」
「そういえば・・・」

そういえば、人々は最近80才で亡くなることが多いことに薄々気がついていた。しかし、それが何なのかはわからないし、漠然とした不安としか言いようが無いことなので、それ以上に詮索をする者はいない。

救急医療体制が崩壊し、一般医療保険と介護保険に続く第三の保険、救急保険が導入されて何年もたった。納税額に応じて扱いが変わる救急保険のため国民総生産は上がり、世の中はすべてがうまくいっているように思える。 国民は、しだいに病気になると金がかかるのだという意識から、国をあげて病気の予防に注意を払うようになった。
ひところ過酷な勤務で激減した医者の数であったが、病人が減少したためにあまり問題にならなくなった。かわって活況を呈しているのが健康産業である。テレビをつけると、××を食べて健康になろうとか、××をやって体を元気になどのコマーシャルばかりである。そして、ほとんどの人が率先して保険外の健康診断を受け、病気が軽いうちに発見することにやっきになっている。
なのに、長生きできない。素朴な疑問だ。

世界を舞台に成長し、国内でも有数の企業となったA社の会長はもうじき80才の誕生日を迎える。認知症もなく、まだまだ行動にも支障がある程に体力が落ちたとは思っていない。さらなる10年間にやりたいことは山ほどあるのだ。
しかし、最近になって、どうも体調がおかしい。おかしいというより、自分では問題が無いのに健診の結果が悪いのだ。その結果、むやみやたらと薬をのまされる。今日も、会社の健康管理室の専任医師の診察を受けた。
「いやー、どうも尿に糖とタンパクが出ていますね。血液の肝機能もかなり悪い。今の薬だけでは不十分です」
「そんなこと言って、この前からどんどん薬が増えているじゃないか。効かない薬なら飲まない方がましだろ」
「悪くなったら、もっと飲まなければならないのですよ。ここは我慢をしてください」
「・・・しかたがない。じゃ、そこに置いといてくれ。私は次期企画の大事な商品の見学に行って来る」
そういうと会長は会議室へ向かった。

会議室では、すでに企画会議が始まっており、主な部署の担当者が一同に会して、いくつかの商品の説明を受けていた。会長が入っていくと、起立した。
「いや、皆さん、気にしないでもらいたい。私は単なるオブザーバですから、いつものように進めてください」
「はい。それでは、次の商品に移りましょう。持ち込まれたS社の方、ご説明願います」
「ありがとうございます。それでは私どもの新製品、健康ICカード読み出し装置をご説明いたします。今や皆さん健康は守って勝ち取るものではなく、攻めていく時代といえます。今までは体内に埋め込んだICカード情報を健康診断や病気で病院に受診したときにはじめて読み取って情報として利用していましたが、自分でいつでも読み出すことができれば、大変細かい健康管理が可能になります。この機械は腕時計型のコンパクトさで、体内のカード情報の詳細なログを読み取り、あらかじめセットした気になる健康項目に対して経時的にモニターする機能があります。それでは、実際にやってみましょう」

そういうとS社の担当者は、会長に向かってお辞儀をした。
「もうしわけありませんが、もしよろしければトライしていただけますでしょうか」
「体への影響はないのかね」
「基本的には読み出すだけで、それ以上のことはありません」
「よし、じゃ、やってみよう」
会長は、そういうと、腕に装着した。確かに痛くも痒くもなく、重くも無い。スイッチを押すと、小さなLEDランプが点灯し、数秒後に中央のパネルにいろいろな文字が現れた。すると担当者の横に置いてあったコンピュータの画面が変化し、いろいろなデータが書き出されてきた。

(つづく)

この話はフィクションです

整形内科医、参上。

自分は、医者になってからというもの、ずーっと整形外科医なのですが、整形外科というのは基本的には手術してなんぼの医者であるわけです。あすなろ棒屋先生は泌尿器科医と呼ばれますが、あまり泌尿器外科医とはいいません。

体の特定の部分に特化して、内科的な治療も外科的な治療もするのですから、整形外科も骨・関節・筋肉科とか運動器科とかいう名前だったら、もう少し通りがよかったかもしれません。もともと骨折を「矯正する」というところから整形という名前が出てきて外科から独立したので、しょうがないのですが、いまでも形成外科や美容整形と勘違いしている人が大変多く、説明するのに苦労する場合があります。

しかし、開業して基本的には手術をしないようになってみると、ある瞬間自分は整形内科医であると思わざる得ません。もちろん、今でも腱鞘炎などの小手術はクリニックでやっていますし、ちょっとしたものは近くの病院で手術を組んでいます。大学でも、いろいろな手の変形などの手術もしているわけですが、ふだんクリニックでやっている診療の大部分は手術の前までの段階の治療になります。

特に関節リウマチを扱っていると、まずは副作用の多い薬の治療が中心になりますので、内科的なケアがたいへん重要になってきます。また、他の薬との兼ね合いもあるので、高血圧・高脂血症・糖尿病などの頻度の高い病気については、初期治療をあわせて行ったり、胸のレントゲン写真も見る機会が多くなります。自然と、一般的な病気の記事などに目が行くようになり、ますます「内科医」的な状況になっていくのです。

また、当直のバイトをしていると整形外科的な問題で診察をすることは、外来でも入院でもほとんどありません。熱が出た、かぜをひいた、お腹が痛い、下痢・嘔吐、めまいがするといった症状がほとんど。中には喘息の発作、不整脈、異物誤嚥、精神疾患、吐血などなど、かなり大変なものもあります。事前の情報で、さすがに専門のところに行った方がいいと思う場合はお断りしますが、時に突然外来にくることもしばしば。

まあ、これも自分の勉強、簡単なことならなんでもコンビニエンスな医者というのも、厚生労働省がひそかに画策しているらしい「総合診療科」創設の動き(病院は専門、開業医はなんでも)を考えると必要なことでしょうか。

2007年10月7日日曜日

贅沢は敵だ、いや味方だぁ


今日は、昨日のお泊りと明日のお泊りの狭間で、ちょっと贅沢な夕食です。ちょっと煮物系とか麺類が続いたので、生物(いきものではありません)中心です。

まず、右上。尾赤鯵です(2尾分で480円)。ちょっと大ぶりな味ですが、とりあえず最初はこんなもんでいいでしょう。刻んだ長ネギと一緒にしょうが醤油でいただきます。

続いて左上。豚しゃぶです。たまねぎスライスと一緒にポン酢で合えました。もちろん、想像通りの味です。ちょっとフィールドに思いをはせたいなぁ、というところでしょうか。唯一、加熱した料理。

そして、本日のハイライト!! 左下。するめいかソーメン(5ハイ398円の特売)をまわりを囲ってきゅうりの城壁に守られているのはミンククジラだぁ!! 捕鯨の問題は、ちょっと横においておいて、あざみ野三規庭富士ガーデンで閉店間際にゲットした1柵980円・半額シール付き。鯨は大和煮の缶詰でしか食べたことが無かったので、刺身と言うのは初めてです。牛肉や馬肉に比べると淡白で、あー海の食べ物だなぁと思いますが、まぐろなどに比べれば陸の味だぁ、という感じ。

そしてとりを勤める右下、手前がブリの腹身(1柵680円)と奥の北海タコ刺し。さすがに腹身を選んだので、油がのってうまいことうまいこと。

だから、どうなのといわれると困るんですが、とにかく美味しかったので報告しちゃいました。

パソコンはどこにいくの?

このブログのアクセス解析で見てみると、巷で使用されているパソコンの現状が見えてくるようです。使用されているOSはWindows XPが86.9%、Windows Vistaがわずかに5.5%、以下Windows 2000、Linux、Windows Sever 2003、Windows Me、Mac、Windows 98が数%ずつとなっています。

鳴り物入りで登場したWindows Vistaは、まったく伸びていないことに驚かせられます。もちろん、あくまでも一般家庭でのシェアの話ではあります。確かに、自分も現状でクリニックと家庭で使用しているPCはWindows XPが10台、Windows 2000が3台で、Vistaはまったく使用していません。もっともクリニックの分は電子カルテの関係もあり、勝手にversion upできないわけですが、個人的なものも、あえて変える気にはなりません。理由? だってお金がかかる。下手するとハードも変えないといけない。機能面で変わりが無い。使いたいソフトが無い、等など。これはβ版やトライアルなども使用しての結論で、Vistaを使用したことがないわけではありません。

1979年にNECが家庭でも使用できるPC-8001を発売して、一般的になってきたパソコンですが、はじめはマニアが多く、急速なハードの進化やOSの進化を歓迎し、もっともっと早くて便利なものが要求されていました。MicrosoftのOS(Operating Soft)もMS-DOS ver.6まで毎年のようにかわり、この上で動くgraphical interface softwareとしてWindowsもクレードアップされたのです。

そしてWindows95が発売されてついにMS-DOS ver.7を取り込む形となり、現在の方向性が決定付けられました。これは、マニアだけのパソコンから誰でも使えるパソコンへの分岐点といえます。さらにWindows 2000からマニア専用であった、WindowsそのものがOSという状態が、一般向けに広げられ、WindowsXPで完成したということが言えます。

パソコンに詳しくない人は、当然要求度は低くなります。また、こんなこともパソコンでやりたいというリクエストは、どんどん実現するに従って減っていくのは当たり前です。しだいに現実と夢のギャップがなくなっていきました。さらなる夢をみるだけのイマジネーションが無くなっているのかもしれません。ある意味ではMicrosoftの基本戦略が、自らの首を絞めたのかもしれません。

インターネットの普及も、一部の研究機関専用から、Windows 95で一般でも使用されるようになりいっきにひろがりました。それまでの一対一のパソコン通信と違い、自由度の高さからその利便性は明らかで、ネット社会があっというまに構築されたのです。そうすると、ネットの制約から世界的なグローバリゼーションが求められ、どのパソコンでも同じことができないと消費者は購入しませんから、OSの勝手な進化がしずらくなったのではないでしょうか。

Vistaは「眺望」という意味。まさに見た目の改善にとどまり、今後の展開へのbridging softwareであると考えるとMicrosoftに怒られるでしょうか。Star Trekでエンタープライズのデッキで使用されているようなインターフェースが未来のパソコンの姿なのでしょうか(現実にはほとんど実現していますが、まったく普及する気配はありません)。でも、それはあくまでも30年前に想像した未来であって、今考えられる未来とは違います。2001年に宇宙の旅は実現しませんでした。鉄腕アトムも登場していません。パソコンに限らず、もう一度、人間は大きな夢を見ることが必要な時期になってきたのではないかと思います。夢は進歩していくための原動力ですから。

2007年10月6日土曜日

患者さんが亡くなるということ

整形外科は骨・関節・筋肉・末梢神経などの運動器を扱います。比較的患者さんが亡くなることが無い科で、自分もそれが志望理由の一つだったことは否定できません。だからこそ、患者さんが亡くなると強烈に印象に残ります。

医師免許をもらって、まだ半年くらいの頃にガンの骨転移のために骨折して入院している方がいました。状態が悪化してきたため個室に移された時に、天井の模様を見て「この部屋の天井には笑顔がない」と弱々しく言ったのが忘れられません。

3年目の時に、3才のこどもが事故で左上腕からほぼ切断状態で運ばれてきました。あまりに挫滅がひどく、再接着はほとんど無理な状態でしたが、お母さんの「腕を切らないで」という希望で、即座に切断することはしませんでした。しかし、予想通り腕はすぐに壊死になり、切断しないと感染が全身にまわって危険だと説明しましたが、なかなか納得がえられませんでした。そして、夜中に心停止。全身の感染を引き起こしショックになったのです。夜が明けるまで数時間心臓マッサージをしました。強い意思で説得して、早くに切断していれば死なせずにすんだという強い後悔が残りました。

若い女の子で、神経から発生した悪性腫瘍の患者さんがいました。お姉さんがたびたび見舞いに来ていたのですが、状態が悪くなってからはほとんど付きっ切りになり、かなり疲れている様子でした。「少しは家に帰って、ゆっくり風呂に入って休んだ方がいいよ」と話すと、「今夜は大丈夫ですか」と聞かれ、「大丈夫。お姉さんが帰ってくるまでは、ちゃんと見ているから」と答え、お姉さんを帰宅させました。そういう時に、状態が急変するなんて、なんで待っていてくれないの。なんとかお姉さんが戻るまで、もたすことができましたが、後で病理解剖をして肺のなかのほとんどを占めている腫瘍を見たときは、どれほど本人はつらかったのか想像して本当につらい気持ちになりました。

骨肉腫の男の子は中学生で、サッカー選手になる夢を楽しそうに語っていました。つらい抗がん剤による化学療法に耐えてもらうために、病気の詳しい話を本人にしました。涙がこぼれていました。でも、必死に抗がん剤の副作用にたえてくれました。何度も嘔吐し、髪の毛が抜けてしまっても、薬が効かなくて早めに足を切断しても、「サッカーはできなくなったから、リハビリの先生になって自分と同じような人をたすける」という新しい夢を持ちました。しかし、肺に転移がみつかり手術。再び手術。そして、次の夢を語ることなく旅立っていきました。

開業してからは、もちろん直接患者さんが亡くなるということはありませんが、以前に自分でもガンであることをご存知の方が、そこからくる痛みを何とかして欲しいと通院されていました。近くの自費診療の先端医療のクリニックに通院されていて、その治療についてはなんとも言えませんが、ご本人は大変に期待されていたようです。でも、はたから見てもどんどん悪化している様子で、あまりに苦しそうだったので胸のレントゲンをとりました。空気が入れる場所はわずかで、これではどうにもならないと思いました。そのあと数回はいらしたのですが、ぷっつりと来院しなくなりました。何か少しでも役に立てたのだろうか、と自問自答しますが、まだ答えはみつかりません。

リウマチで通院していた方で、下痢がとまらないとよくぼやいていました。抗リウマチ薬の副作用とも考えにくく、リウマチの合併症ではないかと考えていました。しかし、あまりに食事が取れなくなりやせだして、さすがに消化器の先生にみてもらったところおなかのガンが見つかりました。しばらくして、ご家族から亡くなった事を知らせていただきました。入院する直前に「こっちに引っ越してきてからいいことが全然ないんだけど、よかったのは先生と知り合えたことくらいだわ」といわれたことが思い出されました。見つからない答えの一部かもしれません。

医者の俗語で「ステル」という言葉があります。ドイツ語の「ステルベン(死)」からきていますが、「昨日患者さんがステった」というような使い方をします。でも、そこには「捨てる」に通じる響きがあり、自分は好きではありません。どうか、若い先生方にお願いです。たくさんの見習って欲しいことが先輩方にあるとは思いますが、この言葉だけは真似しないでください。ひとりひとりの患者さんが、今の自分を作ってくれた大切な患者さんなのです。

Lazar Berman / Annees de pelerinage

19世紀にハンガリーに生まれたフランツ・リストは、作曲家として有名で、特にそのピアニストとしての技量は他の追従を許さないほどといわれています。ピアニストを目指す人にとっては、リストの曲を弾きこなすことは至難の業であり、ホロヴィツにさえ「演奏不能」と言わせるほどの難曲が目白押しです。
リストのピアノ独奏曲集は高度な技術で圧倒する曲が多い中、「巡礼の年」は大変余情的な曲想が多く、リストの作曲家としての完成度の高さを示す代表作といわれています。

1999年にフジ子・ヘミングが「ラ・カンパネラ」を引っさげて、再び世間の注目を浴び、アルバムのなかにショパンと並んでリストの曲も好んで取り上げていました。「泉のほとりで」は「巡礼の年」の中の1曲で、フジ子・ヘミングの演奏で初めて聞いたのですが、リストという作曲家のイメージ゛を随分と変えさせた曲でした。

以来、全曲を聴いてみたいと思っていましたが、全曲録音はなかなか見つからず、その全容を聞くことはあまりありません。しかし、最近やっと旧ソ連のピアニスト、ラザール・ベルマンの演奏(1977)で聴くことができました。ベルマンはリストの「超絶技巧練習曲」を弾き倒したことで有名で、その超テクで腕っぷしの強いところばかりが目立つところがありますが、この「巡礼の年」全曲で、繊細なしなやかな演奏をこなしリスト弾きとしての面目をたもちました。いずれも、すばらしい演奏で、それぞれの情景が余すところ無く描かれています。

フジ子・ヘミングはいろいろな意味で、クラシックのピアノをまじめに聞いてみるきっかけになったので、可能であればフジ子・ヘミングで「巡礼の年」を全曲聴いてみたいなぁ、と思います。

2007年10月5日金曜日

Art Pepper Meets the Rhythm Section


ジャズはドラッグ無しでは成長していなかったわけで、暗いクラブとタバコの煙と酒とともに、多くの音楽家を高揚し、そして死に追いやった。Charlie Parkerはドラッグのためなら平気で友人を裏切った。Bill Evansは黒人中心の社会の中で白人として仲間に入れてもらえるためにドラックに手を出し、そして死ぬまで共にした。

Art Pepperも、ストレートで爽快なアルトサックスでWest Caost Jazzの人気スターにのし上がり、そしてドラッグで潰れてしまった一人だ。しかし、幸い友人たちの協力のもと復活。往年のファンを楽しませ、幸せな晩年をすごすことができた、数少ないミュージシャンである。

Meets te Rhythm Sectionは、1957年に当時最強といわれたMiles Davisのoriginal quinteのリズム・セクションほそのまま使って吹き込まれ、名盤紹介ではずれることのないペッパーの代表作である。
最初の You'd Be So Nice to Come Home to は数々のボーカルで有名なミドル・テンポの曲だが、マイナーな曲にもかかわらず、ペッパーのアルトはとても楽しそうである。続いてRed Garlandのシングル・トーンをころがすようなアドリブは、ボスのマイルスがいないことから大変リラックスしており、そのままPaul Chambersの安定したベースソロへ渡していく。そしてPhilly Joe Jonesとの軽い挨拶代わりのブリッジを経てテーマに帰ってくる。全編リラックスしたムードが漂い、全員が演奏を楽しんでいることがよくわかる。
それは真ん中のペッパーの十八番であるStraight Lifeで頂点に達し、走る走る。ペッパーの本領である、流れるようなフレーズがとどまることを知らずにあふれ出すのだ。それにしても名人チェンバースのアルコ・ソロはやはりいらない。最後のThe Man I Loveではアルトとピアノのユニゾンがテーマを呈示するところは、即席のグループにしてはよく練られていて面白い。

秋の夜長にかまえずに聞くことが出来て、ジャズの楽しさを伝えてくれるアルト・サックスのアルバムを1枚あげろと云われたら、文句無くお勧めするのはこれだ。

2007年10月4日木曜日

テニスにまつわる思索


今となっては誰も信じてくれないとは思いますが、自分は大学の硬式テニス部の主将だったのです。高校まではスポーツといえば、剣道くらいしかやったことがなく、大学に入ってからはあの汗臭さはもういやだ、と思っていました。大学生といえば華麗なテニスでしょう、というミーハーな気持ちから入部したのでありました。

しかし、間違っていました。それは同好会の空気であり、我がテニス部は体育会系硬派庭球部であったのです。朝練、午後練は当たり前。時には本学のほんちゃんの体育会と合同練習というメニューもありました。合宿では「振り回し」という、あっちこっちに球出しされるのを、足をふらつかせながらひたすら拾いに行く。不始末があると学年全員正座をして反省。

練習が終わると、重たいローラーを仲間で引っ張ってコート整備。当時は、石川ひとみの「まちぶせ」が流行っていて、夕闇のコートでみんなで歌いながらの整備は、まさに「青春」でした。とは、いっても、全員が学年を超えて仲が良く、特にレギュラーに恵まれなかった自分たちの学年も、誰も最後までやめませんでした。きびしいようで、先輩も「飴と鞭」をよく心得ていて、コートの外ではとても面倒見のいい方々でした。


当時のラケットはウッドが主流で、アルミシャフトやグラスファイバーが出始めた頃です。ボルグはドネー、マッケンローはウィルソンウッド、コナーズはウィルソンアルミ、キング夫人とナブラチロアはヨネックス、エバートはウィルソン。スイートスポットという言葉があって、ラケットに張ったガットの中心部、直径10cm程度の範囲にボールを当てないと、ちゃんと返せない。そのためには、ボールが飛んでくる方向に即座に反応して体を平行にしてテイクバック、膝を曲げて体制を作ったら、手首を固定して体のちょっと前でボールをとらえ、膝の屈伸でドライブをかけ、そのままラケットを前方に投げ捨てるようにフォロースルー。

今となってはデカラケが当たり前で、どこに当たってもボールは返る。オープンスタンスでもOK。手首は捻りたいだけ捻ってもOK。だんだんテニスのスタイルも変わってしまいました。でも、基本というものを、もう一度考えてみる必要があります。スポーツでいう基本というのは、体に負担をかけずに最大の効果を出すやり方なのです。これは長い時間の中で、少しずつ精錬されてきた結果、つまり先人の知恵の結晶ともいえます。どんなスポーツでも、ケガをしたらつまりません。そのへんを考えて欲しいと、整形外科医になった今の自分は思っています。

2007年10月3日水曜日

医師会へ加入すること

最近の相撲協会は話題に事欠きませんが、今日龍虎(元放駒親方)が面白いことを朝の番組で言っていました。
「相撲協会は親方の集まり。親方はひとつの商店みたいなもので、相撲協会理事長は商店街の組合長みたいなもの。それぞれの商店のやり方に口を出せない。商店のひとつが不祥事を起こしても、責任は商店主がとるものであって、組合長は関係ない」
なるほど、と思いました。ただ、国技という責任あるスポーツを束ねていくのですから、まったく知らぬ存ぜぬでは通らないでしょう。国技として優遇されている部分は公的なところなんですから・・・

そこで、強引に医師会の話です。Doctor Mがブログで医師会について書いておられたので、自分も改めて医師会というものについて考えてみました。
医師会というのは、一般の人から見るとどのような組織なんでしょうか。開業医が集まった協同組合みたいなもので、ある時は圧力団体というところでしょうか。建前としては、開業医だけでなく勤務医を含めた医者全体の非営利組織であり、加入は任意です。昔は、加入していないと、実質的に開業医は仕事にならず、ほとんど入るのが当たり前で、実際に政治に対して圧力をかけていました。

現在はかなりの未加入の開業医が存在しますし、一部の業務についてはできませんが、ほとんど多勢には影響はありません。しかし、加入する医者のほうが多いし、ある程度の大きさの病院では、医長クラス以上はたいてい加入します。
医師会も相撲協会と同じで、ひとつひとつのクリニックは個人営業であり、医師会に加入しているからといって、営業方針を強制されるわけではありません。医師会の仕事は、それらのばらばらの個人事業所の共通の利害関係を整理し代行することにあります。それらのほとんどは、地域への貢献と医者同士の連携ということでしょうか。従って、目に見えるような得することがあるわけではありません。

地方自治体から、いろいろな事業を委託されたり、地域のイベントを主催したり参加することで、一般の方の健康を維持する一翼を担っています。このような公的な仕事は、医師会に加入しない個人では出来ないことで、より積極的な貢献だと思います。保健所の仕事を手伝って、いろいろな予防接種などに協力し、簡単な休日・夜間救急を輪番で行っています。大病院が、重傷度の高い救急しか扱わないような現実が実際にありますので、これらは大変重要な仕事です。
医師会に入るか否かは、これらの仕事に関わっていくつもりがあるか無いかで決まってくるのでしょう。自分のクリニック以外の「余計な仕事」はしたくないならば医師会に入らないほうがいいです。積極的に医師会の仕事をしたくはないという気持ちもわかりますが、組織に加入すれば、なんらかの制約が生じることは避けられません。

病院と診療所、あるいは診療所と診療所の連携も大変に重要です。個人商店の各クリニックだけでは、いろいろ限界がありますが、協力することでできなかったこともできるようになります。診療そのものも、営業的なノウハウについても情報交換をしやすくすることが、医師会に入っている大きなメリットの一つです。

しかし、確かに医師会という組織に問題が無いわけではなく、むしろ問題がたくさんあるというのが実際のところでしょう。まず、OPENではないということがあります。入会からして、入会金などは公表されていません。大阪では500万円ともいわれています(横浜はそんなことはありません)。また、確かに古い体制をひきずっているところがあり、もっと今風の構造改革はあってもいいでしょう。

特に都筑区のように、診療所が乱立している地域では、新規の商店が増えれば客を獲られるということから、既得権に固執するのも頷けます。建前では、より一層の努力をしていくことが普通の商店での生き残り策なわけですが、医療は制約が多く、広告はできず診療費の値引きもできません。また自費診療を混在させることも多くの場合規制されています。
さらに「医療改革」の名の元に診療報酬は引き下げられる一方で、自己負担増から患者数も伸び悩むという状況では、新規開業をそのまま受け入れることは死活問題なのです。医師会の中にも、新規参入を防ぎたいという意見が出ることは止められません。自分も本音の部分では、同意せざる得ません。しかし、少しでも専門的にも特化した部分で、他の診療所と差別化していきたいと考えますが、政治家は「総合診療科」という形式に打ち出し、診療所のカラーを無くす方向性を考えています。
医師会というのは任意組織ですから、根本的に会員の利益を優先して考えることは当たり前で、現実に開業医が中心となっている組織である以上、現実の医療の現場との整合を考慮して、このような問題になんらかの対策をとっていくことは正当なことであろうと思います。

ただ、自分は政治家ではありませんし、今まで自分が蓄積してきた知識と技術を医術という形で、還元していきたいだけです。一度に何百人もの人を治すこともできませんし、最近流行の「神の手」のような注目されるようなことをやっているわけでもありません。一人一人をこつこつと治療して、喜んでもらいたいだけなので、地域という空間は当たり前のことですが大変重要な要素だと考えています。その重要な空間に溶け込んでいくためにも、都筑区医師会という組織は存在価値があると考えます。
上部組織である横浜市医師会、神奈川県医師会、日本医師会となっていくと、地域からは離れていき、患者さんよりも医者同士に向いている割合が増えていくように思います。もちろん必要な組織ではあるのですが、これらについては人にまかせておきたいと思うのはわがままでしょうか。

なんだか、いつもあまり深く考えずに書き出してしまうので、こういう話はいつもまとまりがなくなってしまい申し訳ありません。もっと書くと、さらにまとまりがなくなり、さらにぐちになってしまいますので、今日はこの辺で・・・・

2007年10月2日火曜日

今時、ねるねる


ねるねるねるね・・・・知っているでしょ。見たでしょ。買ったでしょ。食べたでしょ。
10年位前に流行りましたね、いわゆるサイバー菓子。えらく甘くて、毒々しい色は、どう考えても体によくなさそう。親としても、こどもに与えるのはためらうけれど、ついつい面白そうなんで・・・

なるなるみになる。枝みたいな形のプラッスチックの先端にゼリーがつく。これ、けっこう好きでした。
どこまででるでる、うにょうにょなどいろいろありました。実際のところ、普通の添加物で作ってあるそうで、思われているほど有害ではないようですが、自然食品からはほど遠い。
うちの高3が、昔の録画を見ていたら魔女が出てきてねるねるしているコマーシャルを見て、小学生の頃を思い出し、どーしても食べたくなって買ってきたのです。おー、とか、わー、とかいいながらねるねるしていました。色が変わるのは、リトマス試験紙と同じ酸度の変化による純粋に化学的変化によるんだぞ、などの解説付きで楽しんでいました。成長したなぁ。

2007年10月1日月曜日

都筑区の防災計画

神奈川・箱根町で震度5強、M4.9・・・今朝のニュースですが、なんかいよいよ関東もきたか、という感じでしょうか。
都筑区医師会防災担当理事の自分としては、ちょっとドキっとなります。医師会に入会している先生方は、この地域で同じような地震が起こったら、各救護拠点にただちに自主的に参集して被災者に対しての救護活動を行う義務があることをご存知でしょうか。医師会は横浜市との間に協定を結んでおり、それに基づいてそれぞれの先生の出動先についてはアンケート&アナウンスがすでに行われています。

しかし、実際のところいろいろな制約もあり、どこまで現実的な動きが期待できるかは不透明というところ。これから、担当理事としては早急に現実的な対策を整備する必要を感じています。ついこの前の防災訓練は、特にそういう注意を喚起する役目としては大変に意義のあるものでした。新潟などで起こっている震災を、対岸の火事のように見ている場合ではありません。

12月9日には、都筑区公会堂で防災に関する講演会を医師会と都筑区の共催で行います。元NHKニュースキャスターで、防災に関するリスクマネージメントに詳しい吉村秀實さんがお話をしてくれます。また自分も一般の方でもできる救急処置の話をさせていただきます(ちなみにもうすぐ町の中に貼り出されるポスターはAsunaro Design Houseの仕事です ^_^;)。続いて、日程は未定ですが救命講習会も企画する予定になっています。医者だけでなく、すべての人が意識を高めることが大切ですので、ぜひご参加ください。