2007年10月10日水曜日

The Enforced Health Part3

※ 先に The Controled Health Part1 Part2 Part3 および The Enforced Health Part1 Part2 をお読みください

厚生労働省の会議室では、いつものように委員会が開かれていた。
司会を務める若い次官が話し始めた。
「皆さん、本日は今朝の新聞に載った重大な記事についてのご意見をいただきたいと思います」
「それなら、わて見たで。これがほんまの事やったら、ぎょうさんまずかろう」
「そやそや。国が健康データを書き換えて、国民をリストラしとるなんちゅうことがほんまのことやったら、医療に対する信用が台無しや」
「そもそも健康管理ICカードの発案者で、実際に運営しているのはあんさんやろ。どういうことか、ちゃんと説明しなはれ」
そう言われて、委員会の全員の視点の先には、比較的委員としては若い男がいた。
「皆さん。ご心配をおかけして申し訳ありません。今回の報道は事実ではありませんが、いろいろ誤解を招くような部分があったことは否定できません。この点については、積極的に事態を改善いたします所存でございますので、ご安心ください」
「そないなこというたかて、実際にカードのデータが悪い方に書き換えられている証拠も出ているやないか」
「健康管理の実態を知らぬものが、勝手に持ち出したことです。何年か前の状況を思い出してください。救急のたらいまわし。診療報酬の下方改定でやる気をなくした医者。在宅を押し付けられ疲弊した開業医。産科・小児科医不足。さらに、ジェネリック薬品の普及で新薬を作る意欲を失った製薬会社。この厚生労働省も認可した薬の副作用をおそれて責任をなんとか転嫁することばかりを考えていましたね。そして、ますます増え続ける高齢者に対応できなくなった社会保険制度」
「何が言いたいんや」
「つまり、今の現状はそのすべてが解決しているとは思いませんか。近隣諸国を植民地化するような、過去の過ちは二度と繰り返すことはできません。私たちは知らなくてもいい事、知らない方がいい事があるのです」
誰もそれ以上の意見を述べるものはいない。ただただ互いに顔を見合わせるだけであった。

S社の担当者と新聞記者は、再びカフェでコーヒーをすすっていた。
ICカード読み取り装置は、あれからすぐに使用できなくなった。健康管理データのフォーマットが変更され暗号化されたため、まったく対応できなくなったのである。そこらにある普通のカードなら携帯電話でも読み取れる。商品としての価値は無い。
新聞記事を書いて見たものの、あまりの反響のなさに記者は驚いた。一度手に入れた安全な生活の基盤は、簡単には崩したくないのは誰も同じ。


「旨い物を食べると、不味い物は食べれなくなる」
「そうだね。僕もこの首筋に埋め込んであるICカードがあるから、安心して生活していることに気がついたよ。人間はもともと50年程度の寿命の生物だから、そこから先はおまけみたいなものなのかな。80才になったら、君はどうしているかね」
「生きているさ、あいかわらず。その時にできることを精一杯やっているよ」
「・・・長生きは罪なのかな」
「そんなわけないさ。長生きは人としての正当な権利だ。自分自身を信じることができないことが罪なんだよ」

いつものスーパーで、いつもの主婦の会話。
「A社の会長さん亡くなったそうよ」
「大きな会社ですものね。充実した人生だったのでしょうね」
「最近は病気の予防が大切なのはわかるけど、結局病気にならないようにするために使っているお金ってバカにならないわね」
「そうなのよ。うちの子供たちでさえ、毎月健康審査うけているのよ。そのたびにこれ飲め、これ食べろといわれるでしょう。病気になってから治療を受けるほうが保険も使えて安上がりだわ」
「12階のタナカさんのおじいちゃんは、俺は病気にならないって言って、全然健康診断とか受けないんですって」
「そういえば、あのおじいちゃんはもうじき90才くらいよね」
「もっと自分の体力に自信を持ってもいいんじゃないかしら」
「うちのダンナも、同じようなことを言っていたわ」
「結局、バランスよね」
「そうよね」

(おわり)

この話はフィクションです