切ったら、最後に縫い合わせることをしないと手術は終了しません。手術の中身は大事ですが、いつでもどんな手術でも皮膚を縫合することは必ず付いてくるのですから、手術の基本中の基本であるといえます。
お鮨屋さんに行ったら、まず玉(ぎょく、つまりたまご)を食べれば実力がわかるといいますが、ある意味では皮膚の縫合をみれば、その医者の姿勢が垣間見えると思います。特に形成外科は、きれいに縫うのが商売というところもありますが、整形外科も服から外に出る露出部を切るわけですから、ことのほか神経を使います。
自分たちは「心霊手術」をしているわけではありません。傷跡は必ず残ります。しかし、少しでも傷跡が目立たないように努力することが求められます。もちろん、ケロイド体質の方はいますので、どんなにがんばっても目立つ傷になってしまう方はいますが、自分たちの努力で少しでも傷を残さないようにすることはできます。
まず、使う道具。傷は鋭利なほどいい。つまり、切れるメスを使うこと。今はたいていディスポで、一定の品質が期待できます。次に切り方。皮膚の厚みを予想して、一期に切ること。ちょこちょこ切ってはだめ。そして、傷の周辺の血行を悪くしないこと。これは、下手に周囲をはがしていると血行が悪くなり傷の治りにマイナスになるということです。
では、縫う時の注意はどうでしょうか。当然、糸が関係してきます。皮膚に少しでも刺激を与えないものがよい。一番いいのはステンレスのワイヤー。ものすごく細いワイヤーが針についているものがありますが、実際には大変使いにくい。なかなか、うまく縫うことができず、かえってワイヤーで皮膚を切ってしまうことがあります。そこで、よく使われるのがナイロンです。いわゆる、釣り糸。リールにまいてあるナイロンテグスです。太さはいろいろ。手の手術では5-0、あるいは6-0といわれるちょっと細めの髪の毛程度の太さの糸がよく使われます。そのほかの場所では3-0あるいは4-0という太さが使われます。太さは細いほど跡を残しにくい。8-0から10-0と呼ばれる糸は、神経や血管を顕微鏡でみながら縫うときに使用しますが、細すぎて肉眼ではわかりにくい。術野を照らすライトの熱で簡単に舞い上がってしまいます。昔は絹糸がよく使われていましたが、体との反応が起こりやすく、傷跡は大変に残ります。
次に縫い方。皮膚はちょっとさわる程度に寄せれば十分なので、糸をくっと締め上げてはいけません。一見ゆるゆるな程度で十分なのです。糸がくいこむと、くいこんだ部分は血行が悪くなります。また、結ぶ際には傷のどちらかに結び目を寄せますが、いつでも血行のよい側に結び目を持ってくることが大切なのです。さらに、細かく縫うほど、ひとつひとつの結びにかかる力が減って、跡になりにくくなります。ただし、いくら細かく縫うほうがいいといったから、何時間もかけているとばい菌が進入する機会を増やしてしまうので、手術はある意味、早いにこしたことはありません。
意外と間違っているのが消毒液の使い方。一般的には消毒液、特に最近はイソジンとい褐色の液体がよく使われますが、あくまでも健康な皮膚の消毒薬なのです。手術部は皮膚が切れて、皮下組織が出ているわけですから、そこに塗ってしまうと消毒液の細胞に対する毒性のため、組織を痛めてしまうのです。これは、かえって傷の治りを悪くして傷跡をつけるようなものです。自分が行った手の手術では、たいていぐるぐるに包帯を巻いて10日間から2週間くらい、ほったらかしにしていますが、過去にばい菌がついたりするトラブルはほんとに数える程度しかなく、消毒液をちょこちょこ塗ることは百害あって一利なしといえます。
さらに跡をつけないようにするには抜糸は早いほうがいい。とはいっても、最低でも5日間程度経たないと傷はついていません。顔などはせいぜい1週間で糸をとります。しかし、関節部分のように動かす場所では、10日以上しないと、抜糸して動かしたとたんに傷が開いてしまうことがあります。抜糸したあとに、傷口が開く方向に力がかかりそうな場合にはテープを貼って、緊張を無くすようにする事もあります。
患者さんは、傷跡を見て、手術の上手・下手を決めることがあります。中がどうなっているかは見えないので、それが評価のポイントになるのはしょうがないのですが、傷跡だけで手術が下手といわれるのは寂しいことですし、最初に書いたように手術の基本なわけですから、十分に注意を払いたいものです。