2007年10月8日月曜日

The Enforced Health Part1

※ 先に The Controled Health Part1 Part2 Part3 をお読みください

いつもの夕暮れ時、買い物客で賑わうスーパーでは、近所の主婦の四方山話に花が咲く。
「5丁目のスズキさんのところのおじいさん亡くなったそうよ」
「まあ、けっこうな年じゃなかったかしら」
「そう。80才」
「あら。80才」
「ひところは寿命がどんどん伸びて、90才、100才は珍しくなかったのに、最近は少ないわよね」
「そうそう、角のサイクル・ショップのご主人も、この前80才で亡くなったよ」
「そういえば・・・」

そういえば、人々は最近80才で亡くなることが多いことに薄々気がついていた。しかし、それが何なのかはわからないし、漠然とした不安としか言いようが無いことなので、それ以上に詮索をする者はいない。

救急医療体制が崩壊し、一般医療保険と介護保険に続く第三の保険、救急保険が導入されて何年もたった。納税額に応じて扱いが変わる救急保険のため国民総生産は上がり、世の中はすべてがうまくいっているように思える。 国民は、しだいに病気になると金がかかるのだという意識から、国をあげて病気の予防に注意を払うようになった。
ひところ過酷な勤務で激減した医者の数であったが、病人が減少したためにあまり問題にならなくなった。かわって活況を呈しているのが健康産業である。テレビをつけると、××を食べて健康になろうとか、××をやって体を元気になどのコマーシャルばかりである。そして、ほとんどの人が率先して保険外の健康診断を受け、病気が軽いうちに発見することにやっきになっている。
なのに、長生きできない。素朴な疑問だ。

世界を舞台に成長し、国内でも有数の企業となったA社の会長はもうじき80才の誕生日を迎える。認知症もなく、まだまだ行動にも支障がある程に体力が落ちたとは思っていない。さらなる10年間にやりたいことは山ほどあるのだ。
しかし、最近になって、どうも体調がおかしい。おかしいというより、自分では問題が無いのに健診の結果が悪いのだ。その結果、むやみやたらと薬をのまされる。今日も、会社の健康管理室の専任医師の診察を受けた。
「いやー、どうも尿に糖とタンパクが出ていますね。血液の肝機能もかなり悪い。今の薬だけでは不十分です」
「そんなこと言って、この前からどんどん薬が増えているじゃないか。効かない薬なら飲まない方がましだろ」
「悪くなったら、もっと飲まなければならないのですよ。ここは我慢をしてください」
「・・・しかたがない。じゃ、そこに置いといてくれ。私は次期企画の大事な商品の見学に行って来る」
そういうと会長は会議室へ向かった。

会議室では、すでに企画会議が始まっており、主な部署の担当者が一同に会して、いくつかの商品の説明を受けていた。会長が入っていくと、起立した。
「いや、皆さん、気にしないでもらいたい。私は単なるオブザーバですから、いつものように進めてください」
「はい。それでは、次の商品に移りましょう。持ち込まれたS社の方、ご説明願います」
「ありがとうございます。それでは私どもの新製品、健康ICカード読み出し装置をご説明いたします。今や皆さん健康は守って勝ち取るものではなく、攻めていく時代といえます。今までは体内に埋め込んだICカード情報を健康診断や病気で病院に受診したときにはじめて読み取って情報として利用していましたが、自分でいつでも読み出すことができれば、大変細かい健康管理が可能になります。この機械は腕時計型のコンパクトさで、体内のカード情報の詳細なログを読み取り、あらかじめセットした気になる健康項目に対して経時的にモニターする機能があります。それでは、実際にやってみましょう」

そういうとS社の担当者は、会長に向かってお辞儀をした。
「もうしわけありませんが、もしよろしければトライしていただけますでしょうか」
「体への影響はないのかね」
「基本的には読み出すだけで、それ以上のことはありません」
「よし、じゃ、やってみよう」
会長は、そういうと、腕に装着した。確かに痛くも痒くもなく、重くも無い。スイッチを押すと、小さなLEDランプが点灯し、数秒後に中央のパネルにいろいろな文字が現れた。すると担当者の横に置いてあったコンピュータの画面が変化し、いろいろなデータが書き出されてきた。

(つづく)

この話はフィクションです