夏季臨時休診
夏季臨時休診のお知らせ
8月14日(金)~8月19日(水)臨時休診します。
2019年9月14日土曜日
中秋の名月 2019
もともとは旧暦での話。
旧暦では7月から9月が秋。ですから8月は真ん中で中秋。月の満ち欠けでは真ん中が満月で、それが15日と考えられ「十五夜」と呼ばれていました。
ですから、8月15日が満月で、気候も良いということで、平安時代から月見をする習慣が定着して「中秋の名月」と呼ぶようになったらしい。
今の暦では1か月ずれるし、そもそも月の満ち欠けの周期は30日ではないので、今年の9月の満月は昨夜ということでした。
宵のうちは雲が多くて、月は雲の合間に少し見え隠れする程度でしたが、真夜中になると一時雲が晴れてしっかりと満月が顔を出していました。
すすきも、団子も用意していませんでしたが、しっかりとお月見ができました。
実際には
2019年9月13日金曜日
Leonard Berstein / Marhler Complete Symphonies (DG)
もともと大人数のオーケストラは得意ではなく、器楽曲や室内楽が中心でした。それなのに、ついにマーラーに手を出してしまたったわけですが・・・
しつこいくらいに交響曲は不得意と言ってきたんだから、せいぜいモーツァルトやベートーヴェンの古典で止めておけばよかったんですが、だいたい交響曲好きな人が語りたがるのはブルックナーかマーラーらしい。
だったら、映画でおなじみだったマーラーの方が入りやすいかなと思ったのが運の尽き。
今までのマーラーのイメージはというと、長くて、難解で聴き疲れる音楽というところ。実際に、少し本気を出して聴いてみると・・・やっぱり、長い。終わりそうになってもなかなか終わらない。たくさんの歌心のあるメロディが出てくるんですが、それらの繋がりがよくわからない。
結果として、疲れる音楽だなぁという印象。
こんな風に書くと、マーラー党からは「この素人め」と、一斉攻撃を受けそうですが、マーラー初心者はだいたい同じ感想を抱くようです。ですから、音しかないCDだと、たぶん1曲90分もとても聴き続けていられない。
その点、ビデオはいい。指揮者の表情、手ぶり、そしてそれに反応するオケの面々が次から次へと映って、なんとか飽きずに見ていられます。見たのはアバドのルツェルン音楽祭のシリーズですが、本当に楽しそうに指揮をしているアバドが嬉しい。
そこで、今でこそ全集を録音した方はたくさんいますが、初期のマーラー人気の火付け役になったのがレナード・バーンスタインだろうと思います。
1986年から1990年にかけてコンセルトヘボウ、ニューヨークフィル、ウィーンフィルなどとバラバラにデジタルによるライブ収録を中心に、アナログ時代のものも集めて網羅されたバーンスタインにとって2回目の全集ボックスは、今では古典的名盤と言えそうです。
たぶん小学生の時に最初に買ったレコードはベームの第九、おそらくその次がバーンスタインのラプソディ・イン・ブルーだったんじゃないかと。バーンスタインはとても、馴染みがあるので、けっこうマーラーに慣れてきたら我慢して聴けそうな気がします。
2019年9月12日木曜日
Martha Argerich / Rendezvous with Argerich (2019)
そのような活動の中心となっていたルガーノ音楽祭では、大スポンサーが降りたことで「アルゲリッチ・プロジェクト」は2016年で終了となり、大変残念な思いをしたファンはたくさんいます。
でも、拾う神ありみたいな話ですが、さすがにアルゲリッチはまだまだほっておかれたりはしません。昨年は5月に別府で「アルゲリッチ音楽祭」を主宰したあと、6月はハンブルグ音楽祭に登場し1週間にわたって、ルガーノを彷彿とさせるベテランから若手を多数集めたライブを繰り広げていました。
ルガーノの記録はEMI、そしてWarnerから毎年CD3枚組でアルゲリッチの演奏を中心にライブが発売され楽しみましたが、今回のハンブルグはなんと7枚組で登場です。
今回はお馴染みのバイオリンのルノー・カプソンは参加していませんが、その代わりで活躍しているのが諏訪内晶子というところが大注目です。マイスキー、コヴァセビッチ、アンゲリッチらの大御所も大活躍。娘のアニーがナレーションを務める「動物の謝肉祭」も楽しそう。
今週発売されたばかりのほやほやのセットですが、実はまだ手元に届いていません。こういう企画は、聴く側も楽しいですが、きっと演奏する側はもっと楽しんでいると思います。なんとか継続してもらいたいと思います。
今回はお馴染みのバイオリンのルノー・カプソンは参加していませんが、その代わりで活躍しているのが諏訪内晶子というところが大注目です。マイスキー、コヴァセビッチ、アンゲリッチらの大御所も大活躍。娘のアニーがナレーションを務める「動物の謝肉祭」も楽しそう。
今週発売されたばかりのほやほやのセットですが、実はまだ手元に届いていません。こういう企画は、聴く側も楽しいですが、きっと演奏する側はもっと楽しんでいると思います。なんとか継続してもらいたいと思います。
2019年9月11日水曜日
Hiro Kurosaki / Beethoven Complete Violin Sonats
古典の時代でも、例えばモーツァルトの古楽器演奏はかなり充実してきています。古典期の最後に位置するシューベルトの器楽曲や室内楽曲も、古楽器による演奏がちょこちょこと見つかるようになりました。
作曲家の作った音楽の本来の姿を楽しむという意味で、クラシック音楽を楽しむ上で、古楽器演奏を避けては通れなくなっています。
じゃあ、ベートーヴェンは? というと、CD一枚単位でならいくつかありますが、それなりに古楽器演奏でまとめあげたものが意外と見つけられない。
交響曲とピアノ協奏曲はまぁまぁある。やはり、ガーディナーの交響曲全集のヒットの影響が大きいのかもしれません。いずれも、きびきびした演奏で、モダン楽器のオーケストラも、古楽器奏法を取り入れる傾向にあります。
ピアノ独奏は、昨日紹介したブラウティハムとバドゥラ=スコダくらいしかありません。チェロ・ソナタは、もう古くなったビルスマの一択。ピアノ三重奏や弦楽四重奏については、全集化したものはたぶんないんじゃないでしょうか。
バイオリン・ソナタは数種類ありそうですが、先駆けとしてはヤープ・シュレーダーのものがあります。シュレーダーはアカデミー・オブ・アンシエント・ミュージックで活躍し、自分も好きな古楽三重奏のアトランティス・トリオを主宰しています。
ただし、演奏・録音ともに評価できる全集というとヒロ・クロサキくらいだろうと思います。ヒロ・クロサキはウイーン生まれの日本人。ヴィーラント・クイケンに師事し、ヴィーラント・クイケン、ウィリアム・クリスティなどのもとで活躍し、古楽奏法のバイオリン奏者として有名。モーツァルトのソナタもまとまってCD化されていて高い評価を受けています。
モダン楽器による「迫力」と比べると、聴き劣りする部分は否定できませんが、それだけモダン楽器による演奏が、作曲家が意図していた本来の音楽から修飾を施されたものということ。それを否定することはありませんが、それとは別の次元で古楽器演奏の意味と価値を見極めの事も大切です。
2019年9月10日火曜日
Ronald Brautigam / Beethoven Complete Sonatas
そもそもベートーヴェンの時代には、今のようなスタインウェイのようなモダンピアノは存在していなかったのは当たり前の話。いわゆるフォルテピアノの時代であり、その進化の過程で鍵盤の数がどんどん増えていった。
ベートーヴェンも、登場てくる新しい楽器に合わせて、32曲あるソナタはどんどん複雑に進化させていきました。
それらをすべてカバーできるモダンピアノの演奏は、現代の私たちの耳には馴染みやすく、実際の演奏としても多くの名盤を残してきました。一方で、本来のベートーヴェンが前提としていたフォルテピアノによるソナタの全曲録音は意外と少ない。
一枚のアルバム単位では、いくつか出てきますが、全集規模では草分けのバドゥラ=スコダかロナルド・ブラウティハムくらいしかありません。しかも、ブラウティハムは、ソナタ以外の独奏曲をほぼすべて網羅し、協奏曲も古楽界のパロットと全集を完成しています。
しかも数種類のフォルテピアノを用いて、作曲された時代に合わせて弾き分けるという念のいりようで、緻密な研究をふまえた記録としての価値も高めています。
だからと言って、すべてを網羅するだけが目的で「事典」を作ることが目的というような批評を受けるような演奏ではありません。ハイドン、モーツァルトのソナタ全集をすでに作ってきたブラウティハムですから、18世紀半ばから19世紀初頭にかけて成熟していく音楽をしっかりとしたテクニックのもとで弾きこんできました。
モダンピアノと比べて、フォルテピアノでは音の残響が少なく、一つ一つの打鍵による音のかぶりは少なくなります。この点が、フォルテピアノで曲を聴く時の大きな違いになってくるわけで、おそらくそのことをモダンピアノで実現しようとしたのがグレン・グールトかもしれません。
聴く人によっては、ブラウティハムの演奏は非常に淡白で、音圧が低いダイナミックさが感じられないと思うかもしれません。そのあたりは好みの問題ですから、現代で聴く音楽としてはどちらか正解というものではありません。
ただ、そういう風に感じる方にブラウティハムの言葉を贈りたい。それは「モダン・ピアノで全てを演奏する人は、1本のクラブでゴルフをするようなものです」というもの。当然局面によっていろいろなクラブを使い分けるわけですから、まさに目から鱗が落ちるような説明だと思います。
2019年9月9日月曜日
台風直撃
本日未明に、台風15号が三浦半島付近に上陸し、首都圏を直撃しました。
これだけ真っ向から挑まれたのは、あまり記憶にありません。
しかも、気圧がすごい。大島付近にいた時は955hPa、おそらく上陸時でも960hPaということです。
日本に近づいた時はそのくらいのことはよくありますが、関東付近ではだいぶ弱まっていることがほとんど。
昨夜のうちに、土砂災害の警戒情報、一分地域の避難勧告、停電に対する警告などがだされています。
去年の10月の21号も似たような剛腕台風で、うちでは盆栽の棚が崩壊しましたので、今回は昨夜のうちに鉢を棚から降ろしておきました。
午前中には天気は回復しますが、朝の通勤への影響は必至です。傘をさせる風雨ではありませんので、くれぐれも注意しましましょう。
2019年9月8日日曜日
Claudio Abbado / Mahler Symphonies (Lucerne Festival)
ですから、クラシック音楽は、比較的コンスタントに聴き続けていたにもかかわらず、指揮者という存在はあまり注目してきませんでした。
そんな中で、レナード・バーンスタインは70年代は若手の旗頭で、いかにもアメリカ人らしい自由が感じられたのか嫌いではなかった。しかし、80年代以降はヨーロッパを主な舞台としてからは、巨匠然として魅力を感じなくなりました。
クラウディオ・アバドは、カラヤン亡き後のベルリンフィルを引き継ぎ、おそらく色濃く残る帝王のイメージの継承を余儀なくされつつも、独自のカラーを出さねばならないという難しい状況にあったと思います。
そういう環境にある姿が嫌いではなく、何かを変えている期待感があったのか、アバドは昔から嫌いじゃない。どっちを取るかという時、アバドがあればアバドを選んでいたように思います。
ですから、いろいろな音楽家が亡くなって聴けなくなるのは残念ですが、2014年にアバドが亡くなった時はことさら感慨深いものがありました。
クラシック音楽は基本的に限られた芸術遺産ですから、器楽曲、室内楽曲を中心に聴き漁って、古楽・声楽曲にたどり着きだいたい聴いてしまうと、あとは残っているのは管弦楽曲です。
そうなると、あらためて指揮者、特にアバドに注目せざるをえないということになってくる。王道のベルリンフィルについては、病気のため2002年に音楽監督を辞任しましたが、療養復活後の活躍がむしろ足かせが取れて、本当に好きなことをやっているという充実感があることに気がつきました。
ベルリンフィルについてはラトルに任せて、アバドの最後の12年間に注目してみると、自ら組織したモーツァルト管弦楽団、そしてマーラー室内管弦楽団を再編したルツェルン音楽祭祝祭管弦楽団との活動が見えてきました。
特にルツェルンでのアバドは、外見は病気をして急に老け込んだ感が強いのですが、むしろこれが全盛期といわんばかりの活躍です。若い頃から多くのマーラー作品を何度取り上げてきたアバドは、ここで最後のチクルスに挑みます。
実は三回のチクルスの録音が残されたにもかかわらず、アバドの本当の意味でのマーラー交響曲全集(全9曲、未完を含むと10曲)は存在しません。
最初が76年から92年までのシカゴ交響楽団とウィーンフィルを取り混ぜたセッション録音。ここでは一番大掛かりな8番が抜けています。そのまま時期が一部重なって89年からはベルリンフィルとライブ録音を2005年まで行いますが、今度は2番と10番が抜けています。
そして、2003年からはルツェルンでのライブが始まり、2009年までに8番以外が収録されました。亡くなるまでに5年間があったので、本気で全集としたかったらできないことはなかったと思いますが、あえて演奏しないという何らかの意図が感じられます。なお未完の10番は2013年に演奏されましたが、メディアとして発売されていません。
マーラーは、とにかく長いという印象があって、5番のアダージオ以外はほとんど聴いてきませんでした。5番は、ヴィスコンティの映画「ベニスに死す」のクライマックスに延々と流れていて、これが実に良かった・・・んですが、こういうときこそ映像があるというのが随分と助けなる。
当分はルツェルンのアバドの、充実の晩年とマーラーを楽しむことにしたいと思います。
2019年9月7日土曜日
カップヌードル 味噌
カップヌードルという、食文化を激変させた大発明が登場して、もうじき50年です。今までに、元祖以外にいろいろな味のバリエーションが登場しています。
ありそうでなかったのが、何と「味噌」でした。
日本人にとっては馴染み深い味なんですが、何故か味噌味はなかった。それが、ついに今年?発売になりました。登場と同時に品薄になり、一時販売停止。最近、販売を再開し手に入れることができました。
手に入りにくいということが、期待を膨らませすぎたのか、実食してみると意外とつまらない味という印象。オリジナルと比べて多少の風味の違いと濃さはあるとは思いますが、たいして変わらない感じです。
もちろん不味いわけではないけど・・・結局、オリジナルとシーフードがあればいいという、毎度同じ結論に行きつくことになりました。
2019年9月6日金曜日
ヘッドホン
ということで、昔からヘッドホンは嫌いじゃない。でも、ウォークマンが流行って、世の中はイアホンの時代。確かに小さくて、持ち運びが便利。直接耳の中に音が飛び込んでくるのが気持ちいい。
ハイレゾ音源を聴きたくて、「ポタアン」デヴューほ決めたのはいいのですが、その音を最後に出すスピーカーをどうするかという問題も伴って来ました。
もうずいぶんと前から、自宅の音響環境はテレビのホームシアターか、パソコンのスピーカーしかない。さすがに、音楽を本気で聴こうというものからは程遠いことは自覚しています。
そこで、あらためてハイレゾ用のアンプとかすびかーとか・・・まぁ、そこまでお金をかけるほど音楽に集中することはあまりありませんから、やっぱりイアホンかヘッドホンが現実的。
じゃあ、イアホンかというと、外で使うならそれもありなんですが、歩きながら使うということはほぼ無い。それと決定的なのは、コードが擦れたり、自分の体が発生する音も聞こえたりして、聴きたい音以外を拾い過ぎるのが最大の難点。
それじゃ、やっぱりヘッドホンでしょう。というわけなんですが、ハイレゾ対応の今どきのヘッドホンは高いです。数万円するのが当たり前。
USB-DACをSONYで選んだので、相性を考えてSONYのヘッドホンを探して見ると、一世代前の密閉型のMDR-1がスタンダードのようですが、それとほぼ同等の廉価版という位置づけのMDR-10というシリーズがある。
そこでAmazonの中古で「中古品-非常に良い」か「中古品-良い」で探して見たら、なんと5000円を切る値段で見つけることができました。マーケットプレイスの店の評価も97%で心配なさそうなんでポチっとしちゃいました。
気になるのはイアパッドの劣化ですが、いざとなったら交換パーツがあるので安心。これでいよいよハイレゾ・デヴューできるというものです。
気になるのはイアパッドの劣化ですが、いざとなったら交換パーツがあるので安心。これでいよいよハイレゾ・デヴューできるというものです。
2019年9月5日木曜日
ハイレゾ音源
ハイレゾはHigh-Resolution、つまり高解像度という意味で、マスター音源「並み」の高音質で音楽を楽しめるというもの。詳しい解説は、あちこちに山ほど出ています。
そもそも80年代に、レコードからCDに音楽メディアが変わっていく前後に、音源の扱いがアナログからデジタルになりました。
アナログは、低温から高温までのさまざまな周波数を無段階に収録します。一方、デジタルは周波数帯を細かく分けて、それぞれをゼロか1で表すというもの。ですから、デジタル音源ではどうしても欠落する情報が含まれることは避けられません。
確かに、デジタル録音最初期のレコードでは、こもったような狭い音域という印象がありました。
まして、通常CDでは、収録するデータ量の関係で、もともとのデータをさらに絞り込んでいることはよく知られていることです。CD登場当時は、技術的にもそれ以上のハードがありませんでしたので、特に大きな不満はありませんでした。
しかし、時代は進歩して、大きなデータも誰もが扱いやすくなりました。周波数の分割をよりきめ細かくし、時間単位の情報量を増やすことが可能になって、ハイレゾ音源が次第に一般化してきています。
自分の場合、最初のハイレゾ音源との出会いはSACDです。5年くらい前に、SACDを再生するためにSACD対応のBlurayプレイヤーを購入しました。とは言っても、専用プレイヤーではないせいか、あるいは最終出力するスピーカーがせこいせいか、あまりその差を感じる事はできませんでした。
ところが、ハイレゾ音源対応音楽再生ソフトを使って、ダウンロードしたハイレゾ音源をパソコンで再生してみると、確かに多少の違いがある感じ。ただし、パソコンのデフォルトのサウンドボードは、ハイレゾを再生する能力はありません。
そこで、できるだけ少ない出費でハイレゾをハイレゾとして再生したくなるという・・・どうも、この手のことは嫌いじゃないので、いろいろ調べてみました。
そこで選んだのはパソコンでも使える「ポタアン(ポータブル・アンプ)」と呼ばれるUSB-DACなるもの。デジタル信号をイヤホンで聞くためのアナログ信号に変換する道具です。
中国製?とみられる1万円を切るもっと安いものもありますが、ここは信頼のSONYにしたいところ。細かい機能を省いて、基本性能だけはしっかりとおさえた入門機という扱いのPHA-1Aを選んでみました。
これで、とりあえずどっか~んとベルリンフィルを聴いてみたいと思います。気に入ったら、ハイレゾ専用ヘッドホンとか、より上級のUSB-DACの購入を検討するかもしれません。
2019年9月4日水曜日
キャッシュレス
今年は、キャッシュレス決済が大流行りで、次から次へといろいろなものが出てきて、あっちでもこっちでも「ぺいぺい、ぺいぺい」とうるさいくらい。
年を取ると新しいものに手をだしにくく、ついつい保守的になりがちですが、どうもお金については「現物」以外の目に見えない形になってしまうと不安でしょうがない。
クレジットカードは、もう長らく使用していて、基本的に銀行から現金は動かないので、使ったら使った分だけ減っていくのがわかりやすい。
ところが最近の電子マネーは、一度ネット上の「仮想空間」にお金を移動させるイメージ。それを誰がどうやって管理しているのか・・・
実際、セブンイレブンのような事態が起こったことを考えると、素直に信用する根拠が薄弱です。
消費税アップに伴って、国を挙げてキャッシュレス・サービスを推奨しているみたいなところもあり、まるで現金を持ち歩くのは「旧人類」かのような扱われ方をされている。
クレジットカードだけで、十分に機能していると思うんですけどね。
2019年9月3日火曜日
Sir Simon Rattle BPO / Bach Matthaus-passion (2010)
アルゲリッチのビデオなんかだと、白髪の多さと画質の良し悪しで年代が違うなとは思いますが、基本的にどれをとっても大きな差はありません。
もちろん、オペラともなれば、オケよりもいろいろな衣装を着て演技する歌手がたくさん映っています。
とは言っても、劇団☆新感線の舞台DVDのように多数のカメラワークを駆使しているわけではないので、ずっと観客席から平面的に観ているようなものが多くて、ちょっと退屈です。
その中でも、ベルリンフィルの最近のコンサート映像作品は、いろいろと工夫が感じられます。このあたりは、前任者のサイモン・ラトルの功績が大きいようです。
特に完全に固定観念を崩されたのが、バッハの「マタイ受難曲」と「ヨハネ受難曲」のビデオ。
宗教曲ですから、場所は普通は教会かコンサートホール。きちんと整列して、ひたすらイエスの悲劇の生涯を謳いあげていくわけで、音楽としては大好きですが、見ていてそんなに面白いはずがない。
ところが、ラトル&ベルリンフィルは、なんと歌手たちにオペラのように演技をさせました。もともと劇的な生涯の話ですから、オペラ的な処理は可能な題材であることは間違いない。
これはアメリカ人で、ユニークなオペラ演出で評価が高いピーター・セラーズ(英の俳優とは別人)の仕掛けなんですが、歌手陣の動きが大きく見ていて飽きません。
特筆すべきはエバンゲリスト。エバンゲリストは宗教曲では、ト書きを音楽にのせて説明する役割で、ドラマで言えばナレーター。
ところがここでは、主人公のイエスは離れた場所で歌うだけで、他の歌手たちはエバンゲリストをイエスに見立てて演技をしてくるのです。一番出番の多いエバンゲリストが、実質的に舞台の主役としていきいきとしてくる。
エバンゲリストを演じるのは、この役どころではお馴染みのマーク・パドモアですから、歌唱については何の不安もありません。マグダレーナ・コジェナーがマグダラのマリアで、宗教曲としては実に妖艶にアリアを歌い上げます。
演奏人も、それぞれの歌手と一対一に絡むようなところが面白い。ベルリンフィルですが、人数を絞って古楽的な編成も好感が持てます。
特に注目なのが、ガンバのソロでゲスト出演したヒレ・パール。パールは独特の雰囲気を持っていて、マタイの中にはまり切った感じが素晴らしい。
さらに有り難いことに、日本語字幕がついているので、全体の話の流れもわかりやすく、すでにいろいろなマタイを聴きまくった人にも、初めてマタイに接する人にもお勧めしたい一品です。
2019年9月2日月曜日
フォカッチャを作ってみた
フォカッチャは、イタリアの代表的なパン。
イタリアですから、バターじゃなくてオリーブオイルを練り込みます。平たく焼いて、窪みがあるのが特徴的。これから発展してピザができたと言われています。
強力粉と中力粉を7:3くらいで混ぜました。水は70%、塩は2%、インスタントドライイーストは0.4%です。砂糖は邪道らしいので入れません。
生地と一緒にオリーブオイルを4%、バジルを中心としたイタリアン・スパイスを適量練り込みますが、最初はオイルが混ざりにくい。
でも、ベンチタイムを長めにとると馴染んできます。独自のアレンジとして、ドライトマトを細かくして一緒に入れています。
一次発酵後分割して平たく丸めて二次発酵。250度で予熱開始し、オーブンに投入する前に、割りばしで押して窪みを作り、そこへ溜まるくらいオリーブオイルを塗ります。表面に岩塩とローズマリーをふって、20分間焼成して出来上がり。
分割せずに平たく広げたままで焼いてもよく、食べたいだけ、切って取るのが一般的なようです。
表面はパリっとして、中はモチモチ。ハーブの香りがして、そのまま食べてもいいし、何か料理のソースと一緒でもいい感じです。
2019年9月1日日曜日
K.Kondrashin / Scheherazade (1980)
とは言っても、実は「ロシア五人組」と呼ばれている、19世紀後半に注目された民族色を前面に出した作風で知られる作曲家の一人で、けっこう嫌いじゃない。近い所では、チャイコフスキーやドボルザークなどもいますしね。
ただし、五人組の一人リムスキー=コルサコフは、この「シェエラザード」が代表作とされ、これ以外は「熊蜂の飛行」を除いてあまり聴く機会が無い。たまたま、知人の奥さんがピアニストで、この曲の練習に駆り出されているという話を聞いて、そういえばうちにもあったなぁと思いだした。
しかも、そんなこととは知らなかったのですが、キリル・コンドラシン指揮、コンセルトヘボウ管弦楽団によるCDで、この曲の演奏としては名盤中の名盤とされているもの。
リムスキー=コルサコフは交響曲を3曲作っていますが、実は第4番という位置づけで作ったのが「シェエラザード」です。シンドバットやアラジンで有名な「千夜一夜物語」を題材にしたもので、各楽章にそれらしい副題がついている。
第1楽章 海とシンドバッドの船
第2楽章 カランダール王子の物語
第3楽章 若い王子と王女
第4楽章 バグダッドの祭り、海、船は青銅の騎士のある岩で難破
カラフルなオーケスレーションと、ところどころに散りばめられる楽器の独奏を、エキゾチックな雰囲気の中で楽しめる曲です。
それにしても、オケの代わりにピアノで伴奏つけるというのは・・・大変だろうなとも思いますし、それができるというのはピアニストとしてかなり実力があるということですね。
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