夏季臨時休診

夏季臨時休診のお知らせ 8月14日(金)~8月19日(水)臨時休診します。

2021年6月14日月曜日

天地創造 (1966)

巨匠ジョン・ヒューストン監督による大作であり労作となる、ほぼ3時間の映画。原題は「The Bible」であり、ずばり「聖書」です。聖書には「旧約」と「新約」がありますが、単に聖書と言えば旧約聖書のこと。旧約(古い神との契約)は、ユダヤ教とキリスト教の正典。キリスト教徒ではない自分が、それ以上のことを解説することは無理な相談というもの。

この映画は、この中に登場する主なエピソードを、オムニバスのようにつないだもので、製作は当時ハリウッドで絶大な力を持っていたディノ・デ・ラウレンティス。日本人的に注目するのは音楽。何と黛敏郎が大抜擢されて担当し、壮大なスコアを書きました。

さて、原作は何しろ膨大な量の話が詰まっているので、映画化したのは最初の「創世記」の部分だけ。それでも相当なボリュームですから、主として前半は「ノアの箱舟」、後半は「アブラハムとイサク」の話が中心で、他はかなり簡潔に描かれています。

まずは、神が6日間で何もないところから空、地、水などを作り、植物・動物、そして人間を生み出し、7日目に休憩したという話。最初の人間は、もちろんアダムとイブで、神に善悪がわかるようになるから食べてはいけないといわれていた木の実を食べてしまい、エデンの園を追い出されるという話。


エデンを追放されたアダムとイブは、カインとアベルとの二人の息子を授かります。アベルの供物だけを神が受けたことに腹を立てたカインはアベルを殺してしまい、カインの厄災をもたらす子孫が増えていき、神はすべての生き物をリセットする決断をします。

そこで神は、アダムとイブの間に生まれた三男、セトの子孫であるノアに巨大な船を作り家族と、すべての動物のつがいを乗せるように命じます。ちなみに、ノアは監督ヒューストン自ら演じている。船が完成し、動物たちを乗せ終わると雷鳴と共に雨が降り始め、大洪水になり地上のすべてを水が覆ってしまいました。40日間の豪雨の後、箱舟はアララト山(現トルコ)に漂着し、ノアたちは新たな地に生活を始めるのでした。

ノアの子孫、ニムロドは暴君になり、神に手が届きそうなくらい高い塔を作ります。これがバベルの塔と呼ばれるもので、ニムロドは最上階から天に向かって矢を放つという暴挙に出ます。怒った神は、人々がそれぞれ違う言葉を話すようにしてしまい、混乱した民衆は世界中に散り散りになっていきました。

さらに時は流れ、神はアブラハムに示すカナンの地に行けば、見渡す限りの土地を治めることができると告げます。アブラハムを演じるのは「パットン大戦車軍団」のジョージ・C・スコット。これが今のイスラエルの建国の基本にある「約束の地」という考え方です。アブラハムは妻サラ(エヴァ・ガードナー)を愛していましたが、二人の間にはこどもがいない。一緒に旅をした甥のロトはアブラハムと別れソドムの町に向かいます。


年老いたアブラハムの前に神の死者(ピーター・オトゥール)が現れ、これからソドムを滅ぼすと教えます。そして、それが終わるとアブラハムにこともが授かると言い残しました。神の使いはロトに家族と共に立ち去れと言い、退廃したソドムの町は業火により壊滅します。そしてサラはイサクを出産するのでした。

神は、再びアブラハムに告げます。何と、少年になったイサクを神への生贄にしろと言うのです。苦悩するアブラハムは神は絶対であるとし、イサクを生贄にしようとしますが、ぎりぎりのところで、神は「神に対する信仰心が間違いないか試すための試練だった」と告げ、アブラハムを祝福したのです。映画はここまで。創世記は、この後イサクの息子ヤコブまでが書かれています。

聖書をまともに読んだことが無い自分としては、手っ取り早く有名なエピソードを知ることができたのでよしとしますが、映画としては題材が題材ですから、必ずしも名作とは言い難いかもしれません。地味な展開で、起承転結で言うと起承の連続という感じで、転結がありません。

聖書の内容を勝手に改変するわけにもいかないでしょぅから、そこはいかにジョン・ヒューストンと言えどやむを得ない。逆に知識として、この最低限の3時間で聖書のあらすじを学べることに映画の意義があると思います。





2021年6月13日日曜日

ベルリン・天使の詩 (1987)

一般に天使と言う時は、キリスト教の考え方の中から出てきた「神の使い」という意味だと思います。とは言え、キリスト教の派によっても違うし、ましてやキリスト教以外の宗教にも天使がいたりして、正直よくわからない。

旧約聖書に登場する「正当」な天使はミカエル(ミハイル)とガブリエルの二人。これに聖書外典に登場するラファエルを加えて、キリスト教・ユダヤ教・イスラム教のいずれでも三大天使として扱います。これにいろいろな名前の天使が加わって、四大天使とか七大天使という呼び方をします。

ミカエルは人間の守護者として最も重要な大天使で、フランスのモン・サン=ミシェルは聖ミカエルの山という意味。ガブリエルは神の言葉を伝える役目が多く、「受胎告知」ではマリアにイエス・キリストの誕生を伝えます。ラファエルは守護天使のお目付け役。

守護天使(Guardian angel)は、たとえキリスト教徒でなくても、神が人間一人一人につけ心を善に導く天使。キリスト教では、悪魔(Satan)は、もともとはルシファーと呼ばれる天使でしたが、神に対して敵対し天国から追放され、堕天使として地獄の治めるようになったと考えられています。

さて、この映画は守護天使が人間になりたいと思ったらというテーマの作品。監督はヴィム・ヴェンダースで、カンヌ映画祭で監督賞を受賞しました。ヴェンダースというとドイツの巨匠の一人で、「パリ、テキサス(1984)」のようなロード・ムービーが得意な映像作家という印象があります。

脚本は監督自身と共に2019年ノーベル文学賞を受賞したドイツの作家、ペーター・ハントケが関わり、ヴェンダースと組むのはこれが3作品目。ハントケ作の「子どもは子どもだった頃」という詩が、映画全体にフィーチャーされています。

撮影は壁によって東西に分断されていたベルリン。当然、ほとんどは西ベルリンで行われましたが、ごく一部密かに東ベルリンでの撮影も含まれ、壁の間の緩衝地帯のシーンはセットを作ったそうです。

主役の守護天使ダミエルを演じるのは、「ヒトラー最後の12日間」で狂気のヒトラーを熱演していたブルーノ・ガンツ。ダミエルら守護天使たちは、今はベルリンの図書館を棲家として、歴史が始まる前から生物たちの営みをずっと観察してきました。そして人間たちには、彼らの心の声を聴いて、良い方向に向かうように適切なアドバイスを気が付かれず送ってきたのです。純粋なこどもには時には見えることがありますが、基本的には人が天使を見つけることはできません。

ある日、ダミエルは、経営不振で今夜の興行が最後となるサーカス一座を訪れました。花形の空中ブランコ乗りのマリオン(ソルヴェーグ・ドマルタン)は、今夜が最後だと思うと落ちてしまうのではないかと緊張する。ダミエルは、そんな彼女に恋をしてしまいました。

ダミエルは親友のカシエル(オットー・ザンダー)に、永遠の命があっても物質的に満ち足りない今の生活の不満、そして人間になって何でもない日常に喜びを感じたいと話します。街では、「刑事コロンボ」でお馴染みのピーター・フォーク(自らの役名で登場)が映画の撮影をしていました。ピーター・フォークは見えるはずがないダミエルに向かって「兄弟、いるのを感じる。人間はいいよ」と言いながら握手をするかのように手を差し出すのです。

ダミエルは、いつも人間たちを見てきた戦勝記念塔(塔の頂上に金色の勝利の女神ヴィクトリアが設置されています)からついに飛び降りると人間になっていました。頭をぶつけて血が出ていることや初めて飲むコーヒーに喜びを感じる。

撮影中のピーター・フォークを見つけ、ダミエルは思わず「兄弟」と声をかけます。ピーター・フォークは、「ついに人間になったのか。世界中に同じような奴がたくさんいるよ」と説明し、彼もその一人だったのです。ダミエルに去られたカシエルも、しだいに自分の生活に疑問を感じ始めました。そして、ダミエルはマリオンと「再会」し、マリオンは彼が自分を見つめ守ってきた人だと直感するのでした。

天使の視点、あるいは天使がいる時は、画面は白黒。人間の視点ではカラーという構成になっていて、ダミエルの人間への変化もわかりやすい。比較的静かな展開の進行ですが、これらの工夫が随所にあり飽きさせません。

ソルヴェーグ・ドマルタンは、特訓で空中ブランコを自ら演じています。最後の演技シーンはかなり長めの印象ですが、せっかく頑張って練習してきたので、カットせずに全部使ったと監督自ら説明しています。また、カシエルも思い切って人間になるラストが撮影されていましたが、こちらは今回はカット。カシエルが人間になった話は、続編の「時の翼にのって(1993)」で描かれました。

なお、ニコラス・ケイジとメグ・ライアンが出演した「シティ・オブ・エンジェル(1998)」は、この映画のハリウッド版リメイクです。


2021年6月12日土曜日

二酸化炭素の測定 その2


人間は呼吸で、酸素を取り込み、二酸化炭素を吐き出しています。二酸化炭素の濃度測定は換気の目安になる・・・ということで、ゴールデンウイーク明けから、クリニック内で測定器を置いています。

空気中に含まれる二酸化炭素は0.04%、つまり400ppmです。建築基準法で建物内の二酸化炭素濃度は1000ppm以下と決まっていて、それ以上は空気の停滞を意味し換気を必要とする状況とされます。

クリニックは四方に窓があり、微風でもあれば空気の通りが良く開放的なので、測定器を置いてみたもののほとんど変化が無く測る意味が無い感じでした。何しろ、めったなことではクリニック中で500ppmを超えることはありません。

ところが、この数日の暑さ・・・さすがに30゚cになると風が通っても辛い感じ。今年初のエアコンによる冷房をいれてみました。当然、窓は全部閉めます。

もともと一番空気の流れが良くない診察室では、自分と患者さんがしゃべっていると、二酸化炭素はどんどん上昇して、時に700ppm近くになったのには驚きました。自分一人の時でも、500ppm台はざら。

もちろん、基準の1000ppmに近づくほどのことはありませんし、窓を開けて換気をすると速やかに400ppm台に戻りますから、問題になるほどではありません。

もっともppmという単位で数字を見ると、物凄い変化のように思えてしまいますが、%で言えば0.04%が0.06とか0.07%になったという程度ですけどね。

一般的に窓が無いか、あっても閉めている飲食店だと、火を使うこともあって二酸化炭素はけっこう高くなると思いますが、安心のためにこういう数字を見せるのは効果的だと思います。

2021年6月11日金曜日

インフェルノ (2016)

神曲・・・アイドルの代表曲みたいな「かみきょく」じゃなくて、「しんきょく」です。14世紀初めのイタリアの古典文学を代表するダンテの長編叙事詩。まぁ、おそらくたいていの人は名前は知っていても読んだことは無い。自分のその一人。

ちょっと、勉強してみると、オリジナルのタイトルは「La Divina Commedia」で、直訳すると「神聖喜劇」ということになるのですが、日本で初めて森鴎外が紹介した時に「神曲」という言葉を使ったとのこと。

フィレンツェの官僚だったダンテが、市政の政争に巻き込まれフィレンツェを追放になったことから、経験した欺瞞やそれに対する怒りから、人が生きていくための道徳を書きまとめたものとされ、地獄篇(Infrno)、煉獄篇(Purgatorio)、そして天国篇(Paradiso)の3部から成立しています。

さて、映画です。ダン・ブラウン原作のラングドン・シリーズ。監督はシリーズ続けてロン・ハワードが担当し、ラングドン教授もトム・ハンクスが続投です。今回はキリスト教にまつわる陰謀ではありません。

タイトルのインフェルノは、「地獄」のこと。まさに、ダンテの「神曲・地獄篇」のこと。ただし、映画を見るにあたって、「神曲」そのものの知らなくても困らない。原作を読むなら、理解しているともっと楽しめるかもしれませんけど。

ここでは、ダンテの「神曲」にインスパイアされて描かれたボッティチェッリの 「地獄の図( 1490)」が謎を解く鍵として用いられています。


これはダンテが「神曲」の中で構想した地獄の階層構造をヴィジュアル化したもの。下の階層に行くほど重い罪を背負うことになり、「神曲」の主人公ダンテは案内されて下へ下へ進み、そこを抜けると今度は煉獄の階層がある。さらにその先には天国の階層があり、ダンテの永年の憧れであったベアトリーチェの案内を受ける。

ロバート・ラングドン教授は、世界が地獄にようになる幻影を見ます。目を覚ますと、そこはフィレンツェの病院で、頭に傷がありこの数日の記憶が思い出せない。担当の若い女医、シエナ・ブルックス(フェリシティ・ジョーンズ)は、銃撃され担ぎ込まれ、一過性の記憶喪失だと説明します。そこにさらに暗殺者が襲撃してきたため、シエナはラングドンを連れ自分のアパートに隠れました。

ラングドンの持ち物を探すと、上着のポケットから小さなプロジェクターが見つかります。映し出されたのはボッティチェッリの地獄の図ですが、あちこちに追加の文字があり、どうやらゾブリストという人物からのメッセージだとわかります。

ゾブリストをネットで検索すると、人口の増加による人類の危機を訴え、致死性ウイルスをばらまくことで人口を減らそうと計画している過激思想の持ち主であることが判明します。地獄の図は、どうやらウイルスを仕掛けた場所を示す手がかりということらしい。

助けを求めるためシエナが領事館に電話をしますが、やってきたのは病院を襲った暗殺者。さらに、ネットを利用したことで居場所がばれて、エリザベス・シンスキー(シセ・バベット・クヌッセン)が率いるWHOの特務機関もやってきます。

ここからは、例によって得意の名所・旧跡を超特急で巡る、ラングドンとシエナの逃亡劇が展開します。今回は、誰が敵で誰が味方なのか、二転三転する構成で本当に息つく暇を与えてくれません。

謎の奥行が無いので、ラングドン・シリーズのファンからは物足りないという意見が出ているようですが、純粋にサスペンス映画としては、犯罪が少しずつ解きほぐれていく流れはうまく出来ている。また、派手なアクションがあるわけではないのに、普通のおじさん風のトム・ハンクスがうまく視聴者を味方につけて応援したくなるように仕向けてくるあたりもさすがです。

ラングドン・シリーズは、この「インフェルノ」の前に、アメリカのフリーメーソンをテーマにした「ロスト・シンボル」が出版されていますが、いまだに映画化されていません。現代に生きる謎の多い組織を描くのは、いろいろと問題があるのかもしれません。





2021年6月10日木曜日

今度はチョコだらけ


不二家はがんばりますねぇ。

ペコちゃんだけじゃない、ってとこを見せたいのか、商品開発の担当の人たちの頑張りが伝わってくる。

カントリーマアムをほぼチョコにしてしまった「チョコまみれ」に続く第二弾。

今度は定番のホームパイでやっちゃいました。

名付けて「チョコだらけ」です。

カントリーマアムより、元に固さがあるので食感はこちらの方が残っている感じ。

ですが、これだけチョコレートが滲みてると、味はほぼチョコです。

面白いんですが、暑くなってきたので、このくらいでもういいかと思います。

2021年6月9日水曜日

天使と悪魔 (2009)

ダン・ブラウン原作のロバート・ラングスドン教授シリーズの第1作(2000)ですが、「ダ・ヴィンチ・コード」のヒットを受けて順番は逆ですが映画化されました。ダン・ブラウン自身は製作総指揮に再びクレジットされていますが、今回は脚本には口を出していないらしい。監督は、前作に引き続きロン・ハワードが担当しました。

今回もキリスト教に関連した陰謀の話ですが、キーワードは「イルミナティ」だけで、キリスト教徒でなくてもよく知られたコンクラーベにまつわる事件ということで前作よりも圧倒的にわかりやすい。

原作は未読ですが、映画化に当たっては内容をしっかり整理してあるようです。逆に、原作を先に呼んだ方は、重要な登場人物が映画では出てこなかったり、物語の背景についてもかなり簡略化しているところが不満になっているようです。

もともと天動説により宇宙の動きが考えられていましたが、15世紀にコペルニクスによって地動説が唱えられるようになりました。近代科学の祖とされるガリレオ・ガリレイは、17世紀はじめに木星の観測などから理論的に地動説を説きましが、キリスト教がこれに噛みつき異端として裁判に発展します。そして17世紀末には、アイザック・ニュートンによって確立されました。

映画の中では秘密結社イルミナティが復活して、ガリレオやニュートンを絡めてバチカンを脅迫するのですが、キーとなる芸術家ジャン・ロレンツォ・ベルニーニも17世紀の人物。イルミナティは18世紀の話なので、正確には一緒にすることは問題。

科学的な物の見方が進むことで、宗教的な観念的な思想の矛盾にたどりつくかもしれないというのが、いわゆる啓蒙思想であり、その中で理性を持ってキリスト教を実践していこうとするのがイルミナティという集団だったと言えそうです。ですから、ローマから迫害されたガリレオらを利用することは矛盾しないのかもしれません。

1770年代に始まり、主としてバイエルンで急速に広がりを見せたため、危険視した教会などからの圧力により、政府が弾圧しわずか10年程度で消滅したとされています。

ローマのバチカンは、キリスト教カトリックの総本山で、全世界10億人ともいわれる信者の頂点に立つのは、現在は2013年に即位したフランシスコ教皇で、教皇としては第266代目。その教皇を選ぶための選挙がコンクラーベといわれる伝統的な行事です。

教皇は終生職ですので亡くなった場合に、サン・ピエトロ寺院に隣接するシスティーナ礼拝堂の中に、世界中から120人の枢機卿が集まり非公開で次期教皇を選出します。この間は、カメルレンゴと呼ばれる生前に教皇が指名していた枢機卿が、教皇権限を代行します。なお前教皇ベネディクト16世は、およそ700年ぶりに生前辞任をしています。

映画は教皇の死去により、バチカンでコンクラーベが執り行われることになったところから始まります。研究所から反物質を盗み出したイルミナティを名乗る者が、有力候補の枢機卿4人を誘拐し、1時間ごとに公開処刑し、最後に反物質の爆発によりバチカンを消滅させると脅迫してきました。

バチカン警察は、ただちにアメリカからロバート・ラングドン教授を招き、脅迫文の解読を依頼します。また反物質の研究をしていたヴィットリア・ヴェトラ(アイェレット・ゾラー)も協力することになります。

最初の処刑予告時間が迫る中、ラングドンはバチカン資料室のガリレオの古文書から、ヒントをつかみ最初の現場に向かいますが間に合わず、無残な枢機卿の遺体を発見します。さらなるヒントを得て次の場所に行きますが、またしても犯行に間に合わない。3番目では犯人に追いつくものの、銃撃され計画を遂行されます。4番目は、犯人に逃げられたものの何とか枢機卿を救うことができました。

残るは反物質だけで、容器の充電が切れて大爆発が起こるまでにわずかです。そして、ついにサン・ピエトロ寺院の中に仕掛けられていることを突き止め、ヴィットリアは何とか充電の補充を試みますが時間が足りない。カメルレンゴのマッケナ(ユアン・マクレガー)は、容器を手にすると一人ヘリコプターに飛び乗りどんどん高度を上げていくのでした!!

というわけで、わずか5~6時間程度に次々に枢機卿が殺され、時間との勝負でラングドンがローマ中を走り回るというスピーディな展開。サスペンス重視の演出に徹したことで無駄がない出来栄えとなっています。イルミナティはあくまでもサスペンスのきっかけで、映画では深入りし過ぎなかったのは正解だと思います。

実際にはバチカンはロケを許可していないので、セットやCGを使った背景は本物と見間違えるほどの仕上がりです。特にシスティーナ礼拝堂は素晴らしい。コンクラーベは公開されていないのですが、おそらくいろいろな情報から現実に行われていることに限りなく近いものとして映像化されているのだと思い大変興味深い。

原作との違いはともかくとして、少なくとも映画的な展開は前作をはるかにしのぎます。探偵側二人が、非警察・非バチカンですが、そこにいる理由に無理がなく合点がいくところ。意外な結末と共に、宗教サスペンスとしてよくできた作品になりました。





2021年6月8日火曜日

ダ・ヴィンチ・コード (2006)

ダン・ブラウンが著した同名の小説(2003)が原作。世界中でベスト・セラーを記録し、キリスト教についての深い知識を必要にするにも関わらず、日本でも大変評判になりました。

ハーヴァード大学の宗教象徴学教授、ロバート・ラングドンが活躍するシリーズで、本としては2作目になります。これをヒット作職人のロン・ハワードが監督して、主役のラングドンはトム・ハンクスが演じるというのですから、映画化では否が応にも着たが高まるというもの。

・・・なんですが、正直、もやもやが残りまくる出来。お世辞にもロン・ハワードやトム・ハンクスの代表作とは言い難い。何でかと言うと、かなりの長編小説で、しかもキリスト教徒でもあまり知られていないような蘊蓄満載ですから、2時間半の映画はストーリーをなぞっていくので精一杯。ましてや、キリスト教徒ではない自分のような者には、何が何だかわからないうちに話が進行してしまいます。

このあたりは、原作者ダン・ブラウンが製作総指揮で、脚本にもかなり参加しているところが関係しているのかもしれません。自分の生み出した作品を、最大限に形を残そうとしたところがありそうです。また、原作も映画もキリスト教として認めていない内容の話ですから、かなり宗教界との軋轢も生まれています。

パリのルーブル美術館の館長が殺され、死ぬ間際に自らレオナルド・ダ・ヴィンチの有名なウィトルウィウス的人体図を模したダイイング・メッセージを残す。本来ならダ・ヴィンチの大ファンは自分は、これだけでもう嬉しく小躍りしたくなる。

しかも、この原作が発行される数年前にパリにいったことがあるので、その時は中庭のクリスタルのピラミッドは工事中だったこともあって、映画でそれを見れるのもワクワクするというものです。

メッセージの意味を解くためにパリで講演中だったラングドン教授が警察に呼ばれて現場に向かう。すると、即、容疑者になっていて、いくらなんでも簡単に犯人と決めつけているファーシュ警部はよほどのバカか、さもなければ犯人側と勘繰りたくなる。しかも、この警部役がジャン・レノですから、ただの脇役のわけがない。

館長の孫であるソフィー(オドレイ・トトゥ)が出てきて、とにかく逃げましょうというわけで二人で逃亡。このあたりから、キリスト教的複雑怪奇な話が入り乱れてきるんですが、とにかくキリストの聖杯と、実はキリストはマグダラのマリアと結婚していて子どもを産んでいたというあたりが一番の謎らしい。

聖杯の説明で、ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」にまつわる謎が解説されるところで、ちょっと気を取り直しますが、これも昔からとっくに言われていたことで目新しい話ではありません。結局誰が誰の指示で動いて、誰が本当に悪者なのか理解できていないうちにクライマックスに突入です。

実は、2005年初版で原作本を買って読んでたんですよね。しかも、ヴィジュアル愛蔵版という豪華仕様のもの。ストーリーがたどっていく実際の史跡などの写真や図表が組み込まれていてなかなかの凝った編集のもの。600ページくらいあるんですが、当時は面白くて一気に読んだものの、やはり馴染みのないキリスト教の知識がなくて苦労した記憶があります。


2021年6月7日月曜日

ジョン・ウィック パラベラム (2019)

キアヌ・リーブスが帰ってきた伝説の殺し屋を演じる人気シリーズの第3弾、目下のところ最新作です。シリーズ全作品を手掛ける監督はチャド・スタエルスキ。

このシリーズのために考えられた、独特の世界観を最初にまとめておきます。そもそも、裏社会では犯罪者たちの集団がたくさんあって、その中で世界をまたにかける強大な12のグルーブが集まったのが主席連合(ハイ・テーブル)です。カモッラ(イタリア)、コーサ・ノストラ(イタリア)、ンドランゲタ(イタリア)、チャイニーズ・マフィア(中国)、ロシアン・マフィア(ロシア)などが含まれています。

主席連合は、いろいろな組織同士の取引を安全に行うため、世界各地にコンチネンタル・ホテルを用意しており、その敷地内では殺しはしていけないという厳格な掟があり、破れば主席連合により粛清されます。いろいろなマフィアが集う関係で多くの殺し屋の社交場にもなっていて、殺し屋同士も顔馴染みになっている。また、彼らの間では独自の金貨が流通していて、ホテルの宿泊、武器の調達、死体の処理などに使われています。

主席連合の中には、誓印というロケット型のペンダントを用いた契約方法があります。開くと左右に血判を記すようになっています。片側に自分の血判を記して渡した相手の依頼は一度だけ履行しなければならないという決まりで、契約が終了すると相手が左側に血判を記してペンダントを返却します。この契約は、コンチネンタル・ホテルで記録・管理されています。

もともとジョン・ウィックが主な仕事を請け負っていたのはロシアン・マフィア。ボスは、ヴィゴ・タラソフでした。5年前に愛する女性と結婚するため組織を抜けたいジョン・ウィックは、カモッラの幹部、サンティーノ・ダントニオに誓印を渡し協力してもらっています。

さて、第三作は「パラベラム」というタイトル。ローマ帝国時代のラテン語の格言からきていて、「戦争の準備」という意味。前作で、コンチネンタル・ホテル内でサンティーノを殺したジョン・ウィックは、掟によって組織から抹殺の対象に指名されますが、コンチネンタル・ホテル支配人ウィストン(イアン・マクシェーン)の計らいで1時間の猶予をもらった直後から今作はスタート。

いきなり1500万ドルの懸賞金目当てに次から次へとジョン・ウィックの命を狙うものを倒して、たどり着いたのはルスカ・ロマのボス、ディレクター(アンジェリカ・ヒューストン)のもとでした。かつて、ディレクターは殺し屋としてのジョン・ウィックを育て上げた人物で、彼をカサブランカに渡らせます。

一方、主席連合の裁定人がやってくる。コンチネンタル・ホテルのウィストンには1時間の猶予を与えたこと、バワリー・キング(ローレンス・フィッシュバーン)にはジョンに銃と7発の弾丸を渡したことが掟に反するとし、二人に7日間のうちにそれぞれのポストを明け渡すように言います。またディレクターの部下もことごとく惨殺し、ディレクターに組織への忠誠をあらためて了承させます。

モロッコ・コンチネンタルの支配人、元殺し屋だったソフィア(ハル・ベリー)は、かつてジョンが誓印を受け取って助けたことがある。ジョンは、ソフィアにかつてのボス、ベラダとの面会を頼みます。ベラダはジョンに、主席連合の首長に会いたければ砂漠を彷徨えば、向こうから見つけてくれると教えますが、ソフィアの連れていた犬を撃ち殺したことでソフィアが激昂し、ジョンと二人でベラダと部下たちを壊滅させます。

ジョンはソフィアと別れ砂漠を歩いているうちに意識を失い、首長の部下に拾われます。気が付いたジョンに首長は「何故生きたいのだ?」と尋ね、ジョンは「妻との思い出を守るため」と答え、ウィストンを殺せば抹殺指令を撤回しようと申し出ました。ジョンは、結婚指輪をしていた左手薬指を自ら切り落とし忠誠を誓うのです。

裁定人は殺し屋ゼロに従わないキングの組織を潰させます。そしてキングもゼロに刀で切られ倒れます。ニューヨークに戻ったジョンに、すぐさまゼロが襲い掛かりますが、ぎりぎりでコンチネンタル・ホテルの敷地に手を伸ばして休戦に持ち込みました。ジョンはウィストンを殺すことはできず、ウィストンも裁定人の命令を拒否したため、主席連合はコンチネンタル・ホテルの聖域指定を解除し、強力な武装集団をホテルに送り込んできました。

そしてついに最終決戦が始まるのです。まだ新しい映画に入ると思いますので、ストーリー紹介はここまで。ただし、さらなる続編で、間違いなく主席連合全体との全面戦争に突入していくしかないラストでチャプター3は終了します。

ゼロは普段は寿司屋を営む日本人(?)らしいのですが、その初登場の場面で流れるのはきゃりーぱみゅぱみゅの「にんじゃりばんばん」というところが可笑しい。ハル・ベリーのソフィアも気になるキャラで、続編でウィック一派の一翼を担いそうな雰囲気。第1作から連続登場の礼儀正しいホテルのコンシェルジェ、シャロンも最後には襲撃部隊との戦いに参戦してより楽しみなキャラになりました。

ド派手な格闘シーンが続き、暴力的な映画であることは間違いないのですが、ジョン・ウィックをはじめ彼に味方する人々がが、とても人間的な感情から動いていることで、見ていて感情移入しやすく、その活躍に胸がすっとする高揚感を感じることができるのだと思います。



2021年6月6日日曜日

自宅居酒屋 #37 茄子の和風あんかけ


茄子は炒めるときに油を使うと、大部分を吸ってしまうので、カロリーも高くなっちゃうし、茄子そのものの風味も損ねてしまいます。

そこで、フライパンで油は使わずに空焼きするのでお勧め。切り口の面が多少焦げ目がつくくらいに焼けば十分です。

今回は和風のあんかけにしました。

スープの味付けは、和風だしの素、ちょっとだけ鶏ガラスープの素、砂糖少々、生姜です。味見して薄ければ塩を足しました。

添えたのは鶏むね肉を粗いミンチ状に切ったもの、しめじ、ピーマンです。スープの中に入れて、ある程度火が通ったら、水で溶いた片栗粉を入れてあんにします。

最後に焼いておいた茄子を入れて和えれば完成。茄子の味がしっかり残って、酒の肴にも、ご飯のおかずにもOKという感じです。

 

2021年6月5日土曜日

ジョン・ウィック チャプター2 (2017)

キアヌ・リーブスが伝説から帰ってきた殺し屋を演じる「ジョン・ウィック」の続編。前作に続き監督はチャド・スタエルスキ。内容は、前作の5日後から始まり、当然同じテイストを踏襲したノンストップ・アクションで楽しませてくれます。

前作で亡くなった妻からの最後のプレゼントだった子犬を殺され、愛車を奪われたことでかつて仕事をしていた組織を潰したジョン・ウィック。車に固執したのは、愛車には亡き妻との写真があったからなのです。車を取り戻したジョンのもとに、今度はサンティーノ・ダントニオが訪れます。

彼はかつてジョンが組織を抜けるときに手助けをして、その際、依頼した仕事を遂行する誓いを立てた誓印と呼ばれるメダルを持っていました。しかし、ジョンは引退を希望したため、サンディーノはジョンの家を爆破します。妻との思い出のすべてを灰にされたジョンに、再び復讐の怒りが立ち上ってきます。

殺し屋たちが集うコンチネンタル・ホテルで、サンティーノの居場所を尋ねるジョンに支配人のウィンストン(イアン・マクシューン)は誓印がある以上は掟にしたがうしかないと話します。しかたがなくジョンは、サンティーノから父親の組織を継いだ彼の姉ジアナの殺害を了承します。

ローマでジアナを殺したジョンに対して、サンティーノの大勢の部下が襲い掛かる。サンティーノは、ジョンに姉を殺したジョンをそのままにしておくことはできないと伝えます。敵を撃退してサンティーノの裏切りに決着をつけるためニューヨークに戻ったジョンを待ち受けていたのは、サンティーノがかけた700万ドルの懸賞金のために次々に襲い掛かる殺し屋たちでした。

ジョンは組織から距離をとっていたバワリー・キング(ローレンス・フィッシュバーン)を訪れ、サンティーノを生かしておくと縄張りを冒されるというジョンの説明に、キングは銃を提供します。ジョンはサンティーノのパーティに潜入し、次々と彼の部下を倒し、コンチネンタル・ホテルに逃げ込んだサンディーノを追い詰めました。ホテルの敷地内では一切仕事をしてはならないという掟を破り、ジョンはサンティーノに銃弾を撃ち込みます。

サンティーノの組織はさらに高額の懸賞金をかけ、掟を破ったジョンをウィンストンは追放としますが懸賞金の発効まで1時間の猶予を与えるのでした。

相変わらず、亡き妻を思い出しては泣いちゃうんだけど復讐に燃える凄腕の殺し屋という風変わりなキャラは健在。アクションは銃撃戦が主なんですが、格闘の中で近接しての発砲と言う独特のアクションがカッコいい。前半のローマの地下墓地の暗い迷路でのアクションと、対比するような明るい鏡の間の迷路での戦いが見所になっています。

前作に引き続き裏社会のルールが重要なストリーの土台になっていますが、前作に加えてその世界観がより深く描かれることで、各登場人物の行動理論も理解しやすくなった感じがします。それと、今回の注目点は、キアヌ・リーブスとローレンス・フィッシュバーンが「マトリックス」以来の共演をしているところ。どっちもだいぶ年を取ったなというところ。

キアヌにしても、トム・クルーズにしても、シュワルツェネッガーやスタローンに続く世代のアクション俳優で、還暦まじかですのでいろいろ無理があるところも否定できませんが、それでもそれなりの頑張りは伝わってきます。

2021年6月4日金曜日

ジョン・ウィック (2014)

キアヌ・リーブス主演映画としては、最大のヒット作といわれるのは、言わずと知れた「マトリックス三部作」でしょう。これについては、もうネットでも語られまくって、書籍にも研究書があったりします。もう、今更、ここで紹介するまでもない。

そこで、目下のところキアヌの一番の魅力を引き出している人気シリーズが「ジョン・ウィック」ということになります。これまでにシリーズ化されて3作品がリリースされ、4作品目も現在制作中です。

裏社会で伝説となった殺し屋、ジョン・ウィック(キアヌ・リーブス)。彼は愛する女性のため、殺し屋を引退し平穏な生活をしていました。しかし、妻のヘレンが病死して、彼は絶望の淵に引き戻される。しかし、死ぬ前に妻は彼のために子犬を用意していました。自分が死んだ後の希望になるようにと。

ある日、元々ジョンの仕事の依頼主だったヴィゴー(ミカエル・ニクヴィスト)・・・今やジョンの仕事のおかげでかなりの顔役ですが、その息子ヨセフが、ジョンの正体を知らずに彼の希少な車欲しさに強盗に押し入り車を奪います。そして、邪魔だった子犬もいとも簡単に殺してしまいました。

犯人がヴィゴーの息子だと知ったジョンは、封印していた武器を取り出し、殺し屋仲間が集うコンチネンタル・ホテルに向かいます。このホテルのオーナーにヨセフの居所のヒントをもらったジョンは、隠れ場所のクラブを襲撃しますが間一髪ヨセフに逃げられてしまう。

続いて、ジョンはヴィゴーが隠し財産を保管している教会にむかい、それらを灰にしてしまいました。しかし、ヴィゴーらと激闘の後、ヴィゴーからヨセフの居場所を聞き出します。隠れ家を急襲したジョンはつてにヨセフを撃ち殺しますが、コンチネンタル・ホテルのオーナーから、ヴィゴーの逃亡を知らされ、ヴィゴーを追跡するのでした。

かつては誰もが恐れた凄腕の殺し屋が、妻が死んで女々しくなっているとか、犬を殺されて復讐に立ち上がるとか、ちょっと動機としては「どうなの?」と感じないわけではありませんが、次から次へとスリルとサスペンスとアクションの連続で、見ていて息も付けぬ面白さはさすがというところ。

敵役のヴィゴーは、スウェーデン版「ドラゴン・タトゥーの女」で活躍したニクヴィストで、ここでは息子を愛しながらも、最後にはジョンに売ってしまう冷徹な父親を演じ、ラストではジョンとの一対一での対決もします。

また、ジョンとは旧知の中で、ヴィゴーからジョン抹殺を依頼される殺し屋マーカスにはウィレム・デフォーがキャスティング。陰ながら、ジョンの危機を何度か救う美味しい役どころですが、最後はヴィゴーに殺されてしまいます。彼らの巣くう裏社会の世界観が興味深く、いくつかのルールが設定されているところも映画を面白くしている要素のようです。

「マトリックス」シリーズでキアヌのスタントを務めていたチャド・スタエルスキーが初監督を務め、そのせいもあって近接肉体アクションには相当力が入っています。またヘヴィーでノイジーな音楽が鳴り続け、緊迫感を否が応にも盛り上げています。

2021年6月3日木曜日

読む日本史


大手の出版社は、たいてい創立f××周年とかの記念事業として、日本史をまとめ上げています。考古学に分類されるような、有史以前の世界から直近の現代史までをたどるには、全10~20巻くらいの大規模なものになります。

本来は起こってきた事実は一つのはずですが、すべてのイベントが白日の下に晒されているわけではないので、学者によって歴史に対する考え方は微妙に異なる部分があるらしい。

各社の日本史全集で、どれを選ぶかによっては大筋は同じでも、その史実に対する評価には微妙な差異があるものです。さすがに名の知れた出版社では無い(と信じたい)と思いますが、下手をすると思想誘導的な怖いものもあるかもしれません。

とは言っても、日本人ですから、少なくとも自国の通史くらいは一度は目を通しておきたい・・・と思って揃えたのが小学館のシリーズ(全16巻+別巻1冊)。

他との読み比べが簡単にできる量じゃありませんから、これを選んだ理由は、21世紀になって発行された新しい出版物であることと、Amazonで古本で揃えやすかったということ。定価が1巻2400円ですが、だいたいいずれも1000円くらいで見つけることができました。

おそらく特徴となっているのは、各巻のタイトル。「××時代」が小さくなって副題扱い。主タイトルは、その時代を象徴する内容を示すものになっています。従って、学校の教科書のような事柄の羅列ではなく、執筆した学者の歴史的な評価が多めの「読み物」的な編集になっているのが特徴なのかもしれません。

一冊をまじめに読むのは大変なので、気になることがあった時に、その項目に関連するところを少しずつ拾い読み程度しかしていませんが、その繰り返しでいいのかなと思っています。

2021年6月2日水曜日

大坂なおみ問題


一般のテニス・ファンからすると、急に降ってわいたのが「大坂なおみ」問題。

全仏オープンが始まる前に、試合後の通例となっている記者会見を拒否する声明を出し、実際大会が始まって初戦を勝利した大坂は、そのあとの記者会見は行いませんでした。

そして、主催者側から、記者会見に出席しないならグランド・スラム大会のすべてにエントリーできなくなる可能性があると報じられると、昨日、全仏の棄権を表明しました。

他の有名選手からは、メディアへの対応を含めてプロのアスリートであるという意見が主流のようですが、個々の選手に対する柔軟な対応も必要であるという考えが示されているように思います。

実際、試合に出るだけでなく、勝っても負けてもメディアに対応することを含めてエントリーするのが前提条件にあるのだと思いますので、ましてやプロフェッショナルとしていかがなものかという意見はしごくもっともです。

その一方で、大坂選手をプロとして汚点を残す結果に走らせてしまったのには、テニス界全体の一人一人の選手ごとに必要なケアをしていく部分が欠如しているということも指摘できそうです。

これはテニスだけに限った話ではなく、ある程度歴史があってシステムが出来上がってしまうと、以前はシステムに合わせられない人は落伍していったものです。中には強靭な精神力で、自分を押し通した「枠にとらわれない天才」みたいな人もいましが、それはごく少数。

しかし、21世紀になって世界は、個々を尊重する風潮が強くなり、出来上がっているシステム側に変化が求められるようになりました。ここ何年か、特にスポーツ界では旧態然としたシステムに起因する問題が噴出していることは明らかです。

大坂選手には、せっかくある才能なのでこのまま消えたりせず、メディアをうまく利用する方法も身に着けてもらいたいものですし、大会主催者側にもそういう個々の選手の気持ちを大事にした運営ができるような変革を期待したいものです。

写真は、1981年に発行された「Tennis Classic」という雑誌の別冊でウィンブルドンを中心にした写真集。当時はジミー・コナーズが頂点から落ち、ビョルン・ボルグが全盛。そして、悪ガキ、ジョン・マッケンローが登場した時代。女子も美形のクリス・エバートが、剛腕マルチナ・ナブラチロワに敵わないという頃でした。

今から思えば、彼らもまた必ずしもメディアに対するリップ・サービスが得意だった人たちとは言えそうもありません。それでも一時代を築くことができたのには、何を言われ何を書かれても、もくもくと信念に従ったプレイを続けたということなのかなと思います。

2021年6月1日火曜日

自宅居酒屋 #36 浅漬け


これは胡瓜と大根の浅漬け。


適当な大きさに切った胡瓜と大根。鷹の爪の輪切り少々。

塩を振ります。白だしをお好みで少々。

縦長のタッパーに入れて、シャカシャカと振る。ちょっと舐めてみて、少し塩辛いくらいでちょうど良い。

あまり強く振ると胡瓜が砕けるので注意。数分シャカシャカすると、野菜から水がでてきます。あとは全部つかるくらいに水を入れて半日くらい放置して出来上がり。

最初に塩が多めの方が味が染み込みやすい。水を加えて入りすぎた塩を出す感じです。

簡単で美味しいので、作り置きに重宝します。