夏季臨時休診

夏季臨時休診のお知らせ 8月14日(金)~8月19日(水)臨時休診します。

2011年7月31日日曜日

東医体

7月も晦日となり、いつも同じことばかり書いていますが、あっという間に時は過ぎ去っていくという感じです。今年は、3月の大震災で、なんとなく3月~ゴールデンウィークくらいまでの間がすっぽりと抜けてしまったような気がするのでなおさらです。

今年は梅雨が早く明けて、さぞかし暑い夏になると思いきや、台風がきたらいきなり涼しくなって太平洋高気圧も南に下がってしまいました。しかし、湿度だけは高くて、天気もすぐれません。戻り梅雨とでも言うのでしょうか、節電と合いまってかえって体調管理は難しそうです。

学生の頃は、この時期何してたんだか。そうそう、7月前半に期末の定期試験が終わって、すぐ合宿だったわけです。まぁ、これでも硬式庭球部(漢字で書くほうが似合う、かなり体育会系のクラブでした)でしたから、夏休みとなると早速気合を入れて振り回し。

それなりにへろへろになって、しっかり日焼けもしてスポーツマン風になったところで、続いて東医体(とういたい)というのがある。これは東日本医医科学生体育大会のことで、簡単に言うと医学部の種目別運動会みたいなものです。

自分の出身大学は、正直言ってたいしたことはなかったので、ほとんど1回戦敗退。あっという間に夏は終了、という感じでした。ですから、あまり思い出らしいものもありません。ただ、30年くらい前ですか、東医体の会場ではじめてポカリスエットなる飲料水を試飲したんですね。

当時はゲータレードが出て、スポーツをするときの飲料水として唯一の存在となっていました。ゲータレードは柑橘系のさわやかな味でしたが、ポカリスエットは甘しょっぱい中途半端な味で、げげげ、こんなへんなの売れないだろう、と思ったものです。

いやぁ、慣れというのは恐ろしい。いまや、そんなポカリスエットもスポーツ飲料の代名詞のようになり、インフルエンザの患者さんとかにも「ポカリみたいなもので水分を補給して」なんて普通に説明したりしていますもんね。

全国の医学部の学生さん、健康にはくれぐれも注意して、そしてケガをしないように、しっかり頑張ってくださいね。そして、その後は、また勉強に精を出してくださいよ。よろしく!!

2011年7月30日土曜日

プリウスα ~ 車の楽しみ方

自分が学生の頃・・・って、まぁ四半世紀前の話になりますけど、自家用車なるものを意識し始めたわけです。とは言え、自分の場合自動車免許を取ったのは、医師国家試験の受験が終わって、病院研修医になるまでの2ヶ月程度の期間。学生の時には、友人の車に乗せてもらうだけでしたけど・・・

例えば、部活の合宿に行くとなると、部員で車を出せる人の数台に分乗していくわけです。当時は、人気だったのは日産のフェアレディZ。トヨタならセリカXX。スカイラインならケンメリの次のジャパンの時代。

当時は、時速100km/hrなんてのはそうそう出せるものではない。大きな声では言えませんが、先輩のZが180km/hrで関越をすっ飛んで行った、なんてのは超驚愕物でした。

この頃は、燃費なんてものを意識していたドライバーはいたのでしょうか。エンジンはどんどん大型化していって、とにかくパワーを強大化することで名車と呼ばれるような時代だったと思います。

バブルがはじけて、車の世界も急にダウンサイジングのムーブメントに入っていきます。コンパクトカーが人気を呼ぶようになり、日産のマーチのようなリッターカーが登場しました。当然、非力でアクセルを全開で踏んでも、スピードが乗ってこない。

しかし、燃費は軽自動車まではいかないにしても、かなり伸ばしたわけで、そもそも車の燃費の改良はエコロジーから始まったわけではないんでしょう。

「21世紀に間に合いました」のコピーで、世紀末に登場したトヨタの初代プリウス。本腰を入れて、エコロジーの燃費を追求する最初のモデルでした。もう、ここまでくると車は運転する楽しみの本質がだんだんと変化しているわけで、もはやガソリンをばりばり消費してゼロヨン圧勝目指すみたいな世界は隅っこに追いやられました。

石油危機などを契機にプリウスは着実にシェアを獲得して、いまや完全に国民車的な存在に成長しています。かつての国民車カローラが、しだいにモデルを増やして、いろいろなニーズにこたえたのと同じで、プリウスも単なる一車種の名前から、ブランド名として確立されようとしているのです。

今年は5月にワゴンタイプのプリウスαが発売され、年末にはコンパクトタイプのプリウスCが予定されている。さらに、来年はプリウスPHVが登場することになっています。さらに最近は、クーペが2014年頃とうわさされています。また、エスティマ・クラスの大型プリウスも計画されているとかいないとか。

もともとオートマが嫌で、けっこう長くマニュアル車を運転していた自分も、いつの間にかプリウスαの長い納期待ちの列に加わっているわけで、偉そうなことも言えませんが、そのうち日本の道路はプリウスであふれかえるのでしょうか。

まぁそのうち燃費追求が一定のレベルで標準化されれば、次にパワーの時代が必ずやってくるはずです。そうなると、また運転する楽しみというのが戻ってくるかもしれませんね。まだ、当分は自動車は空を飛びそうにはありません。

2011年7月29日金曜日

患者番号

以前は病院の診察券というと、患者番号、氏名、生年月日がエンボス加工してあるプラスチックカードが主流でした。いろいろな指示伝票などに、「ガッチャン」とローラーをあてて文字を写し取ります。

クリニックでは、そもそも患者さんの数も病院と比べて少ないですし、そんなに伝票もないので、たいてい手書きで済んでしまう。コストを考えると紙の診察券で十分で、患者番号さえわかればなんとかなる。

うちのクリニックでは、多少高級感があるので診察券はプラスチックカード。必要な情報を転写式リボンプリンターで印刷してお渡ししています。

開業当初、何番からはじめてもよかったのですが、あまり少ないのもなんだし、あまり大きな数字というのも・・・と、いうわけで10100番からスタートしました。10000から10099までは、VIP用・・・というわけではないのですが、ちょっと特別な人用。

やっと、最近20000番を超えて20100番までたどりつきました。開業してから5年8ヶ月。月平均新しい患者さんが147人来院していただいた結果です。

横浜市都筑区は、けっこう住民の流動もある街なので、正確に定住している方の人数というのはよくわかりません。年間数万人の移動があるとして、おそらく開業してから延べ30万人くらいの人のうち1万人がうちのクリニックを利用していただいたのかもしれません。

さすがに、自分が元気なうちに99999番まで患者番号がのびるということはないと思いますので、患者番号を10000台からスタートしたのは正解かもしれません。とりあえず、22222番の番号を射止めた方には、何か記念品を・・・って、病院に行っておめでとうと言われても、患者さんは苦笑するしかありませんよね。

たぶん、今日は都筑区で2回目のプリウスαを目撃したと思います。そろそろ暗くなって、色が黒だったので瞬間での判断ですが、間違いなくWISHではありませんでした。

2011年7月28日木曜日

御悔み 小松左京氏

7/26に小松左京氏が亡くなったそうです。享年80歳。

昭和の時代に、日本のSF小説が花開き、筒井康隆、眉村卓らとともに牽引力となった重鎮です。1973年に発表された「日本沈没」は空前のベストセラーとなり、当時を知る人間で知らぬ者は日本人としてはもぐりと呼ばれてもしょうがない。

地震による被害を、現実にそくして学問的にも可能な限りリアルに描いて、もしもの時は日本は消失するんだと、誰もが信じたものです。3月の東日本大震災でも、日本沈没の可能性の一端を頭の中によぎらせるものだったと言えます。

ただ、残念だったのは、日本が消失するというショッキングな展開にばかり目がいってしまい、小松左京が本当に描きたかった、祖国を失った日本民族の「漂流」というテーマにいては、ちょっと忘れられがちだということです。

小松左京を失って、日本のSF小説という分野は推進力を絶たれてしまったかもしれません。SF(science fiction)というジャンルは、科学的根拠をもとにした小説であって読者が納得できるリアリティを内包しているものです。今やSFのFはfantasyとなってしまい、まったくの絵空事、まさに空想だけの世界になっていないでしょうか。

合掌。

フェアレディZ、スカイラインGTRや、スープラなどの走りを楽しむための自動車、つまり燃費なんて二の次という車は、もう日本では作られない。プリウスαは、あくまでも快適な空間で、かつecologyな走りを求めるという要求を代表する車といえます。自分も含めて、日本人の車に対する価値観が大きく変化したことを端的に表していますね。

2011年7月27日水曜日

関節リウマチ講演会 @ 新横浜

単なる痛み止めをだして、なんとか関節リウマチ患者さんにガマンをしてもらっていた時代がありました。それほど古い話ではなく、自分が学生の頃の講義で教わった内容は少なくともそうでした。

これは、関節リウマチの治療のピラミッドと呼ばれ、副作用の危険の少ないものから順番に使用して、効果が無ければステップアップするというもの。当然、鎮痛剤だけ服用して、その時の痛みを和らげてもリウマチの病気の勢いは変わらないので、骨が崩れて変形を起こしていくわけです。

当然、変形に対して手術的な治療が介入する機会が多々あるわけで、関節リウマチを整形外科が中心となって治療していくという考え方にも正当性がありました。

しかし、今やリウマチの治療は内科的な領域で、まずいかに制圧するかにかかっています。内服薬にしろ注射薬にしろ、重大な副作用をいかに抑えて使っていくかが重要。

通常、リウマチ治療は外来レベルが中心ですから、クリニックでほとんどのことはできます。というか、できないと専門ですとは言えません。

ただし、副作用の問題がありますので、診療所同士、あるいは診療所と病院との連携をいかにうまく取っていくかというのは大変重要なことになります。

そんなわけで、今夜は新横浜で病診連携の強化ということを含めた講演会に出席してきました。講師は聖マリアンナ医科大学の山田教授。いつもお世話になっている、おなじみの先生です。

実は、昨日の飲み過ぎてちょっと二日酔い・・・正直、やや辛い。まぁ、リウマチ関連のことで手を抜くわけにいかない。がんばりましょう。

プリウスαは今日も見かけません。トヨタは増産しているのは間違いないのですが、完成した車両はどこへ行っているのやら。もっとも、納期が早いフィットシャトルも見ませんね~

2011年7月26日火曜日

Bistro La Tache de Rouge 今年2回目


たまプラのBistro La Tache de Rouge。今年2回目です。

これは岩牡蠣。夏らしく、冷製コンソメゼリー寄せとなっています。

比較的普通のワインの他に、香りの芳醇なものも出してもらい・・・飲みすぎました。

数日通りがかりのカローラ店にあったプリウスαでしたが、他の店に移ってしまったようです。なかなかじっくりと見ることができないなぁ。

2011年7月25日月曜日

田園都市の頼れるドクター2010-2011年度版

発刊以来、毎年うちのクリニックの紹介を載せてもらっている「田園都市の頼れるドクター 2010-2011年度版」が先週末に発売されました。毎年出版され、今年で4冊目。うちにとっては、唯一といってよい広告です。

このドクター・カタログともいえる書籍を出しているのは、田園都市ドットコム。田園都市線沿線を中心に、生活に必要な情報をいろいろと紹介するポータルサイト。

ちょうど、うちが開業する頃に始まって、今までに無い医者個人を紹介していくという方針が斬新で、うちもかなり早い段階から飛びついて利用しています。

実際のところ、どれくらいの方がこの書籍を利用して来院していただいているかはわかりません。最終的に、クリニック来院のきっかけは「口コミ」が最も大きな要因であることは間違いないので、この手の書籍は口コミを補完する役割となっていると思っています。

そうはいっても、毎年綺麗で丁寧ななつくりで、家庭に一冊備えて、何かの時には役立ててもらいたいと思います。

2011年7月24日日曜日

Miles Davis Quintet Live In Europe 1967

マイルスの音源は膨大な量ですが、公式盤についてはもう出し尽くした感があり、二番煎じどころか十番煎じくらいまできています。

そのほとんどほ占めるColumbia時代については、Complete Boxが2009年に発売されて、ほぼ終止符を打ったという状況。でも商魂たくましいレコード会社は、次はSACDとかでどか~んと出してくるわけです。

Kind of BlueやBitches Brewという超超名盤を40周年だとか50周年といって発売するのはいいとして、問題はこれらに追加で入っていたものが、すでにブートレグでおなじみになっていた音源だったということです。

正式には発売するようなものではないけど、先に流出してブートで話題になったものを、正規として売り出そうという図式が出来上がってきたということ。正規として発売するからには、それなりに内容・音質などに責任があるわけで、すでにブートでもっている者としても買いなおしてしまうというのは、メーカーにしてやられた気分ですが悪いわけではありません。

そして秋についに完全ブート市場のみだった、マイルスを聞く上でマストアイテムとなっている音源が正規盤として発売されるというアナウンスが出されました。

1965年から始まった、史上最強といわれるTHE QUINTETの音源は多くはありません。スタジオ録音は、比較的コンスタントに出されていましたが、ライブとなると初期の''In Berlin''と''Plugged Nickel''のみ。

特に、後期になってスタジオでの整然として演奏に比べ、とにかく白熱したバトルを繰り広げるライブがまったく抜けていたわけです。その代表的な演奏が、解散直前の最後の1967ヨーロッパ・ツアー。もう従来のフォーマットのジャズとしては行き着くところまで来た、あとはぶち壊すしかないみたいなところを埋めていたのがブートだったのです。

これはマニアならなおさら、また初心者でも絶対に聴いてもらいたい演奏。オーソドックスなジャズの究極的な進化形の姿が凝縮していると言っても過言ではありません。CDとDVDで4枚組ですが、同時に発売される1CDのベスト盤ではなく、絶対に完全盤をお勧めします。

DISC 1
これはブートでは''Antwerp Blues''として知られている超有名盤で、ヨーロッパ・ツアーの初日、10/28のベルギーでの演奏。すべてが途切れなく演奏され、まさにこの後のエレクトリック・マイルスの基本形が出来上がっている。

DISC 2
もとは''Last European Tiur 1967 Vol.1''に収録の11/2のコペンハーゲンでの5曲。おそらく、このあとに数曲あったかもしれないが、ブートでも流出していない。問題は最後の2曲。これは11/6パリとクレジットされていて、ブートでもまったく出ていないもの。

DISC 3
これもブートの名盤として名高い''RIOT''がそのまま詰まっている。11/6パリ公演で、実は'Round about midnightからスタートするとは考えにくく、その前に当時のレパートリーからしてAgitationとかがあったはず。それがDISC 2に収録されたわけで、それだけでも買う価値があるというものです。この時の演奏は、当時としては珍しく曲と曲の間がある。

DISC 4
これは公式にも既出のDVDで、10/31ストックホルム、11/7カールスルーエ公演からの映像。

タイトルにVOL.1とあるからには、まだまだ残っているブート音源も収集されて公式化されることを期待したい。

2011年7月23日土曜日

テレビ終焉

・・・と、言ってもアナログテレビ。明日のお昼で終了です。

今で言う「メディア」というのは情報媒体のことですが、昭和30年代のテレビの登場は画像を伴ったリアルタイムな情報伝達を可能にした、まさにメディアの象徴ではないでしょうか。

昨日話題にした「ぴあ」、は文字による情報伝達の一つの成功した見本でした。文字の特性として、情報を得たい人は、好きな時に好きなものを選ぶことができます。

一方、テレビは基本的には放送された瞬間から音も画面も消えていくわけで、情報を得る側がテレビに合わせないといけない。そこが、ある程度テレビの「おごり」を招いていたのではないかと思うんですよね。

視聴率さえとれればいい番組だみたいな感覚が、きっとテレビ業界の人たちの中にあると思うんです。テレビは本当に、皆が必要とする正しい情報をつたえてきたのでしょうか。

よく引き合いに出されるのは、連合赤軍の浅間山荘事件。このとき、テレビはぶっ通しで「戦争」の生中継を続けました。そして日航ジャンボ墜落事故では、競って現場にカメラを持ち込み、生存者の救出を生中継して称えられたものです。

確かに、リアルタイムにお茶の間に「現実」を届けるという点ではテレビは画期的でした。しかし、視聴率のためのその「現実」を創作するということもしばしば露呈しています。

テレビが終わるといっても、もちろんデジタル放送はとっくに始まっているわけです。視聴者に負担を負わせてのデジタル化が、ただ画面がきれいになっただけで終わらないことを切に希望するしだいです。

ちょうどフジテレビが27時間テレビというのを放送中ですが、生放送中のあまりの時間の無駄使いにあきれてしまいました。こんな低次元の放送に労力を使うくらいなら、27時間完全放送停止するくらいのほうが、よほど社会に貢献できるかも。

そんなわけで、このままテレビ放送すべてが完全に終了しても、あまり困らないだろうなと漠然と考えてしまいました。

2011年7月22日金曜日

ぴあ終焉

エンタメ情報誌のぴあが、ただいま店頭に並んでいるので、なんと最終号となってしまうのです。

時代・・・と言ってしまえばそれまでですが、1972年に創刊されて、まさに自分の中学・高校時代を象徴する雑誌の一つでした。映画やコンサートの情報は、まとめて見る事がなかなか無かった時代で、この雑誌があったことでずいぶんと助かった。

ぴあで調べてプレイガイドに並ぶ・・・これがチケットを獲得するための王道となっていました。今と違って、プレイガイドでは、A列×番という具合にチケットを買えたので、ある程度自分の好きな席をとれたものです。

及川正通の描く表紙もまた楽しく、いろいろなアーティストのイラストは素晴らしい。もう完全にぴあの顔でしたよね。

ページの端っこに、極小の文字で載せられていた「はみだしびあ」がまた楽しい。いろいろな人の一言投書でしたが、なかなか的を得た意見もあれば、ただただ爆笑のネタまで、とにかく紙面に無駄がありません。

しかし、時代はネット社会となり、いろいろな情報は雑誌をかうよりネットで探すほうが早いし便利になりました。ぴあという雑誌の存在意義はしだいに薄れ、廃刊となるのはやむをえないことなんでしょう。

ぴあは、一つの時代のニーズにマッチした文化の一つであったわけです。もちろん、今大きな顔をしているネットも、どこかで終焉を迎えるのでしょう。その時に、あれは便利だったと皆に懐かしんでもらえるのでしょぅか。

プリウスαを注文してから、1ヶ月以上が過ぎていますが、もちろん納車がいつになるかという決定的な情報は皆無。最初から来年5月と言われているのですから、ジタバタするなと怒られそうですが、毎日思わずネットを検索してしまいます。

2011年7月21日木曜日

土用丑の日

・・・と言えば、やっぱ鰻でしょう。

昨日は台風一過で、さぁ夏本番と思ったら、今日は午後からはまるで5月のさわやかな・・・湿気は多かったですけどね。

なんでも、オホーツク海高気圧からの冷たい風が吹き込んだからとか。確かに北からの風で、半袖ではちょっと寒いくらいでした。

明後日くらいからは、また暑さが戻ってくるようです。節電のことがなければ、夏は夏らしく暑いほうがいいとうそぶいていられますが、今年に限っては涼しいならそのほうがいいかも。

今夜は、夕食は鰻という、まさにニッポン人らしいメニューだったのですが、こどもたちはそれぞれ用事があって外出。夫婦二人だけの夕食です。

あ~、こうやってだんだん老夫婦になっていくんですかね。

今日はクリニックへ行く途中のカローラ店と国道246沿いのトヨペット店で、それぞれプリウスαを目撃しました。やっと、展示車も出回ってきたのでしょうか。

2011年7月20日水曜日

夏本番

昨日は、1日だけ夏休み前倒しでクリニックを休診・・・にしたからでしょうか、今日は台風接近でさぞかし暇と思ったら、あにはからんやけっこう大変でした。

1時間待ちというのはたまにあるんですが、今日は最大で1時間半待ちで、待たせた時間の新記録更新です。人は待ち時間が20分まではがまんできますが、それ以上になると不満を感じるという調査結果を見たことがあります。

まぁ、こういう時はあせってもしょうがないので、開き直って診療をするしかありません。夕方は、多少ひまな時間帯がありましたが、とにかく年を取ったのでしょうか、こういうペースは疲れてしまいます。

昨日から断続的に雨が降ったおかげで、湿気はありますが、気温は比較的あがらず比較的過ごしやすい。横浜では、台風もこれまでのところそれほどのこともなく、ちょうど熱せられた地面をうまく冷やしてくれた感じでした。

学校もだいたい夏休みに突入して、台風が過ぎ去ればこれからが夏本番。さあ、気合を入れて、例年よりも暑そうなこの季節を乗り切りましょう。・・・って、それにしても今回の台風の鈍足具合には閉口しますね。

プリウスαは今日も目撃せず。最近、走っている車を気にするようになって、いかにプリウスが巷に氾濫しているかがよくわかりました。今やプリウスは、カローラの地位を引き継いだというのは名実ともに納得できる話です。

2011年7月19日火曜日

UNIQLO

7/19(火)の今日はクリニックは臨時休診です。夏休みの前倒しで1日だけ早めに休みをとります。

ただいまユニクロが全店で季節物バーゲン中!! というわけで、昨日はユニクロめぐり。しかし、だいたい売れ筋のものはサイズが中途半端なものしか残っていないわけで、あっちに無ければこっちにも無い。

ですから、安いからといって、そうそう買い込んで帰ってくるというほどではなく、だいたいいつもの同じような物を数点でおしまい。

ワイシャツはボタンダウン、ツータックのチノパン、トランクス、普通の綿の靴下、ベルト、サンダル・・・という具合で、身に着けているものはほぼ100%ユニクロ。

診察室で患者さんと対面して、同じズボンやシャツを見かけることはしばしばありますが、なんとなく気恥ずかしい。相手も気がついていると思うのですが、あえて両者ともそこんとこには触れなかったりします。

若い頃は、ラルフ・ローレンのコットンパンツとボタンダウン、下着はBVD、靴はリーガルなんて・・・もう、おっさんになると、どうでもいい。安くて手近で揃えられるなら、ユニクロでまったくOKです。

先週は長女をつれてプリウスαの展示車を見に行きましたが、昨日はかみさんに見せるためまたもや展示車チェック。いろいろネットで飛び交っている評価を確認してきました。かみさん曰く、「私はこれがいい」って、それクラウンですけど・・・

2011年7月18日月曜日

おめでとう!! なでしこジャパン

男子に比べて注目度が少な目の女子サッカー。それでもFIFAワールドカップは、女子にもあるわけで、今年はドイツで6月26日からグループステージが始まっていました。

日本代表チーム「なでしこジャパン」はグループB。イングランド、メキシコ、ニュージーランドが入っていました。男子だと、おー強そうと思うところですが、なでしこはもともと世界ランキングで、アメリカ、ドイツ、ブラジルに続いて第4位ですから、一位通過は当然の結果。

ただし、男子ランキングと違って女子の場合は1971年以来のすべてのポイントの蓄積で決まっているので、なかなかランキングが変わることはないみたいです。

決勝ステージは、まずブラジルをくだしたアメリカが勝ち抜けました。なでしこも最初に格上のドイツと対戦し、ここを突破したことでがぜん注目度があがってきました。

自分もドイツ戦は朝のニュース、続いてのスウェーデン戦は早起きして後半から。

そして日本時間で今日の午前3時45分から、ついにアメリカとの決勝戦。なでしこは初めての決勝で、王者アメリカと対戦。幸なことに、海の日で休日ですから超早起きをしましたよ。

前半から、とにかくアメリカのシュートの雨あられ。いやぁ~、体格の違いがすごい。青い小粒のなでしこの選手が、あっという間に白い大きな壁に取り囲まれるところは怖いもんです。それでも後半半ばまで、0-0というのはたいしたものでしょう。よくしのいだというものです。

もっとも、違うのは体格だけではなく、スピードもだいぶ違う。その結果、なでしこのパスがカットされることが多く、攻撃の形までなかなかいかないということでしょうか。ランキング一位は伊達ではありません。またそのプレッシャーが、日本のパスのミスを導き出していたと感じました。

しかし、後半先に点を取られてからのねばりはすごかった。延長に入っても、先に点を取られ沢で追いつく。最後レッドトカードで退場者を出して、ピンチを招いてもなんとか踏みとどまった。

そしてPK戦。アメリカの方が明らかに、勝たなければいけないという緊張がありました。チャレンジャーの日本の方が、精神的に有利だったのかもしれません。しかし、PKに持っていけたところで、ある意味日本の勝利だったといえますね。

いゃ~、なんだかんだ言っても、とにかくあっぱれです。ワールドカップでの優勝ですから。日本の元気につながりますよね。3時半に起きた甲斐があったというものです。

納車待ちが長いプリウスαですが、おかけでいろいろなオプションをじっくり検討したり、また社外品の飾り物を探したりとと楽しみは深い。でも、結局出費につながるだけですから、ある意味メーカーの思う壷?