2016年3月6日日曜日

シューベルト「冬の旅」を聴きこむ

"Winterreise(冬の旅)"は、シューベルトの歌曲集の代表作ですが、全作品を通しても最も有名な曲であると言っても過言ではありません。

さらにシューマン、ブラームスへとつながるドイツ歌曲の中でも、最高傑作という評価もあり、クラシック音楽の中でもこれをはずすことはできない重要な曲集です。

基本的なデータを整理しておくと、D番号は911、作曲年代は1827年、シューベルトが亡くなる1年前で体調はしだいに悪くなっていた時期らしい。崇拝していたベートーヴェンの死による精神的なダメージもあったと言われています。

作詞はドイツ人のヴィルヘルム・ミュラー。失恋して絶望的な気持ちの青年が絶望して、冬の景色の中を彷徨する中で、目にした光景や、死を願う気持ちをひたすら綴っているという内容。

シューベルトはピアノ伴奏による24の連作リートとして作り上げ、通して演奏すると70~80分くらいかかります。当初仲間に聴かせたところ、暗澹たる内容に皆が声を失ったというような逸話が残されています。

第5曲は「菩提樹」として、特に美しく有名な曲。かつて恋人との逢瀬をした場所を通りりかかると、菩提樹が「ここは楽しいよ。ここにおいで」と誘う。寒風に帽子を吹き飛ばされながらその場を離れるが、いつまでも菩提樹は自分を誘うという、けっこう悲しさ満点の内容です。

一度、クラシック音楽の歌手ともなれば、すべての歌手が通らなければならない重要な課題と言うこともできます。一般的には詩の内容から、男性歌手(バスまたはテノール)が歌うのが通常ですが、この曲に限って言えば、女性歌手(アルトまたはソプラノ)もしばしば取り上げている。

この手の音楽については駆け出しの自分が、この超有名曲を語るなどとはおこがましいの極みですが、逆に男性専用のような固定観念が無いので、それぞれの声域の歌手を分け隔てなく楽しむことができます。

本来はテノール用に作曲されたらしいのですが、当然のように、デフォルトの地位にいるのがバスのディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウです。何しろ何度も何度も録音をしていて、もうシューベルトをライフ・ワークのようにしていました。

マニア的には、年齢を重ねるごとに微妙に変わってくる歌唱表現を楽しむのだろうと思いますが、自分はさすがにそこまでの境地にはなっていません。一番有名らしいCD一つで、朗々と響き渡るバリトンに拍手するしかありません。

ただ、天邪鬼精神が首をもたげてくるもので、あまりの優等生振りに多少の不満を感じないわけではありません。"Winterreise"はこう歌うのだと教科書を見せられているようなところがあると言うと、諸先輩方から叱責を受けるかもしれません。

楽譜を重視するクラシック音楽ですが、その中でいろいろな解釈が存在することが楽しみの一つですから、それぞれの個性というものも重要な要素だと思っています。

そこでとりあえず、せっかくどんな声域の歌手でも挑戦できるのですから、バスの代表がフィッシャー=デイースカウとして、そのほかのテノール、アルト、ソプラノをそれぞれ聴いてみようと決めました。

そもそも、クラシック音楽の世界で、どの声域の歌手でもレパートリーにする、しかも男性目線の内容にもかかわらず女性も積極的にとりあげるリートは、まず他にはありません。それらを聴かずしてどうするという感じです。

テノールは、あまり声楽が得意では無い自分でも、聞いたことがある歌手の名前がずらずらと出てくる。でも、やっぱり新しいものに触手が伸びるというか、できるだけ音質の良いもので聴きたいという気持ちもあるので、チョイスしたのはマーク・パドモアとヨナス・カウフマン。

パドモアは、すでにバッハの受難曲のエヴァンゲリストで聴きなれています。自分が持っているだけでも、新しい録音ではけっこういろいろなところに出ています。淡々とイエスの受難を語るというよりは、比較的物語の起伏を歌の表現にも率直に取り入れる感じが好感を持てます。

数年前に、シューベルトの三大歌曲集をポール・ルイスのピアノで収録し、けっこう高い評価を得ています。ただし、2週間前に注文してまだ手元に届かないので未聴です。

カウフマンは、オペラをよく聴く・観る方には21世紀のテノールの最も人気がある歌手として知られていますが、自分はオペラはまだほぼゼロに近いのでよくわかりません。しかし、最近のアルバムの中では、最も評判がよいように思います(白鳥の歌はまだ未収録)。

アルトとソプラノは女性ということになり、がらっと雰囲気が変わります。本来、かなり暗澹たる内容の連作詩ですが、女性の声で歌うと軽やかとまではいかないにしても、救いが増える感じがします。もちろんCDは多くないので、選択はあまり自由にはできません。

古いところでは、ロッテ・レーマン、クリスタ・ルードヴィヒなどが草分けでしょうか。日本人の白井光子のものもあります。女性で三大歌曲をすべて収録しているのはブリギッテ・ファスベンダーが最初かもしれません。

アルトではナタリー・シュトゥッツマン。実は本当はアルトよりも少し低いコントラルトで、時に男性並みの声も出るのでこの曲にはぴったりかもしれません。三大歌曲をすべて歌う女性はあまりいないので、選択の余地はあまり無い。

ちょうど三大歌曲を集めたボックスが安く販売されているので、まとめて聴いてみたのですが、いずれも素晴らしい出来です。シュトゥッツマンは宗教曲からオペラまで幅広いレパートリーがあるだけでなく、近年は指揮者としても活躍していますから、その表現力たるやはんぱではありません。

そしてソプラノともなると、いよいよ数が少なくなってくる。バーバラ・ヘンドリックスか、クリスチーヌ・シェーファーのどちらかという感じですが、とりあえずシェーファー盤が面白い。何しろ早い。通常6分くらいかかる第1曲"Gute nacht"が4分台です。

でも、全体では標準的な70分ですから、緩急の変化があるということでしょうか。実際聴いてみると、緩急だけでなく強弱の変化もけっこうあって、相当な技巧力があることを感じさせます。

変わり種ということでは、無伴奏版、オーケストラ伴奏版、ギター伴奏版、日本語歌詞版、あるいは器楽演奏版などなど、いろいろなものがありますが、やはり本来のドイツ・リートとして聴くのが本道ですから、 歌詞の内容を理解したうえでそれぞれを楽しみたいと思います。