1963年11月22日・・・全米に激震が走りました。
テキサス州ダラス・・・「ダラスの熱い日」・・・現職大統領、ジョン・F・ケネディが市内パレードの車中で銃撃され死亡しました。
当時、一気にフォーク界の寵児に上り詰めたボブ・ディランは、社会の不平等を感じる多くの事件をすぐさま歌にして発表していました。しかし、リアルタイムのテレビを見ていたディランは強い衝撃を受け、この事件については沈黙したのです。
時間は一気に飛んで、2020年、ボブ・ディランは新しいアルバム「Rough and Rowdy」を発表し、CD2枚組の2枚目に17分間の大作を持ってきました。タイトルは「最も卑劣な殺人 (Murder Most Foul)」で、ケネディ大統領暗殺事件の惨劇から始まる半世紀の世界の変化を歌い上げるというものでした。57年たって、ディランはやっとこの不条理を歌に乗せることができたのです。
この事件の衝撃は、少なからずディランに変化をもたらしたことは想像似難くありません。いずれにせよ、3作目となるアルバム「 The Times They Are a-Changin」の録音作業を終えたディランは、すぐさま次のアルバムとせかすレコード会社を尻目に1964年2月に気心知れた仲間とロサンゼルスまでの3週間ほどの車の旅に出てしまいます。
この間にもう一つの「事件」がありました。ビートルズの訪米です。新たなポップ・カルチャーの到来に、ディランも衝撃を受けたようです。ビートルズの歌は他愛のない恋だの愛だの数分間の短いものばかりで、ライブも30分間のパッケージショーでしたが、当時の若者を開放するエネルギーが詰まっていたのです。
ディランは旅の中で、社会的な出来事よりももっと内省的な思考に耽るようになりました。そして背伸びしていた自分に気がつき、本当の自分は今の環境とは違うところにあると思うようになるのです。そして、それらの思いを書き溜めた新曲を用意して、1964年6月9日にスタジオ入りをすると、4作目のアルバム「Another Side of Bob Dylan」のための曲をすべて1日で録りおえてしまいました。
ディラン自身が語っているように、このアルバムには「誰かを非難する」曲はありません。一部の曲に社会性を残すものの、ほとんどが自らの心情をいつものギターとハーモニカだけで歌うスタイルに徹しています。なお、このセッションでアルバム収録から却下された数曲の中にディランの代表曲になる「Mr. Tambourine Man」、「Mama, You Been on My Mind」が含まれていました。
一曲目の「All Really Want to Do」は、時事問題のかけらもない恋愛ソングで、ひたすら「僕が本当にしたいのはも君と友達になること」と繰り返します。一番の注目曲は7分を超える「自由の鐘」で、鳴り響く雷が虐げられている人々にとって自由を呼び起こす鐘の音だと歌うのですが、暗殺されたケネディ大統領の鎮魂の祈りをこめていると考える評論家が多数います。
「マイ・バック・ページス」は、実はジャズ・ピアニストのキース・ジャレットの演奏で初めて聞いた曲で、その時はジャズっぽくないかわった曲だなと思いました。タイトルは「私の過ぎ去った日々」という意味で、(体制批判を歌っていた)自分は大人ぶって背伸びをしていたけど、今の自分の方がずっと若いと歌うことで、「反体制の旗頭」とか「フォークの貴公子」という呼ばれ方と決別しようとしているようです。
All I Really Want to Do
Black Crow Blues
Spanish Harlem Incident
Chimes of Freedom
I Shall Be Free No. 10
To Ramona
Motorpsycho Nitemare
My Back Pages
I Don't Believe You (She Acts Like We Never Have Met)
Ballad in Plain D
It Ain't Me Babe
June 9,1964, NYC
☆☆☆
