2026年6月24日水曜日

The Original Mono Recordings (2010)

若い方は、音楽は2チャンネルのステレオ、左右のスピーカーから音が立体的に聞こえてくるのが当たり前だと思うでしょうし、サラウンド・システムで360゚全方向から聞こえるのもまったく不思議なことではないと思います。

そもそも音を記録するというのは、1857年、フランス人のマルタンヴィルによって発明された「フォノトグラフ」が最初。実用化したのは1877年、かの有名なトーマス・エジソンによってで、19世紀終わりにはいろいろな記録媒体として普及し始めます。演奏会場に出かけてその場限りの楽しみであった音楽も、家庭で繰り返し楽しめるようになるわけです。

音の振動を細い溝に刻んだレコード盤が開発されたことで、音楽はより身近に物になっていくわけですが、日本でレコードが普及するのは戦後の事。1960年代には、たいてい家庭に一台はレコード・プレイヤーがあったものですが、自分が知っている大きさは厚さ10cm、20~30cm四方の箱型のもので、直径30cmのLPレコードは枠からはみ出します。

ポリ塩化ビニール製の円盤は直径17cmのEP盤と30cmのLP盤がありましたが、EP(Extended Play)は回転数は1分間に45回で最大で片面に8分、主としてシングル盤用で中央にある穴が大きかったのでドーナッツ盤とも言われていました。LP(Long Play)は回転数は1分間に33.3回で最大で片面に30分程度が収録できますが、最善の音質を考慮して片面20分、両面で40分くらいが標準となっていました。

2chのステレオは、1881年に実験的に始まっていましたが、実用化されたのは1930年代のこと。1940年のディズニーの「ファンタジア」は、映画館で初めて一般向けにステレオ音響が提供された映画として有名です。

最初のステレオ・レコードは左右のチャンネルを別々の溝で再生するため、振動を拾うためのピックアップは2個、アンプも2個、そして当然スピーカーも2個必要としました。1950年代になって、各社がさまざまな実験と開発を行い、実用的なステレオ・レコードが市場に出始めたのは1958年のことだと思います。

60年代には過去のモノラル音源を高音と低音などに分割した疑似ステレオ・レコードが盛んに作られたりしました。さらに70年代になると、音像の位相を変えることで、さらに立体的に聞こえる4chステレオが登場しましたが、これは今のサラウンドほどの効果はなくあまり普及はしませんでした。

レコード・プレイヤーの内臓のスピーカーは当然1つですから、聞こえる音はモノラルが当たり前。家庭にステレオ再生装置(当初はHi-Fi装置と呼ばれてとても高価でした)が普及してきた70年代のことで、60年代のレコード会社はしばしばモノラル用のレコードとステレオ用のレコードを別々に作って販売していたのです。

例えば、右から左にドラム、ベース、ギター、ピアノと並んでいる場合、ステレオではそれぞれの楽器の音をとらえやすいのですが、そのまま単純にモノラルで聞くと音が混ざって解像度が下がってしまいます。従って、モノラル・レコードでは、ステレオの場合とは別のマスタリングが必要になります。

この時期、自分も含めて大多数の人々はモノラルで音楽を聴いていたわけで、21世紀になってそういった年代の人々をターゲットとしたモノラル盤の再発売が行われるようになりました。2009年のビートルズの「mono box」はこれらの先駆けとして有名ですが、すぐさまSony Music Entertainmentも、旧コロンビア・レコード(CBS)からボブ・ディランの初期音源のモノラル・ミックスのCDボックスを発売していたのです(やっとここから本題)。

実際のところ、当時のプロデューサーとディランは、一般のニーズが高いモノラルでのマスタリングに多くの時間を費やしていて、ステレオでのマスタリングはついでのオマケのように考えて作業をしていたそうです。つまり、本当に聞いてほしかった音はモノラル盤にあるということ。いやいや、そんなに違わないだろうと思うかもしれませんが、各楽器の音の聞こえ方が違うと、同じ録音でも随分と違った印象を持つものです。

2010年に数量限定で発売されたのは、モノラル盤が発売されていた「John Wesley Harding」までの最初の8つのアルバムをまとめたボックスで、CDの他にもアナログのLPレコード盤、選りすぐりのモノラルベストCDも用意されました。こだわる方の究極の選択はアナログですが、通常はCDがおすすめ。

CD化再発売に際して、基本的にはオリジナルの第一世代マスターテープが用いられましたが、マスターテープを失った「The Times They Are A-Changin'」と「Highway 61 Revisited」については新たなマスタリングが行われました。また、形態も発売時の紙ジャケットを採用しただけでなく、日本盤は当時の帯なども復刻するという念の入りようでした。

デヴュー・アルバムの「Bob Dylan」は、ディランの唄とギター、ハーモニカ演奏のみというシンプルなものですが、さすがにほとんどが短時間の一発録りでステレオ盤でもそれほど凝ったミキシングは行われいません。しかし、次の「The Freewheelin'」からは、同じディラン一人の演奏ですが、ステレオ盤ではギターの残響を左右に振り分けて立体感を出していました。

3作目「Times They Are A-Changin'」と4作目「Another Side of Bob Dylan」までがフォーク期ということで、モノラルとステレオで大きな差は感じにくいのですが、最大のポイントは、ステレオ盤が少し離れて聴いているのに対してモノラル盤はすぐ目の前でディランが歌っているように感じるところです。また全体的に低温が強めで、音の塊感が強めの印象です。

4作目以降はバンドが入り、演奏者・楽器が増えるので、もっとわかりやすい。ステレオは左右に分かれたれぞれの楽器の解像度は良好ですが、しばしばディランがその中に埋もれてしまう感じ。モノラルの方がディランのボーカルがメインに立つので、にぎやかな曲ほど聴き取りやすくなります。

これらの差異は些細なことだと言ってしまえばそれまでですが、時には曲の印象も左右する場合があり、マニア向けの音源ではありますが、ステレオ・ミックスがついでの後付けだったこの時代の音楽では捨てがたい魅力があるということです。ディランについは、CD1枚のベスト盤だけでも聴くことを強くお勧めします。


Data : Refer to each album.

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