2026年6月17日水曜日

Blone on Blonde (1966)


1965年8月に「Highway 61 Revisited」をリリースしたボブ・ディランは、ツアーのため固定のバンドを結成しようと考えます。しかし、アルバムやニューポート・フォーク・フェスティバルで活躍したギタリストのマイク・ブルームフィールドは、本来のポール・バターフィールド・ブルース・バンドに戻ってしまいます。

そこで、新たに新人のレヴォン・ヘルム(ds)、ロビー・ロバートソン(g)、リック・ダンコ(b)、リチャード・マニュエル(p)、ガース・ハドソン(org)からなるHawks、後のThe Bandに白羽の矢を立てます。9月3日のハリウッド・ボウルでの公演から、ロバートソン、ヘルムが加わりました。

10月からは全面的にHawksの全員がバックを務めます。しかし、新しいロックを演奏するディランに対する従来のファンの否定的な反応が激しく、落胆したレヴォン・ヘルムすぐに脱退してしまい、ドラム奏者は流動的になります。

それでも、ディランはHawksを伴って、10月には次のアルバムのためのセッションをニューヨークで開始しました。しかし、なかなか思ったような結果が出せずに、数回のセッションで採用されたのはたったの1曲だけだったのです。ディランは11月22日にサラ・ローンズと結婚し、12月から翌年1月なかばまで結婚休暇を取ります。そして、1月下旬に再びニューヨークでセッションを再開しますが、どうしても結果が出せません。

そこで、プロデューサーの助言もあり、ディランはカントリー・ミュージックの聖地、テネシー州ナッシュビルのスタジオにアル・クーパーとロバートソンを連れて移動しました。他のミュージシャンはナッシュビルで評判の実力者を招集します。スタジオ内では各自の間の衝立を取り払い、主としてクーパーが曲想をメンバーに伝えておき、後はディランのその時の勢いにまかせるようなライブ感のある収録になりました。

すると録音は順調に進み、3月初めまでにすべての曲が完成していますが、その内容はポヒュラー音楽史上初となるLPレコード2枚組(現在のCDだと何とか1枚に収まる量)という画期的なものになりました。特に2枚目のB面は11分半の長尺1曲だけという、かなり思い切ったものになっています。

当時もヒットし売れたレコードでしたが、現在ではすべてのロックのアルバムの中でも最重要と位置付ける人が多く、ディランのアルバムの中でも一二を争う人気作となりました。内容は最初の1曲から驚かされます。管楽器も入って、まるで狂ったお祭り騒ぎのような「Everybody Must Get Stoned」という謎めいた歌詞を繰り返し、いきなり旧態然としたフォーク・ファンに石を投げつけたかのようです。

ニューヨークで何度やってもダメだったのが「Visions of Johanna」で、ナッシュビルの最初のセッションですぐに完成形になります。この曲は関係が終わったジョーン・バエズが脳裏から離れない苦悩を歌ったものと考えられています。代表曲の一つ「Just Like a Woman」は日本語だと「女々しくて、女々してく、辛いよ」というどこかで聞いたことがあるような内容で、別れた恋人に対する未練がにじんでいます。

「Most Likely You Go Your Way and I'll Go Mine」では、「君は君の道へ、僕は僕の道を行く」というタイトルですが、浮気をされて彼女に裏切られた恨みつらみを歌っています。一方で、長尺の「Sad Eyed Lady of the Lowlands」は妻のサラを歌ったものとされていて、「いろいろ苦難があるかもしれないが、あなたは乗り越える力を持っている」と讃えるような内容。

アルバムの6月20日の発売を待たずに、ディランはHawksを引き連れてワールド・ツアーに出発します。4月13日のオーストラリア、シドニーとメルボルンを皮切りに、5月になってコペンハーゲン、ダブリン、ベルファスト、そしてイギリスに渡ってブリストル、カーディフ、バーミンガム、リパプール、レスター、シェフィールドと怒涛のライブが繰り広げられます。そして、5月17日のマンチェスター公演では、また新たなボブ・ディラン伝説が生まれます。

このツアーは前半はディラン一人のアコースティック・ステージ、後半がバンドを加えたエレクトリック・ステージという構成でしたが、最後の「Like A Rolling Stone」を始めようとしたときに客の一人が「ユダ!! (裏切り者)」と叫びました。ディランは「お前を信じない。嘘つきめ・・・さあ、大音量でいくぞ」と言って曲を始めたのです(このライブは最初の海賊盤で誤ってロイヤル・アルバート・ホールとされていました)。

ツアーは、その後もグラスゴウ、エディンバラ、ニューキャッスル、フランス・パリと続き、5月26日、27日のロンドン、ロイヤル・アルバート・ホールまで続きます。このツアーの全体は、今では何とCD36枚組という巨大ボックスにて、マンチェスターの出来事も含めてすべてが聴くことが可能になっています(The 1966 Live Recodings、2016年発売)。

それほど変わり映えしないセットリストで、一部はテスト録音で聞き苦しい音質、時には途中切れの不完全なものも含まれていますが、しだいにバンドとしてまとまっていく様子と、長丁場のツアーで次第に疲れがたまってきているのかと思えるようなドキュメントとしても面白さも捨てがたい魅力になっています。

この後、ニュー・アルバムが発売され、着実に新しい音楽を支持する波か広がっていきます。しかし、秋のツアーも予定されていたディランに、新たな伝説が生まれます。7月29日、自ら運転していたバイクで事故を起こしてしまったのです。


Rainy Day Women #12 & 35
Pledging My Time
Visions of Johanna
One of Us Must Know (Sooner or Later)
I Want You
Stuck Inside of Mobile with the Memphis Blues Again
Leopard-Skin Pill-Box Hat
Just Like a Woman
Most Likely You Go Your Way and I'll Go Mine
Temporary Like Achilles
Absolutely Sweet Marie
4th Time Around
Obviously 5 Believers
Sad Eyed Lady of the Lowlands

Bob Dylan (vo, g, p)
Robbie Robertson (g, vo), Al Kooper (org, g), Bill Aikins (key)
Wayne Butler (tb), Kenneth Buttrey (ds), Jerry Kennedy (g)
Charlie McCoy (b, g, tp, harmonica), Wayne Moss (g, vo)
Hargus "Pig" Robbins (p, key) Henry Strzelecki )b)
Joe South (b, g)
NYC only : Rick Danko (b), Bobby Gregg (ds), Paul Griffin (p)

October 5, 1965 ~ January 27, 1966, NYC
February 14 ~ March 10, 1966, Nashville

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