宗教曲というジャンルを掘り下げていくと、どうしてもバロック音楽が多くなります。バロック音楽の定義は、特徴から説明するのはなかなか難しく、単純に時代区分として用いられるのが一般的らしい。
つまりルネッサンス期の音楽を経て、16世紀半ばから18世紀はじめまでの作曲家に対して使われるわけで、広く知られている有名人は17世紀半ば以降に生まれた者がほとんど。
ドイツ代表はJ.S.バッハ、ヘンデルとテレマン、フランス代表はクープラン、イタリア代表はヴィバルディ、コレッリとスカルラッティ、イギリス代表でパーセルくらいをおさえておけば、一般教養的にはたいてい間違いがないところ。
ところが、宗教曲というところで探し出すと、これらの作曲家も多くの作品が残っているものの、まったく不十分。聴くべき音楽は、もっともっとあって、時代をどんどん遡らないといけないことになってきます。
17世紀前半に生まれた中期バロックの作曲家では、フランスのシャルパンティエ、スペインのビーバー、ドイツのブクステフーデなど。
さらに16世紀生まれだと、イタリアのモンテヴェルディ、ガブリエーリ、アレグリ、フレスコヴァルディ、ドイツのシュッツ、オランダのスウェーリンクなどが、しばしば登場してきます。
いずれにしても、これらの音楽の形成に大きく関与するのがマルチン・ルターによる16世紀はじめの宗教改革であるわけで、ルネッサンス運動により人が人らしく生きようという動きが聖書に対して行われた結果なのかもしれません。
ドイツ人のルターのもと、教会での音楽はより大衆のものとなり、いっきにキリスト教と音楽との関係が強くなりました。当然ドイツを中心に、新しいキリスト教であるプロテスタントがヨーロッパ中に広がって行くことになり、バロック音楽の隆盛に結びつくのです。
その中で、プロテスタント運動が広がりそうで広がりきれなかったのがイギリス。結局、中道主義的なイギリス国教会が主流となり、カトリックでもないプロテスタントでもない形が出来上がりました。
イギリス人に言わせれば、帰化したヘンデルもイギリスの作曲家になりますが、実質的なバロック期のイギリス音楽家としてはパーセル(1659 - 1695)が最も有名です。イギリス人のガーディナー先生も、当然パーセルは重要レパートリーです。
オペラでも有名ですが、王室礼拝堂のオルガン奏者であったパーセルは礼拝のための音楽や王室のための曲を多数残しています。
イギリス国教会の朝と夕の祈りのための音楽がアンセム、カトリックのミサに相当するものがサーヴィスです。また王室の祝典のための音楽がオードやウェルカムソングと呼ばれるもので、それぞれは1曲が数分の短いものがほとんどですが、膨大な量があります。
これらをすべてまとめたのが Robert Kingで、hyperionから全部でCD19枚。さすがに、これを全部聴くのはしんどいと思っていたら、やはりガーディナー先生のお世話になるのが一番。
最も有名な、メアリー女王にまつわる誕生のオードと葬送の音楽がまとまったCDがありますので、あいかわらず完璧なモンテヴェルディ合唱団のハーモニーを堪能できます。葬送の音楽は、早死したパーセル自身の葬儀でも演奏されたそうです。
カトリックでもプロテスタントでもない、独自のキリスト教様式の中で生まれてきたパーセルのイギリス音楽も、宗教曲探求をしていく上では忘れてはいけないわけです。