2021年12月5日日曜日

アポロ11 完全版 (2019)

事実は小説より奇なり・・・

SF映画のSFは「science fiction」、つまり科学的な事象に基づいた虚構です。多くの小説は、作者の空想上の出来事を物語にしたものです。ですから、ストーリーは劇的に進行し、その小説を読む者、あるいは映画化された映像を見る者に感動を与えてくれる。

実世界ではほとんどの物事は平々凡々に静かに進行して、誰かの注目を浴びるようなことは稀ですが、その中にごく僅かですが小説を凌駕するような驚くべきストーリーがあったりします。

1950年代末から始まったアメリカ合衆国における宇宙開発事業は、まさにフィクションを超えるドラマの宝庫で、その中心となる舞台はNASA(アメリカ航空宇宙局)であり、ここから数々の人間ドラマだけでなく、多くの現代社会に貢献する技術革新も生まれました。

第二次世界大戦ではプロペラ機が主力戦闘機でしたが、その後ジェット機の開発によってスビートを競う時代が到来します。1947年に初めて音速の壁を打ち破ったのは、チャック・イエーガーが操縦する機体でした。

1957年10月4日、ソビエト連邦(現ロシア)が世界初の人工衛星(スプートニク1号)の打ち上げに成功し、アメリカでは「スプートニク・ショック」が広がりました。冷戦時代において、ソビエトに先を越されたことはアメリカに大きな衝撃となり、航空機開発はいっきに宇宙を目指すことになり急遽組織されたのがNASAでした。これらのエピソードと伴に宇宙を目指すマーキュリー計画までが映画「ライト・スタッフ(1983)」で克明に描かれています。

この時代は、実用的なコンピュータと呼べるものはほとんどなく、宇宙を目指すための計画に必要な数学的計算の多くは計算尺を用いた手作業でした。また組織の中心だったジョンソン宇宙センターがあるテキサス州ヒューストンは、女性や黒人に対する差別が色濃く残っていました。NASA黎明期のこれらの問題を映画化した「ドリーム(2016)」では、実在した3人の黒人女性がたくましく地位を獲得していく様子が描かれました。

1961年4月12日、ソビエトはガガーリン飛行士が登場したボストーク1号の打ち上げに成功し、世界初の有人宇宙飛行に成功しました。またしてもソビエトの後塵を拝した当時のケネディ大統領が「60年代末まで我々は月に人類を送り込み、そして安全に帰還させる」という演説を行ったのです。有人飛行を目指したマーキュリー計画、宇宙での長期滞在のためのジェミニ計画をへて、ついに月旅行を実現させるためのアポロ計画が始まります。

最初の有人飛行を目指したアポロ1号の、司令船火災による3名の搭乗者が死亡するという痛ましい事故(1967年)がありましたが、その後順調に実績を積み重ねて、ついに1969年7月16日、世界初の月着陸を成し遂げたアポロ11号が打ち上げられたのです。

この映画は、完全ドキュメンタリーで、2017年に新たに発見された映画サイズのフィルムをもとに、信じられないくらい鮮明な映像を含めて、今まで公開されていなかった映像だけで発射から月面着陸、そして無事に帰還するまでをパッケージ化したものです。

監督のトッド・ダグラス・ミラーは、2016年に最後の有人月面着陸となったアポロ17号のショート・ドキュメント「The Last Steps」を制作した人。発見されたフィルムを高解像度でスキャンし、既存の映像もリストアして現代の視覚に耐えうる美しさを再現しました。

当初は博物館用に47分「The First Steps」版を作りましたが、劇場公開用に93分に拡張編集したのがこの「完全版」ということになります。ナレーションを排し、実際の会話、交信の音声だけで構成し、しばしば手前味噌で白ける関係者のインタヴューは含まれていません。

それでも、本当に最初から意図して構成したストーリーがあるかのような、映画的な編集は素晴らしく、まさにスリルとサスペンスが持続して目を離せません。当時、遠く離れた日本で小学生だった自分は、小間切れに伝わってくるニュースにワクワクした覚えがありますが、半世紀もたってあらためてアポロ11号の経時的な偉業を再認識させてくれました。