ランボー (Rambo)は主人公の名前で、映画の原題は「First Blood」で、最初の流血・・・つまり、最初の戦い、あるいは先に仕掛けるというような意味です。1972に発表されたディヴィド・マレルによる同タイトルの小説が原作。
1955年に勃発したベトナム戦争は、アメリカが支援する南ベトナムとソビエト連邦(現ロシア)が支援する北ベトナムとの間で戦われた、冷戦時代の代理戦争と呼べるもので、1975年に南のサイゴンが陥落し終結します。
アメリカは、共産主義拡大を阻止するため1961年に派兵を開始し戦況は泥沼化していきますが、60年代後半になるとアメリカ国内でも反戦活動が盛んになっていきます。戦地での過酷な生活により兵士たちの精神の疲弊が激しく、さらに帰還兵たちは帰国後批判の矢面に立たされることも少なくありませんでした。
70年代になると、次第にアメリカ国内で社会問題として真正面からベトナム戦争を批判的に扱う映画が増え始め。いわゆる「ニュー・シネマ」と呼ばれるジャンルが形成されます。しかし、80年代に入るとアメリカ映画は「エンターテイメント」重視の流れに転換し、「ランボー」もその流れの中で、原作の棘をそぎ落としてアクション映画として作られたと言って良いと思います。
ベトナムで数々の戦功を上げ除隊したジョン・ランボー(シルヴェスター・スタローン)は、生き残った最後の戦友の元を訪ねますが、彼はすでにアメリカ軍の枯葉剤散布によってすでに亡くなっていました。食事をするために近くの町にやってきたランボーでしたが、たまたま通りかかった保安官(ブライアン・デネヒー)に呼び止められ、流れ者は町に入らせないと町の反対側に連れていかれます。
しかし、ランボーが再び町に向かおうとしたため、保安官はランボーを逮捕し警察署に留置するのでした。署員の誰もが素性の知れないランボーに高圧的で暴力的に扱い、髭を剃ってやると剃刀を近づけたとき、ランボーの脳裏にベトナムで受けた拷問がフラッシュバックし、瞬く間に署員を殴り倒し、通りかかったバイクを強奪して山へと逃亡するのです。
保安官らは署員らと山狩りを行いますが、ゲリラ戦を生き抜いたランボーにより一人、また一人と倒されていきます。そして、ついに保安官の喉元にナイフを突きつけたランボーは、「町ではお前か法律だろうが、山では俺が法律だ。これ以上俺にかまうな」といい暗闇の森の中に消えていきます。
保安官は州兵を動員し、次の作戦を考えていました。そこへ国防省からトラウトマン大佐(リチャード・クレンナ)がやってきて、保安官に「ランボーは、私の配下でどんな危険な任務もベトナムでこなしてきた殺人マシーンだ。君たちがかなう相手ではないので、このままランボーを逃がしたほうが良い」と言います。大佐の無線に応答したランボーは出頭を拒否し、「先に仕掛けてきたのは保安官だ。これは俺の戦争だ」と返事をします。
無線傍受により位置が特定され、州兵がランボーの隠れていた廃坑を包囲し、先走ってロケット・ランチャーを打ち込みます。完全に崩壊した廃坑を見て、保安官は生け捕りにするはずだったのにと悔しがるのでした。しかし、ランボーは廃坑の最深部から地上への出口を見つけ、軍用トラックを奪取すると、町へと向かいます。そして、ガソリンスタンドにトラックを突っ込み、漏れ出たガソリンに自動小銃を放ち大爆発を起こすのでした。
監督はカナダ出身のテッド・コッチェフ、音楽を担当したのはジェリー・ゴールドスミスです。主演のスタローンにとっては、「ロッキー」と共に人気を支えるドル箱シリーズとなりました。
とても静かな始まりから、ベトナム戦争がアメリカ人に残した傷跡、アメリカ人の本能的な自己防衛とそれに伴う閉鎖性をあっという間に描きだすところは見事だと思います。ただし、映画はそういった社会性にはあまりこだわらず、ここからは爆発したランボーのサバイバルを中心に、当時としては驚愕のアクションシーンが連続するのです。
終盤、ランボーがトラウトマンに対して絶叫するシーンで、直接的にベトナム戦争からの帰還兵がどれほど報われていないかが伝わりますが、取って付けたような印象も無いわけでは無い。あくまでも、ランボーの行為を正当化するため、あるいは観客がランボーに同情するためというところでしょうか。
主演俳優が、スタント抜きで自らほとんどのアクションをこなしたのは、当時としてはかなり珍しかったので、さすがに画面から伝わる緊張感は今の目で見てもかなりすごいものだと思います。この映画の大ヒットは、続編制作はもとより、多くの似たテーマの作品、あるいはパロディを生み出し、ある種の社会現象となりました。
