世の中には様々なランキングがありますが、どんなに客観性を持たせようとしても、音楽に関してはそもそもが主観的な芸術のジャンルですから、評価の仕方をいろいろ変えても万人を納得させることは無理というものです。
ボブ・ディランについても同じ。アルバムの売れた枚数は、一見客観的な数字のように見えますが、数字として出てくるのはレコード会社から出荷された数字であって、それが本当に買われたかどうかはわからない。また、年々積み上がっていくはずなので、最終的な順位というものは変わるかもしれません。さらに名曲ベスト10とかになると、何をもって名曲と判断するのかは個々の判断によるものですから、人によっては驚くようなランキングを作ることだってあります。
ディランの公式HPは、多くの情報を開示していて、曲ごとのこれまでにライブなどで歌われた回数のカウントがわかります。この数字からは、ディラン本人の曲に対する好き嫌いなどが想像できるのですが、あまりファンの期待に迎合するタイプのアーティストではないので、名曲の判断とは別のものです。世間では名曲と言われていても、ライブでは一度も歌われていない曲だってあるわけで、そもそもいろいろな大人の事情も加わっているかもしれません。
全部で600曲以上あるディランの自作曲の中で、ファンがごく一般的に好きな曲とする定番の曲、あるいはこれだけは知っていて欲しいと思っている曲は、ある程度意見が一致していると思います。ネットなどで見聞きすることが多いもの、ライブなどでよく演奏されているもの、そして当然ながら自分の好みも加味して、それらをリストアップしてみます。好みの問題があるので順位は付けません。
Blowin' in the Wind
Time They Are A-Changin'
Like A Rollin' Stone
Just Like A Woman
Mr.Tambourine Man
Knockin' on Heaven's Door
My Back Pages
Don't Think Twice, It's Alright
Forever Young
Hurricane
Gotta Serve Somebody
All Along the Watchtower
Changing of the Guards
Girl from the North Country
Lay Lady Lay
Lay Lady Lay
Simple Twist of Fate
Tangled up in Blue
もちろん、これらは有名なだけでなく、曲としても良いものだと思いますが、これら以外にあまりランキングに入って来ない「長尺物」と呼べる曲がある。単純に時間的に長いということですが、ディランの場合演奏そのものより、圧倒的に歌詞が長い。ヒットチャートを賑わすことは絶対と言って良いほど無いのですが、実はディランの作詞家としての本質が現れるのはこれらの曲です。
何分以上なら長尺という定義があるわけではありませんが、最近は長いものが増えたとはいえ通常のポップスは数分の長さが多い。これはもともとラジオなどで流す際の都合で合わせられた側面がありそうですが、アーティストが表現したいことを詰め込むにはちょっと時間が足りないと言えます。ここでは一応、5分間以上のものの中から、歌詞の内容に注目していくつかの曲を紹介していくことにしたいと思います。
最初にチョイスしたのは、「With God on Our Side」です。
アルバムは1964年リリースの「The Times They Are A-Changin'」に収録されていて、時間は7分8秒。
俺の名前や年なんてどうでもいい
何分以上なら長尺という定義があるわけではありませんが、最近は長いものが増えたとはいえ通常のポップスは数分の長さが多い。これはもともとラジオなどで流す際の都合で合わせられた側面がありそうですが、アーティストが表現したいことを詰め込むにはちょっと時間が足りないと言えます。ここでは一応、5分間以上のものの中から、歌詞の内容に注目していくつかの曲を紹介していくことにしたいと思います。
最初にチョイスしたのは、「With God on Our Side」です。
アルバムは1964年リリースの「The Times They Are A-Changin'」に収録されていて、時間は7分8秒。
俺の名前や年なんてどうでもいい
故郷は中西部で、そこで従うべき法と
神が味方についていることを教わった
歴史書には騎兵隊がインディアンを倒したことが書いてある
神はまだ若かったこの国に味方した
スペインとの戦争や南北戦争もあった
スペインとの戦争や南北戦争もあった
神を味方にして銃を手にした英雄たちの名前を覚えさせられた
第一次世界大戦も同じで、自分には戦う理由はわからない
でもそれを誇りをもって受け入れることを学んだ
神が味方しているから、死者の数なんて数える必要はない
第二次世界大戦の後、ドイツを許し友人になった
第二次世界大戦の後、ドイツを許し友人になった
彼らは600万人を死に追いやったけど、今は彼らにも神が味方している
ロシアを憎むように教わり、もしかしたら次の敵は彼らだ
彼らを憎み、怖れ、そして彼らから逃げて隠れるのだ
神を味方にして、それらを受け入れないといけない
でも、今では我々は化学兵器を持っている
使うべき時にはそれを使うだろう
神が味方しているから、何の疑問も無くその一撃を放つのだ
暗い中でキリストが接吻によって裏切られたことを考えてきた
イスカリオテのユダにさえ神が味方したかは君が決めることだ
とても疲れたからもう俺はここを離れるよ
でも、今では我々は化学兵器を持っている
使うべき時にはそれを使うだろう
神が味方しているから、何の疑問も無くその一撃を放つのだ
暗い中でキリストが接吻によって裏切られたことを考えてきた
イスカリオテのユダにさえ神が味方したかは君が決めることだ
とても疲れたからもう俺はここを離れるよ
そしてとても混乱していて、頭の中にはたくさんの言葉があるけど
それを口にすることができないでこぼれ落ちている
もしも、神が味方しているなら、神が次の戦争を止めてくれるだろう
(意訳:亜沙郎)
実際の歌詞には、この倍くらいの言葉が詰まっていますが、一番目立つのは「神が味方していてくれている」ということと、裏を返せばそれゆえにどんな戦争も正当化されてきたという痛烈な社会批判です。アメリカ建国のそもそもの始まりから、誰もが神がついているから自分たちは正しいのだという理屈を信じて歩んできたことが歌われています。
戦ってきた相手にも、たいていは何らかの「神」がついているわけであり、ことドイツについては、アメリカと同じでキリスト教の中でもプロテスタントが主流でしょうから、神が味方しているから何でも正しいというのはかなり強引な考え方です。
象徴的なのは、ユダが登場するところ。1966年のイギリス・ツアーのライブ会場で、ディランは観客の一人から「ユダ!!」と罵声を浴びています。これはフォークからロックへ鞍替えしたことが、ファンに対する裏切りと思われたものですが、声を上げた客は、もしかしたらこの曲のことが頭にあったかもしれません。
曲自体はイギリスのトラディショナルとそれを基にした1958年の別の歌からインスパイアされたものであると考えられています。ただし、そのきっかけとなったのは1963年のニューポート・フォーク・フェスティバルで聴いたものというのですが、そのフェスティバルですでにジョーン・バエズとのデュエットでこの曲を披露している(有名な動画あり)ので、成り立ちの真偽は不明です。
ディランは別の曲かと思わせるほどメロディを変えてしまうことがありますが、歌詞についても変更されることは珍しくはありません。1975年のRolling Thunder Tourの時には、ロシア以外にもいろいろな国名を並べて歌ったりしました。80年代後半には、「ベトナムでは何のために戦っていたのか。若者が大勢死んで母親が泣いた。神は我々の味方だったのか」という歌詞を追加しました。60年代にはリアルタイムの生々しさがあって歌の中には入れるのは控えたのかもしれません。
もしも、神が味方しているなら、神が次の戦争を止めてくれるだろう
(意訳:亜沙郎)
実際の歌詞には、この倍くらいの言葉が詰まっていますが、一番目立つのは「神が味方していてくれている」ということと、裏を返せばそれゆえにどんな戦争も正当化されてきたという痛烈な社会批判です。アメリカ建国のそもそもの始まりから、誰もが神がついているから自分たちは正しいのだという理屈を信じて歩んできたことが歌われています。
戦ってきた相手にも、たいていは何らかの「神」がついているわけであり、ことドイツについては、アメリカと同じでキリスト教の中でもプロテスタントが主流でしょうから、神が味方しているから何でも正しいというのはかなり強引な考え方です。
象徴的なのは、ユダが登場するところ。1966年のイギリス・ツアーのライブ会場で、ディランは観客の一人から「ユダ!!」と罵声を浴びています。これはフォークからロックへ鞍替えしたことが、ファンに対する裏切りと思われたものですが、声を上げた客は、もしかしたらこの曲のことが頭にあったかもしれません。
曲自体はイギリスのトラディショナルとそれを基にした1958年の別の歌からインスパイアされたものであると考えられています。ただし、そのきっかけとなったのは1963年のニューポート・フォーク・フェスティバルで聴いたものというのですが、そのフェスティバルですでにジョーン・バエズとのデュエットでこの曲を披露している(有名な動画あり)ので、成り立ちの真偽は不明です。
ディランは別の曲かと思わせるほどメロディを変えてしまうことがありますが、歌詞についても変更されることは珍しくはありません。1975年のRolling Thunder Tourの時には、ロシア以外にもいろいろな国名を並べて歌ったりしました。80年代後半には、「ベトナムでは何のために戦っていたのか。若者が大勢死んで母親が泣いた。神は我々の味方だったのか」という歌詞を追加しました。60年代にはリアルタイムの生々しさがあって歌の中には入れるのは控えたのかもしれません。
