夏季臨時休診

夏季臨時休診のお知らせ 8月14日(金)~8月19日(水)臨時休診します。

2019年1月28日月曜日

幸福の黄色いハンカチ (1977)

高倉健は、過酷だった八甲田の雪山のロケを終え映画が公開された年、早くも春から次回作の準備にとりかかりました。ここでも、それまでの健さんのイメージを大きく打ち破るキャラクターに挑戦することになります。

1969年から数本を除いて、すでに20本弱の「フーテンの寅さん」映画を作っていた山田洋次監督は、倍賞千恵子が口ずさんでいた「幸せの黄色いリボン」の歌に心をとめ、その歌詞の内容を映画にすることにしました。

主役には高倉健というのはすぐに決まり、不思議な雰囲気で人気が出始めた桃井かおりも比較的簡単に決定。もう一人の主役、武田鉄矢は歌手として落ち目の時期で、俳優は未経験。それでも、九州出身の不器用な男というイメージからの選択でした。

通常は「日本製ロード・ムービー」というくくりで語られ、第1回日本アカデミー賞を総なめにした名作と説明されますが、行く先々での人々との交流が描かれるわけではありません。

それぞれ心に傷を持つ赤の他人の三人が、偶然一緒に旅をする中で、少しずつ前を向いていこうとする話で、基本的には三人芝居のヒューマン・ドラマというのが正しいと思います。

彼女に振られた欽也(武田鉄矢)は、仕事を辞めた退職金で車を買い、北海道へ旅立ちます。網走で、彼氏を友人に横取りされ旅に出た朱美(桃井かおり)をナンパして、海岸に出たところで、殺人で6年間の服役を終えて出所したばかりの勇作(高倉健)とも出会い、3人で旅をすることになりました。

泊まった宿で朱美にせまる欽也に対して勇作は一喝したり、ろくに運転できない朱美が車を脱輪させて立往生したりと、いろいろなことがある中で、チンピラにからまれた欽也を勇作は助けて自ら運転してその場を走り去りました。

しかし、たまたま警察の検問があり、勇作は無免許のため捕まってしまいます。しかし、偶然にも以前世話になった警部(渥美清)がいて見逃してもらえることになりました。このことで、勇作が殺人を犯した過去があることを二人は知ります。

それでも、3人は旅を続け、勇作の過去の話を聞くことになるのです。夕張の炭鉱で働き、結婚していたこと。奥さん(倍賞千恵子)が流産したことで、むしゃくしゃしてチンピラと喧嘩になり死なせてしまったこと。奥さんに別れ話をしたこと。

そして、勇作は出所してすぐに、もしもまだ待っていてくれているなら、家に前に黄色いハンカチを目印にしておいてくれとハガキに書いて出したことを話すのでした。欽也と朱美は、一緒に夕張に行くことにしますが、家が近づくと「待っているはずがない」と嫌がる勇作を無理に連れていきます。

欽也と朱美が車から降りて見ると、なんとたくさんの黄色のハンカチが風にたなびいていました。二人は勇作を車から降ろし、背中を押し出すのでした。欽也と朱美もやっと吹っ切れる想いになりました。

人情喜劇が得意な山田監督は、主として笑いは武田鉄矢と桃井かおりに任せていますが、健さんも強そうで実は弱い人間であるという面を引き出しています。奥さんが待っていないだろうとくよくよするところは、それまでの高倉健像では考えられない。

しかし、物語が進むにつれ健さんの視点で、観客の気持ちをしだいに作り上げていき、応援したくなるように仕向けていくのはさすが。期待通りの裏切らない結末で、健さんと一緒に安堵できる映画です。

2019年1月27日日曜日

瀬戸内少年野球団 (1984)


原作は作詞家の阿久悠による自伝的小説で、監督は篠田正浩。今や飛ぶ鳥を落とす勢いの渡辺謙の映画デヴュー作。

・・・というより、この映画を最も有名にしたのは夏目雅子であり、しかも夏目の遺作となったことが大きいと言わざるをえない。

やはり、あらためて観賞すると、確かに夏目雅子の美しさに異を唱えるものはいないでしょうし、画面から湧いてくる女優としての凛としたたたずまいは見事です。

おそらく、今どきの「身近な」雰囲気とは逆の、吉永小百合を代表とする「近づきがたい」、「神聖な」イメージを体現した最後の女優なのかもしれません。しかも、若くして亡くなったことで、完全に伝説化・神格化し、後に続く者にとっては乗り越えられない壁となったように思います。

映画は、敗戦による淡路島という狭い地域の混乱をこどもたちの視点から描いた群像劇。夏目雅子は、この映画で日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞しましたが、あくまでも主役は竜太(山内圭哉 )、バラケツ(大森嘉之)、武女(佐倉しおり)の3人のこどもです。

冒頭、終戦の玉音放送から一転して、"In the Mood"の浮かれるようなスイング・ジャズが響き渡るのは、これから急速に日本が変わっていくことを端的に合わらしていて見事な始まりです。

駒子(夏目雅子)が教鞭をとる淡路島の学校へ、武女が転校してきました。武女の父親(伊丹十三)は戦犯となることを予想して、一時の娘との安らぎを求めていました。こどもたちは仲良しになり、武女は島の生活に馴染んでいきます。

まじめな竜太の両親は戦争で亡くなり、村の駐在をしている祖父(大滝修二)と祖母(加藤治子)のもとで暮らしていました。バラケツは、アメリカ軍に取り入って羽振りの良い兄にならって、金儲けを考えるようなこども。

駒子は網元の家に嫁入りしましたが、召集された夫の正夫(郷ひろみ)は安否不明。正夫の弟の鉄夫(渡辺謙)からの求婚を、頑なに拒み続けていました。戦争で片脚を失った正夫は、密かに島に戻り駒子に連絡を取りますが、鉄夫に強引に関係を持たされたために拒絶しました。

床屋を営むトメ(岩下志麻)は戦争未亡人で、剣劇役者に入れあげたあげく、店をバーに改装します。武女の父親も、戦犯として収監されるため島を去りました。島の生活が激変していく中で、自分も、そしてこどもたちも心をしっかり持ち続けるために、駒子は「野球をしましょう」と言い出しました。

そして、自分を取り戻した駒子は正夫を迎えに行き島に連れ戻します。二人はこどもたちに野球を教え、皆がすこしずつ自信を回復し始めていた時、武女の父親が死刑に処せられたという連絡が入ります。

進駐軍として来島したアメリカ兵が帰国するにあたって、こどもたちと野球をしようということになり、武女を先頭にアメリカに勝ちたいという気持ちで試合に臨むのでした。

終戦直後から、日本の国内でどんなことが起こっていたのかという、たくさんの問題を提示しているのですが、こどもの側から描くことで深刻になり過ぎず、わかやすく伝えることに成功していると思います。

復員軍人、傷痍軍人の問題。戦犯の問題。戦争未亡人の問題。闇市の問題。学校の教育変化の問題。進駐軍に対する恐怖。生活の再建の方法・・・などなど。日本が、まさに180゜転換する中で、さまざまなことが日本人の生活に影響していたことが伝わってきます。

自分の場合は、高度経済成長期の時代のこどもですから、当然終戦直後のことは実体験していません。話として聞いていても、なかなかピンと来ないわけですから、このような映画を通じて・・・そして、夏目雅子の美しさを懐かしみながら、考えてみることがあってもよいようです。

もちろん、そこまで難しく考えなくても、戦後のこどもたちの生活を垣間見るだけでも楽しい映画です。今は、DVDも中古しか手に入らず、場合によってはプレミアがついています。リマスターして、せめてBlurayでの再発売を期待したいものです。

2019年1月26日土曜日

Japanesque

f/5.6  1/80sec  ISO-80  135mm

和風のもの・・・日本人として生まれて、特別に好んでいようといまいと、何となく安心するものです。

三つ子の魂百まで、とか言いますけど、やはりこどもの時に慣れ親しんだものというのは、大多数が潜在的に自分の価値観などの形成に関わっています。

家には畳や襖があるわけではなく、日本茶よりコーヒーを飲むことが多い。全体的には西洋風の生活をしているわけですが、和の模様などは何かと安心する感じ。

これは、お祭りの時に担がれるお神輿の飾りです。こどもの時に、毎年慣れ親しんだ近くの神社のもの。さすがに半世紀前のものからは世代交代していると思いますが、あらためて見ると、小さな神社の小さなお神輿ですが、なかなか豪華な飾りつけです。

2019年1月25日金曜日

YOSHIKIのピアノ

f/3.5  1/125sec  ISO-100  28mm

しばしばテレビに登場するので、YOSHIKIが使用しているピアノは有名です。

何が有名って、クリスタルですよね。透明な外観は美しいのですが、素材は何でしょうか。

クリスタルというくらいですが、水晶ということは無いでしょうから、ガラスでしょぅか。

いくらなんでも、プラスチックでは、音の響きは期待できるとは思えませんね。

河合楽器のショールームにおいてある普及版の価格は・・・・640万円。

うわっ!! 高っ!! と思いますが、スタインウェイのピアノとかは中古でももっと高いわけですから、リーズナブルなのかもしれません。

ちなみに、世界限定5台の完全受注生産の最上位モデルというのがあって、そちらは1億円。

誰が買うんだろ~

2019年1月24日木曜日

街の窓に雪が降る

f/4  1/125sec  ISO-100  38mm

今年は暖冬・・・というより、これから「寒冬」は来ないのかもと不安になりますが、まだ、まとまった雪を見ていません。

降らない方が生活上は助かるんですけど、年に一度くらいは都会暮らしでも雪くらいは見たいものだと。

探して見ると、ショーウィンドウに雪らしきディスプレイを見つけました。まぁ、おしゃれだこと。

そういえば、「南の島に雪が降る」という映画がありましたね。戦時下ではないですし、今なら雪らしく見せることは簡単です。

これは、おしゃれすぎて、単に窓の汚れにしか見えないこともない。ショーウィンドウの中もあまり寒そうじゃない。

そもそも、天気がよくて、日差しが温かそうなので、ますます雪らしくないですね。都会はこんなものですかね。





2019年1月23日水曜日

Super Moon

f/5.6  1/250sec  ISO-800  300mm

月に代わってお仕置きされちゃうセーラー・・・じゃなくて、昨日はスーパー・ムーンだったんですよね。

スーパー・ムーンは、満月で、なおかつ地球へ最接近したときに、月が大きく見える現象です。

確かに、何か大きい感じがしますが、最小の時と最大の時を並べてみることはできないので、あくまでも雰囲気の話。

でも、月が地球に一番接近した時と離れた時では、何と5万kmも違う。地球の直径が約1万2千kmなので、地球4個分の差です。

夜空の事に比べれば、人の営みなんて小さいものです。

2019年1月22日火曜日

Nature in Flat

f/4.2  1/400sec  ISO-100  48mm

都会の中だと、大自然とは縁がないコンクリートに囲まれた人工的な世界が広がるんですが、誰でもグリーンとかの中に癒しを求めるものです。

煉瓦模様の壁。それだけでも、レトロな雰囲気で、少しだけほっこりするんですが、壁にへばりついて伸びている緑が藪の中のような錯覚をうんでいました。

そこに木が生えていて・・・いえ、影が映って、ちょっとだけ森っぽい雰囲気も作っていました。

なんか、平面の中に閉じ込められた自然が、いかにも都会らしい感じがしますね。

2019年1月21日月曜日

八甲田山 (1977)

「天は我々を見放した」

この絶望的なコピーは、公開当時たいへん有名となり、当時劇場に足を運ばなかった自分も含めて、ほとんどの日本人は知っていたのではないでしょうか。

日露戦争直前、明治35年(1902年)、青森の陸軍の連帯が八甲田山での雪中行軍で大量の死者を出した実際にあった遭難事件を題材にした新田次郎の「八甲田山 死の彷徨」の映画化です。

「砂の器」の大ヒットで一躍知られるようになった野村芳太郎監督が製作にまわり、黒澤明の懐刀である橋本忍が脚本、やはり黒澤の助監督で鍛えられ「日本沈没」の監督をした森谷司郎が起用されました。また撮影は、ここから高倉健と長い付き合いになる木村大作という、今から考えると日本映画界の重鎮がそろっています。

当初から主演は高倉健でと懇願され、東映を退社してフリーとなった健さんにとっては「君よ憤怒の川を渉れ」に続く作品。

特に、初めての明治物であり、また「極寒俳優」とも呼ばれるスタートになる作品で、足掛け3年にわたる撮影、実際の行軍を再現する行程で真冬の八甲田山でのロケは過酷を極め、俳優のキャリアの上で大きな足跡を残すことになります。

今ならCGなどで、いくらでもこの猛吹雪の中を進む様子は映画として表現できるわけですが、当然この当時はそんな技術はなく、野村芳太郎に「映画には空気が映る」と言われ、すべて本物の自然の猛威の中での撮影でした。出演者は真冬の八甲田山を2回経験したのですが、何時間も雪の中で待ち続け吹雪いてくると撮影開始という極限的な状況に終始したといわれています。

当然、映像としてのベストのアングル、明るさとは言えないシーンは多々あります。しかし、この「本物」の自然の猛威は、確実にフィルムの中に結実していて、特撮では絶対に出せない空気を見たものに伝えることに成功しています。それが映画の興行的な成功を導き、また健さんをはじめてする出演者、スタッフの自信へとつながったと思います。

陸軍はロシアとの戦争が近い事から、寒地での戦闘で不利にならないように雪中訓練を計画します。そこで弘前の連隊からは徳島大尉(高倉健)、青森の連隊からは神田大尉(北大路欣也)が八甲田山ですれ違って行軍演習をすることになりました。徳島は神田を自宅に招き、妻(加賀まりこ)の手料理でもてなし、山中で出会うことを固く約束して別れました。

徳島大尉は、より距離があり日数が必要になるため、少数精鋭の27名で万端の準備の上で早めに出発し、安全も重視して地元民(秋吉久美子)に道案内依頼しながら、順調に進軍していきました。

一方、神田大尉は、大隊長(三国連太郎)の「弘前に勝つ」という本来とは違う目的を言われ、210名の大所帯で出発。大隊長の口出しで、案内人も頼めず、無理な行軍の中、天候が悪化し、次から次へと倒れていくのでした。

神田隊の遭難を知らない徳島隊は、八甲田山の麓まで遅れて到着しましたが、そのまま山中に入っていき、そこで凍死した神田隊の兵士を発見します。そして、ついに神田大尉の亡骸を見つけるのでした。

なんとか全員が八甲田山を踏破した徳島隊は、神田大尉をはじめとする多数の遺体が山中にあることを報告します。しかし、すでに神田隊の遭難者の遺体が一部収容されており、その中には神田大尉もいるといわれ驚きます。

徳島大尉は遺体安置所に行き、そこで神田大尉の妻(栗原小巻)から「徳島大尉との再会だけが今回の行軍の唯一の楽しみだ」と言っていたことを伝えられると、「確かに山中で再会しました」と言って泣き崩れるのでした。

青森の連隊は大隊長、倉田大尉(加山雄三)、村山伍長(緒形拳)ら、帰還できたのはわずかに12名でした。大隊長は、自分の責任を詫び拳銃自殺します。それから、何十年もたち平和な世の中になり、八甲田山のロープウェイに乗って八甲田を眺める老人がいました。彼は凍傷で片腕を無くしたものの生還を果たした村山伍長でした。

この最後のシーンだけはいらない気がします。徳島大尉以下、揃って八甲田山を背に弘前に帰投していくシーンで終わりで良かったのではないかと思います。ところどころで、青森の春・夏・秋の風物のシーンと徳島大尉のこどもの時の津軽の平和な風景が挿入され、雪中の厳しさとの対比を際立たせています。

命令に従って愚直に行動する武骨な明治の軍人、しかし、その中で部下の無事を最大限に考慮し、人との信頼関係を大事するキャラクターは、高倉健本人のイメージとも重なり、まさに他の誰にも演じることができないものでした。

上官の無理に振り回され、悲劇の中に精一杯行動した北大路欣也も、健さんに負けず主役級の頑張りを見せ、確実に日本映画史上忘れられない一本となったのでした。

2019年1月20日日曜日

君よ憤怒の河を渉れ (1976)

高倉健の東映退社後、最初の映画は西村寿行原作のアクション物のサスペンス映画でした。健さんは、大手映画会社のヒット作量産体制によるマンネリ化に対して、危機感を感じていたわけで、徳間書店が企画した一本立て興業作品の先駆けとなる本作の出演を快諾したわけです。

監督は「新幹線大爆破」に続いて佐藤純彌があたり、健さんは濡れ衣を着せられた検事という新しい役どころに挑戦しました。しかし、アクション・ドラマとしては、かなり展開が強引であることや、シリアスな場面でのあまりに呑気なBGMは映画としての格を落としたことは否めません。

人間性を演じ切る健さんの特徴も生かし切れてなく、今一つ主人公に感情移入しにくい感じがします。健さんは、珍しいラブシーン(というほどのものではないけど)や、廃人となったふりをする演技など、今までにない役柄に挑んでいる点は面白い。

いきなり街頭で強盗・強姦犯人とされた検事の杜丘(高倉健)は、無実を証明するために捜査を担当する矢村警部(原田芳雄)のもとから逃亡します。偽証した男を追って北海道にわたりますがすでに警察の包囲網がしかれていました。牧場主(大滝秀治)とその娘、真由美(中野良子)の助けを得て、やったことがないセスナを操縦して東京に戻ります。

代議士の自殺事件に疑問を持っていた杜丘は、単独で捜査をつづけていたため、黒幕の長岡(西村晃)にうとまれ罠にかけられたのでした。長岡の息のかかった病院に乗り込みますが、院長(岡田英次)により監禁され、精神を破壊する薬を投与されます。

実は杜丘は薬を服用したあと、すぐに吐き出すことでじっと機会を待っていたのですが、そこへ真実を知った矢村警部がやってきて院長は自殺します。二人は国外に逃亡しようとしていた長岡のもとに向かい、長岡を射殺するのでした。

・・・と、まぁ、あらすじはこんな具合なんですが、やはり、逃亡の経過を追いかけていくところに重点が置かれていて、それぞれのキャラクターの描写は不十分です。主人公の杜丘、真由美、矢村のいずれも、無茶な行動をする理由がよくわからない。

ただし、原田芳雄は、「新幹線大爆破」のオファーがあったのですが、「新幹線が主役の映画は嫌だ」と断ったそうですが、完成した映画を見て悔やんだそうです。ですから、この映画の出演は快諾したという逸話が残っていて、当時のニヒルなキャラが立っています。

また、文化大革命後の中国で最初の外国映画としてこの作品が上映され大ヒットとなったことは有名な話で、中国では健さんはヒーローとして人気を呼びました。2017年には「マンハント」のタイトルでジョン・ウー監督がリメイク、矢村役で福山雅治が出演したことは記憶に新しいところです。

2019年1月19日土曜日

新幹線大爆破 (1975)

ヤクザ映画ばかりになっていた高倉健は、1970年に高倉プロを創立し、自身の方向性を変えようとしていました。そして、1976年からは東映からの完全な独立を果たすことになります。

「新幹線大爆破」は健さんのキャリアで東映専属の最期を飾るもので、オールスター・キャストによる、当時アメリカで流行していたパニック物の日本での先駆けとなる作品となります。

開業から10年を経過し、安全神話の中にあった新幹線の盲点を突くプロットは秀逸で、高倉健にギャラは少なくても、犯人役でもいいから出演したいと申しださせることになります。高倉が出演が決定したことで、犯人の視点を描くシーンが追加され、映画全体の奥行きが深まったことは成功の一因でしょう。

ただし、新幹線が犯罪に利用される話を嫌った国鉄(現JR)からは協力を拒否されたため、実写で迫力のあるシーンは撮影できず、やむをえず模型を使用した特撮が行われました。今のCGなどを含むリアルな特撮からすれば、おもちゃであることは簡単にわかりますが、当時の技術力からすれば妥当な線だと思います。

倒産した町工場の社長だった沖田(高倉健)は、互いの境遇から信頼関係を築いた古賀(山本圭)、ひろし(織田あきら)らと、時速80km/h以下に速度を落とすと爆発する爆弾を新幹線ひかり109号に仕掛けます。爆弾の信憑性を証明するため、別の貨物列車にも同様の爆弾を仕掛け爆発させました。

運行指令室で、色々な指示をする責任者は宇津井健、鉄道公安本部長は渡辺文雄、捜査に当たる警察は鈴木瑞穂、青木義朗、黒部進など、新幹線の運転手は千葉真一、小林稔侍、同乗していた鉄道公安官は竜雷太、パニックになる乗客は田坂都、十勝花子、藤田弓子などなど。

沖田の妻に宇都宮雅代、国鉄総裁に志村喬、内閣官房長官に山内明、さらに特別出演として、丹波哲郎、北大路欣也、川地民雄、田中邦衛。ちょっとだけの顔出しで、多岐川裕美、志穂美悦子、岩城晃一なども出演しています。

とにかく、昭和を代表する俳優たちのオンパレードですが、ほとんどは犯人高倉健、指令室長の宇津井健、警察の鈴木穂積のやり取りが中心のサスペンス。パニック映画という観点からは、新幹線車内の混乱描写が少なく物足りなさは否めませんが、綿密に計画した犯罪がしだいに綻びを見せていく過程のスリルは十分に堪能できます。

落ちぶれた中年の犯罪者という、それまでの健さんのイメージからはありえないキャラクターでしたが、この役を得たことでこの後の高倉健の再出発の一つのイメージが出来上がったことはまちがいありません。

2019年1月18日金曜日

網走番外地 (1965)

このタイトルは、好き嫌い、見た見ていないにかかわらず、たぶん昭和世代の人は必ず聞いたことがあるはず。

高倉健をスターダムに押し上げた映画であり、制作した東映の思惑に反して大ヒットしたためシリーズ化されています。

基本的に、ヤクザ映画、あるいは暴力映画みたいなものは好きじゃないので、自分としては見るべきものとは思ってはいませんでした。ただし、後年の人間味あふれる高倉健は嫌いではなく、2014年に健さんが亡くなったことで、一度は見てみようと思い立ちました。

「網走番外地」は、もともと網走刑務所に収監されていた伊藤一が書いた小説であり、1959年に日活が映画化していましたが、東映は三国連太郎の持ち込み企画をいただき、タイトルこそ使用していますが、中身はアメリカ映画「手錠のまま脱獄(1958)」を監督の石井輝男が換骨奪胎したものでした。

北の果て網走刑務所に到着した橘(高倉健)は、厳しい寒さの中、黙々と日々の作業をこなしていましたが、母親が病気で一目でもいいから会いたいと考えていました。保護司の妻木(丹波哲郎)は、何とか保釈の手続きに奔走します。

ところが、房内で脱獄の計画が持ち上がり、作業場に行くトラックから権田(南原宏治)と鎖でつながった橘は無理やり飛び下ろされます。二人は逃亡の途中で妻木の家に立ち寄り、道かった妻木の妻をケガさせます。

やっと列車の線路まで来た二人は、線路に横たわり鎖を列車の通過で切断に成功しますが、その衝撃で権田は崖を落ちて重傷を負いました。一度は権田を置いたまま逃げようとした橘でしたが、権田の「母さん、母さん」といううわごとを聞いて、助けることにしました。

そこへ、追いかけてきた妻木が到着し、「お前は人間の屑だ」と罵倒しました。橘は「俺はどんな償いもするが、こいつを病院に連れて行って欲しい」と懇願します。妻木は馬そりに二人を乗せ、病院へと向かうことにし、橘に「お前は、お人よしなのさ、底抜けのな」と言うのでした。

高倉健はキャラクターとして、ヤクザでありそれが元で刑務所に送られてきたわけですが、この映画の中では母親思いで、道から外れた境遇を少しずつフラッシュバックしていきます。また、そこで実際に受刑者の間に伝わっていた歌をもとに高倉健自ら歌う主題歌が効果的に繰り返し流れることで、人との付き合い方が不器用ですが、人としてはずれたことはしたくないという、まさに健さんの原点が作られていました。

映画としては、今では突っ込みどころ満載であることは否定できませんが、雪原の逃亡、トロッコに乗ってのアクションなどの見どころも多く、よくできていると思います。しかし、この映画のヒットもあって東映時代の健さんは、この後10年間、ひたすら網走番外地シリーズや、任侠物の映画ばかりに出演することになってしまいました。

とりあえず、その第1作は高倉健ファンならずとも、一度は見て損はしないでしょう。

2019年1月17日木曜日

アマリリス 2019

f/5  1/100sec  ISO-2000 82mm

毎年、以前通院されていた方にいただくアマリリスの球根。

わざわざ、このためだけに11月にお出でくださいますが、去年もいただきました。

12月はじめから芽が出て、年末年始の休みの間は咲かないように、暗がりに置いておきました。

今年は花のつく茎が2本伸びてきて、それぞれに2輪、3輪の花が咲きました。ほとんど同時に咲くことはあまり無いので、まとまってくれるとゴージャス感がはんぱない。

今週一杯が見頃。先に咲いた方が、少ししおれだしているので、来週はボリュームダウンです。

それにしても、見事なもので、毎年毎年ありがとうございます。

2019年1月16日水曜日

SKYLINE GT-R


自動車マニアではないし、一貫してトヨタ党なので、それほど詳しいわけではありませんが、スカイラインGT-Rが自動車好きの羨望の的の車種だったことくらいは知っています。

もっとも、今は日産のラインナップにあるらスカイラインは名前だけという感じで、若者にうけるようなスポーティさは無くなってしまいました。

もともと、スカイラインの最上級グレードとして存在したGT-Rですが、今は単独の「GT-R」として残っていますが、その新車価格は・・・・

驚きの1000千万円からという超高額!!

外国のスーパーカーに比べれば安いかもしれませんが、そうとう気合を入れないと・・・というわけで、昔のスカイラインGT-Rを中古で手に入れるという方は珍しくありません。

今でも覚えている当時のスカイラインの一番の外見の特徴は、やっぱり丸い独立した4灯のテールランプです。

今回目撃したのは、テールの間にウィンカーがあるので、1989~2002年に発売されていた第2世代、三代目のスカイラインGT-Rです。バブル時代の、自分的にも一番馴染みのある型です。

実は中古車相場でも、状態の良いものなら今でも1000万円、安くても200万円という価格ですから、おいそれと手が出ないのは同じ。

20~30年前の車種ですから、当然修理したくても部品の在庫はメーカーには無いでしょうから、メンテナンスもけっこう大変だと思うんだけどな・・・まぁ、好きな人にはたまらないということですよね。

2019年1月15日火曜日

夜と朝のあいだに



・・・というのは、ピーターの1969年のデヴュー曲。

このあと、「・・・一人の私、天使の歌を聞いている死人のように」と続く、当時としては、歌っている人も、歌っている内容も、かなり衝撃的でした。

自分はまだ小学生でよくわかりませんでしたが、インパクトは絶大で、けっこう美少年が低音の野太い声で歌うところはよく覚えています。

実際のところ、夜と朝の間というのは、日の出前から日の出直後の数分間ということですかね。太陽が出ると、急速に明るくなるので、夕闇に比べると時間的には短い気がします。

そういえば、ドラキュラは太陽に弱いんでしたよね。何か魔物とかいるんだったら、急いで退散しないとね。