今日のためのカンタータは、BWV70aしか残っていません。これは、ワイマール時代のもので、歌詞しか現存していません。
バッハは、ライプツィヒに着任した最初の年の三位一体節後第26主日に、これを転用して「目を覚まして祈れ、祈りて目を覚ましおれ(BWV70)」として演奏しました。ライプツィヒでは、待降節には盛大な音楽の演奏が禁じられていたためです。
というわけで、今日のカンタータについての話はこれで終わり。ちょっと、これでは短すぎ。
そこで、ヨハン・セバスチャン・バッハの音楽を聴いていく上で、知っておいた方がいい基礎的な項目である作品番号について整理しておきます。
教会カンタータには、第×番という呼び方もあるのですが、別にバッハが番号をふっていたわけではありません。ここで使っている数字はBWV番号というもの。
当時は、まだ印刷技術というのが確立していませんから、バッハが生前に出版できた譜面は数えるほどしかありません。
そのほとんどは、手書きの楽譜であり、バッハ本人、バッハの奥さん、バッハのこども、バッハの弟子などが記載したものが中心です。これを必要に応じて、持ち出して、時には貸し出したりしていたようです。
ですから、バッハ研究で問題になってくるのは、譜面の脱落、消失、散逸などともに、それが本当にバッハの作曲したものなのかどうかということ。そして、自作だとしても、大多数は正確な初演日程は不明ですし、そもそも曲の入れ替えや加筆が多すぎて、大多数で作曲順が特定できません。
バッハ自身は作品目録などを整備するという意識はありませんでした。自身も以前の作品の使いまわしは数多くやっているし、なかには他人の作品をぱくったりもしています。まだ、著作権という概念が成立する前の話なのです。
著作権という考え方がしっかりしてきて、自分の作品をきちっと出版することが重視されるようになるのは、ベートーヴェンの時代から。ですから、そのあたりからは自分の作曲したものには原則として作品番号がつくようになりました。
息子のC.P.E.バッハが、バッハの死後に略伝を書いています。そこに「5年分のカンタータと5つの受難曲を作曲した」と記載されているために、われわれはカンタータのうち100曲くらいが消失していると考えるわけです。
ところが、いろいろな研究から、近年は他人の作品なども含めて丸々5年間分の教会暦を埋めることができる楽譜を所蔵していたと考えるのが妥当とされています。
メンデスゾーンらによって、19世紀中頃にバッハが再認識され、バッハの作品を整理することが始まりました。この結果、バッハ全集というものが50年ほどかけて出版にこぎつきました。これは、バッハらしいもの含めて、集められるだけ集めたというもの。
BWV番号は、Bach-Werke-Verzeichnisの略で、正式にはバッハ作品主題目録番号というもので、バッハ全集の成果を基に1950年にヴォルフガンク・シュミーダーにより発表されたものです。番号は、作曲順ではなく、曲の特徴によってジャンル分けをして設定されました。
1950年から、再びいろいろな歴史的考証を含めて再検討がはじまり、BWV番号も1990年に改定されています。新しい研究の成果がまとめられ完成したのは2007年のこと。
これが現在「新バッハ全集」と呼ばれていて、以前のものを「旧バッハ全集」として区別しています。例えば重要な大曲であった「ルカ受難曲」は偽作であることが判明し、全集からはずされたりしています。
新全集には、研究成果を踏まえたBC番号というものが設定されていますが、これは曲のジャンルだけなく、できるだけ作曲順、初演順などを盛り込もうとしたもの。カンタータでは教会用と世俗用に大別され、教会暦順にふられています。
BWV70は、演奏可能な作品として譜面が確立できたもの。BWV70aのように、後ろにa、b、cなどが付くものは、その原型であったり、あるいは後日改訂したもので、曲全体の譜面が無かったり、歌詞だけだったりして全容が不明な場合です。
BWV番号は、現在1120まであり、散逸したもの、偽作の疑いの濃厚なものについては補遺としてAnh(anhang)が付加されています。
そんなわけで、バッハの声楽作品を楽しもうと思う場合、BWV番号順だとカンタータの番号は順番になりますが、カテゴリーが変更されたり、偽作が判明して抜けたものが多数ありかなり混乱します。
実際、頭から見ていくと、第11番は昇天節オラトリオとして、オラトリオに分類しなおされ抜けています。次に第15番は、もともと最初に作られたカンタータとして重視されていたのですが、ヨハン・ルードヴィヒ・バッハの作品であることが判明して欠番になってしまいました。
いくつか完成したカンタータ全集も、収録順はいろいろ。リリング、アーノンクール&レオンハルトのカンタータ全集では、BWV順に収録。コープマン、鈴木の場合は、作曲年代順、ガーディナーは教会暦にそってまとめて収録という具合に、それぞれ各人各様です。
その音楽そのものが気に入ったのなら、番号とかはどうでもいいことですし、場合によっては偽作であったとしても自分にとっての価値が下がるわけでもありません。
ただ、できればわかりやすく整理整頓されていることは、いろいろと便利なわけで、今後もしかしたら新々全集という形で変わってくることもあるかもしれません。