マタイ受難曲、ロ短調ミサ曲と肩を並べるバッハの体表曲だけに、ヨハネ受難曲のCDもかなり多い。それらを全部聴くことは、到底無理ですが、いくつか聴けたものを整理してみます。
モダン楽器による演奏としては、カール・リヒター、フリッツ・ウェルナーらのものが有名。リヒターは、その特徴であるゆったりとしたテンポで重みのある演奏で悪くはないのですが、合唱団の力不足は否めません。
バッハというとリヒターは神格化された存在で、批判的なことは書きにくいのですが、リヒターの信仰に基づく使命感のようなものが、団員の訓練不足を補っているということは否定できないところだと思います。
あとは、古楽器を用いるピリオド奏法によるものの紹介になります。
第4稿で演奏しているのが、ヘルマン・マックスと鈴木雅明。どちらもすぐれた演奏で、当然リヒターよりも速く、演奏者の人数も少ないのですが、けして受難という悲劇の重さの表現力は劣っていません。
鈴木雅明とBCJの演奏はライブのDVDもリリースされていて、基本的には同じような演奏ですが、ライブの緊張感がダイレクトに視覚的に伝わってくる素晴らしいものになっています。
われらがガーディナー先生は2度録音していますが、どちらがいいということはなく、いずれもモンテヴェルディ合唱団の実力を見せつける演奏になっています。
トン・コープマンのものは、録音のせいか低音が遠くて合唱が強調されすぎの感があります。合唱だけなら、ガーディナー盤には到底勝てそうもない。
リフキン提唱のOVPP(one voice per part)式を実践したのが、アンドリュー・パロットと最近ではフィリップ・ピエロット、シギヴァルト・クイケンです。楽器も歌い手も絞り込んだ分、各声部の分離がよく聴き取りやすい。
特にクイケンは、楽器と声のバランスもよく、合唱での人数の少なさをうまくカバーしています。ただし、合唱重視のヨハネでは、どうしても物足りなさも感じてしまうのはやむをえません。
OVPP系では、もう一人注目されるのがジョン・バット。1739年版総譜を中心にした演奏ですが、面白いのはバッハの時代の典礼の形式に準拠した構成をとっていること。
まず入場用のオルガン・コラールから始まり、会衆によるコラールの合唱、さらに神父入場のためのオルガン前奏曲のあと、おもむろにヨハネ受難曲の冒頭合唱が始まります。
第一部が終了すると、コラール合唱が入って神父による説教が1時間弱はいります。第2部のあとも、コラールの合唱などがあって終了するというもの。さすがに説教はCDには収録されておらず、聴きたい人はHPからダウンロードするようになっています。
これらの付加的な音楽が邪魔になることはなく、実際の現場にいるかのような錯覚を起こさせるほど、うまく融和していて、長い礼拝の中で、バッハが目指していた音楽の形の一端が見えてくるような気がします。
バッハの合唱団は、基本的にはトーマス学校の男子生徒だったわけですから、少年合唱によるものを聴きたいというのであれば、現代のトーマスカントル、ビラーによるトーマス教会合唱団のものがあります。
そして、バッハ演奏家として有名なフィッリプ・ヘレヴェッヘは2度の録音がありますが、2001年に録音したのは、なんと1725年の第2稿バージョンの復元でした。うーん、さすがにあの冒頭が無いと中途半端に始まったヨハネという感じで、これは学者的な興味が勝りすぎた感は否めない。
というわけで、合唱重視のヨハネ受難曲では、ヘルマン・マックスが一押し。映像でなら鈴木雅明、OVPPならバットをお勧めしたくなります。