2021年2月15日月曜日

ゾディアック (2007)

前作から5年ぶりのデヴィド・フィンチャーの監督作は、60年代末から70年代初めにかけて実際にあったいまだ未解決の連続殺人事件の映画化です。映画に登場するロバート・グレイスミスによるノンフィクションを原作として、実際に事件を詳細に調査しなおしています。

おそらく、当時を知るアメリカ人にはよく知られた凶悪事件ですが、日本人の我々はある程度の事件に関する予備知識を必要とします。

事件は、1968年12月20日、未成年カップルがサンフランシスコ近郊のハーマン湖で射殺されたことから始まります。続いて、1969年7月4日、男女がヴァレーホの駐車場で拳銃で襲われ、女性が死亡し、男性は何とか命を取り留めました。映画はこの事件からスタートします。

その翌日、警察に犯人らしき男から殺人をしたと電話がかかってきます。そして翌月に、警察、新聞社などにゾディアックと名乗る人物から暗号文を含む手紙が送りつけられました。

この暗号文は、使われた文字数から「408暗号文」と呼ばれ、パズル好きの一般人によって解読されました。そこには「森で動物を殺すよりも人を殺す方が楽しい。人間は最も危険な動物」などと書かれていました。

9月27日、ベリエッサ湖畔でカップルがナイフで襲われ、またもや女性が死亡し、男性はなんとか助かりました。10月11日、タクシー運転手が射殺され、ゾディアックから運転手の血痕が付着する布の断片が新聞社へ送られてきました。

また、警察署へ電話があり、ある有名な弁護士が就いてくれるならテレビ番組に電話すると言って来ます。実際に電話がかかって来ますが、ゾディアックは結局自首して出ませんでした。そして、第2の暗号である「340暗号文」が送られてきました。

その後沈黙したゾディアックでしたが、1974年になって新たな犯行を示唆する手紙が警察へ届きましたが、これを最後に目立った動きは途絶えました。

実は、昨年12月に「340暗号文」がついに解読されたというのがニュースになりました。内容は、テレビ番組に登場したのは偽物であり、今までに殺した被害者たちが死んだ後の自分の奴隷になるので死ぬことは怖くないというものだったということです。

さて、映画はこれらの事実を淡々と描くことに注力しています。これまでのフィンチャーらしいスタイリッシュなタイトルも見られません。映画というエンターテイメントの中で、意識的に可能な限り事実の列挙する、ある意味抑揚が無い展開です。

当然、事件そのものが未解決ですから、最後で犯人が捕まったりするような起承転結の結がありません。犯人捜しのサスペンス映画と思って見ると、肩透かしを食わされることになります。

つまり、この映画で見ていくべきは、事件に関わった三人の男たち。ロバート・ダウニー・Jrが演じる敏腕記者のポール・エイブリーは、記事を書いたことでゾディアックの標的になるかもしれない恐怖から、精神的に追い詰められていきます。

マーク・ラファロが演じるのは、当初から事件の担当になったデイブ・トースキー刑事。証拠不足で容疑者を逮捕できず、本当に犯人と確信していたのか、早く終わりたかっただけなのか悩み、長期化するにつれ孤立していきます。

ジェイク・ギレンホールは、原作者であり新聞社の風刺漫画化であるロバート・グレイスミスを演じます。最初は、エイブリーについて野次馬的な興味を持っていた事件でしたが、エイブリーやトースキーが脱落していくと、家族からも見放される異様な執念で真相究明に走り回るのです。

つまり、事件の直接の被害者だけでなく、彼ら三人を通して事件に関係した人々の人生を大きく変えてしまう事を描き出しているのです。そういう意味では、この映画はサスペンス素材を素にしたヒューマン・ドラマという扱いをするのが正しいのかもしれません。