2026年9月15日火曜日

廃墟の街 (Desolation Row)


1965年リリース、ボブ・ディランのロック転向を決定づけた名盤「Highway 61 Revisited」に収録された「Desolation Row」は、ディランとしては初めて10分を超える長尺曲(11分21秒)です。ロック色の強いアルバムの中で、唯一アコースティックなサウンドでまとめられ、ラストを締めくくりました。


絞首刑の絵葉書が売られ、パスポートは塗りつぶされている
水兵で美容室は一杯、町にはサーカスが来ている
盲目の役人が片手で綱渡り芸人をつかみ反対の手はズボンのポケットの中
行き場のないイラついた治安部隊を、今夜私は女と廃墟の街で眺めていた

軽薄なシンデレラは、仲間はわかると笑い、
ベティ・デイビスのようにお尻のポケットに手を入れる
君は僕のものと呻くロミオが来るが、誰かが出る幕じゃないと言う
救急車が走り去るとシンデレラの箒の音だけが廃墟の街に響いた

月も星も消え始め、占い師の女は帰り支度をしている
カインとアベルとノートルダムのせむし男が残っている
皆愛し合うか雨を予感して、善きサマリア人は身支度をしている
彼はショーの準備をして廃墟の街の謝肉祭に行こうとしている

窓の下のオフィーリアは22歳だというのに一人きりなのが心配だ
彼女には死はロマンで、鉄の服を着て信仰が仕事になっている
罪なことに彼女には生気がなく、ノアの大きな虹を見続けている
彼女は荒廃の街をのぞき見して時間を潰しているのだ

ロビン・フッドの姿のアインシュタインが通り過ぎたのは1時間前
一緒にいた妬み深い修道士は完璧な姿だったが煙草をねだっていた
彼は排水管の匂いを嗅ぐとABCを繰り返しながら去っていった
彼はかつては電気バイオリン弾きとして廃墟の街で有名だった

革のコップに閉じこもったDr.フィルスは、患者に吹き飛ばされそうだ
落ちこぼれの看護師が持つのは青酸カリと魂に慈悲をと書かれたカード
彼らが全員で縦笛を演奏している音が聞こえるはずだ
廃墟の街で身を乗り出しさえすればね

通りをまたいで垂れ幕が用意され祝宴の準備が始まった
オペラ座の怪人が司祭のいで立ちで、カサノヴァに自信がつく食事を与える
言葉で盛り上げておいて、自信過剰で自滅させるためだ
怪人はカサノヴァは廃墟の街に行った罰をうけているのだと叫んだ

真夜中に役人や超人が姿を見せ、自分たちより優れた人々を集めた
工場に連れて行くと全員の肩に心臓麻痺マシンを装着させた
保険屋たちは城から灯油を運んできた
廃墟の街から誰も逃げ出していないか確認するためだった

皇帝ネロの海の神万歳、タイタニックは夜明けに出航するぞ
エズラ・パウンドとT.S.エリオットが争い、どちらの味方かと聞かれる
漁師は海の窓と窓の間に花を飾るのは美しい人魚のためだ
そこでは廃墟の街のことを思い悩む必要はない

昨日君から手紙を受け取ったのはドアノブがちょうど壊れた時だった
調子はどうって書いてあったけど、何かの冗談かい
君の退屈な友人たちのことはもうちゃんと文字を読む気にならない
だからもう手紙は送らないでくれ、廃墟の街からでないなら

(意訳 : 亜沙郎)


もうわけがわかりません。これでも精一杯日本語として成立するように言葉を選んだつもりなんですが、一つ一つの単語、文節を理解することはほぼ不可能に近い作業だと思います。つまり、この混乱の中から全体的な雰囲気を掴むことができれば十分だし、ディラン本人もそれを期待しているのではないかと思います。

あらゆる文明・文化が混在して、不条理な世界を形作っているというのが基本にあり、当然これは今の現実世界を象徴的に表していることは間違いありません。この中には、多くの実在する、あるいは架空の人物が登場するので、まずは聴く者の知識の有無を試されているのがポイントです。

物理学の天才アインシュタイン、大女優ベティ・デイビス、ローマ帝国の暴君ネロ、エズラ・パウンドとT.S.エリオットは近代詩のライバルです。貧乏から成りあがったシンデレラ、シェイクスピアの登場人物はオフィーリアとロミオ、そしてロビン・フッド、ノートルダムのせむし男、オペラ座の怪人、カサノヴァもフィクションからの人物。聖書からはカインとアベル、箱舟のノアと善きサマリア人が登場。Dr.フィルスだけは創作(ナチス関連かも?)のようです。

そんなカオスの世界ですが、聴きだすと中山康樹氏が自著で書いているように「止めどもなくあふれてくるイマジネーションの世界を楽しめば良い」わけで、確かに延々と聴いていられる不思議な魅力がある。最後の文節だけは現実に戻ったみたいで、「廃墟の街」以外からの手紙はお断りとしているのは、逆説的な表現で「廃墟の街」こそが現実ということでしょう。

江戸川乱歩が色紙に好んで書いた言葉として「うつし世はゆめ 夜の夢こそまこと」というのがあります。もともとは乱歩のペンネームになった、アメリカの小説家エドガー・アラン・ポーの詩の中の一節に感化されて書き始めたそうです。この曲の歌詞はまさにこの言葉通りで、もしかしたらディランはポーのファンだったのかもしれません。

オリジナルはチャーリー・マッコイのギターが絶妙に絡みますが、1966年のツアー・ライブでは一人の弾き語り、1994年の「MTV Unplugged」ではバンド・バージョン(短縮版)を聞くことができます。