2010年5月14日金曜日

バナナ・ニッキ

京都の土産物というと、いろいろありすぎて選ぶのは大変・・・
でも、やはり定番というものがあるわけで、昔から320年の伝統を持つ本家西尾の八つ橋というのは超有名です(ちなみにHPは8284で覚えやすい)。

三角形の形をした生八つ橋のほうが、自分としてはスタンダードのように思っていたのですが、実際のところ八つ橋というのは丸みのあるやたらと硬いお菓子。

さて、その中でうちの次男が絶賛しているのがこれ。バナナ・ニッキ。
噛めば噛むほど、バナナの味が口の中に広がって、それはもうファンタスティック!! ということらしい。

さっそく、試してみました。う~ん、なるほど。次男の言う意味がなんとなくわかります。確かにバナナだ。八つ橋の特徴のニッキの味はしません。しかし、まさか高校生に八つ橋がうけるとは・・・

そうだ、京都に行こう・・・

2010年5月13日木曜日

リウマチ薬メソトレキセートの副作用

関節リウマチの治療薬は21世紀になってから劇的に変遷しているということは、これまでにも幾度となく書いてきました。一番大きな変化は、メソトレキセートと呼ばれている抗がん剤が使用されるようになったことと生物学的製剤の登場でしょう。

メソトレキセートは1999年に発売されたとき、製薬会社の方が医者のところに薬の説明に来て、確かに説明を聞いたというサインを取っていきました。こんなことは初めてのことでした。医者は基本的には認可され市販された薬は自由に使用することができるのです。それだけ、危険を伴う可能性のある薬ということで、医薬品の世界で危機管理という考え方が登場した最初の薬ではないでしょうか。

現時点では世の中のリウマチ専門医の興味が、生物学的製剤に集中していることは事実ですが、第一選択役としてメソトレキセートの価値は減じることはありません。薬の値段が高いため、誰でも自由に生物学的製剤を使用できるとは限りませんし、しっかりと使用できればメソトレキセートだけでもかなりのリウマチ患者さんの状態を改善できるものと考えられているのです。

しかし、やはり薬の危険性というものも減っていないということも間違いありません。抗がん剤として使用する場合には、患者さんに投与してもしも1週間ほおっておけば、必ず死にいたるのです。使用した後は、患者さんの状態を保つために、医者は1週間必死にフォローを続けないといけないわけで、大変医者にとってもストレスフルなのです。

リウマチの患者さんに使用する場合は、抗がん剤として使用する数千分の一の量ですから、内服した患者さんがすぐに副作用で死にいたるというとはありません。ですが、十分副作用のチェックを行いながら使うことは必須のことであり、患者さんにもそこのところをしっかりと認識しておいていただきたいと思うのです。

さて、最近メソトレキセートの発売後10年間の副作用などをまとめた報告が、製薬メーカーから発表されましたが、これは「先発品」についてのデータです。「後発品」いわゆる「ジェネリック」については、このようなデータはまったく収集されていません(あるいは、公表されていないということかもしれません)。ここが、安いからといって簡単にジェネリックに乗り換えられない最大の理由です。

それはさておき、一番気になるのは副作用が原因と思われる死亡例です。今回のデータでは、361例の死亡例が公表されています。主なところは血液障害が132例、呼吸器障害が112例、感染症が61例となっています。

血液障害とは、血液中の細胞成分(赤血球、白血球、血小板)が減少してしまうような状態です。呼吸器障害では、圧倒的に間質性肺炎という特殊な肺炎がしめています。感染症は免疫力を抑える薬理効果のために、普段はあまり問題にならないような菌によって病気が発生しているのです。

発売後5年間での報告では130人程度の死亡例が報告されていましたから、その後使用する患者数が増加していることを考えると、今回の361名という数は発生頻度としては増えてもいないが減ってもいないというような状況だろうと思われます。

最近のリウマチ薬は、市販された後も一定期間全例登録して、問題の有無を厳密にチェックしていますので、正確な発生頻度がわかります。しかし、残念ながらメソトレキセートについては、正確な使用数がわかっていないため、何人に使用して361名が亡くなったのかはわかっていません。

5年目のデータが発表されたときに、女子医大リウマチセンターでおおよその推計をしたところでは、一人のメソトレキセートを服用しているリウマチ患者さんが副作用のために亡くなる確立は、2万年に1回と試算されています。もちろん。その2万年に1回が明日来ることもあるかもしれませんが、一般的にはいろいろな事故で偶然に死亡する確立と比べればあまり心配するようなものではありません。

ただし、それはあくまでも、しっかりと副作用の危険を認識した上でモニタリングを行っていることが前提条件にあるわけです。実際、死亡症例の多くは適切な服用をしなかった場合とか、定期的な診察と検査を行われずに見過ごしていた場合などに多いようで、このあたりは使用する医者側の責任が大変重い。

副作用が発現するのは、服用を開始してからすぐに多いと思われている方が多いかもしれませんが、実際には服用期間はあまり関係ないのです。投与期間の長短にかかわらず、いつでも起こりうるということには注意が必要です。また使用量についても少ないからといって安全とは必ずしも言えません。

いずれにしても、ある程度高齢の方や、もとに肺障害や腎障害、肝障害がある方はリスクが高いと考えられますから、その使用には慎重を期すべきということがいえます。

大変効果が期待できる良い薬でありますが、主作用が強いということは副作用も強いということを認識しておくことが重要です(逆に、一般には副作用が少ないということは主作用も弱い)。長く使用していて、特に問題がないとしだいに気が緩みがちになりますが、このようなデータを見てあらためて十分な注意をしていかないといけないということ思うわけです。

2010年5月12日水曜日

修学旅行

高校生の3年間での楽しみというと、自分の経験からは修学旅行があげられるのではないでしょうか。修学旅行というのは、本来学校の中では学べないことを経験するためと、社会生活のシュミレーションが目的なんでしょうが、血気盛んな高校生ならとにかく楽しむことが一番となることはやむをえない。

自分の場合は男子校でしたから、はっきり言ってむちゃくちゃでした。高校1年のときは伊勢・志摩だったかな。実際、何をしに行ったかまったく覚えていません。間違いなく言えるのは、伊勢神宮には行っていないということです。となると、何しに行ったんでしょうか。

高校2年のときは京都。基本は行きと帰りの方法と泊まるところだけが決まっていて、日中はひたすら自由行動というのが基本だったので、京都の神社仏閣を巡るなんてことはありませんでした。そんなのは家族旅行でやってんだろ、みたいなのりだったと思います。

自分のグループはひたすら、街中の有名な喫茶店とかを回っていたものです。磔磔(たくたく)というライブもやっている店は覚えていて、確か店の中に巨大な提灯がありました。この店まだあるみたいで、35年前からいまだにがんばっているんだなぁ、と感動します。

それから夜になって、河原町の繁華街のディスコに行ったのですが、地元の集団が一糸乱れずの踊りをしてフロアを牛耳っていたので、ちょっと怖かったのを覚えています。河原町は三条と四条の交差点で、付き添いできていた先生たちが目を光らせていたらしいのですが、ほとんど効果はありませんでした。

さらに高校3年の秋、受験も間近という時期にも修学旅行があって、しかも行ったのが盛岡・仙台という、普通あまり選択されない場所。夜行で行って、朝の5時に盛岡駅で解散。集合は午後6時に市内のホテル。

朝の5時にフリーとなっても、行くところがありません。しかたなく、ほとんどのグループはさらに電車に乗って青森や秋田などに行ったと思います。自分は県境の角館まで行って、武家屋敷なるものの横を通り過ぎてきました(朝早すぎて中には入れない)。この時、初めて生の東北弁を聞いて、まったく理解できなかったという経験がけっこう衝撃でした。

翌日は、朝盛岡のホテルで解散し、夜に仙台のホテルに集合。勝手に来いということでしたので、青葉城跡でずいぶんと暇をつぶした覚えがあります。

なんだか、よくわからないことばかりをしていた旅行でしたし、多分に一般の旅行客や地元の方々にご迷惑をかけまくったと思うんですが、まぁそれなりに人間形成には大きく役立った旅行でした(・・・と思いたい)。

2010年5月11日火曜日

うちのワンコ

うちのワンコも、だいぶ年寄りになってきました。そりゃそうでしょう、1999年生まれですから、もう10歳をすぎたわけです。人間だったら、もう十分おばあさんという年齢です。

写真は、3歳ごろ。きれいにトリミングしたあとに、珍しく写真をとっていたもの。まぁ、なんか乗っかっているのが破れのある長座布団というのはご愛嬌。

もとはといえば、主としてこどもたちが犬を飼いたいというので、江田のお店に向かったわけです。もう3ヶ月をすぎて、ちょっと売れ残りだったミニチュア・シュナウザーが一匹。段ボール箱の中から、じっとこっちを見ていたのです。

あ~、こいつはうちに来るのが運命なのだ、と思いましたっけ。最初はスリッパの中に入るくらいの大きさだったんですけど、数ヶ月で体重5キロくらいの標準的な大きさになってました。

最近は足腰がめっきり弱くなってきました。駆け下りることができていた階段も、ちょっとずつしかおりません。滑りやすい床は怖がって歩きません。目も少しずつ白くなっているようです。

まあ、あと何年生きるかわかりませんが、こどもと一緒に成長してきた家族の一員なのです。あまりまじめに世話をしない飼い主ですけどね。

2010年5月10日月曜日

万博

やっと、今夜からキムタクの月9が始まりました・・・が、はっきり言って興味は無いので見ていません。見ていれば、ブログのネタにできるのに・・・

そんなことより万博です。万博といえば上海には行けるわけがないので、当然思い出されるのはEXPO '70です。日本万国博覧会ですよ。

1970年、高度経済成長の真っ只中にあった日本という国が、その成果を内外に誇らしげに示す絶好の機会だったんですよね。

とは言っても、当時小学校6年生だった自分には、まったくあずかり知らぬところです。春休みの開会して、まだ間もないころに父親に連れられて見に行ったのでした。

岡本太郎の太陽の塔は絶対的なインパクトがありました。とにかくものすごく未来を感じさせてくれたことは間違いありません。

人気があったパビリオンは日本館、三菱未来館、そして月の石とドーム構造が目立つアメリカ館、三角形の(スキー用品のアルペンみたいな)ソビエト連邦館とかでした。うちの父親は、けっこう短気で待つことが嫌い。

そんな何時間も待ってまで月の石なんてみてもしょうがないというわけで、とにかくひたすら待たずに入れるパビリオン巡りと相成ったのでした。

象牙海岸館、スイス館、アラブ連合館、モルモン館、ケベック州館とかが記憶に残っています。う~ん、だけど内容についてはほとんど覚えていない。スイス館で時計工業の解説のレコードをもらったことくらいでしょうか。

でもって、結局夏休みにももう一度連れて行ってもらったのでした。今度こそ人気のパビリオンを見るぞ、ってんで気合をいれて・・・やっぱり並ぶことはありませんでした。やっぱり入ったのは象牙海岸館・・・

結局記念に購入した銅メダルだけが、なぜかいまだに手元に残っている。記念の100円硬貨も一緒に保管しています。もう40年も前のことなんですよね。あ~あ、年は取りたくないもんだ。

2010年5月9日日曜日

座談会

今日は、Dr.MとDr.Flickerと一緒に、三人で座談会なるものをしました。これは田園都市.comの企画によるものでして、お二方もしっかりと自院を掲載しています(ココとココ)。

実は、昨年「田園都市の頼れるドクター」という医療機関を探すためのMookが出版されるときに、「物好きにブログを毎日せっせと書いている医者」ということで特集記事なんていかがですか、みたいなことを自分が言ったのがきっかけなんです。

去年は、いろいろと諸事情により流れてしまいましたが、今年は田園都市.comの方から集まっていろいろ話をしてもらいたいと企画を持ちかけていただいたのです。

もとはといえば、田園都市.comという医療検索(だけではないのですが)ポータルサイトが始まって、けっこう早い段階で取材をしてもらって、ドクターファイルという医者の紹介をのせてもらっていました。

ここの面白いところは、まず医科・歯科、さらに獣医を平等に扱っていること。当初は、それを嫌がる先生もいるという話も聞いたことがありますが、健康に関する総合的に情報を探すためにはなかなか良い作戦だと思いました。

そして、医者の紹介についても、それぞれのドクターの生い立ちや趣味などの話を載せていることが特徴です。これは患者さんがクリニックを選ぶときに大変に参考になる話です。初めて受診するときは、どんな医者なのか不安だと思いますが、これを呼んでもらうとだいたいの人となりが見えてくるのではないでしょうか。

自分の紹介は、なんかマニアックな少年時代の話ばかりで一部は訂正したいようなところもありますが、まぁ自分で呼んでも面白そうなやつだなぁと思います。

今日の話の内容は、一緒に話したお二人の先生もブログで話題にするでしょうし、だいいち本が出版される前にばらしては売り上げに影響・・・するわけはないかもしれませんが、是非7月に出版されたら是非読んでみてください。

相当脱線した話ばかりになってしまい、編集される方は大変だと思います。だいたいこの三人が集まってしゃべりだすと、本音トークでオフレコものの話題ばかりになってしまい、結局企画が流れてしまうということもあるかもしれません。その場合は誰を恨むことはありませんので、編集部はどうぞ気兼ねなく原稿を起こしてください。

2010年5月8日土曜日

A.Paley / Weber Piano Works

クラシック・・・特にピアノ曲探訪のたびは、さらに奥深いところへ突き進んでいるわけで、前回のロッシーニに続き、今回はウェーバー。

ウェーバーといえば、歌劇「魔弾の射手」で大変有名で、ベートーヴェンと同じ時代の作曲家。モーツァルトが始めたドイツ・オペラを完成させた人物であります。

ただし、ロッシーニやワグナーと違って、比較的オペラ以外にも有名曲を残しているといえます。例えば、クラリネット五重奏曲といえば、たいていモーツァルトかウェーバーではないでしょうか。他にも交響曲や協奏曲も残しており、オペラ専門をめざしていたわけではないようです。

ピアノ曲でも「舞踏への勧誘」や4曲あるピアノ・ソナタは比較的有名で、本人もピアノ奏者としても人気があったことは間違いないようです。

そんなわけで、ウェーバーのピアノ曲を聴いてみようということになるわけですが、ソナタだけのアルバムは比較的あるのですが、そのほかの曲を網羅してものは意外と少ない。今回紹介するのは激安レーベルとしては古株に位置するNAXOSからでているA・パレイによるCD5枚にわたる全集。

NAXOSはBOXセットにまとめてくれないので、一枚一枚集めないといけない。また、ちょっと古いものはすぐに廃盤になってしまうので、なかなかいつものHMVだけでは収集できないのです。これはロッシーニの場合も同じだったのですが、結局Amazonの方にもお世話になってなんとかかき集めることができました。

古典からロマン派への移行期ということもあって、曲としては聞きやすい形式的なものが多い。情景を移し変えたようなイメージの曲も特徴のひとつかもしれません。激安NAXOSの企画としては、なかなか悪くないし、また録音も一定水準を十分にクリアしています。他にこれだけまとめて聞くことができるセットはないので、大変貴重なものかもしれません。

2010年5月7日金曜日

平成22年度広告戦略

・・・って大げさなタイトルを書くほどのことではないのでして、クリニックというのは元々広告については厳しく制限されています。

自由診療をやっているところは、当然自由競争の枠内で、広告戦略は大変に重要になってくるわけですが、保険医療がほとんどの当院としては、それほど自由が利くことは無いわけです。

開業たのが2005年12月ですから、あと半年くらいで丸5年がたつわけです。最初の3年間は、とにかくクリニックの認知度を高めることが広告の大変重要なポイントになります。

この間は、ミニコミ誌、インターネット媒体、自治会紙、回覧板表紙、街頭の地図などお金をあまりかけずにできるところに広告をだしました。でも、おそらく一番大きい効果を出したのはホームページとこのブログではなかったかと思います。

さすがに、初診の患者さんに書いていただいている問診表のミニアンケートを見ていると、クリニックの存在自体はたいたい地域に知られるようになったと思えるようになりました。

ちょうどそんなころに田園都市.comという地域ポータルサイトが医者特集の雑誌を出すというので、クリニック認知度向上の総集編としてうちものせてもらうことにしました。そして昨年はふたたび「田園都市の頼れるドクター」の続編が出ることになり、作戦を変えて再登場となりました。

今度は、自分のアピールポイントに絞った記事を載せてもらったのです。そして、それまでやっていた細かい広告はほとんどすべてとりやめにしました。4年目になり、クリニックの特徴を知ってもらうステップに入ったということです。

ですからも平成22年度の広告戦略と言っても、そんなに多くのことはありません。今年も「田園都市の頼れるドクター」に記事を掲載してもらうことにしていて、今日はお昼にその取材をしてもらいました。今年も自分の専門性をアピールする内容でお願いをしました。

これは自分の主観的判断ですが、どんどん捨てられるような媒体にはお金を使わず、「田園都市の頼れるドクター」のようなしばらく家にとっておいて、何かの時には開きたくなる紙面にお金をかけたいと思うわけです。

そして、開業以来ずっと続けているのがセンター南駅の看板広告。当院にとってはフラッグシップ広告・・・というより、唯一の不特定多数に対する認知広告と言えるかも知れません。でも、これだけは可能な限りやめずに続けていたいと思います、。

あとはインターネットのホームページとブログ。これですべての戦略ということになります。多少ゆとりができた割には、むしろ広告は少なくなったわけですが、それだけ絞り込んだという言い方もできるのかもしれません。

2010年5月6日木曜日

S.Irmer / Rossini Piano Works

以前から度々書いているように、自分はクラシック音楽の中で歌物だけは苦手。と、言うことは当然歌がたいてい出てくる宗教曲とか歌劇はぜんぜんダメということです。これだけで、クラシック音楽の1/3くらいは捨てているようなもの。

歌劇というのは、CDで音だけを聴いていても、舞台とか台詞がイメージできないのでまったく面白くない。好きな人は、せっせと直接舞台を見に行っているんでしょうけど、そんな時間もありません。そもそも、たいていの歌劇はイタリア語かドイツ語ですから、直接観たとしても何を言っているかもわからんちんなのです。

初期のオペラの代表的な作家といえばモーツァルトでしょう。モーツァルトのスタイルは、台詞の間に曲や歌が入っているというもの。それをワグナーが演奏にも重要な性格を設定して、音楽と劇とを融合させたということらしいのです。

イタリアで最も有名なオペラ作家と言えばロッシーニ。「セビリアの理髪師」とか「ウィリアム・テル」なんてのはタイトルを知らない人はまずいないくらい有名。当時は絶大な人気を誇っていたらしいのですが、その人気絶頂の時に「ウィリアム・テル」を最後にオペラ界から引退してしまいます。

どうも、美食家としても有名なロッシーニですから、パリで高級クラブを開いてグルメ三昧をしたかったらしい。今でも、フランス料理には「なんたらかんたらロッシーニ風」というような料理がいくつも残っています。

それでも、まったく音楽から身を引いたわけではなく、クラブで毎晩みんなで楽しむための小品をこつこと書きためていました。それが「老いのいたずら」と題された作品集で、200曲あまりの曲が含まれており、歌物、室内楽、ピアノ曲などがふんだんに混ざっています。

その中から、ピアノ独奏曲を録音したのがこのアルバムということになります。膨大な曲数があるので、このセットもCDは8枚にわたっています。イルマーというピアニストについては、もちろんよく知りません。他にも数種類のセットが発売されているのですが、値段と内容の豊富さから選んでみました。

これがなかなか良いのです。もともと、自分が楽しむために書いたものでしょうから、肩に力が入っていない。それを物足りないと思う方もいるかもしれませんが、とにかく聴いていて楽しいということは音楽であるからには必須の条件でしょう。

中には、オードブルをテーマにした曲や、中国に関連した曲などがあって、大変ユニークです。録音も申し分なく、歌物が苦手な自分にはロッシーニがオペラから引退したことがラッキーだと思えるのでした。

2010年5月5日水曜日

こどもの日

ねぇねぇ、今日はこどもの日だよ。こどものために休みなんでしょ。どこかへ連れてってよ。
えぇ~、こどもの健やかな成長を祝うための休みなの。へぇ、本当は端午の節句っていうんだぁ。

まぁ、最近はやたらと学校も休みが多いし、わざわざこどものために休みを増やしてくれなくてもいいんだけどさぁ。せっかくだから、ふだん休みが少ないおとうさんやおかあさんと一緒にどこかへ行けるといいよね。

でも、ふたりともだいぶお疲れモードだね。ふだん働いてばかりいるからかなぁ。それも、僕たちを育てるためなんだよね。ちょっとはわかっているつもりさ。

でもさ、大人ってずるくない。こどもには偉そうにいろいろ言うけど、自分たちなんか嘘ばっかりじゃないか。ソウリ大臣だって、嘘ばっかり言っているよ。

けっきょく、勉強不足でしたとか、あれは約束したわけではありませんでしたとか、いいかげんなことばかり言っているよね。どうして、そんな大人がソウリになれたりするの。

こどもにはわかんないことだらけだよ。こども手当とかいうのも、もらえるんでしょ。でも大人はあまり喜んでいないみたいだなぁ。僕の小遣いが増えるわけでもなさそうだしさ。

来年の国のお金の使い方を決めるのに、仕分け人とかいう人たちがよくテレビにも映ってるね。今は無駄だからと決めてどんどんやめちゃうみたいだけど、僕たちが大人になったときのことは考えてるのかなぁ。

ソウリもまっさきにアメリカのきちのことを仕分けしてもらったらよかったのにね。本当にお金がかかっていることは表に出てこないようになっているのかな。よくわかんないや。

あ~あ、つまんないの。それで、どこへ連れてってくれるの。遊園地、それとも動物園。えええ、疲れてるから家でのんびりだって。なぁんだ、じゃぁ今度からおとなの日も作ればいいのに。

2010年5月4日火曜日

一風堂 ~ たまプラーザ

行列のできるラーメン店というのは全国いろいろあるわけですが、たまプラーザ駅がきれいになって駅ビルが完成して、一風堂が入ったというのはラーメン好きには朗報でした。

博多ラーメンの店で、大変有名なので、当然一度は行かないわけにはいきません。博多ラーメンは白い豚骨スープ、細いストレート麺が標準なのですが、元祖博多の長浜では、お店にメニューらしい物がないのに驚いた記憶があります。

と言うのも、メニューといえばラーメンしかないし、トッピングと言っても葱と紅ショウガくらいなもので、そのシンプルさが印象的。そして、もう一つの特徴は替え玉。要するにおかわりの麺ですが、替え玉を注文するといきなり「飛んでくる」という表現がぴったり。

さて、一風堂は・・・味は、まさに博多とんこつです。麺はバリカタで注文しました。当然、替え玉も頼んだわけですが、こちらはハリガネです。

予想通りの味で、当然まずいわけがない・・・のですが、なんか物足りない。う~ん、何でしょうかね。これだったら、マルタイの棒ラーメンでも十分同じくらいの味が楽しめそうです。そのくらいマルタイのインスタントのできが良いということでしょうか。

まぁ、わざわざ一生懸命おなかを空かせて並ぶのもいいんですけど、これで700円出すのは・・・考え物かもしれません。

2010年5月3日月曜日

御柱祭り

ゴールデンウィークですから。高速料金1000円を享受できる最後の機会ですから。

行ってきました、御柱祭り。歴史やら細かいことは公式HPがあるので、そちらをじっくり見ていただくとして、なんで御柱かというと・・・

自分のかみさんの実家は長野県茅野市でして、なんといっても御柱祭りの真っ只中にあるわけです。じいさんは18歳のときから、御柱の先頭で気合をいれるための木遣り歌を歌っている人で、数少ない名人位を誇っている方なのです。

簡単に言うと、6年に1回諏訪大社に山から切り出してきた大木を4本立るということでして、氏子が総出で山から引っ張ってくる。そのときのみんなの力を合わせるための掛け声が木遣りということです。

最初に15秒で上の句を歌い、2秒間の息継ぎをしてから、さらに下の句を14秒で歌いきるんだそうです。それをきかけに、全員が一気に綱を引っ張る。木遣りがないと御柱は動かないわけで、それなりに重要な役どころ。

4月に山から一気にすべり落とす木落としがあって、全国ニュースにもなっていました。そして5月は昨日から里挽きといって、一般の人も参加して街中を曳行していくのです。明日は立て御柱といって、境内で地面に立てる最後の儀式があって終了します。

ものすごく大勢の人がいて、もう芋の子を洗うが如くでした。綱を引っ張っているのか、ただ脇を歩いているだけなのか定かではないくらいです。

じいちゃんから御弊(おんべ)という、木遣り士が持ち歩いている飾り物のミニチュアをもらってきましたので、連休明けからはクリニックに飾っておきますので、興味がある方は是非ご覧ください。

2010年5月2日日曜日

ムスカリ

ラピュタの登場人物じゃありません

家を購入したとき、猫の額ほどの庭がついてきました
当然のように、ガーデニングをしようということに

緑のグラデーションになるようコニファーをいろいろ植えたりしました
地肌の余ったところには、紫のカーペット

と、いうわけでムスカリです
比較的長く花が続くのと、ほっといても来年また出てくるのがいい

でもいつの間にか無くなってしまいました
きれいなんですけどね

2010年5月1日土曜日

あすなろ菜園2010

今年もやってきました、あすなろ菜園。昨年は水菜、トマトとかピーマンとかでしたが、日照が悪くあまり収穫はできませんでした。

今年は、ここまで日照不足が言われていますが、ここから挽回することを祈りましょう。でもって、今年の目玉はゴーヤ。ちゃんと成長するといっぱいできて楽しいなったら、楽しいな。


実は、もうひとつ。枝豆もやってみます。ふつうはほったらかしでもなんとかなると言われていますが、過去に腐らせてしまった経験があるだけに心配。とりあえず、虫がつきにくい環境なので、まぁいいか。


ただ、枝豆は収穫したらばっさりおしまいとなってしまいますので、ちょっと寂しいかもしれません。


その場合は、次から次へとできるゴーヤで楽しみたいと思います。