夏季臨時休診

夏季臨時休診のお知らせ 8月14日(金)~8月19日(水)臨時休診します。

2023年9月14日木曜日

老人と海 (1958)

20世紀のアメリカを代表する作家といえばアーネスト・ヘミングウェイ(1899-1961)。戦前の「日はまた昇る」、「武器よさらば」、「誰がために鐘は鳴る」などの長編代表作は、映画化もされ馴染み深い。しかし、戦後の1952年に発表された中編の「老人と海」は、名実ともにヘミングウェイの最高傑作と呼ばれています。

アメリカの不屈・不撓の精神が、無駄を削りに削ったシンプルなストーリーの中に凝縮していると評価されていますが、さて、これを映像化するとなるとかなりの困難が当然予想されます。まず、登場するのがイントロダクションとエピローグに出てくる少年を除くと、ほぼ老人一人。しかも、舞台は陸地が見えない沖合の小舟です。

演劇舞台としての上演ならともかくも、どう考えても視覚的なメリハリが付きにくく、映画的とはいえない題材です。アカデミー賞を何度も受賞している名匠フレッド・ジンネマンが当初、監督を引き受けたものの途中降板してしまいます。おそらく、自分のキャリアにプラスになる作品になるとは考えられないと思ったのでしょうか。

そこで、監督を引き継いだのがジョン・スタージェス。当時は、注目され始めたばかりのころで、「荒野の七人」や「大脱走」で名監督の仲間入りするのは後年のこと。映画史上初めてブルースクリーン合成技術を導入し、いろいろと工夫して何とか映画としての形は整えました。

キューバのハバナの老漁師サンチャゴ(スペンサー・トレイシー)は、不漁が84日間も続き、老人を慕う手伝いの少年マノーリンは、親の言いつけで別の舟に乗るようになっていました。早朝、少年に見送られて老人は一人で小舟を漕ぎ出しますが、昼になってついに大物の当たりが来ます。夜になっても、大物は疲れを知らず、船はどんどん沖に引かれて行くのです。

二日目になっても、大物は弱る気配を見せません。老人はロープで手が傷つきますが、両者の戦いは続きます。三日目になって、ついに弱ってきた大物が水面からジャンプし、船よりも大きなカジキであることがわかりました。老人は最後の力を振り絞り、カジキを引き寄せ銛を打ち込みます。

老人はついに勝利し、獲物を船に括り帰路につきますが、それは獲物を狙うサメとの戦いの始まりでもありました。真夜中にやっと港に着いた時には、獲物のほとんどが食いちぎられていたのです。翌朝、少年は死んだように眠る老人の手を見て、どれほどの戦いをしてきたのか思い涙を流すのです。

この映画は、やはりこどもの時にテレビで見て、何か海って凄いなと思わせてくれた印象的な作品。全編で90分弱ですから、2時間枠の名画劇場にはノーカットでちょうど良い作品。ただ、改めて見て思ったのは、やはり映画としてはかなり残念な出来と言わざるを得ない。

名優スペンサー・トレイシーですから、老人の演技は評価できるとしても、やはりいくらカット割りしてもどれも代り映えしない場面が続きます。一番面白くないのは、ほぼ全体が老人によるナレーションが入っていること。ナレーションと台詞として言われた言葉の違いがわかりにくいし、そもそもこれでは映像付き朗読劇になってしまいます。

さらに困ったのは、こちらも名匠ディミトリ・ティオムキンの音楽。威勢の良い西部劇じゃないんだから、そんなに威勢よく盛り上げたり、情感たっぷりに歌い上げられても、違和感しかない。もっとも、映画としてはそのあたりで特徴をだすしかなかったのかもしれません。

2023年9月13日水曜日

ツレがうつになりまして。 (2011)

自分と夫が実際に体験した話をもとに、細川貂々(てんてん)が2006年に発表したマンガが原作。うつ病という、特に現代人に多く見られる精神疾患の理解を深めることができると大変評判になりました。監督は「半落ち」の佐々部清。主演した堺雅人と宮崎あおいはも映画の3年前に大河ドラマ「篤姫」以来の夫婦役となりました。

IT会社でバリバリ働いていた髙崎幹夫(堺雅人)は、あまり売れていない漫画家の晴子(宮崎あおい)と仲の良い夫婦。晴子は夫を「ツレ」と呼び、幹夫は妻を「ハルさん」と呼び、ペットとしてイグアナの「イグ」と暮らしています。

何事にも几帳面なツレが、ある日急に物事に対するやる気が無くなってしまいます。心配したハルさんは病院に行くよう勧め、そこでツレは「うつ病」と診断されるのでした。ハルさんはあらためて日記を見返してみると、最近原因不明の痛みを訴えりしていたことに気がつきます。会社での仕事のストレスが大きな原因になっていることは間違いなく、ハルさんはツレに「会社を辞めないと離婚する」と宣言するのでした。

しかし、会社を辞めても一向に病状は改善せず、ますますツレは内にこもるようになります。ハルさんは家計が厳しくなってきたため、雑誌社で思わず「ツレがうつになりまして、仕事をください」と言ってしまいます。

やっともらった仕事に集中していると、ツレが原稿を見て「髙崎の髙は高じゃなくて梯子髙だよ」としつこく言ってくるので、ハルさんはついついツンケンした物言いをしてしまう。ツレの気配が無いことに気づいたハルさんは、風呂場にこもりタオルを首に巻き付けているツレを見つけるのです。

その後も、一進一退の病状でしたが、「頑張らない」をモットーに療養を続けました。そして、やっと外出できるようになり、久しぶりに同じ日に同じ場所で結婚式を挙げた人々との集まりに参加し有りのままを話すことができました。ハルさんはそれぞれの日記を参考にして、うつ病の夫を主人公にした漫画を描きだしたのでした。

精神科の専門医も、この映画(あるいは原作)は病気の本質をとらえていると考えているようです。自分も医者ですから、「うつ病」の教科書的な理解はしているつもりですが、専門が異なるので実際に患者さんの診療をするわけではありません。文字としては理解していても、実際のうつ病の患者さんが、何を考えて、どうしているのかはわかりませんでしたので、この映画は大変興味深く見ることができました。

一人一人のケースで対応は異なるとは思いますが、うつ病を実際に患っている患者さん、あるいはその家族の方にとっても、病気を理解することに大変役に立ったようです。薬物療法だけで何とかなるわけではなく、特に周囲の人々の患者さんへのアプローチの仕方が本当に重要な病気であるということがよくわかりました。

映画は、当然病気のことを描いていますが、もう一つ大事なことは夫婦の関係性ということ。ツレとハルさんが、お互いを信頼しているだけでなく、尊敬していることが映画ではよく伝わってきます。単純化すれば、そういう夫婦の日常をほのぼのと描いているわけで、どこの家庭にもありそうな普通の幸せを楽しむこともできると思います。

2023年9月12日火曜日

丸源ラーメン @ 宮前平 その2


昨日のエントリーと一緒にするか悩んだんですが、やはり特徴的で面白かったので、今日も丸源ラーメンの話。

ラーメン屋さん、あるいは町中華の定番といえは、ラーメン、餃子、そしてチャーハンです。

そのチャーハンが、なかなか「映える」ので、一度は注文して損はない。店としては、間違いなく明らかにそこを狙っています。

大きめの熱々の鉄皿の真ん中にちょこんとご飯がもってある。テーブルに置いたら、店員さんがその周りに溶いた生卵を流し入れるというやり方です。

ジューっとなって卵が固まるわけですが、「固まる前にご飯と混ぜてお召し上がりください」とのこと。のんびり写真なんぞを撮っていると、卵は全部に火が通ってしまいますので注意が必要。

どうです? 何か楽しそうでしょう?

味は、まあ、可もなく不可もなくです。ただ、最初に米を卵でコーティングするという炒飯の基本からは外れますので、いわゆるパラパラ炒飯を食べたい方には不向きかもしれません。

2023年9月11日月曜日

丸源ラーメン @ 宮前平


たまに前を通るといつも行列ができていて、とても気になっていたラーメン店。

丸源は、全国的にチェーン展開している店で、看板メニューは肉そばです。入って最初に感じたのは、にぎやかでメチャメチャ活気がある店なのに驚いたというところ。

はじめていく店では看板をまず頼むのが王道なので、メニューを検討することなく肉そばを注文しました。

コロナ禍を経て、外食産業では席からタブレット端末で注文するという形式が普及しました。この店もタブレットなんですが、いつも思うのは、広告ではないので、もっと見やすく簡単なプログラムで注文できるようにできないものかと・・・

それはおいておいて、問題は味です。スープのベースは主として鶏ガラで個人的には大好きなもの。そこに豚ばら肉から出た油の甘みが加わる感じ。他にも和風だしも加わっているみたいで、複雑な味です。麺は細目のちぢれ麺で、しっかりと熱々のスープがよく絡みます。

個人的には合格。また機会があれば食べたいラーメンです。

2023年9月10日日曜日

投稿を忘れる日もたまにある

あとから気がついたのですが、9月10日の記事が無いんです。

リアルタイムで書いているのが2/3くらいで、残りはまとめて書くので、すっ飛ばしてしまったらしい。

それならそれで誰も困らないし、そもそもこのブログの読者はとても少ないので、そういう時もあるくらいのことで済むのですが、何か気持ち悪い。

でもって、後から日付を埋めるためだけに、今、書いているわけです。そんなわけで、内容は全く無い。

どうもすみません。

2023年9月9日土曜日

オレンジ・ワイン


この数年話題になり、じわじわと人気が出てきているのが「オレンジワイン」です。もちろん、オレンジから作るわけではなく、ブドウが原料で、赤・白・ロゼに次ぐ第4のワインと呼ばれています。

ごく大雑把に言うと、黒ブドウで造るのが赤、白ブドウで造るのが白、そして黒ブドウを白の製法で作るのがロゼ。オレンジ・ワインはロゼの逆で、白ブドウを赤の製法で作ったものです。

もう少し追加すると、赤ワインは皮と種を含めて発酵させ、白とロゼは皮と種を取り除いています。つまりオレンジワインは、白ブドウの皮と種を含めて発酵させるわけですね。

ワイン発祥の地として知られるジョージアでは、もともとこのオレンジワインが作られていて、アンバーワインと呼ばれていました。当然、普通の白ワインよりも皮と種から抽出されるポリフェノール(タンニン)が多く含まれた、白よりも黄色味の強いオレンジ色に仕上がります。

貰い物ですが、初めてオレンジワインを飲むことができました。Maria Bortolotti "ELIGIO BLANCO"というもので、イタリアのロマーニャで造られているもので、ブドウは白の代表的な品種であるソーヴィニヨン・ブランです。

飲んでみると、確かに白じゃない。白のようなフルーティな香りはあるんですが、むしろタンニンを強く感じるので赤に近い舌ざわりです。

どちらかというと赤より白を好むので、これだったら普通の白を選んでしまうかなと思いました。

2023年9月8日金曜日

白なす


真っ白な茄子です。

正直、初めて見ました。長茄子タイプもあるようですが、これは丸茄子タイプ。

普通の紫の茄子より、外側は硬くても果肉が柔らかくアクは少ない・・・だそうです。

とろける美味しさということですが、料理の仕方がイマイチなのか、普通の茄子と変わらず・・・普通に美味しかったです。

2023年9月7日木曜日

たそがれ清兵衛 (2002)

山田洋次監督の藤沢周作原作の時代劇三部作の最初の一本にして、最も評価が高い作品。もしかしたら、「寅さん」シリーズを除けば、山田監督にすれば「幸せの黄色いハンカチ(1977)」と二分する人気を誇るのではないでしょうか。アカデミー外国映画賞にノミネートされ、日本アカデミー賞でも最優秀作品賞をはじめとする主要な賞を独占する14冠を達成しています。

藤沢周平の小説は江戸時代の平侍や庶民が主人公であることが多く、その舞台としてしばしば海坂藩(うなさかはん)が登場します。東北のどこかという設定ですが、藤沢の出身地である山形(庄内藩)をイメージしているものと思われます。山田三部作、「たそがれ清兵衛」、「隠し剣 鬼の爪」、「武士の一分」はいずれも、場所は海坂藩であり、時代は幕末に設定され、武士としての侍の魂が形骸化しサラリーマン化した下級武士たちの日常の中での悲喜こもごもが描かれます。

藩の貯蔵食糧管理を行う井口清兵衛(真田広之)は、妻を亡くし、認知症となった母親と二人の娘を育てる質素な生活のため、仕事が終わると真っすぐに帰宅し、内職に追われる毎日です。仕事終わりの付き合いをしない清兵衛は、同僚たちから「たそがれ」と呼ばれていました。

ある日、親友の飯沼倫之丞(吹越満)から清兵衛の幼馴染でもある妹の朋江(宮沢りえ)が、乱暴者の夫である甲田豊太郎(大杉漣)と離縁して戻ってきているという話を聞きます。家に帰ると、その朋江がいて、こどもたちとも楽しく過ごしていました。 暗くなって朋江を送っていくと、飯沼の家に酔った甲田が押しかけ倫之丞に刀を抜けと迫っているところでした。

清兵衛はしかたがなく、間に入って自分が代わりに明日相手になると申し出ます。翌日、河原で対峙した甲田を、清兵衛は木刀で気絶させたことで、意外に清兵衛が剣の使い手であるという噂は場内に広まってしまいました。

朋江はそれから幾度となく清兵衛の家を訪れ、食事の支度、着物の直し、老母の世話、こどもたちの遊び相手などをして過ごすようになります。倫之丞は、清兵衛にいっそのこと朋江を嫁にしないかともちかけますが、清兵衛は飯沼家と貧しい井口家では格が違い過ぎると断るのでした。その日以来、朋江は清兵衛の家に来なくなりました。

その頃、藩主が急死したため世継ぎ争いが起こり、旧体制派は大方切腹させられ粛清されました。しかし、一刀流の名手、余吾善右衛門(田中泯)だけは切腹を拒否して家に立てこもってしまいます。清兵衛は家老に呼び出され、藩命として余吾を斬れと申し付けられてしまいます。清兵衛は朋江を呼び出し支度を手伝ってもらいますが、朋江は新たな縁談が進んでいるので、帰りをお待ちできませんが無事を祈っておりますと言うのでした。

全体の話の進行役は、清兵衛の末娘が思い出として語るという形式になっていて、ナレーションを担当したのは岸恵子。ラストシーンで、実際に墓参りをするところで登場します。数編の短編をつなげた割には流れがスムースなのは、舞台設定が共通であることの他に絶妙なナレーションのお陰もあるかもしれません。

本来アクション俳優である真田広之が主役に起用された最大の理由は、最後の田中泯との室内での殺陣にありそうです。比較的長い時間が費やされる(おそらく)リアルな斬りあいの場面は、さすが真田というところ。まともに戦っては剣術が鈍ってしまった自分が勝てる相手ではないと思っている清兵衛ですが、自分は死にたくないし、相手を殺したくもない。できれば、相手に逃亡してもらいたいと思っていますが、相手の真剣さに侍の魂を呼び起こされるという複雑な戦いが見事です。

田中泯は、もともと独自の舞踏を行うパフォーマーとして知られ、振付師として単発的な映画・テレビなどへの参加がありましたが、自ら演じる映画出演は本作が初めて。ところが、多くは無い登場シーンですが、その存在感はすさまじい。この後、多くの映像作品で引っ張りだこになりました。

三部作は、いずれも下級武士とひたむきに慕う女性との人情劇です。本作の真田広之・宮沢りえ、「隠し剣 鬼の爪」の永瀬正敏・松たか子、「武士の一分」の木村拓哉・檀れい、いずれも話題性があり演技力の確かな俳優をしっかりキャスティングしており、それを山田監督の馴染みのベテラン俳優陣が側面からしっかり支えることで、ドラマとしての構成を堅実な物にしているようです。

また、幕末の庶民の暮らしという時代考証が難しいところを、かなり入念に考え抜いたようで、見る者がたぶんそんなんだろうなと納得できる絵作りもさすがです。「寅さん」と「釣りバカ」だけではない、やはり映画人としての山田監督の真骨頂が結実した作品群と言えそうです。

2023年9月6日水曜日

隠し剣 鬼の爪 (2004)

山田洋次監督作品。藤沢周平原作の時代劇三部作の一つ。表題作だけでなく、数編の短編のエピソードを利用して人情時代劇に仕立て上げました。舞台となるのは東北の小さな海坂藩、藤沢周平の小説にはしばしば登場する架空の藩です。

藩の下級武士の片桐宗蔵(永瀬正敏)は、母親の片桐吟(倍賞千恵子)、妹の志乃(田畑智子)、そして女中のきえ(松たか子)と貧しくても楽しく暮らしていました。

志乃は親友の島田左門(吉岡秀隆)に嫁ぎ、吟も亡くなり、きえも商家に嫁いだため家は火が消えたように静まり返ってしまいました。それから3年たち、宗蔵はたまたま町でやつれたきえを見つける。幸せに暮らしていると口では言いつつも涙を流すきえでしたが、その数か月後、きえが長く病で臥せっていると聞いた宗蔵は、商家に乗り込むのです。

宗蔵は、粗末な扱いをされ意識も朦朧としているきえを、抱きかかえ連れ出してしまいます。きえは体調を取り戻し、宗蔵は再び女中としてきえと一緒に暮らすようになりますが、世間での評判を落とすことになります。宗蔵は本心と違い、きえに実家に戻って自分の新しい人生を送るように言うのです。

その頃、道場で宗蔵の好敵手だった狭間弥市郎(小澤征悦)が、謀反が発覚し江戸で捕らえられます。他の仲間と違い、弥市郎だけは切腹を許されず国元に連れ戻されます。しかし弥市郎は牢を破り逃亡するのです。家老(緒形拳)は、宗蔵に成敗を命じます。斬らぬなら宗蔵も仲間とすると言われ、宗蔵は承諾せざるをえなませんでした。

宗蔵は剣の師匠、戸田寛斎(田中泯)のもとを訪れ、弥市郎と勝負することになったことを報告し、新たな技を伝授されます。もともと一番の剣の使い手だった弥市郎は、宗蔵が秘技「鬼の爪」を戸田より教わったことで自分より力をつけたと思っていました。そして、いよいよ宗蔵は弥市郎を討つために出発するのです。

基本的に、きえを巡っての人情話と、鬼の爪と呼ばれる秘技に関する旧友との決闘という別々の話が主軸になりますが、さすがに山田監督はそのストーリーの自然なつながりの構成は素晴らしく、まったく違和感がありません。もっとも、別々の話として無理を感じる人もいることは否定しません。

山田監督ですから、殺し合いの殺陣が見どころというよりは、宗蔵ときえのプラトニックな純愛ストーリーがメインだと思いますが、何しろ大ファンの松たか子なので、なんでも許せちゃうというところ。ただ、江戸時代とは言え、女性の受け身姿勢はやや気になるところ。そんなに嫁ぎ先で虐げられていたら、とっとと縁切寺に駆け込めと言いたくなってしまいます。

鬼の爪の正体は最後にやっとわかりますが、たしかに剣術の腕とはあまり関係ない。そういう意味では、タイトルに持ってきたのは、純愛時代劇ではあまりに話が柔らかすぎて受け入れにくいと思ったからなんでしょうか。山田監督作品は、最後は見ているものを裏切りませんので、安心して楽しめます。

2023年9月5日火曜日

武士の一分 (2006)

キムタクこと、木村拓哉の最初の時代劇映画。そして山田洋次監督の藤沢周平原作による時代劇三部作の一つ。当時、松竹映画としては歴代最高の興行収入となった大ヒット作です。

幕末の東北にある海坂藩が舞台。藩主の毒味役をしている三村新之丞(木村拓哉)は、妻の加世(壇れい)、父の代から下男をしている徳平(笹野高史)と暮らす毎日。剣術の腕をいかせる道場を持つことが夢。ところが、ある日の毒味で、貝の毒に当たった新之丞は失明してしまいます。

物が見えなければ、武士として使い物にならず、三十石のわずかな禄すら失うことになりかねない。親戚の者たちも、やっかいな問題を背負いこんだと困り果てる。そんな折、町で加世は、新之丞の上司に当たる島田藤弥(坂東三津五郎)から何でも相談に乗ると声をかけられます。

しばらくして、新之丞が失明したのは自分の代わりだからと藩主より、現状の家禄のまま養生してよいと沙汰が決まります。ようやく、少しずつ新之丞と生活も落ち着きを取り戻しつつありましたが、ある時叔母の波多野以寧(桃井かおり)がやって来て、加世の行動が怪しいと告げるのです。

新之丞は、徳平に加世の後をつけさせると、茶屋に入っていくのでした。加世を問い詰めると、島田の家に新之丞のことを頼みに行くと、タダで済むと思うなと無理やり関係を持たされてしまったことを告白します。新之丞は離縁を申し渡し、加世は家を出ていくしかありませんでした。

しかし、その後仲間に調べてもらったところ、島田はまったく口利きはしておらず、新之丞の扱いは藩主自ら言い出したことがわかります。新之丞は、弱味につけ込み加世を慰み者にした島田が許せず、武士の一分として死を覚悟して島田に果し合いを通告するのでした。

ドラマに出れば、いずれも高視聴率で人気の高かった木村の初時代劇とあって、世間の注目度も大変高かった。目が見えない役どころですから、キムタク独特の視線技は使えません。武士であり、しかも田舎訛りのあるセリフですから、言い回しもいつものキムタクとはだいぶ違います。それでも、無難にこなせたのは共演人のサポートがよかったということでしょうか。

檀れいは宝塚を退団したばかりで、一般メディアへは初登場。娘役だったことをいかして、夫を必死で支えようとする武士の妻を好演しました。映画で唯一の悪役である島田を演じる坂東三津五郎も、一見良い人という役柄をうまく演じています。失明した新之丞に剣術の稽古をつける師匠に緒形拳が少しだけ登場します。

ストーリーとしては、比較的最後がわかってしまう当たり前の進行ですが、実際の下級武士が、どのような生活をしていて、どのような悩みを持っていたのかをしっかりと描きだすところは、庶民派山田洋次の面目躍如というところでしょうか。

2023年9月4日月曜日

駆込み女と駆出し男 (2015)

江戸時代。妻が夫と別れたいと思っても、夫から離縁状を貰えない場合は、唯一、縁切寺に願い出るしかありませんでした。江戸幕府公認の縁切寺は、鎌倉の東慶寺、群馬の満徳寺の二つだけがありました。

離縁したい女は、寺に駆け込むか、身につけているものを敷地内に投げ入れれば駆け込みは成立とされ、寺は男女の間に入って調停を行います。東慶寺では、女を門前の宿に泊まらせ、男の元に寺法書を送付します。これを受け取ると、原則として開封せずに離縁状と共に返送しなければならないのですが、同意しない場合は女は寺に入りいろいろな雑用全般をこなし修行すことになりますが、2年間経つと公的に離縁が成立する仕組みになっていました。

この映画は井上ひさしの「東慶寺花だより」を原案として、原田眞人が監督・脚本を担当しました。原作は駆け込む女と追いかけてきた男の人情話を中心とした連作短編集で、映画のストーリーそのものはオリジナルです。

日本橋の唐物問屋の堀切屋三郎衛門(堤真一)の妾、お吟(満島ひかり)は、ある晩、鎌倉の東慶寺を目指して駕籠に乗りますが、もう少しのところで駕籠かきに襲われ足をくじいて動けなくなってしまいます。そこへ通りかかったのは、七里ヶ浜で鉄練りを稼業とするじょご(戸田恵梨香)で、女遊びにうつつを抜かす夫の鉄蔵(武田真治)との離縁を願い出るため、同じく東慶寺に駆け込もうというところでした。

そこへ、江戸で幕府の政策に異を唱え居場所が無くなった医者見習いの中村信次郎(大泉洋)が、叔母である東慶寺門前宿の三代目柏屋源兵衛(樹木希林)を頼ってやって来る。ところがお吟とじょごは、追手と勘違いして信次郎を殴り倒してしまいます。

駆け込みに成功したお吟とじょごでしたが、堀切屋と鉄蔵は離縁を承知するはずかなく、二人は山に入る、つまり東慶寺に入ることになります。法秀尼(陽月華)の厳しくも慈愛に満ちた指導により、新旧の様々な駆け込み女たちが日々を充実させていました。

しかし、お吟が喀血します。信次郎は代診として東慶寺に入ることが許され、お吟の病気が労咳(肺結核)であることを知るのです。じょごは薬草を採取したり育てたりして、献身的にお吟を看病しますが、信次郎は寿命がそう長くはないことをじょごに伝えます。また、幕府の目付として怖れられた鳥居耀蔵は、東慶寺を潰そうと画策を始めるのです。

東慶寺に助けを求めて駆け込んでくる女たちは、メインの二人だけではなく、映画の中では何人かのエピソードが織り交ぜられているため、ストーリーのバラバラ感が無くはない。しかし、それは、縁切寺そのものの存在理由を雄弁に語る材料であって、東慶寺を舞台とする意味が明確になるためのもの。

最初はやや高慢に見えるお吟ですが、東慶寺に駆け込む本心が見えるに従い、じょごとの関係も次第に心のこもった物に代わっていきます。やはり、演じる満島ひかりは只者ではない。舞台俳優のような言い回しから、些細な会話まで、すべてにおいて圧倒的な存在感があります。

戸田恵梨香はストーリーを進ませる推進役で、しっかり者で関わった人から信頼される役どころを好演しています。大泉洋は硬派な内容の中で、コメディ担当の役回りですが、控えめな演技で場を壊さずにいいアクセントになっています。

脇役としては、山崎努、中村嘉葎雄ら重鎮をはじめ、キムラ緑子、橋本じゅん、北村有起哉、でんでん、蛍雪次郎、内山理名などなど、手堅い布陣でそつなくまとめあげました。音楽も使い過ぎずに、演技に集中できる感じが好ましいと思いました。

多少の時代考証のあらはありそうですが、今時の人情時代劇としては十分に優れた作品になっていると思います。

2023年9月3日日曜日

リストランテ・アダージォ @ 中軽井沢

あれれ、気が付いたら9月。

暑さが続き9月になったとは思えませんが、学校も始まってますし、みなさな夏の思い出はいろいろ作れたでしょうか。

まぁ、昔から避暑地で、高級別荘地として有名なのが軽井沢。学生の頃は自分も、夏合宿と称して毎年のように行っていましたが、いつも屋外にいたせいか涼しい場所という印象があまりない。

厳密には、旧軽と呼んでいる軽井沢銀座あたりが、観光客にとっては軽井沢そのものなんですが、周りの地域もどんどん「なんちゃら軽井沢」と呼ばれるようになって、どこまで行っても軽井沢。

その中でも、浅間山の入口になる中軽井沢は、まぁ確かに軽井沢です。さて、そこで急に「イタリアンを食べたいなぁ・・・」と思ったら・・・・


ここです。リストランテ・アダージォです。Adagioは、クラシック音楽好きにはお馴染みの言葉で、イタリア語で「ゆるやかに」という意味。

オーナー・シェフによる本格的な正統派イタリア料理が楽しめます。スタンダードなコースは1万円しません。数人で行けば、赤と白のワインをボトルで頼んで楽しめます(もちろんグラスもあり)。

アンティパストに続いて、プリモ・ピアットはパスタ数種類から選べました。でも、ここは贅沢にアラカルトでチーズ・リゾットも頼んでしまいました。


この日のシーフードのセコンド・ピアット(メイン・ディシュ)は、鮑のステーキ。もう言葉はいりません。旨い、美味しい、美味。一方、肉を選ぶこともできますが、定番のビーフでこちらも間違いない。


最後のドルチェは、ここも定番のティラミスにしました。実にくどくなく甘みも強すぎず、素直な優等生でした。

近くに行ったときは、是非お立ち寄りください。

2023年9月2日土曜日

セブンのおにぎり 9


今回は、あまり変わり種ではないかもしれません。

まずは右の「高菜ご飯と明太子」なんですが、これは前にもあったので食べたことがある方はけっこういるかもしれません。

ちょっとピリ辛のみじん切りの高菜漬けを、比較的ケチケチせずにごはんに混ぜてあり、真ん中にはほぐした明太子が入っています。

高菜漬けの食感がしっかり感じられ、場合によっては明太子無しでも十分いける感じ。もちろん明太子は歓迎ですが、辛さはそれほどではありません。

左の「チャーシューわさび」は、記憶にはありません。新作じゃないかと思うんですが、どうなんでしょうか。

そのまんまですが、わさび醤油の混ぜご飯の中に、欠片状の焼豚が入っているというのは、まさに品名そのまんま。

まぁ、悪くはありませんが、それ以上でもそれ以下でもないというところ。選択肢が無ければ、これでもOKなんですが、積極的に食べたいと思うほどではないように思いました。


2023年9月1日金曜日

予告犯 (2015)

筒井哲也によるマンガが原作。インターネットが普及して、これをうまく犯罪行為に利用しようという、当時としてはナイス・アイデアの作品。マンガ、映画が好評だったのか、WOWWOWでドラマ化(主演は東山紀之)もされています。監督は前年に「白ゆき姫殺人事件」で、SNSの危険性を映画にした中村義洋。脚本はそこでもタッグを組んだ林民夫。

目と口の部分だけ穴を開けた新聞紙を被って、シンブンシと名乗る人物がネットに動画を上げました。世の中の人を人と思わない行為を平然と行う人物を特定し、罰を与えることを予告するのです。

そして、予告通り、食中毒を起こしても誠意ある対応をしなかった会社が放火されたり、飲食店の調理場でゴキブリを調理する様子をネットに配信した人物が、拉致され無理矢理ゴキブリを口に突っ込まれたり、性犯罪の被害者を自業自得とネットで中傷した者が痛めつけられたりしてその様子が配信されたのです。動画に映るシンブンシは、どれもが体格が違い、複数人の一味と考えられました。

これらの事件を受けて、警視庁サイバー犯罪対策課の若きエース吉野絵里香(戸田恵梨香)、部下の市川(坂口健太郎)らは捜査に乗り出し、発信源はインターネットカフェのピットボーイであることを突き止めますが、多くの支店のあちこちからと見せかけて、巧妙にカモフラージュされているのです。

奥田浩明(生田斗真)は、IT会社で働く派遣社員。正社員を夢見て必死に頑張りますが、あまりにひどい扱われ方に絶望し、日雇いの廃品回収業に就くのです。そこで、元ミュージシャンの夢破れた葛西智彦(鈴木亮平)、小太りの寺原慎一(荒川良々)、無口で人見知りの木村浩一(濱田岳)、そしてフィリピンから離れ離れの父親に逢いたい一心で来日したネルソン・カトー・リカルテと知り合いになり、打ち解けていくのです。

しかし、あまりに過酷な労働環境のために、来日費用を捻出するため片方の腎臓を売っていたため体調を崩したリカルテが死んでしまいます。非情な現場監督に対する怒りを爆発させて、4人は監督を殺してしまうのでした。そしてある目的のためにシンブンシとして活動を始めたのです。

時にはLIVEで犯罪行為をネット配信をするというのは、実にネット社会らしい発想。しかも、それに対して「いいね」の評価がしだいに増えて無関係な人々が溜飲を下げるというのも、辛辣に現代の闇を描いているところです。

ただし、あくまでもネット社会は話の組み立てのパズルの一つであって、この映画の本質は別のところにありそうです。不幸な環境にあっても、頑張り続け成功者となった人物として警察側の吉野が存在し、頑張っても報われることがなかった者としてシンブンシ一味が対比されます。結果が違うことで、両者は理解し合うことは難しくなってしまいます。

そして報われなかった者たちは、「たったそれだけのことでも、すこしでも人のためになるなら」どんなことでもやろうと考えるのだということ。できることが限りなく少ない中で、本当にちっぽけな想いを実現するために最大限の努力を惜しまないのです。しかし、それが犯罪であれば、結末には不幸が待っていることは避けられません。

狙いとしてはなかなかよく出来た映画だと思うのは、原作の良さが大きいかもしれません。ただし、原作を知らないと、若い女性がいきなり警察の特殊部隊のトップとして登場することの説明がほとんど無いので違和感が大きい。また、サイバー犯罪対策課と言っておきながら、彼らが主にしているデジタルな仕事は発信地の特定くらいで、結局はアナログな従来の捜査が多いのは残念な所です。