2023年9月6日水曜日

隠し剣 鬼の爪 (2004)

山田洋次監督作品。藤沢周平原作の時代劇三部作の一つ。表題作だけでなく、数編の短編のエピソードを利用して人情時代劇に仕立て上げました。舞台となるのは東北の小さな海坂藩、藤沢周平の小説にはしばしば登場する架空の藩です。

藩の下級武士の片桐宗蔵(永瀬正敏)は、母親の片桐吟(倍賞千恵子)、妹の志乃(田畑智子)、そして女中のきえ(松たか子)と貧しくても楽しく暮らしていました。

志乃は親友の島田左門(吉岡秀隆)に嫁ぎ、吟も亡くなり、きえも商家に嫁いだため家は火が消えたように静まり返ってしまいました。それから3年たち、宗蔵はたまたま町でやつれたきえを見つける。幸せに暮らしていると口では言いつつも涙を流すきえでしたが、その数か月後、きえが長く病で臥せっていると聞いた宗蔵は、商家に乗り込むのです。

宗蔵は、粗末な扱いをされ意識も朦朧としているきえを、抱きかかえ連れ出してしまいます。きえは体調を取り戻し、宗蔵は再び女中としてきえと一緒に暮らすようになりますが、世間での評判を落とすことになります。宗蔵は本心と違い、きえに実家に戻って自分の新しい人生を送るように言うのです。

その頃、道場で宗蔵の好敵手だった狭間弥市郎(小澤征悦)が、謀反が発覚し江戸で捕らえられます。他の仲間と違い、弥市郎だけは切腹を許されず国元に連れ戻されます。しかし弥市郎は牢を破り逃亡するのです。家老(緒形拳)は、宗蔵に成敗を命じます。斬らぬなら宗蔵も仲間とすると言われ、宗蔵は承諾せざるをえなませんでした。

宗蔵は剣の師匠、戸田寛斎(田中泯)のもとを訪れ、弥市郎と勝負することになったことを報告し、新たな技を伝授されます。もともと一番の剣の使い手だった弥市郎は、宗蔵が秘技「鬼の爪」を戸田より教わったことで自分より力をつけたと思っていました。そして、いよいよ宗蔵は弥市郎を討つために出発するのです。

基本的に、きえを巡っての人情話と、鬼の爪と呼ばれる秘技に関する旧友との決闘という別々の話が主軸になりますが、さすがに山田監督はそのストーリーの自然なつながりの構成は素晴らしく、まったく違和感がありません。もっとも、別々の話として無理を感じる人もいることは否定しません。

山田監督ですから、殺し合いの殺陣が見どころというよりは、宗蔵ときえのプラトニックな純愛ストーリーがメインだと思いますが、何しろ大ファンの松たか子なので、なんでも許せちゃうというところ。ただ、江戸時代とは言え、女性の受け身姿勢はやや気になるところ。そんなに嫁ぎ先で虐げられていたら、とっとと縁切寺に駆け込めと言いたくなってしまいます。

鬼の爪の正体は最後にやっとわかりますが、たしかに剣術の腕とはあまり関係ない。そういう意味では、タイトルに持ってきたのは、純愛時代劇ではあまりに話が柔らかすぎて受け入れにくいと思ったからなんでしょうか。山田監督作品は、最後は見ているものを裏切りませんので、安心して楽しめます。