女性の映画監督は日本でも増えてきましたが、その中でも映像作家として特に注目されるのが河瀨直美。スタッフに対するパワハラなどのスキャンダルもありましたが、独特の映像表現は無二の物であり、1992年の処女作以来、絶えず世間の話題に上る作品を提供しています。
「あん」はドリアン助川による2013年の小説で、ハンセン病患者に対する消えない差別意識をテーマにしています。映画は日本、フランス、ドイツ合作となり、監督・脚本・編集をすべて河瀨直美が担当しています。主要登場人物の内田伽羅は、実際に樹木希林の孫ということも話題になりました。
街角の小さいどら焼屋の雇われ店長の千太郎(永瀬正敏)は、かわを焼くのはうまいのですが、業務用の餡を使っているせいかあまりどら焼の評判は高くない。ある日、吉井徳江(樹木希林)という名の老婆がやってきて、自分を雇ってほしいと言います。
徳江は50年も餡作りをしてきたと言い、確かに徳江の作る餡は素晴らしく、実際、徳江の餡を使うようになって評判はうなぎ上りで、以前から常連客だった中学生のワカナ(内田伽羅)も嬉しそうでした。
仙太郎は過去に事件を起こし、それを負い目として心を開けない毎日を送っていましたが、徳江に教えてもらい自ら手をかけることで餡がまったく別物になることに喜びを感じます。ワカナは自堕落な母親との生活で、飼っているカナリアだけが唯一のともだちみたいなものでした。
しかし、徳江の手の変形が知られるようになると、オーナー(浅田美代子)が徳江はハンセン病患者だから解雇するように千太郎に迫ってきます。仙太郎は断りますが、最終的にオーナーに逆らえず徳江に謝ります。
しばらくして、仙太郎とワカナは徳江の住んでいる天生園を訪れます。そこはハンセン病患者の療養所で、徳江は長年の友人である佳子(市原悦子)らと共同生活をしていました。徳江は短い期間だったが楽しかったと言い、ずっと病気のことで疎外されてきた人生を振り返るのでした。
ハンセン病は結核の仲間である癩菌の感染による病気で、重篤な体表面の変形をしばしば伴うことから、歴史的に重い差別の対象となってきました。日本でもらい予防法によって、国家が率先して差別してきた歴史があり、らい予防法が廃止されたのは1996年で、それほど昔の事ではありません。
河瀬監督の映像の特徴である、手持ちカメラを多用してドキュメンタリー・タッチの映像は、ストーリーは町の日常の一コマであるにもかかわらずこの病気の深刻なリアルを見事に画面に引き出しています。ただし会話のリアルを求めすぎて、台詞が聞き取りにくいところがしばしばあります。
現実の現代社会でも、以前ほどではないかもしれませんが、一定の患者を排除する思惑は存在していることは否定できません。映画では表立ってそのことを批判しているわけではありませんが、徳江のささやかな望みに託して、患者さんたちがどれほど苦しい思いをしてきたか、そしてどれほど忍耐してきたかを積み上げていきます。
最後まで見て、重苦しさは意外とない。これには樹木希林の力が大きいと思います。また、孫の内田伽羅の初々しい素人臭さもドキュメンタリー的な映像を強めることに役立っています。あまり堅苦しく考えずに、一つのドラマとして見ておきたい映画です。