2023年9月15日金曜日

白鯨 (1956)

ハーマン・メルヴィルは19世紀後半のアメリカの作家で、何といっても「白鯨(Moby-Dick)」の作者として知られています。原作は大長編で、宗教観や捕鯨全般のいろいろな雑学的な知識の脱線が多く、大変に難解らしい。ただし、読んだことはなくても「白鯨」、「エイハブ船長」という言葉は誰もが知っているくらい有名。

戦前にこの原作をもとにした映画が2編作られていますが、巨匠ジョン・ヒューストン監督は長年にわたり、再映画化を構想していました。公開時は、比較的原作に忠実な暗い雰囲気と主演したグレゴリー・ペックのミス・キャストによる興行的な成功は得られませんでした。しかし、時とともに評価は高まり、今では海洋スペクタル映画の原点として位置づけられています。

捕鯨船ピークォッド号のエイハブ船長(グレゴリー・ペック)は、モビー・ディックと呼ばれる白い大鯨に食いちぎられた左足に義足をつけ、白鯨に対する復讐心に燃える男でした。流れ者のイシュメール(リチャード・ベイスハート)は、ピークォッド号に乗り込むことにします。

勇猛果敢な乗組員は、エイハブの白鯨に対する敵意が伝染したかのようで、イシュメールもいつしかその一人になっていました。一等航海士のスターバックだけは、個人的な恨みで暴走する船長に疑問を感じていました。エイハブは、様々な目撃情報などから白鯨の進路を予想し追いかけます。

長い航海の末、ピークォッド号はついに白鯨に遭遇し、エイハブは小舟に乗り込み接近するのです。ここだというタイミングで3艘の小船から銛が次々と打ち込まれますが、猛り狂う白鯨はびくともしません。向かってきた白鯨によってエイハブの船が転覆し、海に投げ出されたエイハブは白鯨に刺さった銛につかまり、さらに何度も何度も銛を刺すのです。

しかし、海に潜った白鯨が次に浮上した時、エイハブはロープに絡まったまま息絶えていましたが、白鯨の動きによってエイハブの腕が動き、それはまるで全員を鼓舞しているかのようでした。しかし、もはやなすすべもなく全員が海に飲み込まれ、ピークォッド号も猛り狂う白鯨の体当たりによって沈没してしまいます。一人、イシュメールだけが何とか助かり、漂流の後救助されたのでした。

途中でチラ見せはありますが、白鯨が白鯨らしく見えるのは最後の戦いのシーンまで待たないといけません。この辺りはスピルバーグの「JAWS」にも踏襲される演出だと思いますが、さすが巨匠ヒューストンですから、原作を踏襲しながらアクション映画としての醍醐味をしっかりねじ込んできたというところです。

グレゴリー・ペックは原作のエイハブのイメージから、若くてイイ男過ぎるということで不評だったらしいのですが、原作を知らない者からすれば、さすが名優ですから狂気にかられ神をも恐れないキャラクターを見事に演じているように思います。

白鯨との対決シーンは、巨大プールでミニチュアを使ったもので、今どきのCGのような過度なリアルさはありませんが、それがむしろ実際に生き物に襲われているようで、時代を考えればよく出来た特殊効果と言えます。

ただし、おそらく映画の主役は白鯨ではなく、憎しみと狂気に駆られ部下を危険な航海を強制させるエイハブ船長を描き出すことが目的。冒頭での神父(何と、演じるのはオーソン・ウェルズ)による長めの説教が示す通り、宗教的な善悪、神に従順なのか、裏切るのかという究極的な命題をはらんでいます。とは言え、キリスト教徒ではない自分が踏み込めない領域かもしれません。