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2023年9月7日木曜日

たそがれ清兵衛 (2002)

山田洋次監督の藤沢周作原作の時代劇三部作の最初の一本にして、最も評価が高い作品。もしかしたら、「寅さん」シリーズを除けば、山田監督にすれば「幸せの黄色いハンカチ(1977)」と二分する人気を誇るのではないでしょうか。アカデミー外国映画賞にノミネートされ、日本アカデミー賞でも最優秀作品賞をはじめとする主要な賞を独占する14冠を達成しています。

藤沢周平の小説は江戸時代の平侍や庶民が主人公であることが多く、その舞台としてしばしば海坂藩(うなさかはん)が登場します。東北のどこかという設定ですが、藤沢の出身地である山形(庄内藩)をイメージしているものと思われます。山田三部作、「たそがれ清兵衛」、「隠し剣 鬼の爪」、「武士の一分」はいずれも、場所は海坂藩であり、時代は幕末に設定され、武士としての侍の魂が形骸化しサラリーマン化した下級武士たちの日常の中での悲喜こもごもが描かれます。

藩の貯蔵食糧管理を行う井口清兵衛(真田広之)は、妻を亡くし、認知症となった母親と二人の娘を育てる質素な生活のため、仕事が終わると真っすぐに帰宅し、内職に追われる毎日です。仕事終わりの付き合いをしない清兵衛は、同僚たちから「たそがれ」と呼ばれていました。

ある日、親友の飯沼倫之丞(吹越満)から清兵衛の幼馴染でもある妹の朋江(宮沢りえ)が、乱暴者の夫である甲田豊太郎(大杉漣)と離縁して戻ってきているという話を聞きます。家に帰ると、その朋江がいて、こどもたちとも楽しく過ごしていました。 暗くなって朋江を送っていくと、飯沼の家に酔った甲田が押しかけ倫之丞に刀を抜けと迫っているところでした。

清兵衛はしかたがなく、間に入って自分が代わりに明日相手になると申し出ます。翌日、河原で対峙した甲田を、清兵衛は木刀で気絶させたことで、意外に清兵衛が剣の使い手であるという噂は場内に広まってしまいました。

朋江はそれから幾度となく清兵衛の家を訪れ、食事の支度、着物の直し、老母の世話、こどもたちの遊び相手などをして過ごすようになります。倫之丞は、清兵衛にいっそのこと朋江を嫁にしないかともちかけますが、清兵衛は飯沼家と貧しい井口家では格が違い過ぎると断るのでした。その日以来、朋江は清兵衛の家に来なくなりました。

その頃、藩主が急死したため世継ぎ争いが起こり、旧体制派は大方切腹させられ粛清されました。しかし、一刀流の名手、余吾善右衛門(田中泯)だけは切腹を拒否して家に立てこもってしまいます。清兵衛は家老に呼び出され、藩命として余吾を斬れと申し付けられてしまいます。清兵衛は朋江を呼び出し支度を手伝ってもらいますが、朋江は新たな縁談が進んでいるので、帰りをお待ちできませんが無事を祈っておりますと言うのでした。

全体の話の進行役は、清兵衛の末娘が思い出として語るという形式になっていて、ナレーションを担当したのは岸恵子。ラストシーンで、実際に墓参りをするところで登場します。数編の短編をつなげた割には流れがスムースなのは、舞台設定が共通であることの他に絶妙なナレーションのお陰もあるかもしれません。

本来アクション俳優である真田広之が主役に起用された最大の理由は、最後の田中泯との室内での殺陣にありそうです。比較的長い時間が費やされる(おそらく)リアルな斬りあいの場面は、さすが真田というところ。まともに戦っては剣術が鈍ってしまった自分が勝てる相手ではないと思っている清兵衛ですが、自分は死にたくないし、相手を殺したくもない。できれば、相手に逃亡してもらいたいと思っていますが、相手の真剣さに侍の魂を呼び起こされるという複雑な戦いが見事です。

田中泯は、もともと独自の舞踏を行うパフォーマーとして知られ、振付師として単発的な映画・テレビなどへの参加がありましたが、自ら演じる映画出演は本作が初めて。ところが、多くは無い登場シーンですが、その存在感はすさまじい。この後、多くの映像作品で引っ張りだこになりました。

三部作は、いずれも下級武士とひたむきに慕う女性との人情劇です。本作の真田広之・宮沢りえ、「隠し剣 鬼の爪」の永瀬正敏・松たか子、「武士の一分」の木村拓哉・檀れい、いずれも話題性があり演技力の確かな俳優をしっかりキャスティングしており、それを山田監督の馴染みのベテラン俳優陣が側面からしっかり支えることで、ドラマとしての構成を堅実な物にしているようです。

また、幕末の庶民の暮らしという時代考証が難しいところを、かなり入念に考え抜いたようで、見る者がたぶんそんなんだろうなと納得できる絵作りもさすがです。「寅さん」と「釣りバカ」だけではない、やはり映画人としての山田監督の真骨頂が結実した作品群と言えそうです。