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2023年9月4日月曜日

駆込み女と駆出し男 (2015)

江戸時代。妻が夫と別れたいと思っても、夫から離縁状を貰えない場合は、唯一、縁切寺に願い出るしかありませんでした。江戸幕府公認の縁切寺は、鎌倉の東慶寺、群馬の満徳寺の二つだけがありました。

離縁したい女は、寺に駆け込むか、身につけているものを敷地内に投げ入れれば駆け込みは成立とされ、寺は男女の間に入って調停を行います。東慶寺では、女を門前の宿に泊まらせ、男の元に寺法書を送付します。これを受け取ると、原則として開封せずに離縁状と共に返送しなければならないのですが、同意しない場合は女は寺に入りいろいろな雑用全般をこなし修行すことになりますが、2年間経つと公的に離縁が成立する仕組みになっていました。

この映画は井上ひさしの「東慶寺花だより」を原案として、原田眞人が監督・脚本を担当しました。原作は駆け込む女と追いかけてきた男の人情話を中心とした連作短編集で、映画のストーリーそのものはオリジナルです。

日本橋の唐物問屋の堀切屋三郎衛門(堤真一)の妾、お吟(満島ひかり)は、ある晩、鎌倉の東慶寺を目指して駕籠に乗りますが、もう少しのところで駕籠かきに襲われ足をくじいて動けなくなってしまいます。そこへ通りかかったのは、七里ヶ浜で鉄練りを稼業とするじょご(戸田恵梨香)で、女遊びにうつつを抜かす夫の鉄蔵(武田真治)との離縁を願い出るため、同じく東慶寺に駆け込もうというところでした。

そこへ、江戸で幕府の政策に異を唱え居場所が無くなった医者見習いの中村信次郎(大泉洋)が、叔母である東慶寺門前宿の三代目柏屋源兵衛(樹木希林)を頼ってやって来る。ところがお吟とじょごは、追手と勘違いして信次郎を殴り倒してしまいます。

駆け込みに成功したお吟とじょごでしたが、堀切屋と鉄蔵は離縁を承知するはずかなく、二人は山に入る、つまり東慶寺に入ることになります。法秀尼(陽月華)の厳しくも慈愛に満ちた指導により、新旧の様々な駆け込み女たちが日々を充実させていました。

しかし、お吟が喀血します。信次郎は代診として東慶寺に入ることが許され、お吟の病気が労咳(肺結核)であることを知るのです。じょごは薬草を採取したり育てたりして、献身的にお吟を看病しますが、信次郎は寿命がそう長くはないことをじょごに伝えます。また、幕府の目付として怖れられた鳥居耀蔵は、東慶寺を潰そうと画策を始めるのです。

東慶寺に助けを求めて駆け込んでくる女たちは、メインの二人だけではなく、映画の中では何人かのエピソードが織り交ぜられているため、ストーリーのバラバラ感が無くはない。しかし、それは、縁切寺そのものの存在理由を雄弁に語る材料であって、東慶寺を舞台とする意味が明確になるためのもの。

最初はやや高慢に見えるお吟ですが、東慶寺に駆け込む本心が見えるに従い、じょごとの関係も次第に心のこもった物に代わっていきます。やはり、演じる満島ひかりは只者ではない。舞台俳優のような言い回しから、些細な会話まで、すべてにおいて圧倒的な存在感があります。

戸田恵梨香はストーリーを進ませる推進役で、しっかり者で関わった人から信頼される役どころを好演しています。大泉洋は硬派な内容の中で、コメディ担当の役回りですが、控えめな演技で場を壊さずにいいアクセントになっています。

脇役としては、山崎努、中村嘉葎雄ら重鎮をはじめ、キムラ緑子、橋本じゅん、北村有起哉、でんでん、蛍雪次郎、内山理名などなど、手堅い布陣でそつなくまとめあげました。音楽も使い過ぎずに、演技に集中できる感じが好ましいと思いました。

多少の時代考証のあらはありそうですが、今時の人情時代劇としては十分に優れた作品になっていると思います。