あすなろ整形外科クリニックからのお知らせ

年末年始は12月29日(金)~1月4日(木)を休診します
ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします

2010年9月30日木曜日

ダブルとんかつ弁当

久々に弁当ネタ。

半分はたまごカツ丼。半分はソースかつ丼。二色ネタです。
以上。

・・・って、それだけじゃぁ、いくら何でもね。

うちの次男はカツ丼が大好き。
もうカツ丼さえ食べさせておけば、文句でない。

朝、風呂場で髪の毛を一生懸命セットして出てきたところで、ちらっと弁当をみて、ニヤっとしたのを見逃しませんでしたよ。

いつものなら、普通に卵とじのカツ丼をどーんと乗せておしまい。これって弁当としては簡単でよね。

ただ、卵がいたむかもとか心配だったりします。
本当は、少し生っぽいところを残しておきたいけど、結局よく煮てしまいます。

今回は、和がらしたっぷり混ぜたゴマ入りとんかつソースをからめたソースかつ。これも簡単です。

・・・もちろん、かつはスーパーのお惣菜ですけどね。

2010年9月29日水曜日

関節リウマチ新薬

関節リウマチという病気が、自己免疫性疾患(自分の体に対して自分でアレルギーを起こす病気)の一つという位置づけであることがわかって、免疫を調節することが治療につながると考えられるようになったのは20世紀末のことです。

それほど古い話ではありません。しかも、その具体的な治療薬で現在もアンカードラッグ(中心となる薬)として使われているメソトレキセートがリウマチ薬として市販されたのは1999年のことですから、わすがに11年前でした。

当時、抗がん剤として利用していた自分たちとしては、なんで抗がん剤がリウマチに効くのか耳を疑ったものでした。メソトレキセートは細胞が増えるときに必要なDNA、つまりどんな細胞に分化するかを決定する遺伝子の材料となるRNA合成を阻害する薬です。

細胞が活発に増殖しているがんの場合には、細胞増殖を抑制することから抗がん作用が期待できるわけです。リウマチでも異常な免疫を起こす細胞が増えることを押さえることが効果につながるわけです。

その後、2003年からは生物学的製剤と呼ばれる「特効薬」のように強力な効果が期待できる薬か登場し、リウマチ治療は飛躍的に向上しました。生物学的製剤は、異常な活動をする免疫細胞から産生されるサイトカインと呼ばれる伝達物質を攻撃する薬です。

サイトカインが関節の中で、直接炎症の主役級の働きをすることが、リウマチの本質であることがわかってきたので、直接サイトカインを叩くことができれば、劇的な治療効果がえられるわけです。

山の頂上から、リウマチという湧水が流れ出ている状態を想像してみてください。湧水は川となって海に注ぎます。海に流れ出た分が、病気としていろいろな悪さをしているのです。

免疫抑制剤は、より源流に近いところで作用しますので、ちょうど湧水の出口を手でふさいで蓋をしているような感じです。しかし、指の間から湧水は漏れてしまうので、ある程度は海に注いでしまうのです。

生物学的製剤は海に流れ出す手前で、ポンプですべてを吸い出しているようなもので、より効果的ではありますが、本質的にリウマチの勢いを押さえ込んでいるとは言いにくいかなと思います。

さて、製薬会社はこの生物学的製剤と呼ばれる新しい薬の開発を各社が競争で行っており、次から次へと新しいものが登場する戦国時代となっていて、自分たちもどんどん知識をアップデートしないとすぐに置いていかれるような状況になっています。

今年の暑い夏に、新たな生物学的製剤が登場しました。オレンシア(アバタセプト)と呼ばれるものですが、これは、今までのものとはちょっと趣が異なります。ターゲットがサイトカインではなく、サイトカインを産生する免疫細胞なのです。

つまり、海の手前で川の水をすべて吸い出しつつ、頂上の水の湧き出し口も塞いでしまおうという薬と言えます。そう考えると、より根本的な治療薬ということができるかもしれません。

今の日本の保険医療の縛りの中では、最初に使っていいのがメソトレキセートよりも古い内服薬。それが駄目ならメソトレキセート、そしてそれも駄目なら生物学的製剤という順番があります。

近いうちに第一選択薬として生物学的製剤が使えるようになるのでしょうが、さらに生物学的製剤のなかでも第一世代といえるサイトカインをターゲットにする薬が一番目で、別のターゲットの対するものが二番目というように使用していく順位付けがはっきりしてくると思います。

現在までの生物学的製剤はすべて注射薬ですが、内服で使えるものが現在開発中という状況であると耳にします。内服薬が登場すれば、順位はまた大きく動くことになると考えられます。まだまだ、どんどん治療戦略も変わっていくわけで、なかなか気を許すことができません。

2010年9月28日火曜日

美しき姫君(草思社)

久しぶりに新刊書籍を読みましたよ。

とは行っても、レオナルド・ダヴィンチの関連書籍ですから、いつもこのブログを読んでいる方には、またかと失笑されてしまいそうですけどね。

1998年のニューヨークのクリスティーズのオークションで19000ドルで落札された絵が、なんとダヴィンチの知られざる真作だったという、もうわくわくするような話についてのノンフィクションなのです。

ダヴィンチ研究の世界的権威が最新テクノロジーを駆使して、さまざまな証拠を見つけ出し10年間の研究の末に2009年に世界的ニュースとして発表されたばかりです。

500年前の時代背景とダヴィンチの当時の画法などの状況証拠だけでなく、絵に残っていた指紋など物理的な証拠も提示して、まるで推理小説の犯人捜しのようにすすめていく内容は、なかなかのスリルでした。

もともとダヴィンチは完成された絵の少ない画家ですから、一つでも確認された作品が増えることは歴史的な意義が大変大きい物です。世界のどこかには、このような埋もれてしまった作品がきっとまだまだあるかもしれません。

自分が生きているうちに、もう一回くらい、こういう話に接してみたい物だと思うのでした。

2010年9月27日月曜日

初鍋

寒い、う~ん。

本当に秋はどこいった。Where is Autumn.
そう云えば、fallというのはアメリカ語らしいです。

そこで、初鍋ということになりました。
やっぱり、野菜もたくさん食べれるし、鍋はいいですねぇ。

今回は鶏白湯というスープを使ってみました。
最後にはおじやもやって大満足でした。

ちなみにビールはキリンの秋味。
秋~、秋~、秋はいいよぉ~。

2010年9月26日日曜日

プロローグ @ 美しが丘西

だいぶ前に青葉区の美しが丘西にあるパン屋さんのプロローグを紹介しましたが、本当にすごい店です。

開店したのは1999年。最初はあまり話題になる店ではありませんでしたが、少し経ったからテレビで紹介されてからは爆発的な人気を得るようになりました。

数年前に町田に第2店舗をオープン。店の横の駐車場では足りずに、ちょっと離れた場所に土地を借りたのか、第2駐車場を用意しました。

さらに、センター北にあつた人気のパン屋が、近くに引っ越してきて宣戦布告されましたがまったく動じる気配はなく、むしろやっぱりこっちのほうが美味しいというような評判につながったように思います。

最近は、横の駐車場が2倍以上の広さになり、さらに店舗も改装で10月はじめにリニューアルオープンとなるようです。

今日は天気もよく、プロローグ日和で、朝食のために朝から出かけてみました。お気に入りのコロッケパン、メンチカツパン、グラタンパンなど、焼きたてできたてが次から次へと出てきて、本当にどれを買おうか迷ってしまいます。

パンは薄利多売の商売かと思っていましたが、この店はとにかくどんどん拡大していますが、今のところ品質の落ちはありません。これからも、是非初心を忘れず発展してもらいたいものです。

2010年9月25日土曜日

デジタル気候

今年は7月なかばに関東地方で梅雨明け、と同時に酷暑となり、もう気が狂ったような暑さが続きましたね。ところが9月になって敬老の日までは猛暑が続いたかと思えば、一転夜が涼しくなり始め、一気に気温が下がってきました。

まるで季節がデジタル変化しているかのようです。デジタルは0か1の世界。YESかNOか。善か悪か。白か黒か。中途半端はありません。

巷では、すでにハローウィンの飾り付けを見受けます。それって10月の終わりですよ。9月はどっかにいっちゃった感が漂いまくっています。

自分的には、これから冬に向かう秋が一番好きな季節なのですが、なんか半分なくなってしまったかのようで、すごく損した気分です。

こうなったら、できるだけ10月~11月が長くて、少しでも秋を堪能したいものです。

2010年9月24日金曜日

1日で見れる患者さんの数

ほんと、昨日は完全休養にしておいてよかったです。今日は朝からの1時間を除いて、あとはノンストップ・ジェットコースター状態。喋り続けで二酸化炭素欠乏、脱水で気が遠くなってしまいました。

例えば床屋さん。一人のお客をカットと洗髪セットで、どんな早くても30分くらいはかかると思います。1時間に二人、多少複数の椅子を使ってずらしながらでも、1時間に三人くらいが限度でしょう。8時間労働で24人くらいのお客をさばくので限界というものです。

歯医者さんも同じ。歯科衛生士さんに協力してもらって、1時間に5人くらいの患者さんの対応がいいところでしょうから、1日頑張って40人くらいがいいところ。

整形外科の医者の場合は、初診の患者さんでは話を聞いて診察して、レントゲンを取ってもう一度話をしてとやっていると、だいたいどんなに早くても10分から15分くらいはかかってしまいます。リウマチの新患の場合は30分くらいかかることも珍しくありません。また血だらけの人で処置が入ると、これもまた時間が見えなくなってしまいます。

全員が再診の場合は、一人に5分以内くらいでしょう。リハビリだけという方の場合は、ほとんど時間はかかりません。ただし、そま場合はリハビリ室のベッドの数や、物理療法の機器の数、そしてリハビリ室をまわすスタッフの人数が問題になってきます。

うちのクリニックの場合は、1日80人平均として、初診15人再診40人、リハビリだけというので30人くらいというのがだいたいの内訳でしょうか。そうすると医者としては1日の中に1時間程度は余裕を持っているという計算になるわけです。

今日みたいに初診20人再診50人となると、もう完全に暇は無し。昼の薬屋さんとの面談、税理士さんとの打ち合わせをして、もう完全燃焼状態で終了です。いまさら言うのもなんですが、勤務医は楽だった。戻りたいとも思いませんが、自分も年を取ってきたなあと思うことが多々ある今日この頃なのでした・・・

2010年9月23日木曜日

休日

久しぶりに休日。休日っていうのは、うちのクリニックの場合はカレンダー通りで赤くなっている日がそれにあたります。

1年365日、そのうちお盆休みと年末年始休みを含めてだいたい80日くらいは休診となっているのですが、実際いまだにアルバイトで当直をしたりその他の雑用などで、本当に休日しているのは年間10日ほど。

仕事があるということはいいことですから、今はそれが特に苦痛とは思いません。仕事がある、ということは社会から必要とされているということだと思いたいですよね。

でもって、今日は秋分の日で国民の祝日というわけでしたが、完全休養の日だったわけです。とは言っても、天気予報も心配だったので朝から墓参りに言ってきました。案の定、草取りをしていたらボツボツと降り始め、掃除は早々に切り上げてきました。

後はすごかったですよね。雷ゴロゴロ、雨はザァ~、1日こんな調子で、まさに夏の残照を洗い流していくようでした。おかけで、逆に何をするでもなくボケ~っとさせてもらいました。最近の忙しさの疲れも流せた感じです。

さあ、いよいよ自分の好きな季節らしくなって、明日からまた頑張りましょう。

2010年9月22日水曜日

十五夜

今夜は十五夜。中秋の名月ということです。
満月がっとってもきれい。

今日の診療が終わって、クリニックのあるビルからでたところで東の空に満月を発見。

天気は下り坂ということで、もう後はみれないかもしれませんね。

実は、昨夜は空も澄んでいて、とてもきれいな明るい月が見えたんです。しかも明け方近くには水平線近くの赤い月に変わっていましたよ。

なんか、ちょっとだけ自然に触れた感じがしました。

2010年9月21日火曜日

姓はどこから

Dr.Mも心配していましたが、連休の狭間となった本日は、うちのクリニックでも怒涛の外来で、来院患者数最高記録を更新しました。とは言っても、普通の整形外科クリニックでは普通の人数でしょうけどね。

とにかく先週末から続く怒涛の外来シリーズなので、当直をはさんでちょっとへばり気味ではありますが、開業医としては患者さんが来てなんぼですからとにかく素直に喜びたいと思います。でも、それって世の中に調子が悪くて困っている人が多いということですから複雑なところですね。

話はがらっと変わりますけど、松井さんっているでしょう。竹井さんもいますよね。でも梅井さんって聞かないですよね。

森さん、林さんはいますけど、木さんって見たことが無い。森村さん、木村さんはいますが林村さんは聞いたことがない。

名前の組み合わせって不思議ですよね。大村さん小村さん、大川さん小川さん、大山さん小山さん、大泉さん小泉さん。

上村さん下村さん、上川さん下川さん、上山さん下山さん、上泉さん・・・ってそれはあんまりないかも。

韓国とか中国に比べれば苗字の違いはいろいろありますけど、こういうのは元をただすと同じ出自なのでしょうかね。どういうところから名前はきまっていくんでしょうか。

自分の名前もあまりありませんが、実際のところよくわかりません。年を取ってゆっくりできるようになったら、いつか名前探しの旅に出てみたいような気がしますけど、いつのことになるやら。

2010年9月20日月曜日

人工関節置換術

人工関節置換術というのは、もう数十年の歴史があり整形外科手術手技としてはほぼ確立した治療法の一つと言うことができます。

ただし、それは膝関節と股関節についての話で、その他の関節については試行錯誤の段階がいまだに続いており、まだまだ研究・開発の途上なのです。

その中で、ある程度実用化されているものが肩関節・肘関節・足関節、そして指関節というところでしょうか。実用化というのは、それなりの制約のもので有効であるという意味で、どの医者でも積極的に患者さんには勧めていないということです。

膝関節や股関節については、以前は20年程度の耐用年数で、若いうちに手術をすると再手術の必要性があるため、一般的には60歳代以降に行われるのが基本とされてきました。しかし、今では初めて行う場合の機種もよくなり、また再手術用の機種も整備されているので、もっと若いうちに手術をしてもあまり問題はないようになっています。

実際、関節リウマチの患者さんは若いうちから高度の関節の破壊が進むことがありますから、年を取るのを待ってというような悠長なことは言っていられません。結局、術後の生活に十分気をつけてもらえれば、若い方でもより生活のレベルを上げるための有効な手段として重宝するのです。

特に下肢の関節の障害は、歩けなくなるという恐怖がつきまといますから、人工関節は患者さんにとっては福音となる手段なのです。一方、上肢はそれに比べると、痛みさえ我慢できればそれなりに何とかなってしまうという部分があって、患者さんも積極的に人工関節を希望しないことが多い。

手首と足首の関節は、実際のところ大きく動かなくても生活に支障が少ない関節ですから、装具(サポータ)で外から固定してあげることで、かなりの部分は何とかなるものです。足関節の人工関節は実用化されている物が少なく、手術ができるタイミングもかなり限定されていて、最も手術の頻度の少ない物ではないでしょうか。

手関節の人工関節は、いろいろ出ては消えの連続で、いまだに安心して患者さんに勧められる物はありません。手や足の指についてはシリコンの人工関節風のものが使われ、それなりに効果が出せますが本格的な物はほとんど無いと言っていいような状況です。

リウマチの患者さんは、薬の治療が大変良くなったので、以前に比べて関節破壊に至ることが少なくなったため人工関節手術が減っています。しかし高齢化社会となって関節が高度の変形で生活を余儀なくされるお年寄りが増えてきていることで、老化した関節の手術を考えることが増えてきているのです。

高齢者に対して手術を行うことは、より手術のリスクということも考えなければいけません。また、リハビリテーションが大事な手術ですから、そこまで含めた術前・術後の計画がより重要になってきていると言えるでしょう。

年をとっても、簡単に引退してゆっくり暮らすなんてことがだんだん難しくなってきている今の日本ですから、生活の質を維持していくためには人工関節置換術も一つの方法として考えることが多くなっています。

今後はますます研究がされて、より完成度の高い人工関節がいろいろな関節用に登場してくることでしょう。その究極の姿がアンドロイドということになるのでしょうが、とりあえずここ何年かはそんなSF的なところまでは行くことはないでしょう。

2010年9月19日日曜日

Miles Davis / Bitches Brew

マイルスがどんだけ凄い人だったかなんてことは、今更言うまでもないことです。まぁ、あえて説明するなら1940年代の終わりにアンサンブルを重視したクール・ジャズの先駆者に名を連ね、1950年代の終わりには''Kind of Blue''で、行き詰まっていたアドリブをモード奏法で前進させました。

そして1960年代の終わりには、ロックの要素やファンクの要素を取り込み、電気楽器を導入して''Bitches Brew''という傑作を作ったのです。これらが、すべてジャズの歴史と言っても過言ではなく、マイルスそのものがジャズの歴史となっていたわけです。

そんなことはどこにでも書いてあるので、ここでせっせと説明する必要はありません。いわゆる昔ながらのジャズの傑作を一枚と言えば''Kind of Blue''ですが、''Bitches Brew''はこれから来るべき時代を提示したことに最大の価値がある。

自分の場合は、まずはロックから入ったので、高校生の時、発売されて数年がたっていましたが''Bitches Brew''はすんなり聞くことができました。なんかえらいかっこえ~音楽やなぁ、と思った物です。ロックっぽいけど、ちょっと違う。少なくともそれまで知っていたジャズとも違う。思えばまさに''Miles Davis''というジャンルの音楽だったわけです。

最近発売40周年を記念して、豪華コレクター・エディションが発売されました。これまでに2枚組のレコード、ボックスセットのCD、紙ジャケ入りの全CD集などで購入してきたので、今回が実に4回目ということになります。

断言しますが、さすがにこれで最後にしようと思い、いくつかのエディションが発売になったのですが、すべてがそろっている最上級のものを買ってしまいました。オリジナルの演奏とシングル用に編集されたバージョンを追加収録したCDが2枚、未発表のライブのCDが1枚、さらに未発表のライブのDVDが1枚、そしてそしてオリジナル仕様のLPレコードがついているという豪華版です。

ただし、実はマイルス追っかけ者は、自分も含めてこの10数年はいわゆるBootleg(海賊版)が大量に出回っていて、これらの特典音源はまったく目新しい物ではないというわけです。オフィシャルになったという意義はありますが、内容的には耳たこ状態ですから、あくまで所有しているという満足感だけと言ってしまえばそれまでです。

でも、マニアたるものそれでいいのです。今回はそれより重要なことがリマスターの方法なんです。実はこの何年か出回ったCDは全てミックスダウンとかをいじっていて、微妙にオリジナルとはどうも違うらしい。

今回は元テープからのリマスターで、発表時の内容に戻されたということらしいです。もっとも聞いていて、はっきりと違いがわかるわけではありませんが、なんとなく最近に耳になじんでいた印象と違うような気がするのは錯覚でしょうか。

いずれにしても、この音楽はやっぱりかっこいいなぁ。クリニックで流すには無理がありますが、年に数回は聞きたくなるというのは凄いことです。どんなにお気に入りのものでも、最初に何回か聞いた後は、そうそうめったに聞くことはありませんよ。

2010年9月18日土曜日

食欲の秋

こんばんは、亜沙郎です。
午前中は比較的湿度も少なく秋っぽい気候でしたが、午後からはまた夏がぶり返したようでしたね。三連休ということで、あちこちに出かける方も多いことと思いますが、寒暖の差が激しくなってきた感じですので、体調にはくれぐれもお気をつけください。

昨日から今日にかけては、この後連休が入る関係でしょうか、いつになくクリニックは患者さんが多く、正直言ってけっこうへばりました。患者さんが来てくれてなんぼの商売ですから文句を言ってはいけないのですが、さすがにずっと患者さんの待ちが切れないと精神的・肉体的に疲労感が貯まっていくのは年のせいでしょうか。

さて、いよいよ秋と言えば・・・やはりこれでしょう。食欲の秋。気候が良くなって、いろいろと食べ物も美味しくなって、食欲はどんどんふくらむのです。

これは人間の動物としての本能が関係しているかもしれません。冬には食べ物が少なくなるので、秋のうちにできるだけエネルギーを蓄えたいと考えるのは熊と一緒かもしれません。

自分はいわゆるグルメというものにはほど遠く、正直言って正装してフルコースなんてものにはほとんど価値を見いだせないのです。それより、のんびり食べたいものを好きなだけ食べれる居酒屋の方が性に合っている。

日本人だけでなく先進国のほとんどが、この数十年の間に総グルメ化したかのように、巷には美味があふれるようになりました。飽食の時代とも言われ、食べ残しの残飯の量も凄いことになっていると言われています。

自分のこどもの頃には、お米は「一粒一粒に神様が宿っている」ものであって、「お百姓さんが大変な思いをして作っている」ものだから、残さずちゃんと食べるようにと親から教わりました。

お茶碗に残ったお米を一粒残さず箸でつまんで食べることは、「けち」でもなければ「貧乏」でもなく大切なことだと思います。生きていく上で食事というのは最も大切なものですから、食べ物に対して感謝の気持ちを忘れないようにしたいと思うわけです。

でも、そうは言ってもどうしても食べたくないものがあることも・・・申し訳ありません。例えばトマトは自分からわざわざ食べようとは思いませんが、出されればあきらめて食べています。しかし、この世の破滅の時だとしても食べたくないものの筆頭が納豆。う~ん、これだけは勘弁して欲しい。

とにかく、これ以上体重が増えるようでは困るので、食欲はほどほどにセーブしたいと思っています。とにかく健康が一番なのでした。

2010年9月17日金曜日

芸術の秋

こんばんは、亜沙郎です。
まだまだ日中は暑くなるようで、なかなか気が抜けません。天気がいいのにこしたことはありませんが、窓を開けて気持ちのよう風が入ってくるのはまだまだのようです。

芸術と言ってしまうと、何でもありみたいなものです。音楽以外には絵画とか映画とか文学とか、無くても生きていくことはできるけど、あった方がより精神活動上もよいものが芸術ということになりましょうか。

真夏の暑いときには、そんなことに手を出している余裕は無いのか、涼しくなってきた秋になると興味を持ちたくなってくる。寒さが厳しくなってくると、またそれどころじゃない。四季のある日本はいいけど、常夏の国とかではどうなんでしょうか。

小学校の教科で美術と音楽はたいてい最高の5を取っていた物ですが、これには親に感謝しないといけません。何故か、学校に上がる頃に絵の教室やピアノの教室に通ったんですよね。

いわゆる情操教育というやつでしょうか。何故親は通わせたのかわかりませんが、そのおかげでそういうものに興味を持つようになったわけです。こどもを芸術家にしたかったんでしょうか。う~ん、まさかね。

いずれにしてもそれなりに今の自分に役に立っていることは間違いないので、自分もこどもたちにもっと積極的に情操教育をしておけばよかったと、若干の後悔があることは否めない。芸術家にならなくても、どこかで心を豊かにすることにつながったのかなぁと思います。

2010年9月16日木曜日

行楽の秋

こんばんは、亜沙郎です。
今日は朝から本降りの雨で、気温も上がりませんでしたが、その割には湿気が多く、何とも過ごしにくい1日でした。からっと晴れて「天高く馬肥ゆる」には、まだまだ時間がかかりそうですね。

それにしても、昔から行楽の秋と言いますが、これはもうほとんど旅行会社の作戦なんでしょうか。だいたい8月に夏休みがあって、こどもは学校が始まっています。大人もそうそう仕事を休んでいられないでしょう。

それでも、比較的祝祭日も多く連休になりやすい季節ということで、近場の旅行には向いているかもしれませんね。そんなちょっとした秋の連休には、以前はキャンプにちょこちょこ行ったものです。

10月の始めに箱根に行ったときは参りました。まだ、残暑の一番おしりが多少見えているような気候だったのですが、山を上がると大違い。まず、いきなり到着とともに強風と大粒の雨で、まるで台風のようでした。

なんとかテントを設営したものの、風が唸りを立てて吹いているので、なかなか落ち着けたものではありません。外で料理をするわけにもいかず、とりあえず火を使わない食事をテントの中で食べて夕食はおしまい。

こうなると後は寝るしかありません。ところが今度はひょうが降ってきて、テントにドコンドコンと当たるので気が気でない。さらにどうもテントのどこかが破れたのか、浸水してきたのです。もう冷えるなんてものではありません。冷たすぎて体を動かせない。

そんなわけで、翌朝さっさと撤去して帰ってきたのでした。自宅で入るお風呂は、まさに天国というわけでしたが、今となっては楽しい行楽の思い出といったところでしょうか。

2010年9月15日水曜日

音楽の秋

こんばんは、亜沙郎です。
だいぶ涼しさが増して、秋らしさが近づいてきているのが実感できます。かぜをひいたりしやすいことと思いますので、体調管理には気をつけましょう。

秋といえば・・・そう、音楽。昔はバンド小僧だった高校生の頃を思い出します。別に飛び抜けて楽器が得意というわけではなかったので、あまり大きな声で威張れるようなものではありませんでした。

昭和40年代、吉田拓郎などを筆頭に反体制フォークソングが全盛で、猫も杓子もギターを抱えて叫んでいた時代でした。当然のように中学生はフォークギターをほしがるわけですが、なんか知らないメーカーの安いのを手に入れて嬉しくなっていたのです。

そのうち外国からロックバンドがどんどん来日公演をするようになったので、だんだんロッカーになっていくわけですが、ギターの早弾きができないのでドラム担当になってしまいました。

文化祭というとバンドをやっていることが人気の必須条件みたいなもので・・・って、なんの条件かというと、要するに外から来る女の子にもてるかどうかということだったわけです。まあ、ドラムというのは後ろで動きが少ないのでアピール度は低いときまっています。

それでも、肩よりもながく長髪にしてヒールの靴を履いて、いゃぁ~もう絶対できませんね。まぁ、要するに青春ということですかね。

今でも音楽は大好きで、ブログでも音楽ネタに走るとひんしゅくを買うわけですが、自分で楽器を演奏して楽しめるのが一番。いまでは聴くだけ人間ですが、ちょっとは楽器をたしなんだ昔を懐かしむのが秋ということでしょうか。

2010年9月14日火曜日

風流の秋

こんばんわ、亜沙郎です。
今日は突然の大雨で、外出されていた方はさぞかし大変だったと思います。でも、これでまた本格的な秋が近づいてくると思って我慢しましょう。

十五夜お月様・・・何見て跳ねる。とにかく、日本人としては、秋にはいろいろと古典の世界などもしっとりと思い出し、風流な気分にひたりやすい季節です。

とは言っても、実は自分は古文の授業が大の苦手でした。苦手というより、はっきり言って嫌いに近かったと思います。ですから、今でも日本の古い文学のタイトルを聞いてもちんぷんかんぷん。

なんでですかね。本を読むのは嫌いじゃないのにね。古代エジプトとか、外国の歴史の話は好きなのにね。どうも、その理由の原点は高校生のときの古文の先生にあるのでは・・・

こんなことを書くと怒られてしまうかもしれませんが、けっこうキャラの濃い先生でした。やたらと得意な言い回しは、「・・・するってぇと・・・」とか、「そんな、べらぼうな話があるか(怒)」なんてことをしょっちゅう使うわけです。

まぁ、言ってみれば鰹は食べない宵越しの金をやたらと持っている江戸っ子みたいなもので、生徒も授業よりも、そういうへんなところをおちょくってばかりいたわけですから、勉強ができるようになるわけがない。

いつでも、きれいな一句でもひねり出したいと思うものの・・・わぁ~、無理、無理!! MURIだぁ~。なかなか風流人にはなれません。

2010年9月13日月曜日

思索の秋

こんばんわ、亜沙郎です。
夕方から、ちょっと北風っぽい感じで、昼間のこもった熱気をどこへ運び去ってくれるといいんですけど。

秋というのはロマンチックで、何となく物思いに耽ってみたくなる季節です。とは言ってみたものの、現実的な世界で仕事にあけくれていると、とても考え事をしている暇はありません。毎日毎日、次から次へと現実をこなしていくので精一杯。

最後に考え事を一生懸命したのは、開業の時でしょうか。クリニックの名称をどうしよう、ロゴマークはどうしよう。従業員はどうする、内装はどうする、もう考えることがありすぎて、もう残りの一生分の思索を終えてしまったくらいの感じです。

最近は、ちょっと名画にはまっている。名画と言っても、映画ではなく絵画の方。もともと絵を描くのは嫌いではないし、世界の名画というものも一通りは押さえておきたいと常日頃思っているのです。

2次元の世界の一瞬の時に凝縮された絵の世界というのは、見る側にいろいろな想像をかきたてる特別な力があると思います。当然、個人の感性にまかせればいいので、本来一定の意味づけをすることなど馬鹿げているというものです。

例えば、ミレーの「落穂ひろい」を見て腰が辛そうだなと思うわけですし、ダヴィンチの「モナリザ」を見れば微笑みというよりは苦笑い、ムンクの「叫び」はゴム人形。

いずれにせよ、そういういろいろな解釈が導き出される絵ほど「名画」と呼ぶのにふさわしいと思うんですよね。名画(の写真)を見ながら、そんなもろもろの考え事をするのもいいものです。

ゆっくりと香りの高い珈琲を味わいながら、BGMにはシューマンかシューベルトのピアノ曲。机には大型の世界の名画集広げて、ゆっくりとページをくっていくなんて、そんなぜいたくな思索の時をすごすのも秋の夜長の過ごし方として悪くはありません。

2010年9月12日日曜日

スポーツの秋

こんばんわ、亜砂郎です。
週明けからは涼しくなるという天気予想ですが、今日の暑さからして本当かどうか疑わしいですよね。まぁ、少なからず期待しておきましょう。

秋と言えばスポーツ。なんと言っても体育の日というのがありますからね。でも、体育の日も10月10日ときまっていた時は、絶対的な魅力がありました。でも年によって動くようになって、なんかありがたみというか、価値がなんかあいまいになってしまったような気がします。

今年は10月11日。運動会が行われることも多いと思いますが、意外と台風とかで日程がずれることもあったりしますよね。

うちはこどもが3人いますので、全員が小学生だった数年間は運動会は大変でした。カメラをぶら下げてグランドを走り回っていないといけないわけで、さらに親子競技が入ってくるとゆっくり座っている閑なんてありません。

一番下の子だけの運動会が終わったときは、あーこれで運動会も終わりだと思うと感慨無量でしたよ。まぁ、疲れるのでほっとする反面、二度とないと思うと寂しい気がするというのも本音でしょうか。

自分の運動会というと、あまりいい思い出はありません。なにしろ小さい小学校で運動場も狭くて、運動会はたぶん他の学校から比べるとたいしたことはなかったのかもしれません。

何しろ走るのは得意ではなかったので、徒競走でも6年間、一度もリボンをつけてもらったことがありません。ちなみに3等賞まではリボンをむねにつけて、誇らしげに並べるんですよね。

そんな運動能力に欠けてはとても人に自慢できない自分が、なぜか大学では硬式庭球部主将です。まあ、これは実力より人を見てもらった結果ということで良しとしましょう。

2010年9月11日土曜日

読書の秋

こんばんわ、亜砂郎です。
今日はまた暑さが残って、けっこう日中は汗がでるような感じでした。

秋と言えば・・・読書です。残念ながら、最近はなかなかゆっくりと本を読むという時間がない。趣味は読書というのは、趣味がありませんと言っているようなところがありますが、実際読書は嫌いではありません。

最初は小学生・・・当然、読書といっても、それはほとんど漫画。巨人の星、あしたのジョーを頂点とする時代だったわけです。漫画を読むことは、同時に漢字を覚える大事な勉強でした。これは言い訳ではありませんよ。

本当に読書しまくったのは高校生のとき。とは、言っても純文学は当然苦手ですから。この頃ブームになったのが、横溝正史です。角川映画の第1回作品の「犬神家の一族」で火がついたブームでしたが、見事にはまりました。

角川文庫横溝作品約100冊を読破しましたが、これを皮切りに江戸川乱歩全集に突き進み、これからいわゆる耽美派という谷崎潤一郎までいったものでした。

大学では、医学部というところではなかなか医学以外の他のことに余裕はありません。まして、本格的に運動部をやっていると、読書まではとても手がのびるものではありません。

医者になって最初の10年間も同じ状況です。それから、やっとちょっと余裕が出てきてきたのですが、ここからはフィクションよりもノンフィクションが面白くなってきました。一番は古代エジプト物

40歳を過ぎたときには、自分の寿命を考えると、今まで読んだ量の本よりも読むことはできないと思うと、なんとなく寂しい感じかしたのです。でも、若いときと今では感性がやはり違うわけで、大人としての読書は新しい魅力があるものだと気がつきました。

今ではクラシック音楽物とか、美術書とかが中心ではありますが、とにかく読書は自分の精神世界を豊かにすることは間違いないわけです。まだまだ気持ちを膨らましていきたいものだと思います。

2010年9月10日金曜日

文化の秋

こんばんは。亜沙郎です。
秋の香りが多少は漂い始めましたねぇ。秋と言えば・・・食欲? いえいえ文化です。まぁ、普通は文化祭といえば秋というのが定番。

大学では硬式庭球部で、本学の文化祭に毎年参加しておでん屋をやりました。毎晩部員の下宿に分かれて泊り込みです。それぞれの場所で、明日の仕込をひっしにするわけです。

ひたすら大根の皮を剥いて、角を丸く落として昆布だしでうっすらと煮ます。これは暑くて、匂いがこもるので、けっこう辛いものがあります。

実際のお店は衛生的にはだいぶ?という感じがあって、保健所が査察に来たら一発で営業停止ではないかというものでしたが、それでも勢いというのはすごいものです。

最終日などは、もうめちゃくちゃです。客も売り手も酔っ払いばかりで、煮ていない生の蒟蒻が飛ぶように売れたりするのですからわけがわかりません。

そして、いよいよ終了の時間になると、おでん屋をするすぐ後ろの野球グランドで打ち上げ花火が始まります。周りの芝生に寝転がって、真上に打ちあがる花火を見るのは最高でした。

まぁ、結局文化祭というのは究極の自己満足ですし、それでいいのだと思います。学生のうちはとにかくがむしゃらに、ひたすら打ち込むものがあるにこしたことはありません。

2010年9月9日木曜日

自動車運転教習所

今年の夏から、うちの長女が自動車の運転免許取得を目指して教習所通いをはじめました。ふふふ・・・これで、これからはどこかで酒を楽しんで迎えを頼んだりできるというものです。

自分が運転免許を取ったのは・・・う~ん、大学を卒業してから。学生のうちから自動車を乗っている友人もいましたが、残念ながら自分はいつも乗せていただいて助かりました。

自分の頃は確か2月に医師国家試験、3月に卒業して、4月に国家試験の合否発表でした。それから大学病院で勤めだすのが5月の連休明け、ですからな~んにもすることがない期間はわずか1ヶ月ちょっとくらいしかありません。

そのときに教習所通いをしたわけですが、なにしろ時間があまりありませんでしたから、親の知り合いの教習所に頼んで、可能な限り連続で教習を受けたのです。ですから、免許証取得まで30日以内という、通いとしてはたぶん最短に近い合宿なみの期間で取ったわけです。

とにかく、よけいな時間がなかったので緊張してむっこう必死に通いました。教習所内のことはあまり問題はありませんでしたが、大変だったのが路上教習。何しろ教習所の場所が東京・練馬区でした。路上教習はほとんどが目白通りが中心になっていたのです。

けっこうな交通量ですよ、目白通りは。どことは言いませんが、片側一車線なんて道はありません。ちんたらちんたら教習車が走っている横を、他の車がびゅんびゅんと抜いていくのです。とても右折なんてできたもんじゃありませんよ。

ちなみにうちの長女の通っている教習所の車は・・・いゃ~、うちの周りをわんさか走っています。もちろん住宅街ですから、片側一車線。教習車にはやさしくしないとね。

2010年9月8日水曜日

台風転じて熱帯低気圧

大雨の被害に遭われた地域の皆様には申し訳ありませんが、横浜的には久しぶりにまとまった雨か降って、だいぶ地面も冷えた感じです。台風も日本上陸したものの、いつの間にか熱帯低気圧になってしまいました。

台風がひとつ来ると、確実に秋が深まる感じがするのは例年通り。そんなのんびりしたことを言っている場合ではありません。今日みたいに、週の真ん中はただでさえ患者さんは少なめ。スタッフも、朝来るなり「台風が近づく水曜日ってどんだけ暇なのかしら」と言い出すわけです。

実際、患者さんの数は当然最近の平均からするとかなり少なくて、全般的には閑だったわけですが、なんかポツンポツンといらっしゃるので、特にまとまって閑という感じでもないのです。ですから、内職をする時間はありません。

きっと隣のクリニックも同じような感じだったでしょうから、合間に新しいおもちゃをいじっている閑は無かったことでしょう。

そういえば、開業してしばらくして患者さんの数が1日に40人くらいになった頃に、もう一人では無理なんて思っていました。50人なんてとてもさばけない、とか言っていたことを思い出しました。

その話を一番古いスタッフに言ったら、こっちも50人も来たらとても受付なんてやっていられないと思っていたというわけです。実際は、今日は60人弱で、とってもまったり感が漂う全員が「ひまだなぁ」と思うような状況だったわけですから、すごい進歩と言わざるを得ません。

人間、慣れというのはものすごい能力です。以前だったら台風並みの忙しさと思っていたことが、今では熱帯低気圧程度と思えるわけで、これは素直に自分たちがレベルアップしたと思うことにしましょう。

2010年9月7日火曜日

新入り ~ あすなろ淡水魚館

たかがお魚。されどお魚。

海水魚ではさんざん辛酸を舐め、現在カクレクマノミとフレームエンゼルの2匹だけになった海水魚館です。実は前回報告したとおり、カクレは白点病でした。今まで何匹もこれで失っていますが、なんと飼育を始めて初めて回復させることに成功しました。

一方、ずーっと何事もなく平和を絵に描いたようだった淡水魚館でしたが、7月にラスポラが忽然と消え、続いてトランスルーセントグラスキャットが一匹飛び出し事故で干物になって、だいぶ寂しい感じになっていました。

出来上がった世界に新たに魚を入れるというのも勇気がいるのですが、昨日ついに新入りを入れてしまったのです。今回は熱帯魚の王道、グッピーです。♂2匹と♀2匹の計4匹を、いっきにドドド~ンと投入です。

グッピーはけっこう勝手に繁殖して増えるということですが、それならそれでいいじゃないかと、けっこう開き直ったところです。今までが、熱帯魚としては比較的色的に地味だっただけに、グッピーたちはそれなりに華やかです。

涼しくなったら、海水魚もまた仲間を増やしてみたいと密かに考えていますが、せっかく落ち着きそうなのでしばらくは静観するしかないですかね。

2010年9月6日月曜日

当直

医者になってから四半世紀。うーん、まぁ、単純に年を取ったということでしょうけど。

それにしても、思えば医者の給料というものも変わってないなぁ。例えば当直のバイト料は、25年だっても変わっていないんですよね。まぁ、文句を言ってもしょうがない。

医者になったころ、パソコンも最初は一番安くて30万。今では高級品で30万、一番安いのでよければ1/10でもありますからね。そりゃGDPが伸びるわけがない。

自分の入局した大学の医局では、教授が堅くて、新米の医者には当直のバイトはさせませんでした。ある程度医者として仕事ができるようになった3年目から、「公式」にバイトに出れるようになるわけです。

実際は、そんなことを言っても当時は1年目の月給は5万円、2年目で7万5千円でしたから、隠れてバイトをしないわけにはいかないのです。

自分の場合は、2年目から隠れて当直をしていました。ある時、血気胸の患者さんが運ばれてきて胸の中にチューブを挿入しないといけなくなったことがありました。当然、整形外科ではやることのない処置ですから、どきどきものです。

そんなことを経験しながらだんだん医者として成長していくわけですが、ある時1年目の医者が当直した翌日の当直をしに2年目の自分がでかけたことがあるんですよね。

朝、病院に行ったら1年生君はなんと目を真っ赤にしていました。周りにいろいろな救急関係の本を山積みにして、うーとかあーとかうなっているではありませんか。

理由を聞くと、病棟に死にそうな患者さんがいて、何かあったらどうしたらいいかわからないので一睡もできなかったというのです。いやぁ~、若いっていいなぁと思いましたよ。自分も十分に若かったんですけどね。

大学では二人一組で当直だったりしたんですけど、上の先生を簡単なことで起こすわけにいきません。たいていのことは、下っ端がこなさないといけなかったんですよ。どうしても困ったときは、レントゲン写真を持ってそっと上の先生を起こします。

自分が上の当直になると、そんな簡単にいばって寝ていられません。毎日おろおろ、夜中に手術室と救急室とのあいだをいったりきたり。今では、さすがにたいていのことには動じませんけど、さすがに血だらけの急患をさっさとさばくことはできませんよね。

そんなわけで当直バイト人生はまだ続いているわけで、さすがにそろそろやめたいところですが、何事も前向きに考えましょう。何でも勉強だということで・・・ふぅ~。

2010年9月5日日曜日

コレクション

先日、いつものように知り合いのDr.Flickerのブログを開いて、「あっ、やられた」とびっくりしたんです。というのは、この話いつか使おうと思っていたネタで、先をこされたというだけのことなんですけどね。

この手のお札で、やはり自分にとっては懐かしいのは聖徳太子。それだけは、まだ手元にない。聖徳太子が手には入ったら使おうと思っていたわけです。できれば板垣退助もあれは言うことがありません。

金は天下の回り物ですから、いくら古い物でも本当は使えばいいんですが、どうもなんか取っておきたくなります。そういえば開業医だった親父もなんか古い紙幣を自慢げに見せてくれたことがあって、同じことをしている自分が可笑しくなってしまいました。

とりあえず、紙幣を並べてスキャンしてみましたが、そのままだと偽札作りと間違えられとまずいので、画像をいじっておきました。今時のスキャナーとプリンターなら、一見それらしいものは簡単につくれそうですよね。

2010年9月4日土曜日

速報!! あざみ野棒屋先生iPad獲得

【横浜ミナトミライ発】4日夜、ミナトミライ地区のラントマークタワーに併設されているロイヤルパークホテルで、都筑区医師会の宴会が行われました。関係各位を招待する年に一度の大きな宴会で、毎年いろいろな景品も用意されており、出席者もそれを楽しみに参加する模様です。

今年の会での目玉商品は、人気沸騰中のiPadで、5台が用意されていました。抽選の結果、そのうちの一台はあざみの棒屋先生が当選し、嬉々とした表情で舞台に上がり商品を医師会長より手渡されていました。
あざみ野棒屋先生は、医師会の中でもブログを書いたり、いち早くツイッターに手を出したりとネット関連の趣味は広く、まさに景品をフルに活用するドクターとして期待されています。

なお、この会では賽音吉雅(セーンジャー)氏によるモンゴルの楽器、馬頭琴(ばとうきん)の演奏も披露され、アジアの大地を駆け抜ける風のような演奏に出席者は聞きほれていました。

2010年9月3日金曜日

ピラミッドミステリーを語る

古代エジプトに本格的に興味を持ったのは、栗本薫が当時まだまじめな早稲田の先生だった吉村作治と対談形式でピラミッドの謎をいろいろ解説していく本でした。1987年に発行されたもので、朝日出版社のLECTURE BOOKシリーズの中の一冊。

医者になって間もなくの頃で、たぶん医学書以外によけいな本なんて読んでいる暇なんてなかったはずなのに、どういうきっかけで買ったんでしょうか。まったく思い出せませんが、なぜか今でもだいぶボロボロになってもとってあるんです。

二人の軽妙な語り口が大変読みやすく、もう古代エジプトに病みつきになった気分で何度も読み返しました。なにしろヴィジュアル的にも、きれいな写真が満載で対談の内容が視覚的にも理解しやすい。

こどもの頃は、ミイラとかスフィンクス、ピラミッドなどの断片的なものが、たいてい怪奇物みたいな扱いで漫画やテレビで紹介され、その代表がツタンカーメンの呪いだったりしました。

もう少しまともに興味を持ったのは、日本テレビが(今から思えば吉村作治を中心に)ピラミッド建設実験を行ったスペシャル番組だったと思います。このこともこの本の中に詳しく触れてあるのですが、なんと1978年のことだったんですね。

そんなことがあって、何気なくこの本を購入したのかもしれません。そして、この本を読んでもっと歴史の中の深い意味合いの一端が解き明かされ、いつかはエジプトに行って見たいものだと思うようになったのです。その後も吉村作治のいくつかの著作を中心に、古代エジプトについての知識を深めたつもりです。

ゆっくりエジプトを探訪するなんて大学を辞めて開業するまでの間くらいしかないだろうと思っていましたが、実際は準備でそれどころではないし、そもそも大学辞めて無職でそんなお金を使うわけにもいきません。

そうなると、後は医者を引退するときということでしょうが、開業医には定年は原則ありませんから、そんなことはいつのことになるのやら。しかし、死ぬまでに一度はクフ王の大ピラミッドの大回廊を直接上ってみたいものだと思っているのでした。

2010年9月2日木曜日

印象派

18世紀後半にフランスを中心にした絵画の流行が印象派。世界の名画みたいな話になると、たいていこのあたりが取り上げられて、特に美術に興味が無い人でも知っている絵がやまほどあるところ。

印象派は絵のテーマがはっきりしているのですが、絵そのものは見たままにそっくり書くようなことはないわけで、画家の感性が表にどばーっと出てくるのが面白いんでしょうね。ルノワール、セザンヌ、ドガ、モネ、マネとかは有名。

クラシックでも、同じ時代の作曲家へも影響がひろがってドビッシー、ラベルなどが代表的。音楽の場合はその抽象的な雰囲気が、好き嫌いを分けるところかもしれません。正直言って、自分はやや苦手。

絵の話に戻すと、印象派の中でも一番有名かもしれないルノワールはあまり好きではありません。雰囲気が抽象的で、なんとなくぼやっとした絵に感じます。本当に絵がわかる人は、そんなことは考えないんでしょうね。

この辺が文系と理系の違いかもしれません。どうも理系人間・・・一応医者は文系もどきの理系だと思うんですがね・・・は、1+1がちゃんと2になって、なんで2になるかの理由がはっきりと示されないと気持ち悪い。

その中でも、マネは比較的絵がはっきりしていて嫌いではありません。「笛を吹く少年」とか
「ベルト・モリゾ」とかけっこう見たことがある絵も多い。

その中で、特にお気に入りが「フォリー・ベルジェールのバー」という作品。バーのカウンターの向こうにいる女性。その後ろに鏡になっていて、絵を見ている側に広がっている喧騒の空間が映し出されている。


キャンバスの中の切り取られた世界に孤独感というか、なんともいえない静けさが漂っているわけです。でも女性はシルクハットをかぶった紳士と向き合っているのが鏡でわかります。何を話しているのでしょうか。

さらに面白いのは、この紳士の位置。どう見ても合理的な場所ではないでしょう。この紳士は絵を見ている自分なんでしょうか。女性が正面を見ているわけですから、本来紳士は女性とかさなっているはずです。

そんな構図の単純なミスをするわけはなく、マネはかなり意図的な理由をもって配置しているはず。なんでしょうかね。この不思議さが「印象派」ということなんでしょうか。

そういう絵との対話ができるようなものが、絵画が名作として評価されるポイントなのかもしれません。

2010年9月1日水曜日

寝覚月

9月の別の呼び方には、寝覚月(ねざめづき)というのがあるそうです。今日から寝覚月ですが、今日も横浜は摂氏35度。とても夜も寝つきは悪そうですよね。

今年、平成22年もあっという間に8ヶ月が過ぎ去って、去年の「政権交代」への夢もどうなることやら。ある意味今年の日本は「無政府状態」とでも言いましょうか。

大きな地震や自然災害が日本の周辺ではどんどん起こっているのに、日本ではなんとなく「狼が来たぞ~」という感じです。これが怖い。危機感が薄れてくる時に、本当に災害が起こったらと思うとひやひやものですよ。

9月1日は防災の日というわけで、自分も関わりが無いわけではないので、ちょっと気になる日なんですよね。でも、実際いつ起こるかわからない災害に向かって、できるかわからないところでやきもきしてもしょうがないというのも真実ですかね。

うちのクリニックビルは平成17年4月から始まって、最初は小児科と泌尿器科でスタート。11月末に眼科、12月にうちの整形外科。それから1年以上だって平成19年3月に内科。そして平成21年8月に耳鼻科が開業し、やっとすべてのテナントがそろって丸1年がたちました。

今のご時勢ですから、テナントがそろうのは大変。特にクリニックビルは雨後の筍のように、あちこちに建ちましたが、どこも募集してもなかなか集まらない。うちのビルのようにだいたいの診療科がそろっているところは貴重ですよ。

手前味噌な勝手なことを言わせてもらえば、専門医の資格を持った医者がそろって大学病院のようなところよりお手軽にいろいろと相談できることは、受診する方からしても便利なことだと思います。

そう言えば、ミスタードーナッツのCMでこの女の子は誰? といっていた頃の相武紗季はかわいかったですよね。やまピーのドラマで嫌味な女をやってからは、どうも鼻につくようになりました。ファンに人には申し訳ありません。

6月から使っているdocomoのスマートフォン、XPERIAが9月からiモードメールに対応するようになりました。自分としては普通にPCメールが使えるのが便利で、携帯メールは何がいいのかわかりません。絵文字とかデコメとか・・・まったくどうでもいいので、特にありがたくもありません。

あ~、もぉ~・・・こんな風に、寝つきが悪いときって、次から次へといろんなこと考えてはまとまりがなく、ますます眠れなくなったりしていくわけです。やっぱり、今夜も寝るときはエアコンを使ってしまいそうです。よい寝覚めを期待して・・・