ノックの音がした。
しかし、トイレの中で、しかも用を足している最中では、手も足も出ない。「ふさがってます」と答えて、もし出たときにまだ待っていたら、何となく顔を合わせずらい。
黙っていると、またノックの音がした。
じっと息をこらえて、できるだけ人気を消すようにしてみたが、苦しくなってかえって息が上がってしまう。よーく、耳を澄ませてみると、相手の息をする音が聞こえてきた。
扉をはさんだこっちと向こう側で、奇妙な緊迫感があたりを支配している。なんとも言えない心理的な駆け引きが続き、先に動いた方が負けのような気がしてならない。
この重苦しい空気に気持ちが流されそうになったその時、扉の向こう側が先に声を出した。
「・・・そのトイレ、壊れていて水が流れませんよ」