2020年11月29日日曜日

未知との遭遇 (1977)

第一種接近遭遇 UFOを至近距離から目撃すること
第二種接近遭遇 UFOによる機器・動物などに何らかの影響と痕跡があること
第三種接近遭遇 UFO搭乗員と接触すること

これはアメリカ空軍のUFO調査計画に関係した天文学者であるジョーゼフ・アレン・ハイネック博士が1972年に著書で提言した、宇宙人並びに彼らの乗り物と考えられるUFO(未確認飛行物体、Unidentified Flying Object)と人類の遭遇の仕方の分類です。

この分類にはまだ第四種から第九種まであり、友好関係を築くパターンと、逆に侵略される最悪のシナリオまで盛り込まれています。

スティーブン・スピルバーグは、実は1964年、17才の時に8mm映画として何と2時間半もある大作「Firelight」を、500ドルの予算で制作しました。地元の映画館で上映され、入場料1ドルで500人が集まり売り上げは501ドル(誰かが2ドル払ったらしい)。

このフィルムは現存しませんが、断片的な動画が数分だけネットで視聴できます。車に乗っている登場人物の周りに赤い光を放つ物体が飛んできたりして、実はUFOが人間を捕獲するためにやってきたという話らしい。

当然、スピルバーグがハイネック博士の著書に強い興味を持ったことは容易に想像できるわけですし、実際、まさに第三種接近遭遇(Close Encounter of the Third Kind)をそのままタイトルに使ったのがこの映画であり、おそらく長らくあたためていた「Firelight」の内容を刷新する意図もあったものと思われます。

スピルバーグの本質である、こどもの心を持ち続ける大人、こどものままでいたかった大人がはっきりと登場してくる最初の映画です。自分もそうでしたが、UFOは魅力を感じましたし、地球以外にも広大な宇宙には何らかの生き物がいるかもしれないという漠然とした興味と恐怖がありました。

スピルバーグは、自分を投影して最も信頼する俳優であるリチャード・ドレイファスが演じる主人公のニアリーを、ごく平凡な父親であるにもかかわらず、UFOとの遭遇により宇宙人との遭遇を切望する男として登場させます。

おそらくは、こどもの頃からどこか心の中でひっかかていた何かに触れたことで、家族を捨てて(と言うか、常識的な家族に捨てられて)まで、遂にはUFOに乗り込んでしまうという漠然としていた夢を叶えてしまうのです。

また、もう一人も注目されるのがフランス映画の巨匠と呼ばれるフランソワ・トリュフォーが、UFOを学術的に調査する国連の機関に責任者、ラコームとして出演していること。自分の監督作品ではしばしば俳優をしていますが、他人の作品では珍しい。

スピルバーグはトリュフォーの慈愛に満ちた眼差しを切望して、誰も考えつかないキャスティングをしました。脚本に興味を持ったトリュフォーが快諾して、あくまでも俳優として参加すると語ったそうです。

4音では短すぎ、6音ではメロディになるとして、キーとなる5音をつくったのは、音楽を担当するジョン・ウィリアムス。すでにスピルバーグの映画では最重要スタッフの一人になりました。

特殊効果は、キューブリックの「2001年宇宙の旅」で一躍名をあげたダグラス・トランブル。この映画の後も「スター・トレック」や「ブレード・ランナー」などでアナログ時代の驚異的な職人技を披露しています。

公開当時から絶賛され、今や同じ年の公開だった「スター・ウォーズ」と共にSF映画の金字塔として、スピルバーグの映画作家としての地位を確立した作品と位置付けられています。

しかし、傑作と言う評価がある一方で、スピルバーグとしては珍しい一般公開後に追加撮影・再編集した別バージョンが存在することは、ある意味失敗作と呼べる側面も否定できません。

1980年に公開された「特別編 (special edition)」では、スピルバーグの希望により多くの追加と削除が加えられ、本来は、いわゆる監督の意図を強く反映したディレクター・カット版となるはずでした。

しかし、映画会社からの条件として母船内部の映像を加えたことで、母船内は観客の想像に任せたかったスピルバーグの希望とは反する形になっています。そして、1997年に再度の編集が行われ、特別編で行われた削除シーンを復活させ、母船内部の削除した「ファイナルカット」が公開されました。

ただし、いずれのバージョンでも、想像するしかない宇宙人の姿(いかにもそれっぽい)を最後に登場させているところは、母船内を出したくないというスピルバーグとしては矛盾を感じるところで、もっとぼかしておいてよかったのかもしれません。

公開当時は、個人的には、SF映画と言っても宇宙での派手な戦闘シーンがあるわけではなく、内容も何だかよくわからない難しい話という印象だったと思います。前半で、いろいろな場所でバラバラに進行しているシーンが特に疲れるたのかもしれません。

しかし、あらためてファイナルカット版で観賞すると、それらの個々の事件がしだいに一つに収束していく流れは、想像を豊かにすればごく自然に出来上がっていて、モチーフとなる「十戒」や「ピノキオ」などがさりげなく取り入れられているところなども感心してしまいます。

ここでスピルバーグが描きたかったのは、SF(Science Fiction)ではなくサイエンス・ノンフィクションに限りなく近い、理想的な宇宙人との遭遇の話であって、さらにこの点を強く押し出したものが、後年の「E.T.」となっていくことになります。