2020年12月18日金曜日

アミスタッド (1997)

スティーブン・スピルバーグは、1994年にディズニーの制作トップだったジェフリー・カッツェンバーグと音楽業界のデヴィッド・ゲフィンと共に、新たな映画制作会社ドリームワークスを設立します。

1997年2本目の公開となるスピルバーグの映画としては、本作がドリームワークスでの最初の作品となりましたが、アメリカ史の中で奴隷制度に深く関わり、しかも南北戦争の引き金の一つになった「アミスタッド号事件」を取り上げ、興業的には成功とは言えませんでした。

しかし、すでに単なる娯楽映画監督と言われない存在になったスピルバーグは、「白人」はあまり触れたくないであろうこの重厚なテーマを、2時間34分の映画の中に見事に描いたと感じました。

ヨーロッパの植民地であったアメリカが独立宣言をしたのが1775年。ジョージ・ワシントンが初代大統領となったのは1789年。1860年にリンカーンが大統領に就任すると奴隷解放制作を実行し、5年間続いた内乱である南北戦争が勃発。

その過程で1839年に起こったのが「アミスタッド号事件」でした。西アフリカで奴隷売買のために捕まったシンケら50人ほどのアフリカ人が、キューバに向かう途中で拘束を脱して船を乗っ取りました。

しかし、船はアメリカに到着し彼らは逮捕されます。裁判になり、スペイン女王、奴隷商人、逮捕に協力した海軍士官などがアフリカ人たちの所有権を主張する事態になります。地方裁判所では、それぞれの主張を退けアフリカ人たちに自由を認めましたが、奴隷制度を維持したい南部の顔色をうかがう時の大統領ビューレンは、最高裁に上告。

前大統領であったアダムズが弁護を引き受け、最高裁でも彼らの自由が認められ、1842年にやっとアフリカの故郷に帰ることができました。しかし、奴隷制度に頼る農業主体の南部の地域は、工業主体の北部に対する敵対関係を悪化させる要因の一つとして歴史に記録されることになりました。

アミスタッド号の船倉でシンケが束縛する鎖を何とかはずシーンから始まるこの映画は、史実をほぼ忠実に再現していきます。いきなり暗いシーンで、時折見えるシンケのアップは何か得体のしれない怖さを感じます。

当然のことながら、アフリカ人だちは英語でもスペイン語でもない、彼らの言語で話をする。この内容はだいたい想像できるにしても、何を話しているのかわからない状況は一層見るものを不安させるのです。

実際のところ、アフリカ人からすれば白人たちの会話は理解できないわけですから、何とか通訳が見つかるまでは、同じ不安を抱えていたわけです。冒頭から、彼らの不安を疑似的に体験することで、見ている我々も少しでも彼らのことを理解するようになっているんだと思います。

基本的には法廷劇と言える体裁をとっていて、意外なほどに現代でも理解しやすい裁判の進行をしていることに少なからず驚かされます。裁判官(判事)がいて、検事と弁護士がいる。状況証拠よりも物的証拠を重視するなど、すでに司法の仕組みは出来上がっていると感じました。

迫真の演技を見せるシンケ役のジャンモン・フンスー、奴隷解放を支援する黒人の新聞記者にモーガン・フリーマン、金目的だったのが次第に奴隷解放のために弁護するボールドウィン弁護士にはマシュー・マコノヒー、そして最後にアフリカ人の自由を勝ち取る大演説を行うアダムス前大統領はアンソニー・ホプキンスが演じます。台詞のある女優さんはまったく登場しません。

ちょっと気になったのはエピローグ。主要な物語が終わった後に、登場人物のその後をナレーションや字幕で追加しています。これは「シンドラー」でもありましたが、語るべきことがあるならそこまで映画にすべきだし、そうでないなら蛇足でしかありません。

とは言え、このような人間ドラマを飽きさせずに最後まで見させる構成力は、さすがに素晴らしい。映画を作り始めて30年、50才になったスピルバーグは、どんな映画でも安定した力量を期待できる作家になっていました。