2025年8月10日日曜日

天皇の料理番 (2015)


宮内省大膳職司厨長を務めた秋山徳蔵(1888-1974)の半生をフィクションを交えて描いた、杉森久英による小説が原作。TBSが60周年企画として日曜劇場で全12回で放送したテレビ・ドラマで、ドラマ化は1980年(主演・堺正章)、1993年(高嶋政伸)に次いで3度目となりました。

福井県越前の寒村で、あまりにもやんちゃ坊主だった秋山篤蔵(佐藤健)は出家したはずの寺からも破門となり戻されました。困った両親(杉本哲太、美保純)は、鯖江の海鮮問屋の娘、高浜俊子(黒木華)の婿養子にするのです。

しばらくは大人しくしていた篤蔵でしたが、仕事で出入りしていた鯖江連隊の厨房でコックの田辺(伊藤英明)と知り合い、彼の作ったカツレツの美味しさをきっかけに日本一の洋食の料理人になる決心をします。そして、ついに高浜家を飛び出して東京に出奔し、弁護士を目指す優秀な兄、周太郎(鈴木亮平)と彼の師である桐塚教授(武田鉄矢)の世話で、華族会館の厨房で小僧として働くようになります。

しかし、いつまでたっても鍋洗いばかりで料理をさせてもらえない篤蔵は、料理長の宇佐美(小林薫)が誰にも見せずに大事にしているレシピ・ノートを見たいという誘惑にかられ盗んでしまうのです。事の重大さに気がついた篤蔵は宇佐美にノートを返し謝罪しますが、宇佐美から「料理は真心」だという信条を教えられたことで少しずつ周囲の信頼を得るようになりました。そして、俊子はそんな篤蔵を見て、離縁して身を引く決心をするのでした。

その頃、周太郎は肺結核を発症し体調を崩し始めていました。篤蔵はこっそりと英国公使館厨房で料理の勉強を始めたのですが、華族会館には兄の見舞いと嘘を重ねていきます。ある日、公使館に出かけている時に、周太郎が病気療養のため故郷に帰ることを伝えに華族会館を訪れたことでついに篤蔵の嘘がばれ解雇されてしまいます。

篤蔵は森田仙之介(佐藤蛾次郎)・梅(高岡早紀)が経営する町の洋食屋、バンザイ軒で働き始め、これまでの知識を生かしたメニューが評判になるのですが、同時に直接客の反応が見えることで「真心」の本当の意味合いがわかってきます。真の料理人になるためにはフランスに行くしかないと決意した篤蔵は、周太郎の助けもあって何とか父親に渡航費用を工面してもらうのでした。

フランスでは仏駐在の粟野大使(郷ひろみ)の世話により、一流ホテルに潜り込めましたが、ここでも下働きばかりの上に人種差別を受けるのです。しかし料理長は篤蔵の技術が素晴らしいことを知り、粟野の手助けもあって日本人で初めてユニオンに加入し、ついにはホテル・リッツで仏料理界の頂点にいたエスコフィエの元で修行することができました。

その頃日本では大正天皇即位の祝宴が計画され、宇佐美らの強力な推薦で世界中の来賓に恥ずかしくない料理を日本でも振舞うことができることを証明するために、篤蔵に宮内省から帰国要請がありました。饗宴の儀では篤蔵のアイデアにより、2000人分のザリガニを北海道で捕獲して取り寄せたのですが、直前にザリガニが生簀から逃げ出すトラブルがあったものの、何とか成功させます。篤蔵からの手紙や新聞記事で、弟の成功の朗報を知った周太郎は静かに息を引き取るのでした。

東京に出て働いていた俊子と再び再婚した篤蔵は、そのまま宮内省大膳寮厨司長、つまり天皇の料理番として腕を振るうことになります。3人のこどもを授かりますが、自分が天皇の料理番をしていることが知られると、いろいろなしがらみが出ることを心配して、こどもたちには秘密になっていました。

長男の一太郎が家族より仕事を優先する父親に反発するようになった頃、関東大震災が発生し、家を失った一家は多くの人々と共に皇居に避難し、人々のために一生懸命働く父親を見た一太郎は、初めて父親を尊敬することが出来るようになるのでした。しかし、震災後の過酷な生活の中で体力を落としていった俊子は、ついに心不全を起こし倒れてしまうのでした。

堺正章版も評判になったような記憶はありますが、やはり決定版はこの佐藤健の2015年版だと思います。すでに人気も高く、「るろうに剣心」シリーズも始まっていて乗りに乗っている佐藤健でしたが、テレビでは初めての大役に抜擢され、今でも彼の代表作と言えると思います。また、黒木華、鈴木亮平も、ここでの演技が高く評価され、その後の活躍のきっかけになったことは間違いありません。

調理場面は佐藤健がすべて自分でこなし、見事な包丁さばきをには感心します。また鈴木亮平は死期が迫る病人を演じるため、短期間に20kg減量を行い回を追うごとに痩せていく様には大変驚かされました。

TBSも相当に力を入れた企画だったとみえ、全12回のうち半分が時間を拡大しての放送で、実質的には14~15話くらいのボリュームがありますが、篤蔵の成長の一つ一つがドラマであり、無駄なところがほとんど無い展開なので、まったく長さを感じません。

ここに書き留めたストーリーの大筋は事実ですので、秋山徳蔵のダイナミックな人生そのものが、そのままドラマになっていることには驚くしかありません。まだ何者でもなかった日本が国として成熟していく過程で、人々も情熱を持って成長していたことに感動します。