1945年8月15日に、昭和天皇が 玉音放送でポツダム宣言受諾と戦争終結を発表したことから、毎年8月15日は「終戦記念日」と呼ばれています。
ポツダム宣言を受諾するということは、米英、中国、ソビエトからの降伏勧告を受け入れ、無条件降伏するということ。
この日のことは半藤一利/大宅壮一の小説「日本で一番ながい日」で描かれ、実写映画化もされていますので、戦争体験の無い自分も当時の日本人の心情についてはある程度理解ができます。
ただし、高度経済成長期の日本に育った身としては、理解はできても戦争が正しい事だったとは思いませんし、どこか他所の国の出来事のような気持になってしまうのは、大多数の嫌が応にも戦争に巻き込まれて亡くなった方々には申し訳なく思います。
戦後教育ということで考えると、自分たちは原子爆弾を落とされた「被害者」的な歴史は教わりますが、大日本帝国が侵略を進めた世界から見た「加害者」としての歴史はほとんど接してこなかったように思います。
高校の時、日本史の先生は南方戦線から生還出来た方で、授業の半分は自分の「悲惨」な戦争体験の話でした。おそらく、戦争がどんなにひどい物かを伝えたかったのかもしれませんが、侵略者としての日本の話は聞いた記憶はありません。
これは、しばしば同じ敗戦国であるドイツと比較されるところですが、世界に対して謝罪が十分ではないと批判されることにつながっているように感じます。
言い訳になるかもしれませんが、これは当時の大人と呼べる人々が存命中 - 昭和の時代に行うべきだったことで、直接的に関わっていない日本人の割合が増えれば増えるほど困難になるのはいたしかたがない。
今年で終戦から80年。1憶2千万人の日本人の中で、戦争を直接知る80才以上の日本人は約1割程度で、終戦時にもの心ついていた者を10歳以上とするなら、現在90才以上の方はさらに1/5程度になり、多くはその記憶を正確に紐解くことは難しいかもしれません。
「戦後」と呼ばれる時代がいつまで続くのかわかりませんが、「終戦の日」の意味合いは確実に変化してきていて、どんな形で続けていくのかを問われる時期になっているように思います・・・と毎年同じことを考えてしまうのでした。