昭和20年8月15日、日本は降伏し戦争は終結・・・していなかった。この事実は、ほとんど語られることがありません。しかし、その結果として、いわゆる「北方領土問題」が生じたことについては、自分を含めて多くの日本人が問題の根源については理解不足かもしれません。
1945年4月、当時のソビエト連邦は「日ソ中立条約」を一方的に破棄し、8月8日に日本への宣戦布告をしました。これは日本の敗戦が濃厚になったことで、自国の領土獲得を狙ったものであることは明らかでした。まず満州から樺太に侵攻したソ連軍は、8月14日の「ポツダム宣言」受諾後も攻撃を続け、8月18日にはカムチャッカ半島に最も近い占守島(しゅむしゅとう)に上陸し、日本守備隊と交戦しました。その後もその隣の幌筵島(ぱらむしるとう)から千島列島を南下し、択捉島・国後島・色丹島・歯舞群島までを9月5日までに占領したのです。
TEAM NACSのリーダー、森崎博之は「HONOR〜守り続けた痛みと共に(2007)」の事前調査中に、旧日本軍の戦車「チハ」の写真を見つけたことから、今回の原案を掘り起こしました。TEAM NACSの舞台としては、初めてまだまだ歴史という記録の中に埋もれていないはずの、人々の中に記憶が残る題材が用いられました。太平洋戦争の中でも最終局面に突如始まったソ連侵攻による北海道割譲危機は、北海道出身で北海道で育ったメンバーにだからこそ伝えたいメッセージとなりました。
今回は脚本は重鎮、林民夫に依頼され、演出は森崎博之が担当しました。ここで語られる占守島・幌筵島における戦闘は、通常取り上げられる戦争とは意味合いが全く違っていました。大多数の戦争物は「お国のために」、「天皇陛下」のために命を捨てる覚悟で戦い、玉音放送によって終了します。しかし、この戦いは玉音放送から始まり、戦う大義を失ったにも関わらずもう一度戦わなければならなくなった兵士たちが、何のために戦えばいいのか、何のために命をかければいいのかを探ることになるのです。
軍人一家の落ちこぼれの小宮勝四郎少尉(森崎博之)は、何とか家名を残せという重圧の中で、実戦経験を伴わない空回りをしています。人間味豊かな水島哲軍曹(大泉洋)は、戦争が終わったと聞いて家族の元に帰りたい。本土の空襲で家族を亡くし戦う意味を失った桜庭仁平上等兵(安田顕)は、幌筵島の勤労女子たちが避難できるまで何としてでも防衛線を死守すると決意します。
こどもが産まれたばかりの若い田中誠二等兵は、戦闘は怖くて仕方がないが、家族と再会するためには戦わなければならないと決心します。そして、臆病だった自分を責める死んだ仲間の亡霊に悩まされる矢野正三整備兵(音尾琢真)は、戦車チハを通してかつての仲間への贖罪としたいのです。
彼ら5人はソ連侵攻による混乱の中で、たまたま出会い、一時の休息の中でお互いを語り合うことで、最初はバカにされていた小宮はしだいに認められるようになります。水島は戦わなければならない気持ちと家族の元に帰りたい気持ちの間で揺れ動くのですが、ついに桜庭の決意に同意し、帰るためにはまず戦うという選択をするのです。
今回の公演では若手俳優たちが15人客演しました。5人だけでも演じれるかもしれませんが、戦闘場面がある以上、舞台で大きな迫力を見せるために大人数は効果的です。またそのうち3人は女性で、桜庭の決意に説得力を出しています。また最終局面で戦闘により一人一人が倒れていく4分間にも及ぶ台詞の無い異例のシーンは、女性3人の合唱が入ることで見る者の心を大きく揺さぶるのです。
今回の主役はおそらく桜庭を演じた安田顕だと思いますが、エピローグ・シーンでは役者としての天才をいかんなく発揮して大注目です。外部の脚本ではギャグは少なくなり、また今回のテーマが大変重たいため笑いどころはほとんどありませんが、主として森崎と戸次が台詞の端々にときどき小ネタを挟み込んでいて、全体の雰囲気を崩さない程度に息抜きの間も用意されています。
いつも数か月間で60回近い公演を行う彼らの健康面の強靭さに驚くと書いたばかりでしたが、実は今回はかなり苦労があったようです。1か月弱の短めの稽古期間中に音尾とアンサンブルキャスト数人がインフルエンザに罹患してしまいました。また大雪により稽古を切り上げざるをえなかった日もありました。森崎と戸次はプチぎっくり腰です。
中でも一番大きかったのは、初日1週間前に大泉が右ふくらはぎの肉離れを起こしたこと。あの大泉洋が完全に笑いを忘れる事件で、普通に動けるには3週間程度かかるところを、何とか初日に間に合わせたことには敬意を表します。
結成時20~25歳だったメンバーも、この公演では42~47歳。加齢による衰えは隠せないのでしょうが、その分いろいろなテクニックは身につけ、いまだに新しいものに挑戦している姿勢は素晴らしい。一つ終わっても、また次という具合に期待が膨らみます。