2007年8月3日金曜日

Claudio Arrau / Beethoven's Appassionata

うちのクリニックが他と違うところの一つにBGMがあります。どう違うかと言うと、普通は聞こえるか聞こえないか位の音量で流れるからBGMなのに、うちではしっかり聞くために音楽が流れているのです。

今日は1日中、Claudio Arrau のベトーヴェンのピアノソナタが流れていました。Arrauのピアノは男性的な響きが心地良く、特にベートーヴェンに向いていると思います。

Glenn Gouldは最も好きなピアニストですが、やはりバッハの対位法の中で輝くので、ベートーヴェンのソナタでは、消化不良の感じがしてしまいます。

Ashkenazyも好きですが、甘いタッチはむしろショパン向き。

昔はクラシックのピアノなんて、誰が弾いても同じだろうと思っていました。楽譜通りに弾くんだから、誰の演奏でも一つあれば十分。でもGlenn Gouldを聞いて、ピアニストの個性について初めて気づかされました。

Gouldの代表作であるゴールドベルク変奏曲は、様々な演奏がありますが、それだけのHPがあり、これが面白い。十人十色の演奏があることは、ある意味JAZZと同じ。

あまりかまえず、気楽に聞いてみましょう。ちょっと、うるさいBGMかもしれませんが、皆さんがまんしてください。

2007年8月2日木曜日

リウマチ診療で思うこと

間節リウマチの治療では、現在メソトレキセートという薬が主役として使われています。これは体の中で細胞が増えていく際の必要な、遺伝子に関係した核酸という物質を阻害する薬ですので、重大な副作用が生じる可能性があります。自分たち整形外科医にとっては、骨肉腫という骨の悪性腫瘍で使われる抗がん剤としてなじみがあります。全国で発生する骨肉腫は年間数百名で、各大学病院クラスでは平均すると年間数人の患者しかいないことになり、抗がん剤の治療を行ったことがある医者はごくわずかということになります。
幸い自分は大学で、何人かの骨肉腫の治療に携わる事ができたので、はじめてメソトレキセートがリウマチに効くらしいという話を聞いたときには、「そんなことあるの?」という気持ちでした。なぜなら、骨肉腫の治療では、使用して放っておいたら患者さんは1週間以内に死んでしまうような薬ですから、そんなしんどい治療を簡単にできないだろうと思ったのです。しかし、実際に使われる量は1/1000程度と聞いて、今度は逆に「それっぽっちで効くの?」と思いました。
それから何年かして、1999年にメソトレキセートが関節リウマチ薬として発売され、自分も使い始めました。さらにリウマチセンターへ移ったため、まさにその効果をまじまじと実感することになりました。比較的初期に行うことが多い膝の滑膜切除術という手術が激減したのです。と、同時に副作用についても非常に問題になることも知りました。現在は、使用量を増やすほど効果が出ることがわかっているので、厚生労働省が認可した用量を超えた使い方を推奨する声もあちこちから聞こえてきます。しかし、「主作用が強まる」=「副作用が強まる」であることは、間違いなく、リスクの増大についても十分に考えなければいけないと考えられます。実際副作用による死亡例は、何度かメディアで報道されています。特に自分のような開業医にとっては、重大な副作用が出たとき迅速な対応がどこまで取れるかという問題があり、安易に決められた用量を超えて使うことはなかなかできません。
現在では、生物学的製剤という新しいタイプの薬が出てきて、かなりの臨床効果が得られることが証明されています。したがって、決められた範囲でのメソトレキセートの効果が不十分であれば、生物学的製剤への移行を則したほうが、むしろ安全で確実に効果が上がるのではないかと考えています。ただ、それには生物学的製剤の値段があまりに高いことが問題になります。最近の医療費抑制政策の関係で、高額療養費援助の制度も使用できなくなりました。普通に使うと、他の薬や検査も含めて大多数の患者さんは月に5万円程度の出費を余儀なくされます。リウマチは完治することができない「難病」でありながら、国で決められた「難病」の指定からは漏れています。新しく議員になった方の中で、ちょっとでいいですからこのことに目を向けてくれないでしょうか。切にお願いいたします。

2007年8月1日水曜日

死ぬ時・・・かなり暗い話題

今でも当直をしているのですが、最近の出来事で、ちょっと書きましょうか。
当直しているのは、いわゆる老人病院です。状態が悪い方については、主治医が家族と話し合って、もしもの時の対応について話ができています。しかし、自分は「嵐を呼ぶ」と思われているようで、よく思ってもいないことが起きるといわれているようです。最近では、急変することはまったく予想されておらず、いざというときのたいおうなど、まったく話も出ていなかった方が亡くなりました。看護士さんに「苦しいようなので見に来てください」といわれて病棟に行くと、ちょうど呼吸停止してしまいました。すぐに呼吸のチューブを喉へ挿入してバックで酸素を送り込みます。家族への連絡の指示、昇圧剤の準備の指示、電気ショック準備の指示、とやっている間に心停止。少なくとも、家族が到着するまで何とかしないと。心臓マッサージ開始。昇圧剤投与するも反応なし。そうこうするうちに、家族が到着。状況を説明し、これ以上は無理であると話して、死亡確認。
こちらも楽しいわけもなく、ブルーになります。そうすると、大学で死んだ自分の父親の時を思い出します。父親は、夜中に急変して、駆けつけたときには研修医が心臓マッサージをしていました。初めて、自分が医者であることが嫌になりました。だいたいの状況を見れば、とても回復しそうに無いことがわかるのです。研修医のがんばってくれているのはわかりますが、それ以上はしなくてもいいよ、といわないわけにはいきません。親の死にめに妙に客観的に冷静に判断をしている自分が嫌でした。
自分が死ぬときは、どんな状況なんだろうか。死んでいくものには関係の無いことかもしれませんが、死に際に集まれた人がいるとすれば、その人たちが納得してくれる死に方をしたいと思います。都筑区の区役所通りは、K先生の報告のようにネクロポリスと化してきました。どうか、死んだ者・残った者いずれもが納得できる形を尊重してくれることを望みます。

2007年7月31日火曜日

横浜市防災訓練

横浜市の防災訓練が9月1日(土)に行われます。今回は都筑区がメイン会場になりますので、都筑区医師会も協力します。新米の防災担当としても、初仕事になり参加します。というわけで、クリニックは午前中休診になります。午後からの診療になりますので、このブログをお読みの数少ない皆様は、この件を口コミで広めておいていただければ幸いです。都筑区の情報を収集している皆様、というかビタミンママの皆さんとか、都筑区探検九の一部隊の皆様も、参加してください。お願いします。
今回の参議院選挙で元アナウンサーの某氏が3年間投票をしていなかったということで、非難にさらされていましたが、実は自分は過去に防災訓練に参加したのは随分昔のことで、それでいいのかと言われそうです。ゴメンナサイ。

2007年7月30日月曜日

Explorations / Bill Evans

Jazzです。Evansです。

中山康樹氏曰く、「マイルスを聞けば主要ミュージシャンは全部ついてくる、マイルス芋蔓式の法則」。C.Parkerから始まりColtrane, Rollins, Milt Jackson, Monkを経てBill Evansと来る。

マイルスとつるんだからエバンスはジャンキーになり、命をおとすところまでいった(と、いわれている)。マイルスのもとを辞した後は、スコット・ラファロ、ポール・モチアンと伝説のトリオを結成。

"Portrait in Jazz"は一家に一枚のマストアイテムとなっている。そして、直後にラファロが死亡したため、Village Vanguardでのライブが次に取り上げられ、"Explorations"はあまり話題に出ない。

でも、自分はこれが一番気に入っている♥。


確かにAutumn Leavesはいい。でも、過去のフォーマットを引きずってはいないだろうか。Explorationsでは、ライブで示されたエバンスのリリカルなスタイルが初めてスタジオ録音として記録されたものではないでしょうか。

いわば、エバンスがスタイルを確立したのはこのレコードからでは、というと言い過ぎか。最初の曲、Nardisはマイルスの作曲、にもかかわらずマイルス自身は一度も録音していない。エバンスが死ぬまで演奏し続けた曲の一つ。

まるでエバンスのためにあるかのようなメロディラインは何度聞いても素晴らしい。テーマの呈示の後は、いきなりラファロのベースソロとなる。続いて単音を転がしていくようなエバンスのソロが始まるが、比較的短めで終了してテーマに戻るのである。

エバンスはここでは、ラファロを押し立てて、自分は美しいテーマにのめり込んでいるのであろう。ソロはこれからいくらでもやるから、今日はラファロを聞いてくれといわんばかりである。

エバンスは目一杯キーを叩くことはしない。いつも押し切る一歩手前でやめている。単音でも、ブロックコードでも、早くても、遅くても。鍵盤が軽く揺れているのが見えるようであり、それがエバンスのスタイルになったリリシズムの根本であるようなきがします。

2007年7月29日日曜日

正札附

これは昭和の大落語家、六代目三遊亭圓生の出囃子の曲名です。

三味の単音で「チン・チン・チン・チン・チンチトチン・・・」と始まり、「えー、昔はってぇと・・・」としゃべりだす。ここで必ず湯飲みから白湯を音をたててすするんですね。そこまでで、すでに圓生ワールドにトリップしてしまうんです。

20年間育ててきた自分のパソコンの漢字変換辞書には、当初から「圓生」を登録してあります。しばしば「リウマチの圓生は・・・」などと誤変換してしまいます。

落語との出会いは高校生の時でした。当時はロック少年であり、ジャズを聞きだしその一方落語にはまるという支離滅裂な状態であったわけですが、アイドル的には古今亭志ん朝が一番人気でしたが、圓生の貫禄のある、それでいて艶っぽい芸風は高校生も魅了しました。

文楽・志ん生・金馬といった名落語家はすでに鬼籍に入り、小さん・馬生は暗くて気分が乗らない。むしろ、そこを通り越して談志の方が、よほどするどさがあり楽しかったですね。

圓生はスタジオ録音で、自分の演目のかなりのものをレコードに残してくれました。当時、毎月2セットずつ発売され全部で50セットくらいの壮大な企画だったのですが、1セットがレコード3枚組みで6000円くらいでした。さすがに高校生には買いきれません。そこで友人と二人で分担して買っていったのですが、だいぶ買い損ねました。

それでも、だいぶがんばって、今でも手元にかなりの枚数が残っています。ロックやジャズのレコードはかびてしまったので処分して、ぜんぜん残っていないのですが、圓生のレコードだけは実家に置いていたので難をまぬがれました。

数年前に、何とかしてもう一度聞きたくて、わざわざレコードプレイヤーを買いました。この企画の面白いところは、すべての出囃子を圓生が練りに練ってすべて変えているところなのです。まるで、出囃子や小唄・端唄の音楽辞典状態なのです。その中で、やはり正札附が出てきたときにはものすごく嬉しかったのを覚えています。


1979年9月3日、圓生永眠。もう30年近く経ちますが、今でも悔しく思い出されるのは、9月4日の朝刊の1面が「上野動物園パンダのランラン死す」だったことです。

自分にとっては、圓生が亡くなったことの文化的喪失は何事にも変えられないものでしたので、「なんでパンダごときが圓生より幅をとっているんだ!」と、思ったわけです。

さて、今夜は「三軒長屋」をたっぷり1時間楽しみましょう。

2007年7月28日土曜日

自分の実践する医療のスタンス

セカンド・オピニオンについて書いていて、この事にもふれたくなったので、だいぶ話が堅くなりますがしばしご辛抱を。
自分は東海大学医学部の卒業で、あまり深く考えずに母校に残り研修をしてきました。その中で、「塩化カリウム事件」と遭遇しました。平成3年、助手に採用された年のことです。この事件を起こした医師は間接的に知っていたので、大きな衝撃でした。大学は全体の職員を体育館に集め何回もミーティングを行い、この事件から学ばねばならないことを必死に模索し、インフォームド・コンセントの重要性を答えの一つにしました。インフォームド・コンセントという言葉は、やっと使われるようになったばかりで、一般の方にはまだ知られていなかったと思います。
平成12年に東海大学を辞して、東京女子医科大学膠原病リウマチ痛風センターへ移りましたが、平成14年に女子医でも事件が起こりました。死亡事故に対してのカルテ改ざんです。たまたま教員の研修会に参加することになっていたところでしたので、ここでもミーティングが行われました。やはり、ここでの答えのひとつはインフォームド・コンセントでした。
この二つの日本における重大な医療関係の事件の現場に居合わせたことは、自分の実践する医療のスタンスに影響を与えないわけにはいきません。特に手の外科というジャンルを主として扱っていたために、患者さんとの会話(一方通行の説明ではなく双方向であるとがこだわり)は大変重要なものと考えています。手は大変複雑な機能を必要としており、患者さんの要望通りの機能再建は大変難しく、自分が100点満点の手術だと思っても、「まだ、××ができない」という、不満を残しやすいのです。したがって、手術をする前にどこまでできて、どこからできないのかを明確にしておく必要があります。場合によっては「やっても変わらないかもしれない」、あるいは「やってみないとわからない」という話まですることがあります。もちろん、それなりの成算があるから手術をお勧めするわけですが、少なくとも手術の話をしてから一度は帰ってよく相談をして考えてきてください、と話してその場で決定しないようにしました。患者さんとの会話が30分以上かかることは普通のことでした。
二つの事件の間で、直接自分が関係する一つの出来事が、今でも忘れられません。出向して医長をしていたときですが、骨折の若い男性で治療もだいたい終わる頃に、「まだここが痛い」といって指をだされました。レントゲンを撮ってみたら指の骨折があったのです。完全な見落としでした。自分は院長にどのように対応するかを相談しました。「それは先生のミスですか?」と聞かれ、正直にそうだと答えました。院長の返答は、「ミスだというなら患者さんに謝りなさい」というものでした。謝っていいとなってかえって気持ちが楽になり、患者さんに説明して手術をさせてもらうことができました。
とにかく、患者さんとの関係を作ることが最も大切であること、そのためには限られた時間の中で最大限の会話をする努力をすることが重要だと考えています。そして、できること、できないこと、わかること、わからないことをはっきりさせていくことも忘れてはなりません。あまりまとまりのない話になってしまいましたし、偉そうなことばかり書いてもしょうがないので、今日はこの辺で・・・m(_ _)m

セカンド・オピニオン

セカンド・オピニオン ( secomd opinion ) 、つまり別の医者に診断・治療などの意見を求めることは、現在の医療環境の中では大変意味のあることです。昨年の診療報酬改定で5000円(3割り負担で1500円)の高い値段設定でセカンドオピニオンを希望する患者さんへの資料を渡す値段が設定されました。うちでも、主としてリウマチがらみでそういう目的の患者さんが何人かいらっしゃいましたが、K先生のいうように、実際に資料を持ってきた方はいません。
発信元の医者の中に、セカンドオピニオンを勧める意思が、いぜんとして希薄なのでしょうか。自分は自信をもって医療をしているつもりですが、医学に100点満点の答えは存在しないと考えていますので、いろいろな意見を聞くことは大変重要だと感じています。患者さんも医者に、「他のところで意見を聞きたい」とは言いにくいのだと思います。その結果、資料を持参しないで受診する方が増えるのだと思います。また、診療報酬も資料を作る側にのみ設定されていて、相談を受けた側は診察料しかなく、通常相談にきた場合にはかなりの時間を割くことになり通常の診療をむしろ圧迫します。
やはり、いつでも患者さんが話しやすい雰囲気と時間を提供することが、医者に求められているのだと思います。しかし世界でもっとも低レベルの医療費をさらに引き下げることにやっきになっている政治家の方には、そこのところはわかってもらえないのでしょうね・・・

2007年7月27日金曜日

焼魚・・・さんま part2

最近はメタボリック症候群という言葉が市民権を得て、食生活の改善に対する意識が高まっているのは、我が家も同じ。確かに、子供の頃は、焼魚がメインのおかずであることが多く、だからこそハンバーグはご馳走だったのです。でも、魚は今高いですね。肉のほうが安い。鰯は1尾数十円でしたよね。魚屋さんの店先に捨てておかれるような感じでした。今は安いときで60円くらいでしょうか。鯵・鰯・秋刀魚などは食卓レギュラーですが、ただ焼いただけで、ちょっと醤油をたらして食べると美味しい。なんか、日本人をしていてよかったーっというところです。
今日は、この前蒲焼にした安いサンマの残りを焼いて食べました。油が乗っていて、煙が出る出る。サブメニューは、豆腐です。小松菜と豆腐をだしの素・砂糖・塩・醤油・七味と一緒に煮ます。健康的で栄養たっぷり、さよならメタボ。さらばコレステ。

2007年7月26日木曜日

イカのトマトソース煮


今夜のおかずはイカのトマトソース煮です。近くのスーパーで、スルメイカのげそだけが安く売っていました。6ハイ分で100円です。ここに以前に紹介した鶏肉の胸肉とたまねぎ、ピーマンなどを入れて作ります。味付けはコンソメスープにちょっと冷蔵庫の中で古くなってきたトマトを煮込み、ケチャップとコショウで整えます。もともとペスカトーレというパスタメニューがあるくらいですから、イカとトマトの相性はいがいと悪くない。

2007年7月25日水曜日

Glenn Gould / Goldberg Variation 1981

K先生に「高尚な話題」と言わしめた以前の文章を再録します。

中学生の時に、いろいろな音楽を聴き出して、やはり友人からの影響か天地真理を聞いたすぐ後にクラシックも聴いていた。

最初からバッハは好きで、特にハープシコードの音色にはまっていた。そんなときに、レコード屋でバッハのインベンションを見つけて買って帰る。

レコードの針を降ろしてびっくり。なんとピアノの音ではないか。演奏者は・・・グレン・グールド。そんなこともわからず買うのもいけないが、とにかくつまらない。何かが違う。どうもしっくりこない。ほとんど聴かずに、棚に並ぶだけになってしまった。

最近、たまたまピアノの演奏を探していて、再びグールドにめぐり合った。30年以上たって、その間にグールドは亡くなっていた。ゴールドベルク変奏曲が有名であることは知っていたが、映画でレクター博士がじっと耳を傾けていたのがこれであったとは、やはり自分は無知であったと思い知らされる。

それにしても、これがいい。長い時間が、自分の耳と感性をここまで変えてしまうとは驚きだ。クラシックの評論家先生にはいろいろ文句を言われ、評価が低いが、一般人にはこれほど愛すことができる演奏はないのでは。

そこが、クラシック音楽がもう一つひろまらないポイントではないかと思う。この数ヶ月で、他のバッハ作品も含め聴き続けているが、飽きない。バッハは素材で、あくまでもグールトの作品になっているということか。

この年になって、あらたに聴くべき音楽にめぐりあうとは、とても幸せである。マイルスとクラプトンと、そしてグールトはずっと聴きつつけることだろう。

確かに「硬い」ですね。でも、この1年間でもっとも聞く回数が多かったのは、確かにグレン・グールドのゴールドベルグ変奏曲、それも1981年新録音版です。自分のHPにわざわざ書くくらいですから、相当まいっているわけです。皆さんも是非どうぞ。

さんまの蒲焼

清水台のマルエツで解凍ものの秋刀魚が1尾89円。安い!!と、いうわけで買ってきました。どうしようかと考えましたが、普通に塩焼きでもいいけど、弁当に持っていくにはちょっと問題。そこで、蒲焼にしました。はらわたをとって開きます。フライパンで焼いて、骨を取り除きます。だいたい火が通ったら、しょうゆ、みりん、山椒、しょうがなどで味を整えてしばらく煮込みます。本当は小麦粉をまぶして唐揚風にするようですが、カロリーが上がっちゃうのでうちではやりません。鰻とはちょっとちがいますが、それなりに美味しいおかずです。
生活習慣病のことを考えると、お肉は少なめにしたいものです。町を歩いている人でお腹がぽっちゃりの人は、現代日本では本当に多いですよね。人のことはいえませんが、気をつけたいと思います。

2007年7月24日火曜日

ブログ公開~医師会の仕事 part2

さて、いよいよブログを公開いたします \(^o^)/
このブログはいろいろな話題に言及するかもしれませんが、さしあたって自分の興味の範囲での話題、日々の雑感を書いていきます。さしあたってのカテゴリーは「クリニック」「今日の音楽」「食の歳時記」の3つです。地域情報を収集していくのはK先生におまかせします。
医師会の仕事の中で、今回は防災・救急担当について説明します。とはいっても、なりたての新人役員ですので、実はまだ何をするのかわからない。センター北のN先生が長らくがんばってやっていた仕事で、N先生が市の理事になったため、かわりにやることになったのです。すぐに仕事になるわけでもなく、右を向いても左を見てもちんぷんかんぷんです。しかし、時間は待ってくれません。9月1日は防災の日。都筑区では大規模な防災訓練が行われますので、防災担当者としては最初の大仕事になります。さらに12月には防災関連の講演会が企画されており、これの最終の詰めをしなければなりません。他にも・・・・
開業医という立場は地域あってのものですから、地域に貢献して根付いていくためにもいい役回りだと思います。ただ、自分のクリニックがまだ軌道に乗り切れているわけではないので、その点がつらいですね。皆様!!よろしくお願いします!!

2007年7月22日日曜日

都筑区新着情報探検隊

うちの隣のK先生はすごい。泌尿器科学会で知らぬヒトはいないくらいの人物にして、都筑区の新着情報の収集能力にかけては右に出るものはいない、といっても過言ではない。これも自分のクリニックのホームページ依存度からくる仕事といわんばかりの「言い訳」めいた理由があるようだが、なかなかそれだけでは説明がつくものではない。ららぽーとが始まると、すぐに出没し、ノースポートの仕上がり具合もチェック。ミナモなんて朝飯前。ここにビルができる的に情報は、どこから仕入れているのだろうか。九の一部隊の活躍があるとはいえすばらしいものです。
それに比べて、自分は人がざわざわしているところは好きではないので、新しい店ができてもしばらくして空いてからでいいや、と思ってしまうタイプ。とにかく待つのが嫌なので、すっと入れないとめげてしまう。ですから、新着情報なんてものはまったく持ち合わせていないので、こういんブログを書くにもネタに困ってしまうのです。都筑区の情報では柚の木交差点近くの大黒天というラーメン屋さん。K先生に推薦されて、開店してからだいぶたってから行ったのですが、なかなかどうして特徴のある坦々麺で、けっこう気に入りました。と、思っていたら閉店してしまいました。うー、残念。もっと食べておくんだった。